4.間違いだらけさがし①


 大失敗に終わったゼイン様とのデートから二日がち、私は絶望の最中にいた。


「ようやく始まったと思ったのに、そく終わった……」


 キノコでも生えそうなくらいにじめじめとした空気をまといながら、今もベッドにたおれ込んでいる。帰り道までは楽しかったのに、終わりが悪すぎて全て悪しになってしまった。


「元気出してください、大成功ですよ」

「えっ?」

ぐうぜんこうしゃく様が見ないかな、と思ってかばんに入れたんです」

「もしかして本当は私のことうらんでるの?」


 あっさりとそんなおそろしいことを言ってのけたエヴァンは、「まさか」と言ってみをかべた。


「自分と親しくなりたくてあんなリストを作ってくるなんて、けなわいれいじょうって感じじゃないですか」

じょうちょが不安定なへんたいちがいでは?」


 前半のきしめてもらう、までならまだい。後半のキスだとか押し倒されるだとかは、流石さすがに引かれたはず。はしたない女性など、絶対に彼の好みではない。

 その上、私の願いをかなえてくれようとした──らしいのに泣いてげてしまうなんて、最低すぎる。


「とにかくいまごろ、公爵様の頭の中はおじょうさまでいっぱいだと思いますよ。だいじょうです」

「…………」


 男性についてくわしくないものの、エヴァンの感覚はつうの男性とちがう気がしてならない。


「少し近づかれただけなんでしょう? それで照れて泣いてしまうなんて、最大のギャップですよ」

「確かにじゅんすいな感じが出せて、過去のお嬢様との違いは見せられたかと」

「それに男ってのは、女性のなみだに弱いですからね」


 けれどヤナもエヴァンに同意しており、私が気にしすぎなのかもしれないと、少しずつ元気が出てくる。


「お嬢様、ウィンズレットこうしゃくていからお手紙です」

「えっ?」


 そんな中、手紙が届いたことを知らされ、ゼイン様からだろうかとねるように顔を上げる。そうしてわたされたのは、可愛らしいももいろふうとうだった。


「あ、マリアベルからだわ」


 そこには可愛らしい字で、改めて先日助けたことに対するお礼と、公爵邸でマリアベルとゼイン様と三人でお茶会をしないかとつづられている。


「……本当に、引いてないのかしら」


 私にいやが差していたら、公爵邸に招いたりはしないはず。


「よし」


 ここでばんかいしようと思った私は「喜んで行く」という返事をすぐに書き、先日の言い訳や謝罪の言葉、持って行く手作りのおの準備を始めた。



*****



 そして、あっという間にむかえたお茶会当日。

 お城のような公爵邸の前にとうちゃくし、馬車から降りるとすぐに「グレースお姉様!」という声が耳に届いた。


「お会いできてうれしいです! ありがとうございます」

「こちらこそ、お招きいただきありがとう」


 天使のようなマリアベルがむかえてくれ、そのとなりには一週間ぶりのゼイン様の姿もある。

 つい先日のことを思い出し、顔に熱が集まっていくのを感じたけれど、落ち着けと必死に自分に言い聞かせた。


「ゼイン様、先日はありがとうございました」

「ああ」


 そうして全力の笑みを向けたものの、今日も顔が良すぎて直視するのがつらくなる。それからはマリアベルに手を引かれ、二人と共にしき内を歩いて行く。


「わあ……! とてもてきですね」

「ふふ、ありがとうございます。まんの庭なんです」


 広大な庭園では色とりどりの花々がほこり、庭木も美しくそろえられている。思わずいきれてしまうくらいにれいで、ながめているだけで胸がはずむ。

 何より小説の中ではすでくなっていて、私とは出会うことのなかったマリアベルと、こうしていっしょに過ごせることが嬉しかった。

 その結果イレギュラーなことが起きたとしても、しっかり対処していきたい。

 庭園のガゼボに案内され、準備をしてくるというマリアベルがその場をはなれたことで、ゼイン様と二人きりになる。私はすぐに彼に向き直ると、小さく頭を下げた。


「先日は失礼な態度をとってしまい、ごめんなさい」

「いや、俺こそ勝手なことをしてすまなかった」


 きっとやさしいゼイン様は、私が泣き出したことを気にしてくれていたのだろう。余計に申し訳なくなる。


「その、本気でだれかを好きになったのは初めてなんです。ゼイン様にれていただいたのがずかしくて……」

「……そうか」


 さっそくヤナが考えてくれた言い訳を使ったけれど、改めて口に出してみても天才すぎる。これならきっと、誰だって仕方ないと思うに違いない。

 ゼイン様も切れ長のひとみを少し見開いた後、なっとくしてくれたのか小さくうなずいてくれた。

 あのリストの後半についても相談相手のエヴァンが勝手に書いたものだと説明したことで、なんとか誤解を解くことができ、ほっとする。


「やあ、グレースじょう。初めまして。突然の参加、失礼するよ」


 そんな声にけば、くりいろちょうはつをひとつに結んだ長身の男性が立っており、彼がボリス様だと気付く。

 小説でもゼイン様の相談相手として、ボリス・クラムはほんの少しだけ出てくるのだ。


「初めまして。グレース・センツベリーと申します。よろしくお願いいたしますね」


 がおを向けたところ、ボリス様はこちらこそ、とさわやかな笑みを返してくれた。クールなゼイン様とは対照的で、明るく陽気なふんを纏っている。

 基本ゼイン様以外には塩対応ならぬ悪女対応の予定だけれど、彼の友人に対してはあい良くするつもりだ。

 ちなみに今日の私は春らしいミントグリーンのドレスを着ており、かみは同じ色のリボンでゆるく編み込み、まとめてもらっている。

 鏡に映る自分にしばらくれてしまったくらい、本当に可愛かった。


「いやあ、グレース嬢のことはもちろん知っていたけれど、本当に雰囲気が変わったね。とても綺麗だ」

「ありがとうございます」

「それもゼインのためなんだって? うらやましいなあ」

「余計なことを言うな」


 もしかすると、ゼイン様が私の話をしてくれたのだろうか。

 悪い話ではないことをいのりながら、あいづちを打つ。


みなさま、お待たせいたしました」


 やがてマリアベルももどってきて、お茶会が始まった。テーブルの上に所せましと並べられたキラキラかがやく可愛らしいお菓子達は、見ているだけで楽しい。

 けれどマリアベルはお茶を飲むのみで、お菓子やケーキには一切手をつけずにいる。

 もしかすると甘いものがきらいなのかもしれないと、作ってきたお菓子を出すタイミングを失ってしまう。

 そんな中、向かいに座るボリス様は笑顔のまま、まっすぐに私を見つめ口を開いた。


「ねえ、早速だけどゼインのどこが好きなの?」

「……ボリス」

「私も気になります! ぜひお聞きしたいです!」


 たしなめるようにゼイン様が名前を呼んだけれど、ボリス様に気にする様子はない。きっとボリス様も親友が無理やり悪女のこいびとにされたと知り、心配なのだろう。

 一方、マリアベルはれんあい話に興味のあるとしごろなのかキラキラと金色の瞳を輝かせ、両手をぎゅっと組んでいた。


「グレース嬢、気にしないでくれ」

「いえ、ぜひお話しさせてください!」


 私はゼイン様がらしい人であることも、自分とわないことも理解している。そんな彼に対し、害をあたえる存在ではないとアピールするチャンスだ。

 そう思い、テーブルの下で両手をきつくにぎりしめる。

 ──小説を何度も読み返したくらい、私はゼイン様やシャーロットが大好きだし、二人の良いところやがんりをたくさん知っているのだから。


「やっぱり、ゼイン様の優しいところが一番好きです。誰よりも周りをよく見ていてづかわれていますし、実は努力家なところも尊敬しています。何に対しても誠実なところも好きです。ゼイン様はご家族や友人、そしてお仕事に関しても──……」


 自分でもおどろくほどすらすらと出てきて、止まらなくなる。何もかもが私の正直な気持ちで、やはりこんなにも素敵な彼には幸せになってほしいと思ってしまう。

 そして気が付けば語りすぎていたようで、はっと顔を上げると、何故なぜか涙するマリアベルの姿があった。


「あ、あら……?」


 ボリス様も信じられないという表情を浮かべていて、流石に重かったかもしれないと、不安になりながら恐る恐るゼイン様へと視線を向ける。


「……ゼイン様?」


 私のひだりどなりに座るゼイン様は片手で口元をおおっていて、そのすきから見える顔は、ほんのりと赤かった。


「グレースお姉様……こんなにもお兄様のことをおもってくださっていたのですね……!」

「えっ?」

「そんなにゼインを見ていたんだな、驚いたよ。おさなみの俺より詳しいんじゃないか?」


 感激したようにハンカチで涙をぬぐうマリアベルと、感心したように私を見つめるボリス様には、どうやら私の熱い想いが伝わったようであんする。

 これからもゼイン様のため、そして世界と私の命のために頑張っていくという気持ちをめて、笑顔を向けた。

 そんな中、ゼイン様はこちらを見ようとはしない。ボリス様はくすりと笑い、ゼイン様のかたたたく。


「おい、ゼインも照れてないで何か言えよ」

「……うるさい」


 否定しないということは、まさか本当に照れているのだろうか。私が今言ったことは全て事実なのだから、照れる必要などないというのに。


「ゼインは表面ばかりを見られることが多いから、こんな風にめられて嬉しいんだろう」

「お前は少しだまってくれ」


 なるほど、いずれシャーロットがゼイン様の全てを理解し、愛してくれるから大丈夫! と心の中で親指を立てる。

 その後、ゼイン様の口数は少なかったものの、四人で楽しくお茶をしていると、やがて庭園の話になり、マリアベルが早速案内してくれることになった。


「では、お姉様をご案内してきますね」

「ああ」

「いってらっしゃい。男二人でのんびりしてるよ」


 そうしてマリアベルに再び手を引かれ、ガゼボを出て美しい庭園を歩いていく。


「本当にたくさんの種類があるのね」

「はい。こちらのラナンキュラスは──……」


 少し離れたところには、二人のメイドの姿がある。私の視線に気付いたらしいマリアベルは、彼女達が護衛とじょねていると教えてくれた。


「……お兄様は、とても心配しょうなんです」


 詳しいびょうしゃはなかったものの、ウィンズレット公爵夫妻が事故で亡くなった後、二人を利用しようとする欲深い人間が多かった、という話があったおくがある。

 こんなにもマリアベルは可愛いし、先日のゆうかい事件もあった以上、過保護になる気持ちも分かってしまう。

 私自身、ゼイン様に近づきたいという下心とは関係なく、もっとマリアベルと仲良くなれたらいいなと思っていた。


「マリアベルは、甘いものとかあまり好きじゃないの?」


 何気なくそうたずねると、マリアベルはぴたりと足を止め、困ったようにほほんだ。


「……実は、食べられないんです。誰かが作ったものを」

「えっ?」

「両親が亡くなった後、公爵家を乗っ取ろうとしたしんせきによって、料理に毒を盛られたことがあったんです。あれから、料理を食べるのがこわくなってしまって」

「そんな……」


 毒はゼイン様をねらったものだったけれど、偶然マリアベルが口にしてしまったらしい。

 一命は取り留めたものの、今すぐに殺してほしいとこんがんしたほど、苦しみ続けたという。


「もちろん今はお兄様の指示のもと、てっていてきに管理されていて安全なことも分かっていますし、使用人達のこともしんらいしています」

「……ええ」

「それでも、頭では理解しているのにいざ料理を前にすると怖くて仕方ないんです。このままではいけないと、分かっているのに」


 マリアベルはそう言って、長いまつせた。

 今の食事は生野菜と果物と、幼いころから食べている店のパンだけだという。まだ十四歳の彼女がそんな食生活を送っていては、いつか絶対に身体からだこわしてしまう。

 小説には書かれていなかった初めて知る話に、泣きたくなるくらい胸が痛む。どうしてマリアベルばかりが辛い思いをしなければいけないのだろう。

 ゼイン様もきっと、このままでは良くないと分かっているはず。それでも自分の代わりに毒を口にしたマリアベルに、無理をさせられないのかもしれない。


「ごめんなさい、暗いお話をしてしまって」

「……いいえ、話してくれてありがとう」


 つながれた小さな手のひらを、ぎゅっと握りしめた。マリアベルのために何か私にできること、私にしかできないことはないだろうかと、必死に考える。

 そして少しの後、私は顔を上げた。


「ねえ、マリアベル。もし良かったら、私と一緒に料理をしてみない?」

「……料理を、ですか?」

「ええ。侍女の二人や公爵邸のシェフにも見守ってもらって、一分に一回は私が目の前で味見をするわ。そうしたら絶対に安全でしょう?」


 私がサポートをしつつ、マリアベルが自分ひとりで作ったものなら、きっと気持ちも少しは変わるはず。こうしゃくれいじょうである彼女に、こんな提案をする人間などいなかっただろう。

 やがて、マリアベルの大きながねいろの瞳がれた。


「で、でも、料理をしたことなんてないですし……」

「こう見えて私、得意なの。任せて」


 そう言って笑顔を向ければ、マリアベルはまどうような表情を浮かべた後、うつむいた。

 もしかすると、余計なお世話だったかもしれない。


「もちろんめんどうだったりいやだったりしたら、断ってくれていいから」

「そんなことありません! グレースお姉様がお誘いしてくださって、とても嬉しいんです……!」


 ぐっとくちびるむと、マリアベルは「でも」と続ける。


「それでもだった時が、申し訳なくて……」

「そんなこと気にしなくていいの。ただ料理をしてみるだけで、無理に食べる必要なんてないんだから。それにね、料理って意外と楽しいのよ」


 なんて優しい子なのだろうと、胸がけられる。

 そんなマリアベルに、温かい料理を食べてもらいたいと強く思った。


「私もたくさん食べるし、ゼイン様だって喜んで食べてくれると思うわ。ボリス様も」

「……っ」

「それに実は私、ゼイン様に手料理を振るって良いところを見せて、好きになってもらいたいと思っているの。協力してもらってもいいかしら?」


 悪戯いたずらっぽくそうお願いをすると、マリアベルはこくこくと頷いてくれて、思わず笑みがこぼれる。


「良かった、ありがとう。マリアベルは何が好き?」

「お母様が作ってくれた、トマトのスープです」

「じゃあまずはスープを作りましょうか」

「は、はいっ……!」


 可愛らしい笑顔に、心が温かくなる。

 お昼も近いことから、私達は早速ちゅうぼうへと向かうことになった。


 そうしてマリアベルと料理を始めてから二時間後、私はきんちょうしながら食堂にて三人とテーブルを囲んでいた。

 テーブルの上にはマリアベルが作ったスープと、こうしゃくじんのレシピを見ながら私が作った料理が並んでいる。

 初めて聞く料理名やあつかったことのないちょう高級食材に戸惑いながらも、なんとか形にはなった、けれど。冷静になるとゼイン様やボリス様は上位貴族であり、プロの料理のみを食べて生きてきたのだ。異世界のびんぼうにんが作ったものなど、口に合う方がせきなのではといまさらになってあせり始めてしまう。


「えっ、すごいね。これ全部二人が作ったんだ?」

「いいえ、私なんて何も……ほとんどグレースお姉様が作られたんですよ。まるでほうのようでした……!」

「マリアベルだって初めてとは思えないくらいぎわが良くて、びっくりしちゃったわ」


 作っている最中も、体調に問題はなかったようで安心する。私やボリス様に褒められたマリアベルは照れたように微笑んでおり、その可愛さに心がじょうされていく。


「……すごいな」


 ゼイン様もまたテーブルに並ぶ料理を見つめながら、そうつぶやいていた。食事を始めたところ、二人とも「美味おいしい」と言ってくれて、ほっとする。

 やはり誰かに料理を作って、美味しいと言ってもらえるのは何よりも嬉しいと実感した。


「気分が悪くなったりはしてない?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

「良かった」


 一方、マリアベルは少しだけ緊張したような表情を浮かべていたけれど、ふるえる手でスプーンを手に取った。

 それから数分、彼女はじっと皿を見つめ、動かないまま。あまり見つめてはプレッシャーになるだろうと、私も食事をする手を動かす。

 側で指示はしたものの、マリアベルが一人で作ったスープはやはり初めてとは思えないくらいに美味しい。

 向かいに座るゼイン様もまたスープの乗ったスプーンを口へ運ぶと、口元をほころばせた。


「美味しいな。母様のと同じ味だ」

「……っ」


 その言葉にマリアベルの表情が、泣きそうなものへと変わる。やがて何かを決意したような様子を見せた彼女は、ほんの少しだけスープをすくい、口元へ運んでいく。

 それからまた数秒ほど躊躇ためらう様子を見せたけれど、スプーンを口にふくみ、こくりとのどが動いた。


「……あたたかくて、おい、しい、です」


 今にも消え入りそうな声でそう呟いたマリアベルの瞳からは、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちていく。

 ゼイン様は目を伏せると「そうか」「ありがとう」と呟き、彼女の背中をそっとでた。


「本当に、よかった……」


 その様子を見ていた私も、視界がぼやけてしまう。

 きっと今だって、怖くて仕方なかったに違いない。そんなマリアベルの姿に胸を打たれた私は、じりに溜まった涙を指先で拭い、笑みを浮かべた。


「今度は違うものを作ってみましょうね。マリアベル、とても上手だったもの。何でも作れるようになるわ」

「はい……! ありがとう、ございます……」


 涙を流しながら微笑む彼女のこの先の人生が、どうかたくさんの嬉しいこと、楽しいことでいっぱいになりますようにと、祈らずにはいられなかった。

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