二章 初めてのデート
2-1
「そろそろ、シュルーズメア王国ね」
シャルロットはワクワクしながら、馬車の窓から外の景色を
国境に関所は設置されておらず、この辺りは放牧された牛や羊などが草を
昨夜は帝国内の宿屋に
「ウィリアム
そう声をかけてくる
「アンヌはどんな男性が好みなの?」
シャルロットは気になって、
「わたくしが舌を巻くほどの、頭脳
「それは
マルクは
「そうおっしゃるマルク様は、どんな女性がお好みなのですか?」
「そういえば、聞いたことがなかったわね!」
シャルロットが
「俺を巻き込むな」
マルクは
「照れなくてもいいじゃないの」
「俺が照れているように見えるのか」
マルクの表情を文字にできるなら「
「マルク様は、山のように
「えっ、そうだったの?」
アンヌの言葉にシャルロットは
「人気があるのは当然ですわ。シャルロット様が手放しで認める容姿に加え、この若さで
「確かに! さすがわたしのマルク!」
シャルロットは
「やめろアンヌ」
マルクはきまりが悪そうだ。アンヌは「事実ですわ」と
「それで、マルクはなぜ
シャルロットは心底不思議そうにマルクを見る。
マルクは
「それをおまえが言うのか」
「ん?」
マルクは
「手のかかる
「わたしのせい!?」
ひゃあっと喜んでいるともとれる悲鳴をシャルロットはあげた。
馬の
周囲の景色も石造りの建物に囲まれるようになり、更に進むと広大な
しばらくして、馬車が
「
シャルロットが降りると、手入れをされたバラ園に囲まれたレンガ造りの屋敷が目の前にあった。
この屋敷はシュルーズメア王国に住む
「国王が
隣りに並んだマルクが伝える。
「夜会に参加できるのね!」
「そうでもしないと、王子に近づくことすらできないだろ」
「さすがマルク!」
いつものようにシャルロットがマルクに
(いけない、
幼い
シャルロットはマルクから
「でも、
「招待状は本物だから入る際には問題ない。そのほかにも手回しをしているが、会場では目立つなよ」
「わかったわ」
マルクの言葉に、シャルロットは
それからは使用人に部屋を案内され、それぞれ別行動となった。
これからは子爵家の息女として振る舞うので、貴族らしいドレスに
それに、この服装のままならば周囲を散策できるだろう。初めての国に
しかし、シャルロットは一人で行動することを固く禁じられている。
「アンヌはどこに行ったのかしら」
一通り荷物の整理が終わると、使用人たちに屋敷を案内してもらうと言って出て行ったきり、アンヌが
ウロウロしていると、裏庭で馬の世話をしているピエールを見つけた。
「アンヌ様はまだ屋敷の方々に案内されていますよ。国が
ピエールは
「ピエールも手はあかないの?」
「はい。急いで走らせたので、馬たちに無理させちゃったんですよね。しっかりケアをしてあげないと!」
ピエールが馬をなでる。
シャルロットが
「ありがとう。ピエールもゆっくり休んでね」
シャルロットは礼を言ってその場を立ち去った。
「
と、シャルロットがトボトボと歩いたのは三歩までだった。
「一人で行動するなと言われたのは帝国。でも、ここは隣国だから約束は無効ね!」
シャルロットは都合よく
「街並みはそこまで帝国と変わらないわね。でも空気が違う。こちらのほうが内陸だからね」
シャルロットは青空の下で深呼吸する。
主に三階建ての石やレンガの
「そういえば、一人で散歩するのって久しぶりね」
美容薬の素材集めは必ずマルクかアンヌが
(読んだ小説で、城を抜け出した王女がこうして城下町を歩いているときに、運命の人と出会うシーンがあるのよね。ステキ!)
主人公の王女がはぐれ者たちに
「ほら、もっとあるだろ。
(そうそう、こんな感じで絡まれて……ん?)
その声は想像ではなく、実際に聞こえてきたものだった。
シャルロットがそちらに足を向けてみると、一人の男性を五人の男性が囲んでいるようだった。
大通りから外れているとはいえ、人通りは多いのに誰も助けようとしない。こういうことは
服装からして、五人が平民、囲まれている一人が貴族のようだ。貴族といっても身に着けているダブレットはあまり質のよくない
「もう
二十代前半くらいの貴族は
「貴族様の所持金がこれっぽっちなわけがねえだろ。痛い目にあわされたくなければ、全部出せよ」
ガラの悪い
「だから、
「やめなさいっ!」
シャルロットがその場の男性達に声をかけた。
「おいっ、なにしてくれてんだよ」
「それはこちらのセリフよ。寄ってたかって
「おい、こんなベッピン見たことねえぞ」
「まぼろしか」
男たちは目を
「わたしが美しいのは当たり前よ。日々どれだけ努力していると思っているの。美は内面から宿るの。そんなことをしているから、あなたたちは醜いのよ。善行を重ねて美の徳を積みなさい!」
さっさと逃げればいいのに、シャルロットはわざわざ一人一人に指を突きつけて説教をするので、見惚れていた男たちが我に返ってしまった。
「なっ、なにわけのわからねえこと言ってんだ」
「痛い目にあいてえようだな」
「傷はつけるなよ。この女は金になるぞ」
「あら、わたしがお金を生むって、なぜ知っているの?」
シャルロットは得意げに胸を張った。
「長年の研究の成果で、美容品のブランドをいくつも立ち上げているの。どれも好評よ。美しい肉体は美しい精神に宿るけれど、逆もしかり。あなたたちも美しくなればきっと心が
「コイツはなんの話をしてるんだ」
斜め上からの返しに再び男たちはたじろいだが、今度は立ち直りが早かった。
「話しても
シャルロットは両側から腕を取られた。
「ちょっと、手までガサガサじゃない! それに、そんなに
「意味がわからん。女を
精神的に
「その女性を放せ!」
視線を向けると、身なりのしっかりとした長身の男性が、男たちに
サラリとしたプラチナブロンドの髪に、
シャルロットは
「なんと美しい!」
「なんだおまえは! こんな上玉、手放すわけがねえだろ。消えろ!」
男の一人が近くの空き
剣士が元の位置に戻った
「なっ……髪が!」
男の頭部は
「僕は剣よりも
再び剣士に刃先を向けられた男たちは、顔を見合わせた。
「銃って……、おい、もしかして
「おそらく、本物だ。剣の
「相手が悪い」
男たちはうなずき合って、シャルロットを解放して逃げて行った。
「二度と悪さをしてはダメよ!」
シャルロットは口の布をはぎ取って男たちの後ろ姿に向かって叫んだ。それから「
「あの、さっきはありがとうございました」
そうシャルロットに礼を言ってきたのは、男たちに囲まれていた貴族の男性だ。どうやら貴族はシャルロットに助けられたあと、助けを呼びに行って、剣士を連れて来たようだ。
シャルロットは落ちた小袋を拾って男性に渡す。
「わたしはなにもしていないわ。お礼なら彼に言って」
(絡まれているところに助けに現れるなんて、まるで小説の中の王子様みたい!)
物語のようなシチュエーションにウキウキしながら、シャルロットが長身の剣士を見上げると、剣を
剣士の目が大きく見開かれる。
「まさか……。いや、こんなところにいるはずが……。しかもそんな格好で」
剣士は
それに構わず、改めて
「美しい……」
すると剣士は銀色の
(わたしはなにか、おかしいことを言ったかしら?)
シャルロットの発言で、意図せず相手を
「
クスクスと笑いながら剣士はシャルロットを見つめる。
「久しぶりだね、シャルロット。僕を覚えていない?」
「わたしのことを知ってるの!?」
今度はシャルロットが驚く番だ。
(どなたかしら。こんなに美しいのだから、わたしが忘れるはずがないのに。だけど、シュルーズメア王国に知人なんていないはず)
シャルロットは頭をひねるが、なんにも引っかからなかった。
「殿下の手を
貴族は遠くに
周囲に助けを求める際に前方不注意で馬車の前に飛び出してしまい、乗っていた剣士に事情を話したという流れのようだ。
「構わない。
「殿下?」
シャルロットは貴族の言葉を
「こちらはウィリアム殿下です。あなたもただ者ではないとお見受けしておりましたが、殿下とお知り合いだったのですね」
深入りしないほうがいいと判断したのか、貴族の男はもう一度礼をすると足早に去っていった。
「ウィリアム、って……」
シャルロットの声に反応して剣士、もといシュルーズメア王国第一王子のウィリアム・シュルーズメアが微笑んだ。プラチナブロンドの髪が陽光を反射して輝く。
この国に来た目的。
第一王子のウィリアムに出会うこと。
そしてあわよくば、ウィリアムと
(いきなり出会っちゃったわ!!)
あまりに予想外なことに、シャルロットの口がぽかんと開く。
「僕を思い出した?」
至近距離からアッシュブルーの瞳にねだるように見つめられ、シャルロットはドキリとした。
思えば家族やマルクたち以外の異性とこんなに近くで話すことなんてなかった。
(どこで会ったのかしら。夜会? そうなると人数が多すぎて……)
シャルロットは美容薬の研究に明け暮れていて、数えるほどしか夜会に顔を出していなかった。それでも一度に何百人も集まるし、シャルロットは興味のないことはすぐに忘れてしまう。
「ウィリアム……」
「シャルロット!」
ヒントをもらおうと声をかけたとき、シャルロットを呼ぶ声が聞こえた。
「あっ、マルクだわ」
ものすごい勢いでマルクが走ってくる。ウィリアムもそちらに顔を向けた。
「勝手なことはするなと言っただろうっ」
マルクはシャルロットを探して街を走り回ったのだろう。
そんなマルクも美しいと思ったが、それを口にすると
「それは帝国での話だから無効だと……」
「俺は一昨日、『勝手なことはするな』『俺の言うことは絶対に守れ』と、そう言ったはずだ」
旅立つ前日、シャルロットの部屋でのことだ。最近なので、すぐに思い出せてしまう。
(そうだった)
初めての街に舞いあがって、うっかり忘れていた。
「ごめんなさい」
シャルロットはシュンとうなだれた。
「二度目はないからな」
言葉は厳しいが、マルクのその声は
「……っ」
そこでマルクはウィリアムに視線を向けて、
遠くからシャルロットを見つけたときに、身なりのいい男性と話していることはすぐにわかった。シャルロットの安全が
「ウィリアム殿下、そろそろ」
馬車からやってきた従者がウィリアムに声をかけた。その言葉でマルクも相手がわかり、
「いいよ、気にしないで。きみは今でもシャルロットと一緒なんだね」
「今でも?」
マルクが
「ウィリアムは以前、わたしと会っていたみたい。マルクもそうなのね」
「いや、そんなはずは……」
とっさのことに、マルクは言葉が出ないようだ。
「僕はもう行かなきゃ。ねえシャルロット、いつまでこの国にいるの?」
「あまり長くはいられないだろうけど、数日は……。ね、マルク」
マルクはうなずいた。
「それなら、明後日の夜会に招待していい?」
「もともと出席する予定よ。また会えるわね!」
そうなんだ、とウィリアムは破顔した。
「夜会の前にも会えないかな。デートしよう」
「ええっ」
シャルロットは思わず声をあげた。願ってもない
「都合が悪い?」
「まさか!」
シャルロットは濡れた犬が
「よかった。明後日はどこに
シャルロットは仮宿である子爵家の住所がわからないので、マルクから伝えてもらった。
ウィリアムは二人に別れのあいさつをして、
「どうやったら街中で王子と
マルクは何度目とも知れない、未知の生物を見るような視線をシャルロットに向けた。
「ふふふ、実はね」
シャルロットは屋敷から出てマルクが迎えに来るまでの一連の流れを説明した。
「危険なことに首を突っ込むなと我ながらあきれるほどしつこく言っているのに。おまえには言葉が通じない」
シャルロットが話し終わると、マルクは怒りを
「ドンマイ!」
「誰のせいだ」
再び怒りのボルテージが上がりそうなマルクに、「それより!」とシャルロットは話を
「聞いていたでしょ、ウィリアムにデートに誘われたのよ。なんという
「まったくだ。一生分の運を使いきったな」
マルクは同意した。
隣国に来て早々、シャルロットは願いどおりに、まるで小説のように容姿も立ち居振る舞いも完璧なウィリアムと
誘われたということは、相手もシャルロットを
「ああ、これぞ運命! まさに運命の
シャルロットは両手を組んで、
マルクは
「よかったな、シャルロット」
「ええ!」
シャルロットは満面に笑みを浮かべながらうなずいた。
「でも、ちょっと不安だわ。デートなんてしたことがないもの。失敗してしまったらウィリアムに申し訳がないし」
シャルロットは眉をハの字に下げた。
「そういうものに、失敗もなにもないだろう」
「わたしは
姉に言われたとおり、運命の人にいつ会ってもいいように美しくいるよう努めていたが、出会ったあとの行動はなにも勉強していなかった。
珍しく不安を
「それなら、俺と予行練習をしてみるか」
「予行練習って……デートの?」
思わぬ言葉にシャルロットはマルクの言葉を復唱した。マルクは平静そうに見えて、少々はにかむような表情でシャルロットを見つめる。
「それは名案だわ!」
ぱあっとシャルロットは瞳を輝かせた。マルクはホッとしたように
「したいことはあるか」
「デートでしたいことなんて、いっぱいありすぎるわ!」
シャルロットは読んだ恋愛小説の場面を思い出して
「そうだ、街中デートがしたい!」
シャルロットは一人で街を散策しているときに思い出した小説の話をマルクに聞かせた。
王女は城下町で貴族の男性と出会い、街で遊んでいる間に
「結ばれない二人の、うたかたの恋」
マルクは
「二度と会えなかったけれど、二人は一生独身で愛を
シャルロットはうっとりと語った。
「考えておく」
そんなことを話している間に、子爵の屋敷に着いた。
「シャルロット様!」
心配して待ち構えていたアンヌとピエールが
「なぜその反省を次にいかせないのか」
シャルロットは頭がいいはずなのに、同じような失敗を繰り返す。本人が根本的に改善しようとしていないことが原因だろうが、そもそも改善しようと思わないことが問題だ。
マルクは用事の途中だったらしく、再び屋敷を出て行った。
シャルロットは部屋に戻ると、アンヌに今日街で起きたことを話した。アンヌは
「夜会を待たずして自力でウィリアム殿下に出会っただけでなく、お誘いまで受けるなんて。さすがシャルロット様としか言いようがありませんわ」
「そうでしょう」
シャルロットは得意顔になる。
「そして、明日は午後からマルク様とおでかけになるのですね」
マルクは明日の午前中まで予定があるという。さきほども屋敷に到着して早々着替えていたようで、貴族だとわかる上等なダブレットを着ていた。どうも
マルクが不在の間の護衛には、ピエールがつくことになっている。
「そうよ。でもよく考えたら、マルクと二人で出かけるなんて当たり前すぎるわね。デートの予行練習になるのかしら」
シャルロットが美容薬の素材集めをする際や、
「マルクはすぐに説教をするし」
シャルロットは不満そうに
「説教をさせるようなことをしなくなってから言え」とやり返されたに違いない。
「そこはマルク様も心得ていると思いますけれど。シャルロット様もお気持ちを変えないといけませんわ」
「気持ちを変える?」
シャルロットは首をかしげる。
「たとえば明後日、殿下とはどんなお気持ちでお会いになるのですか?」
「そうね……、意気込みでいうならば、運命の恋を
「では、同じ気持ちでマルク様とも
「同じ気持ちって……」
(運命の恋を成就させるという意気込みで、マルクとデートする?)
まったく想像がつかない。
「マルク様のことはウィリアム殿下だと思って接しないと、予行練習になりませんも
の」
シャルロットは何度かまばたきをする。
(言われてみれば、そうだけれど)
シャルロットはマルクとのデートをイメージしようとしたが、なにも思い浮かばなかった。つい最近まで、恋愛は
「とにかく、マルクとのデートを成功させて、恋愛上級者になってみせるわっ!」
シャルロットは気合いを入れた。
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