2-2
翌日の午後。
シャルロットはピエールとともに、マルクとの待ち合わせ場所に向かっていた。マルクは朝食を済ませると、早々に出かけていた。
街行く人は
「ボクなんかがお供で申しわけないです」
ピエールが
シャルロットが美しい者以外できるだけ
「なにが? マルクから、ピエールはとても腕が立つと聞いているわよ」
シャルロットは護衛として申し分ない
「マルク様が……」
直接
「それに、いくらマルクの従卒だからといって、美しくなければわたしの視界に入れていないわ。ピエールはとても
「ありがとうございます、姫様」
年下の皇女に「可愛らしい」と言われたピエールは大いに照れた。マルクがいれば「喜ぶな」と突っ込まれただろう。
待ち合わせ場所は
シャルロットの好みに合わせてマルクが指定した広場で、
(わあ、近い近い)
顔を寄せ合って
(これが恋人の距離感なのね)
そこから連想するように、ことあるごとにマルクに抱きついていた自分を思い出し、更に顔を赤らめる。
(わたし、淑女としておかしなことをしていたのかも)
シャルロットは改めて、とんでもなく
(でも、ずっとそうだったから……)
幼いころからマルクはいつも
今まで使ったことがなかった脳の部位を
「あっ、マルク様ですよ」
ピエールの声に我に返ると、日時計の近くにマルクが立っていた。
いつもと
やはりマルクも目立っていて、特に女性たちの視線を集めている。
(さすがわたしのマルクだわ)
シャルロットは
普段のシャルロットならば走ってマルクに飛びついているところだが、距離感を考えていたばかりだったので
「マルク、待った?」
「いや、来たばかりだ」
「……!」
シャルロットは瞳を輝かせた。
(こんなシーン、何度も読んだわ!)
これはデートなのだと、シャルロットは改めてワクワクし始めた。
「ボクはこれで。楽しんできてくださいね」
出先で着ていたのであろう、マルクが手にしていた質のいい胴衣やクラヴァットを受け取って、ピエールは去っていった。
「どこに行くの?」
「着いてのお楽しみだ」
マルクに促され、二人は歩き出した。
見上げるとマルクと目が合い、ふっと微笑まれた。
「その服、よく似合っている」
その言葉にシャルロットは驚いた。マルクに服装を褒められたのは初めてだ。その表情があまりに柔らかかったので、シャルロットは少々頰を染める。
「アンヌが、おしゃれをしていけって」
シャルロットは白いレースのロングスカートの上に、
腰まであるブロンドの髪はハーフアップにして、右耳の上で結んでいる。そこにはボリューム感のある手作りのニットの花
皇宮では見られない、庶民ならではのフェミニンな
(こういうときって、褒め返したほうがいいのかしら)
そうシャルロットが考えていると、マルクに腰を引かれてドキリとした。
「人混みでは離れないように」
マルクはさりげなくシャルロットを人波から守っていた。
腰に回されている手が温かい。
思えば、シャルロットからはベタベタとマルクに
(マルクもデートだと思ってくれているのね)
なんだかくすぐったい気持ちになる。
「あっ、マルク。その店を見てもいい?」
シャルロットが指さしたのは生花店だ。帝国では見たことのない植物が目に入り、思わず足を止めてしまった。
「ああ、行こう」
マルクはシャルロットを促した。
シャルロットは購入する
「お
「十年は植物の研究をしているもの!」
シャルロットは得意になる。
「そういえばお嬢ちゃん、聞いたかい? 昨日もウィリアム王子が現れたそうだよ」
聞いたもなにも、シャルロットは会っている。
「昨日もって、よくあることなの?」
「知らないのかい」
四十代くらいのよく日焼けした店主は、驚いたような表情をした。
「ウィリアム王子は、よく城から貴族街に通っているからね。そのついでだろうけど、街の様子も気にしてくれて、困ったことがないかと声をかけてくれるんだ。いい王子だね。このまま王様になってくれるといいんだが」
「なるでしょ。第一王子なのだから」
そう言うシャルロットを、店主は「なにも知らないんだねえ」と同情するような表情で見た。
「ウィリアム王子が、一歳下のジョルジュ王子に地位を
「でも、ただの噂でしょ?」
王室の
「いやいや、俺は造園の仕事をしているから、貴族の屋敷の庭の手入れもするのよ。それで下働きの連中からも話が入るってわけだ。ウィリアム王子が貴族街に通っているのは、
マルクも切れ長の目を
(……あっ)
その奥。
通り沿いに立ち止まっている数人の
(マルクに見惚れているのね)
ついさっきまで「どうだ、わたしのマルクは美しいだろう」と鼻を高くしていたのに、なぜか少し、胸がモヤモヤした。
「マルク!」
シャルロットは、少し離れた位置にいたマルクの腕に手をからめた。
「どうした」
「購入したものの配達手配と、代金の
マルクは「
シャルロットが通りに視線を戻すと、女性たちがいなくなっていてホッとする。
(なんだったんだろう?)
シャルロットはモヤモヤの正体がわからず首をかしげながら自分の胸を押さえた。
生花店を出て、露店を眺めて歩く。
そのうちにシャルロットは、スパイシーな香りに誘われた。ウサギ肉をペースト状にして、パイ生地で包んで焼いたパテだ。
「このパテを食べていい? あっ、でもこっちの
街中デートをしたいと読んで考えた小説のシーンにも、恋人と食べ歩くシーンがあった。それもシャルロットがしてみたいことの一つだった。
皇宮では立食パーティが
マルクとは何度か庭でお茶会をしたこともあるが、座って食事をしただけだ。食べ歩きなど、帝国ではできない。
「戻ったら夕食だ。どちらか一つにしろよ」
シャルロットは大いに悩み、自分用にはパテを選んだ。うずら肉の串焼きも購入し、そちらはマルクが持つ。
「美味しい!」
レモンに似た
「これも食べるか?」
「食べる!」
マルクに口の前に
肉は四切れほどに分かれていたが、一切れが大きいので、半分ほどで
「これも美味しい」
シャルロットは頰に手を添えた。
「そうか」
マルクが
(あ、……れ?)
それはわたしの食べかけで、と言う前に、肉はマルクの口の中に消えていた。
シャルロットの顔が真っ赤になった。
(なんでこんなに恥ずかしいのだろう)
またも、理解不能な感情がこみ上げてきた。
(マルクは味見をさせてくれたのだから、わたしも食べてもらったほうがいいのかな)
しかし、手の中のパテには自分の歯型がはっきりとついている。
いまだかつて食べ物をシェアしたことがなかったシャルロットは、ちぎって渡すという発想がなかった。
「心配しなくても、俺はおまえほど食い意地は張っていない。すべて食べればいい」
シャルロットがあまりにも冷や汗を流しながらパテを
「ち、違う! そうじゃないわ!」
「……っ!」
かろうじてパテを飲み込んだマルクは、ゴホゴホとむせる。
「おまえは俺を殺す気か」
あやうく
「そんなつもりじゃ……! なにか飲み物」
慌てて走り出そうとするシャルロットの手をマルクが
「いい、動くな。ろくなことがない」
「ごめんなさい」
シャルロットはションボリとする。
「いいから、これでも食べていろ」
マルクはシャルロットに串焼きを
「それはマルクのだから」
「これ以上食べたら胸やけが起きそうだ」
「怒ってない?」
シャルロットは
「何年おまえに付き合っていると思う。こんなことで怒っていたら、
マルクに頭をぐりぐりとされたシャルロットは
「よかった! ごめんねマルク。わたしは今日、なんだかおかしくて」
「安心しろ。今日に始まったことではないから」
串焼きを食べ終えてしばらく歩くと、マルクが足をとめた。
「ここが目的の場所だ」
アーチの入り口に「ラバーズヒル」と書かれた看板があった。長い上り坂は、常緑広葉樹で覆われたトンネルになっている。
「二人で
「わあっ、ロマンティックね!」
シャルロットは手を組んで跳ねた。まさに好みの場所だった。
シャルロットのとびきりの笑顔を見て、マルクも満足そうに微笑む。
「ただし、二つ条件があるから、そうそう
「条件?」
「一つは、女性は目を閉じてトンネルを抜けること」
「そんなの簡単だわ……あっ」
運動神経には自信のあるシャルロットは、目を閉じて意気揚々と歩き出したが、すぐにつまずいた。足場は舗装されておらず、常緑広葉樹の根がむき出しになっている。
「そうなるから相手に、俺に摑まって歩くんだ」
「ありがとう、マルク」
転ぶ前にマルクに支えられ、そのまま手を
(目を開けられないと相手に
胸を
根に足を取られるたびにシャルロットはギュッとマルクの腕にしがみつき、
(なんだか、ドキドキする)
マルクにはしょっちゅう抱きついているのに、この違いはなんだろう。目を閉じていて、視覚以外の感覚が
マルクの
(ずっと、こうして歩いていたいわ)
「もうすぐ、トンネルの出口だ」
「……っ!」
(坂道だから、疲れちゃったのかしら)
「到着だ」
その声にシャルロットが目を開くと、小高い丘からシュルーズメア王国の街並みがよく見えた。青空のもと、奥にシュルーズメア城があり、その周辺に貴族街、そして城下町が囲うように広がっている。
「わぁ、いい眺め!」
シャルロットは丘の端に駆け寄った。風になびくハーフアップの髪を片手で押さえながら笑顔で振り返る。
「一つ目の課題は
「もう一つは運だ。この丘で、二人
「彩雲ってなに?」
シャルロットは隣りに並んだマルクを見上げた。
「彩雲とは、
「マルク、詳しいわね」
「調べておいたんだ。おまえに聞かれるだろうからな」
マルクの笑みに、シャルロットは頰を染めた。いつもマルクは、シャルロットがしてほしいことを先読みして、準備を整えてくれる。
「彩雲は幸福を呼ぶとも言われている」
「そんな雲、見たことがないわ」
「だから、そうそう容易に恩恵は受けられないと言っただろ。この景色を
マルクが言葉をとめ、驚いた表情で空を見上げている。
「どうかした?」
シャルロットもマルクの視線を追い、ぱっと瞳を輝かせた。
「美しいわっ!」
太陽を背負って、まるで七色の綿のような雲が青い空をゆったりと流れていた。
「これが彩雲ね!」
「ああ」
「すごい! じゃあわたしたち、永遠の愛を得られたということね!」
(……あれ?)
そう言ったシャルロットは、彩雲を見たまま動きをとめた。
(わたしと、マルクが、永遠の愛を……)
いやいや、とシャルロットは笑いながら首を横に振った。
「わたしたちが永遠の愛を得ても意味ないのにね! ……ってマルク?」
おかしいね、と二人で笑い飛ばすはずが、マルクの瞳は笑っていなかった。
真っすぐに見つめてくるマルクの表情は、シャルロットが知らないものだ。こみ上げる感情を
そのライトブラウンの瞳に吸い込まれるように、シャルロットは目が離せなくなった。
「マルク?」
シャルロットが不安げにそう呼びかけると、ポンと頭に手をのせられた。
「その噂は恋人の場合だ。俺たちには関係ない」
改めて見上げると、マルクはいつもと変わらぬ表情に戻っていた。
(あれ? 見間違いだったのかしら)
「そうよね、ここはラバーズヒルだものね!」
二人はしばらく丘からの眺めを
屋敷への帰り道、花時計広場を通った際に、シャルロットは
「マルク、ボートに乗りましょう! お
丘の上から湖が見えていて気になっていたのだ。
「
「任せて!」
ボート乗り場に行くと、かなり広い湖が広がっていた。恋人たちが
「立札に、遊泳禁止って書いてあるわね。ボート専用の湖みたい」
それでなくても秋口だ。わざわざ冷たい湖に入る者はいないだろう。
「だいぶ
「漕ぎ手は進行方向側に背を向けて座る」
「こっちね」
マルクの指導を受けてシャルロットはボートに乗り込んだ。
「いくわよ!」
シャルロットは腕まくりをした。やる気満々だ。
「ンーショ、ンーショ。思ったより重たいわね」
シャルロットが二本のオールで漕ぎ始める。ほとんど進まない上に、湖面をオールが叩いて激しい水しぶきがあがった。
「晴れているのに、なぜか水が降ってくるわ!」
「なぜかじゃない。理由は明白だ」
マルクは額の前に両手をかざして、水よけの
「腕は思いきり前に
「ボート中央の段差を足場にすると力を入れやすい」
「腕だけで漕ぐから重いんだ。身体全体を使うと楽になる」
シャルロットが慣れてくるたび、マルクは少しずつアドバイスを増やしていった。
「速く漕げるようになってきたわ!」
シャルロットは
「スピードを
マルクは
「そうね。じゃあ
反面教師がいたおかげで、シャルロットはすぐに
「どうだ、少しは明日の参考になったか」
「参考って?」
首をかしげそうになったところで、シャルロットは思い出した。
(そうだ、明日はウィリアムとデートするんだわ!)
すっかりそのことを忘れ、ただ
「う、うん」
頭から抜けていたとは言えない。
「そんなわけがないか。殿下が連れて行ってくださる場所とはかぶらないだろうからな」
まあ、でも、とマルクが笑みを浮かべながら続ける。
「楽しかったな」
「楽しかった? マルクも? ホントに?」
シャルロットは嬉しくなって身を乗り出した。
「パテを口に突っ込まれたのに!?」
「それはもう
マルクはうんざりした表情で髪をかき上げた。
──シャルロット様もお気持ちを変えないといけませんわ。
昨日アンヌに言われた言葉をふいに思い出した。
(運命の恋を成就させるという意気込みで、マルクとデートするように、という)
そうでなければ、
シャルロットはポッと頰を染めた。
その言葉を言われたからか、マルクが普段と違う面を見せたからか。
今日はずっと、ふわふわとしたような気持ちだった。
(思っていた以上に
うん、とシャルロットはうなずいた。
「わぁ、どいてどいて!」
叫び声がシャルロットの思考を
声の方向に顔を向けると、ボートがすごい勢いで向かってきていた。さきほど見かけた、スピードを出しすぎている少年二人だ。
どうやら調子に乗って最大スピードを出したところ、うっかりオールを落とし、自力で止められなくなったようだ。
シャルロットはすっかりオールから手を離し、ボートは動きを止めている。マルクの位置からではオールが届かず、向かってくるボートを
「シャルロット、そのまま動くな!」
マルクの声と、その身体がかぶさってくるのは同時だった。
次の瞬間、ボートを横から突く激しい
「助けて!」
見ると水しぶきをあげて、二人の少年が
「ここで待っていろ」
身を起こしたマルクはそう言うと、ボートから飛び降りた。
「落ち着け、
マルクは少年たちに声をかけながら
「
「だいじょうぶ、ありがとう兄ちゃん!」
感動している少年たちに、マルクは自分たちのボートのオールを渡した。そして、安全に漕ぐよう言い含めて送り出す。
マルクは長身で
「オールを渡してしまって、いいの?」
「どうせずぶ濡れなんだ。ボートを
マルクはシャルロットが乗ったボートの側面を持って歩き出す。
「そんな! ボートに乗りたいと言ったのも、避けられなかったのもわたしなのに」
その言い方にマルクはイヤな予感がした。
「気にするな。これは事故だ。おまえは余計なことをせずに、そこにいろよ」
「マルクが湖の中からボートを押しているのに、わたしだけのうのうとボートに乗っているなんてイヤ。わたしも手伝うわ!」
シャルロットは湖に飛び込んだ。
「……やると思った」
マルクは頭痛がするとでもいうように額を押さえた。
「ひゃっ、思った以上に冷たい! 天気がよくて助かったわね、マルク」
シャルロットのブロンドの髪が水面に広がった。重ねているチュニックが一気に水を吸い込んで重たくなる。
「遊泳が禁止されているということは、ボートと人が
マルクは普段の冷静な表情でシャルロットを
「わかっているけれど、一緒に運びたかったんだもの」
ずれてはいるが、それがシャルロットの優しさなのだとマルクは理解できた。
「仕方がない」
マルクは高めの位置で片手でシャルロットを
「しっかり摑まっていろよ」
「わっ」
シャルロットはマルクの首に腕を回した。
「重いでしょ。わたしもギリギリ足がつくから歩けるわ」
「湖面には岩があって足場が悪い。おまえを歩かせるわけにはいかない」
「そうしたら、さっきよりマルクが大変なんじゃ」
「だからボートに乗っていろと言っただろう」
シャルロットはうなだれた。
「ごめんなさい」
「おまえの暴走には慣れている」
「ボートに戻ったほうがいい?」
「このままでいい。俺一人に運ばせたくなかったんだろ」
至近距離にあるシュンとした表情のシャルロットを、マルクは柔らかい瞳で見つめた。
ボート専用の冷たい湖で、マルク一人に
シャルロットの思いは、ただそれだけだったのだ。
一見、
桟橋に着き、先にシャルロットを岸にあげると、マルクも身軽に桟橋に着地した。
「あっ、手を貸そうと思ったのに」
シャルロットが
「おまえのことだから、引っ張るふりをして落とすんだろ」
「バレてた! だってお約束だもの」
「これ以上、無駄な体力を使わせるな」
二人は近くの
幸い外気は暖かかった。夕暮れなので服が乾くとまではいかないが、
「そろそろ屋敷に戻らないと……」
茜色の空を見上げながらシャルロットはつぶやいた。
もう少し日が落ちるのを待ってもらえないかと、夕日を
静かになったマルクに目を向けると、
そこに夕日が当たって
「寝ているの?」
「このままでは
「もしかして、わたしのせい?」
「ほかに誰がいるというんだ」
(……どれだけ見ていても
心の中で賛美していると、マルクの上半身に新しいひっかき傷がいくつも服の下に浮いているのに気がついた。
「マルク、怪我をしてる」
シャルロットは胸や首の辺りを示した。マルクは「胸?」と言いたげに手を当てると、得心したように手を芝生に戻した。
「さっきの子どもだな。溺れないように必死だったから、その時に引っ
かなり長いミミズばれもあり痛々しいと思っていると、今度はマルクの足の異変に気づいた。
「これは、血……」
下衣が黒いので気づかなかった。
シャルロットがマルクの足元に移動してそっと裾をめくっていくと、
「マルク、大変!」
シャルロットは真っ青になる。
「触らなくていい。おまえは血が嫌いだろう」
「えっ、別にそんなこと……」
「湖底の岩で切ったようだ。放っておいていい。そのうち止まる」
かつて戦場に行き、命の
「だめよ!
シャルロットは飛び上がるように立つと、駆け出そうとする。素早く上半身を起こしたマルクが、その手をしっかりと握った。
「待て。どこに行く」
「お医者さんを探してくるわ」
「医師なんてそう見つからないだろ」
しかも
「移動するなら俺も行く。
「動く前に消毒して止血したいのに!」
シャルロットは
「水、消毒……」
シャルロットは繰り返して、周囲を見た。
「うん、いけるかも。ねえマルク、剣を貸して。植物を採取したいの」
シャルロットはマルクの前でしゃがんだ。意図を察したマルクは、レイピアとともに
シャルロットは一番上のチュニックを
すぐにいっぱいになった植物を抱えて、シャルロットは戻ってきた。
「まずは傷口を水で洗い流す。湖の水は危険な
シャルロットは
「こういう、
シャルロットはそう説明しながら、植物のツルリとした半透明の内部をくりぬいていく。それを布に集めて、傷口の上で絞った。布越しにサラリとした透明な液体がしたたり、血を洗い流した。
絞りきった
「これはバラ科の植物で、本当は根のほうが
その葉を傷口に重ねて
「終了!」
シャルロットは満足そうにマルクの下衣の裾を下ろして、短剣を返した。
「これでしばらくは大丈夫よ。屋敷に戻ってお医者さんを
「ずいぶんと手際がいいな」
「見直した?」
シャルロットは得意げな顔をマルクに近づけた。
「
マルクは
「万能薬?」
なんの話かとキョトンとしたあとに、マルクと出会った日のことを思い出し、シャルロットは赤くなった。
マルクの
「あのときはまだ六歳だったから。というか、何年前の話をしているのよ!」
恥ずかしすぎて、シャルロットは逆ギレをした。
「なにを照れているんだ」
マルクは不思議そうだ。
(あれ? 確かに、どうしてこんなに恥ずかしいのかしら)
マルクには添い寝をしてもらっていたし、いつもあいさつ代わりに抱きついているのに。
(そう、いつも……)
目の前には湖水で服の張り付いた、
(わあああっ! わたしったら、なぜそんなことができたの!?)
シャルロットは両手で顔を覆った。
「どうした、シャルロット」
マルクに手首を握られて顔を覗き込まれそうになる。シャルロットは慌ててうつむいた。
「言ったでしょ、わたしは今日、おかしいのよ」
きっと初めてのこと
今晩、頭を整理して、明日になれば元通りになるはずだ。
火照った顔を上げられないでいると、
「シャルロット」
と良く響く低い声が耳元で囁いた。
せっかく落ち着いてきた鼓動がまた高まって、シャルロットは意識が遠のきそうになる。
(もう離れて!)
シャルロットはそう思っているのに、追い打ちをかけるようにマルクが抱きしめてきた。
「ま、ま、マルク……」
マルクからのここまでの接触は
マルクはそのまま動かなくなる。
「シャルロット……」
マルクに声をかけられた。
なにかを言いかけ、しかしその続きの言葉をのみこんだ気配がした。
「……幸せになれよ」
しばらくして、優しい声が
マルクはゆっくりと身を離し、帰ろうとシャルロットを促す。
マルクを見上げたが、逆光で表情は見えなかった。
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