三章 婚約は突然に
3-1
翌日。
日が高くなったころにウィリアムが馬車で
シャルロットはアンヌたちに見送られ、馬車に乗り込んだ。
「こうしてシャルロットと会う日を、とても楽しみにしていたよ」
「わ、わたしも……」
「今日も、とても
ドキリとして、シャルロットの
「一昨日の
(そう、これはデート。美しい王子とのデート。運命の
シャルロットは赤いサテン
異性と二人きりで出かけるなんて、家族とマルクを
アンヌは
──実は、
一晩
なぜか、まともに顔を見ることができなかった。
結局、
(変に思われていないかしら)
今日はもともと夜会に参加する予定だったので、マルクとアンヌとは夜会で合流することになっている。
(今のこの状態も
シャルロットは
相手が異性だろうと、初対面だろうと、
シャルロットは、世界がいつもとは
これまで
「ねえシャルロット。六年前のこと、思い出してくれた?」
「六年前なの?」
ウィリアムの言葉に、シャルロットはやっと彼と目を合わせる。
一昨日のウィリアムの話からすると、自分たちは過去に会っているようだ。
あれからシャルロットも思い出そうと努力してみたが、頭をどう
「……僕は忘れたことなんてなかったんだけどな」
「ごめんなさい」
ウィリアムの表情が
「えっと、六年前というと、わたしは十歳で……」
「僕は十四歳だ」
ウィリアムが六年前の二人の出会いについて語り始めた。
*****
十四歳のウィリアム・シュルーズメアは、遊学のために
(
授業が終わり、
母国と帝国は二日あれば移動できるだけあって、気候はそれほど変わらないし、大きな文化の違いもない。
(このまま、この国に移住してしまおうかな)
ウィリアムは数年前から
今もこうして帰路の
ウィリアムは王位
自分の
母親が野心を
この遊学も、義母が父に強く
(
正直、地位よりも自分の身体のほうが気になる。一生この虚弱体質は治らないのだろうか。
(治らないだろうな。
(ウサギかな)
そう思っていると、目を閉じている視界が暗くなった。
雲がかかったのかと、ウィリアムは目を開ける。
「うわっ」
思わず声が出た。
至近
「な、なに?」
慌ててウィリアムは後ずさりながら上半身を起こす。
少女を見て、ウィリアムは二度
「せっかく美しいものが落ちているから、どうやって持ち帰ろうかと」
「……なに言ってんの」
ウィリアムはムッとした。
からかわれていると思ったのだ。
確かにウィリアムの造形は整っているが、
「だから、持ち帰りかたを……」
「そっちじゃなくて」
いや、それもなのだが。「美しい」も「落ちている」も「持ち帰る」も、つまり少女の発言すべてがおかしかった。
「こんなにガリガリなのに……」
「お
「食べてるよっ」
ウィリアムは体質を説明した。少女にいくつか質問をされて答えると、少女は複数の
「
ウィリアムは三度驚いた。
「わたしは医者や研究職の兄さまたちに協力してもらって、美容薬の研究開発をしているの。食事は美に直結するからね。美に関してはドンとこいなのよ」
少女は胸を張った。
「疲れやすいでしょ? 集中力が
「そんなことまで、本当に?」
ウィリアムは思わず少女の細い
「もちろん。これからは、いろんなことが
「……いや、やっぱり、そんな簡単にいくはずないよ。いろいろ
ウィリアムは少女から手を外し、うつむいた。すると「いけない!」と、首がグキリと鳴りそうな勢いで、両手で顔を持ち上げられた。
「そんなにウジウジしていたら、美しさが
(美しさが逃げるって……)
ウィリアムは
「わたしが教えた改善方法、ちゃんと実行するのよ! 必ずよくなるわ! 身体は
「は、はいっ」
「よし!」
こうして少女と話しているうちに、上手くいかないことを、すべて体質のせいにしていたことを自覚した。
「もし、それでも体質が治らなくても、努力した事実は残るわ。自信がついて、いまよりも、もっと心身が美しくなっているはずよ! だけど、わたし」
シャルロットは至近距離からウィリアムを見つめながら
「今のあなたは、とても美しいと思うわ」
ウィリアムはドキリとした。
人生に対して投げやりになりかけていた自分に、
「でも、そこに甘えちゃダメよ! 美は人を幸せにするの。せっかく美しいのだから、きちんと
「世界の損失……」
少女は大真面目に、またよくわからないことを言った。おそらく、彼女のモットーなのだろう。
「シャルロット!」
遠くから聞こえてきた男性の声に、少女はビクリと肩をすくめて顔色を変えた。
「マルクだわ! この声は
少女は慌てたように立ち上がった。少女はシャルロットというようだ。
「あの、シャルロット」
呼びかけると、走りかけていたシャルロットが
「そう言ってくれるなら、僕が本当に美しくなったら、デートしてくれる?」
シャルロットはまた満面の
「ええ、もちろん!」
そしてシャルロットは
「おまっ……、そんなところから」
生垣の向こうから、驚いたような男性の声が聞こえてきた。ここからでは姿は見えない。
「遠くに行くなと言っただろ」
「言われたとおり近くにいたわ! だからマルクの声も聞こえて、すぐに戻ってきたでしょ」
シャルロットは必死に言い訳をしている。
「見えなければ同じなんだよ。心配させるな」
マルクというらしい男性は、やれやれとため息交じりの声になった。シャルロットは許されたと感じたようで、「あのねっ」とはしゃいだトーンに変わる。
「わたしの〝美しいもの探知機〟がビンビンでね。見に行ったら、美しいものが落ちてたの!」
「なんだそれは」
そんな会話がだんだんと遠のいていった。
「シャルロット、か……」
名を呼んでみると、ウィリアムの胸は甘いもので満ちた。
あの変わった言動と名前と年代で、シャルロットは皇女だとのちに判明した。
この国では、シャルロットは〝変わり者の
変わり者といっても、ネガティブな意味合いはほとんどない。
シャルロットはかなりお
むしろ、好意的な意見が多かった。
シャルロットは開発している美容に関する品の試作品をたびたび周囲に配っていた。王侯貴族は男女問わず美容に力を入れている者が多く、効果にも定評があるようで、開発者の評判も上がっていたのだ。
そんな姫のアドバイスどおりにすると、本当にウィリアムの体質は改善した。
不思議なもので、心身が元気になるとさまざまなモチベーションまで上がって、運動も勉強もこれまで以上に精を出し、身体も
一年後に国に戻ったときには、別人のようだと株が上がった。
するとウィリアムのもとに、廷臣たちから相談ごとが持ちかけられるようになった。弟のジョルジュの
つまり、ウィリアムは次期王としてみなされるようになり、
落ち着いたらシャルロットに会いに行こうと考えていたが、その機会にはなかなか
そんなある日。
ウィリアムが馬車で貴族街から城に戻る途中の城下町で、貴族の男性に助けを求められた。
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