4.間違いだらけさがし①
大失敗に終わったゼイン様とのデートから二日が
「ようやく始まったと思ったのに、
キノコでも生えそうなくらいにじめじめとした空気を
「元気出してください、大成功ですよ」
「えっ?」
「
「もしかして本当は私のこと
あっさりとそんな
「自分と親しくなりたくてあんなリストを作ってくるなんて、
「
前半の
その上、私の願いを
「とにかく
「…………」
男性について
「少し近づかれただけなんでしょう? それで照れて泣いてしまうなんて、最大のギャップですよ」
「確かに
「それに男ってのは、女性の
けれどヤナもエヴァンに同意しており、私が気にしすぎなのかもしれないと、少しずつ元気が出てくる。
「お嬢様、ウィンズレット
「えっ?」
そんな中、手紙が届いたことを知らされ、ゼイン様からだろうかと
「あ、マリアベルからだわ」
そこには可愛らしい字で、改めて先日助けたことに対するお礼と、公爵邸でマリアベルとゼイン様と三人でお茶会をしないかと
「……本当に、引いてないのかしら」
私に
「よし」
ここで
*****
そして、あっという間に
お城のような公爵邸の前に
「お会いできて
「こちらこそ、お招きいただきありがとう」
天使のようなマリアベルが
つい先日のことを思い出し、顔に熱が集まっていくのを感じたけれど、落ち着けと必死に自分に言い聞かせた。
「ゼイン様、先日はありがとうございました」
「ああ」
そうして全力の笑みを向けたものの、今日も顔が良すぎて直視するのが
「わあ……! とても
「ふふ、ありがとうございます。
広大な庭園では色とりどりの花々が
何より小説の中では
その結果イレギュラーなことが起きたとしても、しっかり対処していきたい。
庭園のガゼボに案内され、準備をしてくるというマリアベルがその場を
「先日は失礼な態度をとってしまい、ごめんなさい」
「いや、俺こそ勝手なことをしてすまなかった」
きっと
「その、本気で
「……そうか」
ゼイン様も切れ長の
あのリストの後半についても相談相手のエヴァンが勝手に書いたものだと説明したことで、なんとか誤解を解くことができ、ほっとする。
「やあ、グレース
そんな声に
小説でもゼイン様の相談相手として、ボリス・クラムはほんの少しだけ出てくるのだ。
「初めまして。グレース・センツベリーと申します。よろしくお願いいたしますね」
基本ゼイン様以外には塩対応ならぬ悪女対応の予定だけれど、彼の友人に対しては
ちなみに今日の私は春らしいミントグリーンのドレスを着ており、
鏡に映る自分にしばらく
「いやあ、グレース嬢のことはもちろん知っていたけれど、本当に雰囲気が変わったね。とても綺麗だ」
「ありがとうございます」
「それもゼインのためなんだって?
「余計なことを言うな」
もしかすると、ゼイン様が私の話をしてくれたのだろうか。
悪い話ではないことを
「
やがてマリアベルも
けれどマリアベルはお茶を飲むのみで、お菓子やケーキには一切手をつけずにいる。
もしかすると甘いものが
そんな中、向かいに座るボリス様は笑顔のまま、まっすぐに私を見つめ口を開いた。
「ねえ、早速だけどゼインのどこが好きなの?」
「……ボリス」
「私も気になります! ぜひお聞きしたいです!」
一方、マリアベルは
「グレース嬢、気にしないでくれ」
「いえ、ぜひお話しさせてください!」
私はゼイン様が
そう思い、テーブルの下で両手をきつく
──小説を何度も読み返したくらい、私はゼイン様やシャーロットが大好きだし、二人の良いところや
「やっぱり、ゼイン様の優しいところが一番好きです。誰よりも周りをよく見ていて
自分でも
そして気が付けば語りすぎていたようで、はっと顔を上げると、
「あ、あら……?」
ボリス様も信じられないという表情を浮かべていて、流石に重かったかもしれないと、不安になりながら恐る恐るゼイン様へと視線を向ける。
「……ゼイン様?」
私の
「グレースお姉様……こんなにもお兄様のことを
「えっ?」
「そんなにゼインを見ていたんだな、驚いたよ。
感激したようにハンカチで涙を
これからもゼイン様のため、そして世界と私の命のために頑張っていくという気持ちを
そんな中、ゼイン様はこちらを見ようとはしない。ボリス様はくすりと笑い、ゼイン様の
「おい、ゼインも照れてないで何か言えよ」
「……うるさい」
否定しないということは、まさか本当に照れているのだろうか。私が今言ったことは全て事実なのだから、照れる必要などないというのに。
「ゼインは表面ばかりを見られることが多いから、こんな風に
「お前は少し
なるほど、いずれシャーロットがゼイン様の全てを理解し、愛してくれるから大丈夫! と心の中で親指を立てる。
その後、ゼイン様の口数は少なかったものの、四人で楽しくお茶をしていると、やがて庭園の話になり、マリアベルが早速案内してくれることになった。
「では、お姉様をご案内してきますね」
「ああ」
「いってらっしゃい。男二人でのんびりしてるよ」
そうしてマリアベルに再び手を引かれ、ガゼボを出て美しい庭園を歩いていく。
「本当にたくさんの種類があるのね」
「はい。こちらのラナンキュラスは──……」
少し離れたところには、二人のメイドの姿がある。私の視線に気付いたらしいマリアベルは、彼女達が護衛と
「……お兄様は、とても心配
詳しい
こんなにもマリアベルは可愛いし、先日の
私自身、ゼイン様に近づきたいという下心とは関係なく、もっとマリアベルと仲良くなれたらいいなと思っていた。
「マリアベルは、甘いものとかあまり好きじゃないの?」
何気なくそう
「……実は、食べられないんです。誰かが作ったものを」
「えっ?」
「両親が亡くなった後、公爵家を乗っ取ろうとした
「そんな……」
毒はゼイン様を
一命は取り留めたものの、今すぐに殺してほしいと
「もちろん今はお兄様の指示のもと、
「……ええ」
「それでも、頭では理解しているのにいざ料理を前にすると怖くて仕方ないんです。このままではいけないと、分かっているのに」
マリアベルはそう言って、長い
今の食事は生野菜と果物と、幼い
小説には書かれていなかった初めて知る話に、泣きたくなるくらい胸が痛む。どうしてマリアベルばかりが辛い思いをしなければいけないのだろう。
ゼイン様もきっと、このままでは良くないと分かっているはず。それでも自分の代わりに毒を口にしたマリアベルに、無理をさせられないのかもしれない。
「ごめんなさい、暗いお話をしてしまって」
「……いいえ、話してくれてありがとう」
そして少しの後、私は顔を上げた。
「ねえ、マリアベル。もし良かったら、私と一緒に料理をしてみない?」
「……料理を、ですか?」
「ええ。侍女の二人や公爵邸のシェフにも見守ってもらって、一分に一回は私が目の前で味見をするわ。そうしたら絶対に安全でしょう?」
私がサポートをしつつ、マリアベルが自分ひとりで作ったものなら、きっと気持ちも少しは変わるはず。
やがて、マリアベルの大きな
「で、でも、料理をしたことなんてないですし……」
「こう見えて私、得意なの。任せて」
そう言って笑顔を向ければ、マリアベルは
もしかすると、余計なお世話だったかもしれない。
「もちろん
「そんなことありません! グレースお姉様がお誘いしてくださって、とても嬉しいんです……!」
ぐっと
「それでも
「そんなこと気にしなくていいの。ただ料理をしてみるだけで、無理に食べる必要なんてないんだから。それにね、料理って意外と楽しいのよ」
なんて優しい子なのだろうと、胸が
そんなマリアベルに、温かい料理を食べてもらいたいと強く思った。
「私もたくさん食べるし、ゼイン様だって喜んで食べてくれると思うわ。ボリス様も」
「……っ」
「それに実は私、ゼイン様に手料理を振る
「良かった、ありがとう。マリアベルは何が好き?」
「お母様が作ってくれた、トマトのスープです」
「じゃあまずはスープを作りましょうか」
「は、はいっ……!」
可愛らしい笑顔に、心が温かくなる。
お昼も近いことから、私達は早速
そうしてマリアベルと料理を始めてから二時間後、私は
テーブルの上にはマリアベルが作ったスープと、
初めて聞く料理名や
「えっ、すごいね。これ全部二人が作ったんだ?」
「いいえ、私なんて何も……ほとんどグレースお姉様が作られたんですよ。まるで
「マリアベルだって初めてとは思えないくらい
作っている最中も、体調に問題はなかったようで安心する。私やボリス様に褒められたマリアベルは照れたように微笑んでおり、その可愛さに心が
「……すごいな」
ゼイン様もまたテーブルに並ぶ料理を見つめながら、そう
やはり誰かに料理を作って、美味しいと言ってもらえるのは何よりも嬉しいと実感した。
「気分が悪くなったりはしてない?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「良かった」
一方、マリアベルは少しだけ緊張したような表情を浮かべていたけれど、
それから数分、彼女はじっと皿を見つめ、動かないまま。あまり見つめてはプレッシャーになるだろうと、私も食事をする手を動かす。
側で指示はしたものの、マリアベルが一人で作ったスープはやはり初めてとは思えないくらいに美味しい。
向かいに座るゼイン様もまたスープの乗ったスプーンを口へ運ぶと、口元を
「美味しいな。母様のと同じ味だ」
「……っ」
その言葉にマリアベルの表情が、泣きそうなものへと変わる。やがて何かを決意したような様子を見せた彼女は、ほんの少しだけスープを
それからまた数秒ほど
「……あたたかくて、おい、しい、です」
今にも消え入りそうな声でそう呟いたマリアベルの瞳からは、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちていく。
ゼイン様は目を伏せると「そうか」「ありがとう」と呟き、彼女の背中をそっと
「本当に、よかった……」
その様子を見ていた私も、視界がぼやけてしまう。
きっと今だって、怖くて仕方なかったに違いない。そんなマリアベルの姿に胸を打たれた私は、
「今度は違うものを作ってみましょうね。マリアベル、とても上手だったもの。何でも作れるようになるわ」
「はい……! ありがとう、ございます……」
涙を流しながら微笑む彼女のこの先の人生が、どうかたくさんの嬉しいこと、楽しいことでいっぱいになりますようにと、祈らずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます