3.ギャップ大作戦①


 ゼイン様とこいびとになってから、一週間がつ。いまだに何のれんらくもないけれど、きっとまだいそがしいのだろう。

 そんな中、私は悪女ムーブをしつつほうやマナー、このシーウェル王国について勉強しながら、どうすればゼイン様の好感度を上げられるのかを考え続けている。


「わあ、いい天気」


 そして今日は朝からヤナとエヴァンと共に、そうりにやってきていた。

 興味があると話したところ、直接採りに行くのはどうかとヤナがさそってくれたのだ。びんぼう仲間のヤナは、よくきょうだい達と食べられるものを採っていたようで、割とくわしいらしい。

 色々採った後は、彼女と共に魔草クッキングをしようと思っている。


「結構大きな街なのね」

「はい。ここミリエルははってんちゅうなので、まだまだ大きくなっていくと思います」


 魔草が生えているという森の手前の街で馬車から降りた私は、元気に大通りをはしけていく子ども達を見て、思わずがおになってしまう。


「ふふ、かわいい」

「え、本当ですか? 元々のおじょうさまは子どもがだいきらいでしたよ。子どもが視界に入るだけでイライラする、うるさくてじゃくさい、首輪を着けるべきだとか言っていましたし」

「…………」


 やはり元々のグレース・センツベリーという人間は、本当にどうしようもなくて最低最悪だと思いながら、森へと向かっていく。

 森に着いた後はヤナの説明を受けながら、せっせと魔草をんでいたのだけれど、少しはなれたところで数人の子どもが集まっているのが見えた。

 見たことのない大きなももいろの花を食べていて、私が彼らを見ていることに気が付いたらしいエヴァンは「ああ」とつぶやいた。


「確かあの花って、食べられる上に割と栄養があるんですよね。腹もふくれるし、戦場で食料がきた時に食うよう、上司に言われたことがあるので」

「でも、どうして……」

「この辺りは貧しい家も多いですから。腹を空かせているんでしょう」

「……そう」


 過去の自分と重なり、胸がけられる。

 やがて子ども達は街の方へもどっていき、私はヤナに声をけた。


「子どもが無料でご飯を食べられるお店があったら、みんな来てくれるかしら」

「もちろん、喜んで行くと思いますよ。夢のような場所ですね」


 どうやらこの世界には「子ども食堂」のようなものはないらしく、もしもあればちがいなく喜ばれ、たくさんの人がおとずれるだろうとヤナは言う。


「でも、急にどうしたんですか? そんな話をして」


 私達の会話を聞いていたエヴァンは、こてんと首をかしげる。


「私、そんなお店をやりたいの」

「それ、お嬢様に何の得があるんです?」

「そういうためにやるわけじゃないのよ」


 そう答えると、エヴァンはまるで理解できないという表情をかべた。

 ──子どものころ、幼いながらに家計のじょうきょうを察していた私は、おなかいっぱい食べるのが良くないことだと思っていて、少食のふりをしていた時期があった。

 今思えば子ども一人が満腹になるまで食べようと食べまいと、どうにもならないレベルで家計は火の車だったのだけれど。

 そんなある日、どうしてもお腹が空いて公園で木の実を食べていたところ、近くの食堂のおばさんが声をかけてくれ、お腹いっぱいご飯を食べさせてくれたのだ。

 その後も「大きくなったら、お客さんとしてたくさん食べに来てくれればいいから」と言って、何度も無料でご飯を食べさせてくれた。

 うれしくて美味おいしくて、温かくて。私は一生、あの味を忘れないだろう。

 それなのに結局、たくさんは食べに行けないまま死んでしまった。そんな私だけれど、今度はだれかに料理をう側になれたらいいなと思っていた。

 前世の私にとっては、夢のまた夢だっただろう。けれど、今はちがう。グレース・センツベリーとしての役割を終えた後なら、きっとかなえられる。

 世界のためにも自分のためにも、やはりまずはゼイン様に好かれなければ。


「それと、エヴァンの名義で土地を買ってほしいの。十倍近くになるはずだから」


 小説の通りなら、近々王都のとある土地の値段が一気にがる。そこで得たお金を準備資金にすれば、店を開くことだってできるはず。

 元々のグレースの持つお金で十分可能ではあるものの、やはり他人のお金という感覚が抜けないのだ。とは言え、結局土地を買う際には借りることになるのだけれど。


「もちろん、エヴァンにもお礼はさせてもらおうと思ってるわ。カジノはダメね」

「でも、おもしろいんですよ。一度行きませんか?」

「……一回だけなら」


 そんな会話をしながら、私は魔草を摘んではかごに入れるのをかえした。


 二時間後、無事にたくさんの魔草を摘んだ私達は帰りの馬車にられていた。魔草というのははんしょく力が強く、すぐに新しいものが生えてくるらしい。

 なくなったらまた採りに行こうと二人が言ってくれて、嬉しくなる。


「今日は付き合ってくれてありがとう」


 私は改めてお礼を言うと、少しずつオレンジ色に染まり始めた窓の外をながめた。

 のどかな景色の中、カップルが楽しそうに手をつないで歩いている。この先、私とゼイン様があんな風になるなんて全く想像がつかず、あせりがみ上げてきてしまう。


「ねえヤナ、ヤナは男性とお付き合いしたことはある?」

「はい、何度か。今の恋人とは二年付き合っています」

「えっ」


 あっさりとそんな返事をされたことで、ヤナを急に遠い存在に感じてしまう。大人だ。

 私はすがるようにエヴァンへと視線を向けた。


「エ、エヴァンは……?」

「俺ですか? 俺はかなりモテるので、それなりに」

「ええっ……」


 こちらもあっさりとそう言ってのけたことで、一人取り残されたような気持ちになる。れんあい未経験なのはどうやら私だけだったらしい。

 確かにエヴァンは顔も良ければ、としても名高いのだ。色々とくせは強いものの、モテないはずがない。とは言え、味方としては心強い彼らに、さっそく相談してみることにした。


「その、どうしたら男性に好きになってもらえるのかしら?」


 するとエヴァンとヤナはおどろこんわくした様子で、顔を見合わせた。


「以前のお嬢様からは考えられないなやみですね」

「ええ。私に落ちない男はいないとごうしていた、あのお嬢様が……」

「…………」


 それでも私が本気で悩んでいると分かってくれたようで、二人はしんけんな表情を浮かべた。


「男性はギャップが好きだと言いますよね。だんとは違う一面を見ると、ドキッとしてしまうとか」

「なるほど……ギャップね」

「俺だけっていう特別感みたいなのも嬉しいですよ」


 思い返せば小説でもグレースは恋人期間、傷付いたゼイン様を甘やかしていた。いつもの悪女らしい様子はいっさいなく、いつも彼の側にいて愛をささやいていたのだ。

 実際にやっていたことは悪女そのものだけれど、ゼイン様の前では悪女らしくなくても良いのかもしれない。

 普段はツンケンした悪女だというのに、自分にだけはやさしい、自分の前でだけはわいらしいというギャップ、特別感というのは確かに効果的な気がする。


「それに好意を向けられるのは、単純に嬉しいですし」

「さすが、すごくモテる男っぽいわ」

「女性はみな、すぐに俺のことを好きになりますからね。すぐにきらいにもなりますけど」

「…………」


 その後も三人で会議を続けた結果、普段は今まで通り悪女ムーブを続けつつ、ゼイン様の前でだけはギャップのある可愛らしい女性を演じ、好き好きアタックをするということに落ち着いた。冷静になると相当難易度が高く、あせが流れる。


「それ、かなり難しいんじゃ……?」

「そうでしょうか? 今のお嬢様なら、こうしゃく様の前ではありのままでいいと思いますよ」

「ですね、俺もそう思います」

「というと?」

「世間のお嬢様のイメージと、今のお嬢様ではかなりギャップがありますから。つうにしているだけでもう、ギャップは生まれるかと」

「な、なるほど……!」


 確かに貧乏モブいっぱんじんである私と元々のグレースでは、ギャップはありすぎるくらいだ。

 れんあいけいけん者の二人がそう言うのなら、きっと間違いない。


「二人ともありがとう、がんってみるわ」


 とは言え、もちろん貴族れいじょうらしくはしなければならないし、そもそも好きになってもらえるような可愛げも必要なため、大変なことに変わりはない。

 けれどヒロインのシャーロットが現れるまで、まだあと一年ほどあるのだ。色々とためしてみてもいいだろう。


「そうなれば早速デートですよ、デート」

「デ、デート……」


 確かにまずは交流をしないと、きょは縮まらないはず。

 そう思った私は帰宅後すぐにレターセットを用意してもらい、よければいっしょけたいということをつづり、こうしゃくていに送ってもらった。

 するとすぐに驚くほど美しい文字で返事が届き、早速週末にゼイン様と街中でデートすることになってしまう。


「良かったですね、お嬢様! そうとなれば、当日のたくも気合を入れないと」

「ド、ドキドキしてきたわ……よろしくお願いします」


 私自身にとっては、生まれて初めてのデートになる。

 色々なきんちょうで押しつぶされそうになりながら、週末まで落ち着かない日々を過ごした。


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