3-2
*****
ウィリアムが初対面のシーンをかいつまんで話すと、シャルロットはポンと手を打った。
「あのときの落としもの!」
やっとシャルロットは思い出した。
「あのときは背もわたしと同じくらいだったのに、大きく育ったのね!」
「いや、そこまで小さくなかったし、落としものでもないからね」
ウィリアムは
「シャルロットのおかげで健康になったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
シャルロットはニッコリと微笑んだ。ウィリアムもつられたように目を細める。
「シャルロットは変わらないね。いや、あの
「当然よ」
ウィリアムがはにかみながら
今日のシャルロットは王子と出かけるとあって、貴族らしい
「シャルロット、一昨日はどうしてあんな格好をしていたの?」
「それは……」
身分を
「えっとね……」
上手い言い訳が思いつかず、シャルロットは冷や汗を流した。
「いいよ、言えるようになってからで。事情があるんでしょ?」
そう言うウィリアムは気を悪くしているようではないので、シャルロットは胸をなでおろした。
「今はこうしてシャルロットといられるだけで胸がいっぱいなんだ。ずっと会いたかった」
アッシュブルーの
(わっ)
シャルロットはドキリとする。
あいさつとしてそう
(こういうときには、なんと返せばいいのかしら。勉強はなんの役にも立たない!)
シャルロットがあわあわとしているうちに、馬車が劇場の前で
「行こう、貴婦人たちに人気の演目を予約したんだ」
ウィリアムにエスコートされながら馬車を降りると、シャルロットはリードされるままにウィリアムの
(昨日はマルクに、腰に手を回されたんだっけ。街中だったから人に当たらないように……)
「こういうことに慣れていないの?」
ウィリアムに
「男性と出かけたりしなかった?」
重ねて聞かれて、こくこくとうなずく。
(昨日、マルクと予行練習をしておいてよかった。しなかったら、もっとひどかったはず!)
そう考えていると、
「あの騎士とも?」
とウィリアムに尋ねられ、シャルロットは顔を上げた。
なぜマルクのことを聞かれるのだろう。
「気にしないで。とても親しそうだったから」
軽く首を振ったウィリアムに「ここだよ」と座席へ
劇場は主に
シャルロットとウィリアムが座ったのは、舞台の真正面、二階の最前列で、特等席だ。
「晴れてよかったよ。雨が降ると中止だからね」
シャルロットが腰掛けてから、ウィリアムも着席する。
客席には屋根があるので天候はそれほど
「まだ時間が早いの? わたしたち以外いないけれど」
シャルロットは周囲を見回す。
「貸し切りだからね。二人でゆっくり観劇したいと思って」
ウィリアムが微笑んだ。よく見ると
「無理にチケットを押さえたんじゃないよ。今日はソワレ公演しかなかったから、もう一公演してもらえないかと
ウィリアムが直接
とはいえ、ウィリアムは街で人気のようだし、「皇太子が見た演目」ということで広告になり、集客につながるかもしれない。
「準備をしてくれてありがとう、ウィリアム。演劇はあまり見る機会がなかったから楽しみよ。演目はなに?」
「『
「えっ!?」
シャルロットがあげた声に驚いたようで、ウィリアムは目を丸くした。
「どうかした?」
「わたし、その話好きなの!」
「そう、よかった」
ウィリアムは
なんという
近年の人気作だからシャルロットが読んだわけで、それが
しかし、
「その主人公のモデルがウィリアムなんじゃないかって言われているの、知ってる?」
「……シャルロットはそれも知ってたんだ」
ウィリアムはいたずらがバレた子どものような表情で、
「まさかウィリアム、
「そんなわけないよっ」
ウィリアムは慌てて否定する。
「そうじゃなくて、そういう噂を耳にしたから、前からこの作品に興味があったんだ。原作を読んだことがなかったからね。今回はいい機会だと思って」
(なるほど。偶然なようで、そうでもないのね)
シャルロットは納得した。
「どうして自分がモデルと言われているのか知ってる?」
「聞いた話によると、僕がよく城下街に顔を出しているのが義賊王子と
ウィリアムの声が小さくなって、視線を伏せた。
その悲しげな表情を見て、シャルロットは昨日の
──ウィリアム王子が、一歳下のジョルジュ王子に地位を
まさに、街のヒーローとして、ウィリアムと義賊王子が重ねられているのかもしれない。
「あと、
ウィリアムは気を取り直したように言った。
「ウィリアムは銃が得意なの?」
「そう。昔は身体が弱かったから、
ウィリアムは
「すごいわ! 一番なんてそうなれるものじゃないもの!」
シャルロットは
「マルクも
シャルロットの言葉に、ウィリアムの動きが
「ねえ、ウィリアムはどんな
「恋愛小説は……、読んだことがないかな」
「そうなの」
シャルロットは残念そうに
マルクには朗読をさせているので、彼はシャルロットの好きな本を一通り読んでいる。感想をねだれば、
「そうだ、ウィリアムは
シャルロットは手を組んで、キラキラと
「もしかして、ラバーズヒルに行ったの?」
「そうよ。とても
「あの騎士と一緒に?」
ウィリアムに
「ええ……」
しどろもどろに返事をしながら、昨日のことを思い出してシャルロットは頰を
それを見たウィリアムの表情が
「やっぱり、彼と仲がいいんだね」
「マルクは六歳からわたしの騎士だから」
「彼とは、それだけ?」
「それだけって?」
シャルロットは首をかしげる。
そのとき、開演のベルが鳴った。
「あっ、始まる」
シャルロットはワクワクして、前のめりになりながら舞台を見下ろした。
本を
舞台に集中しようとするシャルロットの耳元で、ウィリアムが
「シャルロット、手をつないでいてもいいかな」
「えっ」
姿勢を戻すと、ウィリアムの端整な顔がすぐ近くにあった。
(近いっ)
ドキリとしてシャルロットは背を反らした。
(なぜか昨日から、すぐ心臓が激しくなる!)
「どうぞっ」
シャルロットは左胸を押さえながら返事をした。
ニッコリと微笑んだウィリアムは、自分の手を
(わたしの知ってる握り方と違うっ)
シャルロットの
いつまでもウィリアムの手が離れないどころか、ときどき指が動いて手の平をくすぐられるので、観劇どころではなかった。
結局シャルロットは、芝居の内容をほとんど覚えていなかった。
(疲れた……)
シャルロットは案内されたシュルーズメア城の
常に気力や体力がマックスのシャルロットにとって、珍しい
いわゆる、
観劇が終わったのは日が暮れ始めたころだった。
お
シャルロットは緊張が長時間続いたことで意識が
「真っ赤だね。可愛いな」
ウィリアムは楽しそうにシャルロットの顔を覗いてきたので、わざと密着していたのかもしれない。
「
わざわざこの部屋までシャルロットを送り届けたウィリアムは、そう
ううう、とシャルロットはうなる。
心や身体が思うように
「失礼いたします」
ノックのあとに聞き慣れた声に、シャルロットはガバリと起き上がり、ぴょんとソファから飛び降りた。そして扉から姿を現したアンヌに抱きつく。
「いかがなさいましたか、シャルロット様」
「わたしの心臓が
シャルロットは
アンヌは背中をさすってシャルロットを落ち着けて、改めてソファに座って話を聞いた。シャルロットは昨日から起こる
シャルロットが必死になるほど、アンヌの口角が上がっていく。
「まあ、それはおめでとうございます」
「なにがっ!?」
シャルロットは半泣きで、笑顔のアンヌにしがみつく。
「それは壊れたのではなくて、治ったのですわ。シャルロット様が成長している
「そうなの?」
シャルロットは
「素敵な
シャルロットは左胸を押さえる。今はアンヌといてリラックスできているせいか、心臓の動きはゆっくりだ。
「殿方なら
言われてみれば、街ではぐれ者たちに腕を摑まれても、なにも感じなかった。
「激しい運動をせずに鼓動が速くなるのは、主に緊張をしたときです」
不安、
「シャルロット様。次は殿方といるときの、ご自分の鼓動を観察されてみてはいかがでしょう」
なぜドキドキするのか。どんなふうにドキドキするのか。
そこにはきっと、意味があるはずだ、とアンヌはシャルロットに伝えた。
「……よくわからないわ」
シャルロットはシュンとする。なにしろドキドキすると、頭まで真っ白になってしまうのだ。考えている
「難しく考えなくてもいいのです。胸の鼓動は、自分の意思で速くしたり
アンヌはシャルロットの
観察、分析は、美容薬開発などでシャルロットが日常的にしていることだ。
自分の心について、それをしろとアンヌは言っている。
(アンヌは簡単に言うけれど、やっぱり難しそう)
なんと言っても心はかたちがないし、見えないのだ。薬の素材とは話が違う。
「
アンヌは自分の左胸を軽く
(わたしの心臓は、今まで異常だったのかしら)
シャルロットは細い眉をひそめた。
「そろそろ準備を始めなければなりませんわね」
アンヌに促され、シャルロットは
シャルロットはベルベット地のモスグリーンのドレスと、アップにした髪に同色のヘッドドレスを身に着けた。皇女としてではなく子爵
シャルロットや後ろに控えるアンヌの美しさに、夜会の会場はざわめく。
「マルク様は会場で合流することになっています。もういらっしゃるはずですわ」
アンヌがシャルロットに耳打ちした。
(マルクが……)
今朝は避けるような態度を取ってしまった。会って
フロアは
「あっ、ウィリアム発見」
グラスを片手に持ったウィリアムは令嬢たちに囲まれていた。
白いサテン地の夜会服に銀のサッシュがかけられ、それがプラチナブロンドの
(女性たちがウィリアムに
そこに、ウィリアムもシャルロットに気づいて近づいて来ようとする。シャルロットは首を横に振り「あとで」と口パクで伝えた。
(
貴婦人たちから
視線を
こちらはウィリアムと対局な装いで、素材がわからないほどコートに銀糸や金糸で
「ううむ……」
シャルロットの〝美しいもの探知機〟はピクリともしない。
シャルロットにはよくあることで、
ここはシャルロットの感性としかいいようがないが、「容姿は心の鏡」なので、どんなに外見は整っていても、心に
「あの者は?」
「第二王子のジョルジュ
シャルロットの問いにアンヌが答える。
「あれがウィリアムの弟……、似ていないわね」
男性にしては珍しく、カラス羽のような深いブルネットの髪を肩まで
(兄弟仲良くできるといいのだけれど)
シャルロットの兄姉は人数が多いうえに仲がいいので、改善方法はまったく思いつかない。
(……あれは)
更にもう一つ、控えめな輪を見つけた。
(マルクだわ)
こうして夜会で、軍服以外の装いをしているマルクを見るのは初めてかもしれない。
壁に背を預けながら、女性たちと
(わたしに対してはいつも、
シャルロットはムッとする。
(昨日はそうじゃなかったけど。むしろ昨日のマルクなんて、もっと笑顔だったから!)
シャルロットは心の中で張り合った。
「ねえアンヌ、マルクは今日、なにをしていたの?」
「存じませんわ。……マルク様が気になりますか?」
「そういうわけじゃ……」
シャルロットは口ごもった。
(今日はほとんど一緒にいなかったのに、なぜマルクのことばかり考えてしまうのかしら)
そこに、
(ダンスに誘っているのね)
マルクは令嬢になにか返事をして、顔を上げた。
シャルロットと視線が合う。
ドキリとして、思わずシャルロットは身をひるがえした。
「アンヌ、行きましょう!」
マルクが令嬢と
(なによ、デレデレしちゃって。わたしの騎士なのに!)
だんだん
会場を出て
「どうしたの?」
シャルロットは驚いて、しゃがんで令嬢に声をかけた。
「気にしないでください。私なんかといると、
令嬢はうつむいたまま肩を
(
シャルロットは令嬢の両手を握って、自分が立ち上がる勢いで令嬢も引っ張り上げた。強制的に立ち上がらされた令嬢は、瞳に雫をつけたままキョトンとしている。
令嬢のドレスには、胸元から腰の下まで、みごとに赤ワインのラインが入っていた。誰かにワインを引っかけられたようだ。
「よかったら事情を話して」
シャルロットは令嬢に微笑みかける。
シャルロットの行動とともに、その美しさにも絶句していた令嬢は、しばらくして口を開いた。
「私はロザリーと申します」
ロザリーは十八歳の
「実は、公爵家のティンクチャーと私のドレスの模様が似ていると、その公爵家のご令嬢を怒らせてしまって……」
ティンクチャーとは、
ロザリーの説明を聞く限り、それらの模様はさほど似ていない。ロザリーと公爵令嬢は同じ学校の級友で、いじめの口実のようだ。
「そのご令嬢はとても力を持っていて、誰も逆らえないんです。近々ウィリアム殿下と
(ウィリアムと婚約?)
そんなに性格の悪そうな令嬢とウィリアムが婚約することに、シャルロットは
「私が悪いんです。それに、慣れていますから……」
「慣れているって、よくあることなの?」
ロザリーはうなずいた。シャルロットは眉をつり上げる。
「私は
「軽々しく醜いと口にするなんて! だからあなたはいじめられるのよっ」
シャルロットから事情を話せと
「そこから抜け出そうと努力をしたの?」
「し、してません。意味がないですし」
「美しければ抜け出せるのね?」
「
「
シャルロットの
「美しさを追求しない者は見過ごせないから手伝ってあげるわ。来て」
シャルロットはロザリーの手を引いて空き室を探した。
「ここでいいわ。アンヌ」
「はい」
「よし、できた。鏡を見て」
シャルロットが促すと、ロザリーは鏡を見ながら口を半開きにして言葉を失った。
「これが、私?」
「ね? 努力しないとわからないでしょ」
彼女を美しく仕上げたシャルロットは胸を張った。
短めだった眉はほどよい角度と長さに修正されて、睫毛は黒々と伸びてくりっとした瞳がより大きく見えるようになった。鼻筋がすっとして、
「これはわたしが開発した化粧品よ。今日使ったものはサンプルとしてあげる」
アンヌから受け取った羊皮紙に羽根ペンで、シャルロットは化粧のコツをサラサラと書いて、化粧品とともに
「知識は武器! 美しくなれば幸せになるのよ。精進するように!」
ピシッとシャルロットは指先をロザリーに
「シャルロットさん……!」
ロザリーはシャルロットに抱きついた。
「泣かないの! 化粧をし直さなきゃいけなくなるでしょ!」
慌ててシャルロットはロザリーを引きはがした。
「はい。嬉しくて、つい」
泣き笑いのロザリーに、シャルロットはにっこりと微笑む。
「あとは、ドレスね。わたしのドレスと交換しましょうか」
「いいんですか?」
「もちろん。このわたしの美しさが、ドレスごときで
「お、思いません」
ふるふるとロザリーは首を振る。
「では」
シャルロットとロザリーは、アンヌの手を借りてドレスを交換した。
「素敵なドレスに仕立て直すから、ロザリーがそのまま着ていてもいいと思ったのだけど、応急処置で少しワインの
「ワインの匂い? ……って、なにをしているんですか、シャルロットさん!」
シャルロットは自分が着ているドレスに、ボトルワインをぶちまけた。もともと
「この染みをこうして……」
シャルロットとアンヌは、
その上に胸元からひざ
「バラの
ロザリーはうっとりとシャルロットを見つめた。もともと、このように仕立てられたドレスのようだ。まったくワインの染みには見えない。
「みじめにしか見えないと思っていたドレスが、こんなに素敵なドレスに生まれ変わるなんて」
ロザリーは
「私はどうせ醜いのだと決めつけていました。
「ロザリーならできるわ!」
シャルロットは満足そうにうなずいた。
「シャルロット様、ワインの匂いはかなり取れましたから、いつもの
「そうだ、そちらのドレスに入れっぱなしだったわ」
シャルロットが愛用している香水は、上品な甘さのホワイトローズを主とし、いくつかの花の精油を
先ほどまで着ていたドレスのポケットから
「ロザリー、会場に戻りましょう」
「はい、ありがとうございました!」
三人は会場に戻り、深々と礼をしたロザリーと別れた。ロザリーの周りがざわめき、数人の男女に話しかけられている。級友のようだ。みな美しくなったロザリーに驚いている。
そのなかで、おもしろくない表情をしている女性の集団がいた。ロザリーをいじめていたという公爵令嬢たちだろう。
ロザリーは談笑していたうちの一人の紳士にエスコートされて、フロア中央に移動しながら踊り出した。頰を染めたロザリーは満面の笑みを浮かべている。
「見てアンヌ、やっぱり美しさは幸せを呼ぶのね」
「さすがシャルロット様ですわ」
ロザリーは前向きになり、アンヌにも褒められてシャルロットが気持ちよくなっていると、視界にマルクが入ってきた。
(あっ……)
シャルロットを探していたらしいマルクと目が合うと、令嬢たちと談笑していた姿を思い出して、むっとして思わず背を向けてしまった。
そこに、「シャルロット」と
「もういいの?」
この会場にはウィリアムと話したい者が山ほどいるはずだ。
「もちろん、と言いたいところだけど、きりがつくのを待っていたら夜会が終わってしまうよ。僕はシャルロットと踊りたい。付き合ってくれる?」
「喜んで」
シャルロットは差し出されたウィリアムの手に、手を重ねた。曲はワルツだ。ゆったりとした
美しい二人のダンスに周囲の者は息をのみ、ざわめきまでやんだ。演奏がクリアに聞こえる。
「シャルロットは誰よりも輝いているね。どこにいても、すぐにわかるよ」
ウィリアムの甘やかな口説き文句も、シャルロットは当然だと受け流してしまう。
「話は聞いたよ」
「なんのこと?」
「このワインのドレスのこと」
なんと耳の早い。
「あの公爵令嬢は
「親が
「シャルロットのように考えられる貴族は多くないよ」
ウィリアムは
「そういえば、ウィリアムはその令嬢と婚約するんでしょ?」
「まさか! またそんなことを言っていたのか。シャルロットは真に受けていないよね?」
(やっぱり、おかしいと思っていたのよね)
曲に合わせてターンをする。
またマルクが目に入ってしまった。シャルロットは眉を寄せる。
(目を離すと、すぐに女性たちに囲まれるんだから!)
シャルロットの胸はモヤモヤとする。
「その話はずいぶん前に断ったんだ。なんだろうね、噂話を広げれば
「そうかもしれないわ」
シャルロットの視線は、つい壁際に行ってしまう。
マルクはまったくこちらを見ない。シャルロットが踊っていることに気づいていないのだろうか。アンヌがついているからと安心しているのかもしれないが、職務
「僕にはずっと気になる人がいた。内政でそれどころではなかったけど、落ちついたらシャルロットに会いに行くつもりだったんだ。だから、こうして会えたのも運命みたいで……」
「そうね」
「ねえ、シャルロット。僕たち……」
シャルロットの意識は、半分壁際に行っていた。耳をそばだてたって、マルクたちの会話が聞こえるわけではないのに。
「……しよう」
「ええ」
「本当にいいんだね?」
ウィリアムに腰を引かれた。身体が密着する。至近距離にあるウィリアムの顔は
「え、ええ。もちろんよ」
シャルロットはやっとウィリアムに顔を向けた。話を聞いていなかったとは言えない。
ぱっとウィリアムの表情が輝いた。
「嬉しいよ、シャルロット」
ウィリアムは足をとめて、ギュッとシャルロットを抱きしめた。周囲で踊っていた者たちも何事かと足をとめる。
(えっ、なに? なんのこと?)
シャルロットは内心、冷や汗をかいた。
「みんな、聞いてほしい」
ウィリアムの声に、生演奏もやんだ。視線が集中する。
「僕は彼女と婚約することになった!」
ウィリアムの手がシャルロットの肩に回された。にっこりと笑みを向けて来る。
わっと
(ええっ、わたしとウィリアムが婚約!?)
とてつもなく重要な言葉に、シャルロットは生返事をしてしまった。
「殿下、この美しいご令嬢を
ウィリアムが問われているのを、シャルロットはぶんぶんと首を横に振る。今はお
「近いうちに正式に発表するよ。今日は仮発表ということで。彼女から返事をもらえたから嬉しくて。ねっ」
シャルロットはうなずいた。うなずくことしかできない。
(ど、ど、ど、どうしようっ)
確かにウィリアムと恋愛し、あわよくば
「ウィリアム、今日は疲れてしまったみたい。申し訳ないけれど、先に失礼してもいいかしら?」
周囲が
このままではシャルロットも質問
「わかった。大丈夫? 明日も会いに行っていいかな?」
ウィリアムもシャルロットの耳元で返事をした。シャルロットはこくこくとうなずく。この場から逃げ出せるならなんでもいい。
二人の仲
「お似合いですな」
「シュルーズメア王国も
「このお二人のお子ならば、さぞや美しいでしょう」
さまざまな声が聞こえてくる。早くも
(しまったわ! マルクに会場では目立たないようにと言われたのに!)
シャルロットは頭を
(でも、わたしのことを放っておいたマルクの職務怠慢のせいでもあるんだからね!)
心の中で
対応をウィリアムに任せて、シャルロットは
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