第24話 ゼオの訪問


 王都支店は相変わらず暗雲が立ちこめたままだ。


 お金になる依頼はないし、社員も増えない。ただ、父からの手紙によると、デルファン本店は問題なく営業できているようだ。それだけが救いだった。


 日を追うごとに夜明けが早くなり、夕暮れが遅くなっていく。打開策が何も思いつかないまま時間だけが過ぎていく。

 今の王都支店は宣伝などの営業ができないのがスウミは一番歯がゆかった。

 人手不足なため無料の清掃をこなすので精いっぱいなのだ。だから社員を増やそうとあれこれやってみたが、どれも結果に結びつかない。それでも経費だけはかかるから、どんどんお金がなくなっていく。稼ぐどころか、赤字が膨らむ日々だった。


(だけど無料の仕事もいつかは終わる。そこから新たなスタートを切れるはず。だから今は無料の仕事をなるべく早く片付けることを考えよう)


 エルド王子は、あれ以来、たびたびスウミを呼び出すようになった。

 同じ王都に住んでいるから気軽に来られると思われているのだろう。スウミにはスウミの都合があるのだが、立場上あまり強くも言えず、仕事が忙しいと言ってはみたが、聞き流されてしまっている。王子からの呼び出しを断るということも考えたが、果たして貴族にそんなことが許されるものなのだろうか?


 呼び出されて何をやらされるのかというと、他愛もないことが多かった。政治談義をしたり、茶飲み相手を務めたり。リオンと一緒に王城の書庫へ本を探しに行かされたこともあった。ひどい時は用すらなく、自室で書類仕事をしているエルド王子をただ眺めるだけで終わった日もあった。

 一度、部屋の掃除を言いつかったこともあった。報酬は払うというので、幾らもらえるのか聞いたら、1回200万ギルだという。それなら10回で借金分になる。不要な仕事をやらせて報酬という形でお金を渡す、それもまたよくある汚職のやり口ではないかとスウミが指摘すると、エルド王子は「強情すぎる」と嘆いた。もちろん掃除は断った。



 スウミは焦りを感じ始めていた。王子と会うこと自体は楽しくないわけではないことは認めざるを得ないけれど、今は時間が惜しい。


 ただ、馬の遠乗りにつれていってくれたのは嬉しかった。おかげでうちの子を思いきり走らせてやれた。そして、そんなふうに都合の良いときだけ喜ぶ自分は身勝手に思えて、自己嫌悪してしまい、結局王城から帰ってくるときは暗い気持ちになっているのだった。





 そんなある日、事務所にゼオがやってきた。相変わらず耳には白い珠のピアスをつけていて、彼がドアを開けて入ってきたとき、白珠が陽光を反射してきらりと輝いた。


「大丈夫なのかよ」

「いきなり何のこと? というか、私がここにいるのをなんで知ってるの。王都支店をオープンさせたって、ゼオには言ってなかったよね?」


 受付カウンターで気の滅入る帳簿をつけていたスウミは、座ったままゼオを見上げた。


「噂で聞いたんだよ。そう、それできょうは来たんだ。おまえのところ、すげえ評判悪いじゃねえか」

「う、それを言われると辛い」


「何があった?」

 太い腕を伸ばしてカウンターに手を突き、スウミの顔を覗き込んできたゼオに、肩をすくめて見せた。


「チラシの書き間違いがあって、無料で仕事をやることになって、あと窃盗を疑われて、社員が去って……」

 指折り数えていると泣きたくなってきた。


「情けねえなあ。やっぱりお嬢様に仕事なんて無理か」

「そ、そんなことない。ここから巻き返すんだから」


「へえ、どうやって?」

「……それは……まだ……考えてないけど」

 ゼオはため息をついた。


「この分だと、愛人になるのは確定だな。アリージャの愛人になるか、俺の愛人になるか、あるいは両方……、まあ、どうなるかは俺たち夫婦の話し合い次第だけどな」


「うう……。というか、ゼオは私を助けてくれたよね? それなのに私を愛人にする気なのっておかしくない?」


「何言ってんだ、それはそれ、これはこれだ。返済は応援してやるけど、金が返せないなら、こっちも遠慮しねえ」

 借金取りには借金取りの理屈があるようだ。


 ゼオはスウミのくせ毛を一房掴んで、軽く引っ張った。

「もしも好きな男がいるなら、返済期限の春までに抱かれておきな。心残りがないようにな。愛人になったら、もうほかの男に会わせてやる気はねえから、俺もアリージャも」

「私は愛人にはならないから余計なお世話よ」

 スウミは手を振り払った。

「それならそれでしっかり稼げよ」


 ゼオは後ろ向きに数歩下がり、くるりと向きを変えるとドアを開けた。そのまま出ていこうとしたが、ふいに振り返った。


「どうしても愛人になるのが嫌だっていうんなら、夜逃げも視野に入れたほうがいいかもな。……今のはひとり言だ」


 ゼオが眩しい日差しの中へと出ていき、ばたんと音を立てて、ドアが閉まった。

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