3-3
人の少ない回廊まで
(どうやってマルクたちに合流すればいいんだろう)
二人はまだ会場にいるのだろうか。だとしても、あの
「どこで待っているのが正解かしら……」
考えながら歩いていると、急に腕を引っ張られた。
「あっ」
シャルロットは驚いて振り返った。
「あなたは……」
さっきの公爵令嬢、と思ったときには、胸を強く押されていた。
「よくも私のウィリアム様を……! 婚約なんて認めませんわ!」
背中に
「イタタ、危ないったら」
シャルロットは起き上がってドアを開けようとしたが、外開きのドアは開かなかった。
「わかりやすい
からかいやすかったであろうロザリーを立ち直らせ、ウィリアムと
「嫌がらせなんて……、初めてだわ!」
シャルロットはハッとして、胸がドキドキし始める。まるで意地悪をされる小説の主人公のようだ。
帝国では変わり者とよく言われたが、
「そう。いじめられるって、こういう気持ちなのね」
高鳴る胸に手をのせて、少々口角を上げながらシャルロットはつぶやいた。突っ込み役は不在である。
窓を開けて外を見ると、会場からは離れてはいるものの、一階や二階のテラス席が見えるので、大声で呼べば誰かしら気づきそうだ。
大声を出すなど、
それをしなくてもここは二階なので、シャルロットの身体能力をもってすれば、飛び降りることも可能だ。多少の擦り傷は
「どうしようかな」
シャルロットは窓の
「こういうとき、騎士が助けに来るものじゃないかしら」
ふと、ポケットに小瓶が入っていることに気づいた。
シャルロット愛用の香水だ。
「そもそも、ダンスのときに気もそぞろになってしまったのはマルクのせいだし、こうしてわたしが閉じ込められてしまったのも、目を離したマルクの失態よ」
そう言いながらシャルロットは小瓶の
「マルクは気づくかな」
もう一滴。
「来たら、許してあげる」
更に一滴。
「来る……来ない……来る……来ない……」
シャルロットは花
「シャルロット」
マルクの声がした。聞き違いだろうか。
「そんなところで、なにをしているんだ。殿下と一緒ではないのか」
シャルロットは窓の縁に手をついて身を乗り出した。
テラス席とは反対側。一階の
「来たっ」
シャルロットは目を丸くする。
「一人よ。部屋から出られないの!」
シャルロットの言葉に「なぜ?」という
「待っていろ」
「マルク!」
テラス席のほうに駆け出そうとするマルクをシャルロットは呼びとめた。そして窓の縁に足をのせて立ち上がる。ドレスのスカートが風でふわりと広がった。
「受けとめて!」
「なにやってるんだ、やめろっ」
シャルロットの行動に気づいたマルクが制止をするが、構わずシャルロットは飛び降りた。
「……っ」
文句を言う
横抱きにされたシャルロットは、ギュッと
「ナイスキャッチ!」
「おいっ」
「やっぱりマルクは来てくれた」
シャルロットは顔を上げると、花びらが開くように顔をほころばせた。マルクはその表情を見て、
「部屋に行くまで待っていられなかったのか。危ないだろ」
「でもマルクは、もっと高いところから落ちたわたしを受けとめてくれたことがあるでしょ」
シャルロットは出会った日のことを言っているようだ。
「あれは
「今も緊急事態だったんだもの」
シャルロットはマルクの首筋に顔をうずめた。
「マルクが足りなかったの」
「……なにを言ってるんだ」
そう言いながらも、マルクは
トクトクトク。
シャルロットの鼓動が速くなっている。
──シャルロット様。次は殿方といるときの、ご自分の鼓動を観察されてみてはいかがでしょう。
アンヌの言葉を思い出した。シャルロットは目を閉じる。
これはなんのドキドキだろうか。
高いところから飛び降りたから? それとも、マルクに抱えられているからだろうか。
速いけれど、
抱き上げられて、揺りかごのように包まれる安心感があるのかもしれない。
いや、たとえ抱き上げられていなくても。
シャルロットにとってマルクの腕の中は、どこよりも安全で、安らげる場所なのだ。
ならばきっとこの動悸は、飛び降りたことによるものだろう。
そう結論を出して、シャルロットは目を開けた。
「今朝はごめんなさい、避けるようにしてしまって。悪気はなかったの」
「構わない」
「昨日からマルクを見ると、なぜかドキドキしてしまって」
シャルロットは頰を染める。
「……」
マルクは
「……あまり期待させるな」
「なに? 聞こえなかった」
「こちらのことだ」
マルクはシャルロットをそっと地に降ろした。
「ねえマルク、なにもない暗がりから来たけれど、どこに行っていたの?」
「用があったわけじゃない。頭を冷やしがてら外を歩いていただけだ」
「頭を冷やすって……」
「それより」
更に追及しようとしたシャルロットの言葉が
「殿下と婚約したんだな」
「そう、それ!」
シャルロットはマルクの両腕をガシリと摑んだ。
「どうしようっ」
「なにを言っている。嬉しくはないのか」
「喜ぶべきなのかもしれないけど、なんだか急すぎるんだもの」
「そういうものか」
マルクが首をひねる。
「マルクだって、相手が好きな人でも、急に婚約が決まったらびっくりするでしょ」
「驚くかもしれないが、喜ばしいだろう」
いや、俺の場合は相手が
「ありえない想定はどうでもいい」
と言いながら首を振った。
「帰るのか?」
マルクは改めてシャルロットを見下ろした。
「ええ。あの会場には戻れないもの」
「そうか」
二人は歩き出した。
──その様子を、離れた二階のテラスから、ウィリアムが見ていた。
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