第29話 この街《西棟》で二人を探せ 三

ほどなくして緑色の電車が入線してきた。

電車の風圧でエレナちゃんのきれな蒼髪がさらりと揺れた。

不意に漂う甘い香りに一瞬ドキッとしてたしまう自分がいる。

落ち着け相手は容姿的には小学生ぽいが、中学生なんだ。どちらにしろ年下か。これじゃロリコン確定だよな……。

俺の動揺を知ってか知らずかエレナちゃんは車内に乗り込む。

「乗らないの? 出発しちゃうぞ」

我に返りドアの閉まる寸前で乗り込むことができた。

車内に入るとドア上にある液晶モニターには、恵比寿や目黒など、途中駅が記載されていた。もちろん作られていないのですべて素通りして東京駅にたどり着いた。

「早い。乗って一分もしないうちに東京駅に到着かよ」

「だって途中駅は作られてないからね。全部通過しちゃうの」

まぁ用のない駅を一つ一つ止まられるよりはいいか。この空間の山手線は便利だぞ。

東京駅を出発するとすぐに

『次は秋葉原、秋葉原。総武線、東京メトロ日比谷線、つくばエクスプレスはお乗り換えです』

次駅の車内アナウンスが流れ、秋葉原駅に到着した。

渋谷駅を出発してほぼ二分ほどって、一切の旅情すら感じることのない時間だ。

ホームに降りると、アンドロイドらしき人物がちらほら立っている。

「なぁ、あの人たちもアンドロイドなのか?」

「うーんとそうだね。いつも見る顔だしそうなんじゃない」

「そっか」

一瞬誰かに見られているような気がした。

目線を追うと隣のホームに立っているゴスロリでいいのかな、白や黒のフリフリを沢山つけた女の子がいた。

すぐにホームに渋谷方面の電車が入ってくる。電車が去ったあと、その女の子の姿はいなかった。

「さっきからぼーとフリキュアの看板なんて、突っ立って見ていていてどうしたの?」

「いや、それがさ……いやなんでもない気のせいだ気のせい。久々の秋葉原だから面喰っちゃってさ」

「もぉー、これぐらいでの萌え看板だけで大丈夫? 外はメイドとオタクの群れがいっぱいよ!」

「だよね、秋葉原だもんね」

「かわいい係のはいいけど、特に臭いオタクまで再現しなくてもいいのになぁ」

ぶつくさと文句を言うエレナちゃんではあったが、メイドさん自体がいるのは構わないらしい。

「ちなみに秋葉原は、女子寮があるから監視とか警備が厳しいからね」

エレナちゃんは俺をまじまじと見て、しばらく考えた後で、手をポンと叩き答えが出たようだ。

「昴は女装しなさい」

「はい?」

「ここのセクションで、男のあなたがウロウロしていると、警備委員コントロールに注意人物として疑われてしまう」

「それはよくないが、女装じゃなくてもいいんじゃないか」

「ダメよ。さっき言った通りこれから女子寮に潜入するんだもの」

「女子寮ってぐらいだから、やっぱり男子禁制だよね」

「当然です。不純異性交遊は簡単にやっちゃダメ。絶対ダメ」

この街では男は、危険薬物並みに排除対象の予感がする。

ただし駆除対象でないことを願いたい。

「どうせ女装といっても、変身球メタモパンタシアンを使って例のパイセンになるだけだからさ」

変身球メタモパンタシアンはなりたい人物や、物体に変身することのできる宇宙技術の一つだ。

幾度となくこれのおかげで助けられて、ここまで来ることができた。

もう一度この力を借りるか。

「駅構内で変身するのは、気が引けるからトイレでな」

俺は変身する相手への名誉を守るためにも、多目的トイレを探し入室した。

エレナちゃんは誰も来ないんだからいっそのこと、女子トイレで変身してしまえばいいのにと言うが、男の姿のまま入るのはちょっとどころか^変質者になってしまう。

「あっあの……お待たせ」

「遅い、玲香パイセン」

「面と向かって見られると、なんだか恥ずかしいな……」

「別に恥ずかしがることないじゃん。今は玲香パイセンの姿であって、昴が女装しているわけじゃないんだしさ」

「いや、改めて思うと恥ずかしいかな、なんてね」

この男が女になる感触は、やって見ないとなんとも言えない。

変な意味でじゃなくて、胸の重さと言うか……し、下のあたりといいますかね。

これ以上はやめておこう。自重。

苦難している俺の様子を不思議そうに眺めていたエレナちゃんは、小さくてしなやかな手を握って歩き出した。

「ほら、ぼさっと立ってないで、二人を探しに行くんでしょ」

「あつ、うん」

秋葉原駅の改札も渋谷駅同様に、パスを使用してゲートを開ける。

今回も順調なゲートイン!

お馬さんのことはもういいってばさ。

電気街口を出ると、そこにはキャラクターの広告で埋め尽くされた世界が広がったいた。

今やっているソシャゲの広告や、今季観ているアニメの看板もあり、ちょっと圧倒されていた。

「へー、礼香パイセンはゲームとかアニメに萌えたりするんだ」

ちょっとご不満な様子のエレナちゃん。

「俺……私は別に嗜む程度だから、萌とかそんなんじゃないからね!」

「ふ〜ん、今の礼香パイセンは、ツンデレなんだね」

「なんだよ。そのツンデレって」

「昴、ダメだぞ。今は礼香パイセンになり切らないとさ」

はっと気づかされた。今の俺は俺ではない。礼香先輩であって、装いだけが変化していてはダメだ。

心や立ち居振る舞いも、礼香先輩になり切る必要があるんだ。

渋谷の街で、エレナちゃんに一髪で変身がバレたばかりじゃないか。

俺は自分の考えの甘さに落胆した。

容姿だけでなく、心から礼香先輩を演じなくてはならない。

「エレナちゃん頼む。普段の礼香先輩のことを教えてくれ」

「いくら変身球メタモパンタシアンで完ぺきに容姿を変えても、意味がないんだ」

「やっと気づいたか昴。変身球メタモパンタシアンは完璧に変身ができるけど、心や立ち居振る舞いだけは変わることが出来ない。これの唯一の弱点だからね」

「そのとうりだ。最初に出会った時にそれで変身していることがバレたんだしな」

「私も玲香パイセンのこと詳しくはないけど、それと形は見ているから、知っている情報を伝えるね」

礼香先輩のパスをちょろまかしたことが判明する前に、ここ《西棟》から抜け出す必要があるため、女子寮に向かいながら淡々と説明を受けた。

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