三章 婚約は突然に

3-1

 翌日。

 日が高くなったころにウィリアムが馬車でむかえに来た。馬車のドアには王家のもんしょうが大きくデザインされているが、そのほかの外装はシンプルで、きんぱくやら絵画やらの派手なそうしょくはされていない。

 シャルロットはアンヌたちに見送られ、馬車に乗り込んだ。


「こうしてシャルロットと会う日を、とても楽しみにしていたよ」

「わ、わたしも……」

「今日も、とてもれいだ」


 となりに座るウィリアムが長い足をえると、身体からだが密着した。

 ドキリとして、シャルロットのかたに力が入った。ウィリアムがクスリと笑う。


「一昨日のせいはどうしたの? リラックスして。これから遊びに行くのだから」


 たんせいな顔立ちのウィリアムにのぞき込まれ、シャルロットはますますカチンと石のように固まった。


(そう、これはデート。美しい王子とのデート。運命のこいじょうじゅさせるという意気込みの本番のデート!)


 シャルロットは赤いサテンごうしゃなドレスのスカートをにぎって、あせを流しながら、内心キャーッと悲鳴をあげていた。

 うれしい悲鳴でもあり、どうしようというまどいの悲鳴でもある。

 異性と二人きりで出かけるなんて、家族とマルクをけば初めてなのだ。きんちょうするなというほうが無理だ。

 アンヌはいっしょに来てくれるかと思っていたのだが、「そんなすいなことはできかねますわ」とあっさり断られてしまった。

 ──実は、かりなのはマルクのことだ。

 一晩てばいつも通りになると思っていたのに、今朝マルクと顔を合わせると、シャルロットはつい顔をそらしてしまった。

 なぜか、まともに顔を見ることができなかった。

 結局、しゃく家を出るまでけるように過ごしていた。


(変に思われていないかしら)


 今日はもともと夜会に参加する予定だったので、マルクとアンヌとは夜会で合流することになっている。


(今のこの状態もふくめて、わたしはどうもおかしいわ)


 シャルロットはほおに手を当てて考える。

 相手が異性だろうと、初対面だろうと、おうこう貴族だろうと、おそらくゆうれいかいぶつだって、基本的にシャルロットはおくさない性格だ。

 シャルロットは、世界がいつもとはちがう歯車で回っている気がしていた。

 これまでこうぐうで自由ほんぽうに過ごしてきたシャルロットが、この旅で一人の女性として変化しようとしているのだが、本人はそれを自覚できていない。


「ねえシャルロット。六年前のこと、思い出してくれた?」

「六年前なの?」


 ウィリアムの言葉に、シャルロットはやっと彼と目を合わせる。

 一昨日のウィリアムの話からすると、自分たちは過去に会っているようだ。

 あれからシャルロットも思い出そうと努力してみたが、頭をどうしぼってみても、おくの一欠片かけらも出てこなかった。


「……僕は忘れたことなんてなかったんだけどな」

「ごめんなさい」


 ウィリアムの表情がかげったので、シャルロットはあわてて謝った。もう一度記憶をさぐってみる。


「えっと、六年前というと、わたしは十歳で……」

「僕は十四歳だ」


 ウィリアムが六年前の二人の出会いについて語り始めた。



*****



 十四歳のウィリアム・シュルーズメアは、遊学のためにりんごくのヴァローズていこくわたっていた。


つかれた……)


 授業が終わり、宿しゅくはく先にもどる前にウィリアムはかげこしを下ろした。

 母国と帝国は二日あれば移動できるだけあって、気候はそれほど変わらないし、大きな文化の違いもない。


(このまま、この国に移住してしまおうかな)


 ウィリアムは数年前からきょじゃく体質になり、きゅうけいはさまないとたおれてしまう。原因は不明だ。

 今もこうして帰路のちゅう、休憩をとっていた。ゆっくりと身体を倒して目を閉じる。初夏の風がウィリアムのプラチナブロンドをサラリとらした。

 ウィリアムは王位けいしょう権第一位の第一王子ではあるが、その体質のためていしんたちに将来を不安視されている、といううわさを何度も耳にした。

 自分のむすを玉座にかせたいという第二王子の母が噂を広げているのかもしれないが、ウィリアム本人も、自分に父親のようなハードな公務が務まるとは思えなかった。

 母親が野心をしにしているためか、ていである一歳年下のジョルジュともうまくいっていない。

 この遊学も、義母が父に強くすすめたのだという。ウィリアムがいないうちに、ばん固めでもしたいのかもしれない。


けん争いになんて興味がない。なりたい人がなればいいよ)


 正直、地位よりも自分の身体のほうが気になる。一生この虚弱体質は治らないのだろうか。


(治らないだろうな。がそう言っていたのだから)


 くつな気持ちになっていると、少しはなれた場所で、カサカサッと草がれる音がした。それから、草をむような小さく軽い音が近づいてくる。


(ウサギかな)


 そう思っていると、目を閉じている視界が暗くなった。が届かなくなったようだ。

 雲がかかったのかと、ウィリアムは目を開ける。


「うわっ」


 思わず声が出た。

 至近きょから、見知らぬ少女に見下ろされていた。


「な、なに?」


 慌ててウィリアムは後ずさりながら上半身を起こす。

 少女を見て、ウィリアムは二度おどろいた。豪奢なきんぱつを有する少女が、かつて見たことがないほど可愛かわいらしかったからだ。


「せっかく美しいものが落ちているから、どうやって持ち帰ろうかと」

「……なに言ってんの」


 ウィリアムはムッとした。

 からかわれていると思ったのだ。

 確かにウィリアムの造形は整っているが、ほそっていて女の子とちがえられることもあった。ウィリアムはそれがコンプレックスだった。


「だから、持ち帰りかたを……」

「そっちじゃなくて」


 いや、それもなのだが。「美しい」も「落ちている」も「持ち帰る」も、つまり少女の発言すべてがおかしかった。


「こんなにガリガリなのに……」

「おなかがすいているの?」

「食べてるよっ」


 ウィリアムは体質を説明した。少女にいくつか質問をされて答えると、少女は複数のしょうじょうの可能性と、その改善方法を理路整然と説明した。まるで専門家のようだ。


くわしいね」


 ウィリアムは三度驚いた。


「わたしは医者や研究職の兄さまたちに協力してもらって、美容薬の研究開発をしているの。食事は美に直結するからね。美に関してはドンとこいなのよ」


 少女は胸を張った。


「疲れやすいでしょ? 集中力がれたり、気持ちが後ろ向きになったりする。それも治るわ」

「そんなことまで、本当に?」


 ウィリアムは思わず少女の細いりょうかたつかんだ。


「もちろん。これからは、いろんなことが上手うまくいくようになるわ!」

「……いや、やっぱり、そんな簡単にいくはずないよ。いろいろためして、ずっとこんな状態なんだ。どうせ一生、このままなんだ」


 ウィリアムは少女から手を外し、うつむいた。すると「いけない!」と、首がグキリと鳴りそうな勢いで、両手で顔を持ち上げられた。


「そんなにウジウジしていたら、美しさがげるわ!」

(美しさが逃げるって……)


 ウィリアムはぼうぜんと少女を見つめた。


「わたしが教えた改善方法、ちゃんと実行するのよ! 必ずよくなるわ! 身体はこうかんできないのだから、きちんと向き合わなきゃだめ。返事は!?」

「は、はいっ」

「よし!」


 なっとくしたというよりも、勢いでウィリアムはうなずいた。

 こうして少女と話しているうちに、上手くいかないことを、すべて体質のせいにしていたことを自覚した。


「もし、それでも体質が治らなくても、努力した事実は残るわ。自信がついて、いまよりも、もっと心身が美しくなっているはずよ! だけど、わたし」


 シャルロットは至近距離からウィリアムを見つめながら微笑ほほえんだ。


「今のあなたは、とても美しいと思うわ」


 ウィリアムはドキリとした。

 人生に対して投げやりになりかけていた自分に、がみが祝福をあたえてくれたように思えた。


「でも、そこに甘えちゃダメよ! 美は人を幸せにするの。せっかく美しいのだから、きちんとみがかないと世界の損失よ。まだまだ、あなたはいけるはず! しょうじんして!」

「世界の損失……」


 少女は大真面目に、またよくわからないことを言った。おそらく、彼女のモットーなのだろう。


「シャルロット!」


 遠くから聞こえてきた男性の声に、少女はビクリと肩をすくめて顔色を変えた。


「マルクだわ! この声はおこってるかも。なぜっ」


 少女は慌てたように立ち上がった。少女はシャルロットというようだ。


「あの、シャルロット」


 呼びかけると、走りかけていたシャルロットがかえった。


「そう言ってくれるなら、僕が本当に美しくなったら、デートしてくれる?」


 シャルロットはまた満面のみをかべた。


「ええ、もちろん!」


 そしてシャルロットはつんいになって、少し先にあるいけがきすきに入っていった。小さな身体だからこそ、ギリギリ通れる隙間だった。


「おまっ……、そんなところから」


 生垣の向こうから、驚いたような男性の声が聞こえてきた。ここからでは姿は見えない。


「遠くに行くなと言っただろ」

「言われたとおり近くにいたわ! だからマルクの声も聞こえて、すぐに戻ってきたでしょ」


 シャルロットは必死に言い訳をしている。


「見えなければ同じなんだよ。心配させるな」


 マルクというらしい男性は、やれやれとため息交じりの声になった。シャルロットは許されたと感じたようで、「あのねっ」とはしゃいだトーンに変わる。


「わたしの〝美しいもの探知機〟がビンビンでね。見に行ったら、美しいものが落ちてたの!」

「なんだそれは」


 そんな会話がだんだんと遠のいていった。


「シャルロット、か……」


 名を呼んでみると、ウィリアムの胸は甘いもので満ちた。


 あの変わった言動と名前と年代で、シャルロットは皇女だとのちに判明した。

 この国では、シャルロットは〝変わり者のひめ〟として有名なようだ。

 変わり者といっても、ネガティブな意味合いはほとんどない。

 シャルロットはかなりおてんで手がかかるようだが、そのようなめんどうごとは専属のマルクとじょのアンヌが一挙に引き受けているため、周囲にめいわくおよんでいないことが大きいようだ。

 むしろ、好意的な意見が多かった。

 シャルロットは開発している美容に関する品の試作品をたびたび周囲に配っていた。王侯貴族は男女問わず美容に力を入れている者が多く、効果にも定評があるようで、開発者の評判も上がっていたのだ。

 そんな姫のアドバイスどおりにすると、本当にウィリアムの体質は改善した。

 不思議なもので、心身が元気になるとさまざまなモチベーションまで上がって、運動も勉強もこれまで以上に精を出し、身体もたくましくなっていった。

 一年後に国に戻ったときには、別人のようだと株が上がった。

 するとウィリアムのもとに、廷臣たちから相談ごとが持ちかけられるようになった。弟のジョルジュのばつに属さない者たちだ。それまではウィリアムが本当に王位を継承するのか判断できず、口をつぐんでいたようだ。

 つまり、ウィリアムは次期王としてみなされるようになり、いやおうでも継承争いに巻き込まれるようになっていった。

 落ち着いたらシャルロットに会いに行こうと考えていたが、その機会にはなかなかめぐまれなかった。


 そんなある日。

 ウィリアムが馬車で貴族街から城に戻る途中の城下町で、貴族の男性に助けを求められた。

 けつけてみると、再会を夢見ていた少女が、なぜかしょみんの格好をしてそこにいた。

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