第25話 西棟へようこそ!夏のストロベリーフラペチーノ

警備室を通り抜け、無機質なコンクリートむき出しの長い通路を進んだ。

すでに西棟の施設内に入ったはずなのに、細長い廊下はまだ続いている。先はかすんで見える。

一〇〇メートルほど進んだだろうか、やっと通路の終点にたどり着いた。

そこには重厚な鉄扉が守りを固めていた。

壁には先ほどと同じくパス確認と網膜スキャンに、手のひらの静脈スキャンまで備えられていた。

何物も絶対に通さんとする構えは、この中は絶対に見せるわけにはいかないし、隠し通さなくてはならない施設なんだとわかる。

だがララとセレスシスさんを助けるためには、行かなくてはならない。

俺は玲香先輩のパスを使用し、セレスシスさんからもらった変装ができる球体のおかげで、網膜スキャン、静脈スキャンも済ませ、すべてのロックを解除できた。

重厚な鉄扉は、ゆっくりと左右にスライドして、西棟への扉がついに開いた。


だが、その先には俺の目を疑う光景が広がっていた。目の前に広がっているのは建物の内部ではない。そこは街の中だったのだ。

「西棟に来たはずだぞ」

俺は混乱するばかりで、さっぱり訳が分からないでいる。

そこは誰もが知っている街、東京の渋谷にあるスクランブル交差点の前に出たのだ。

看板やビルは煌々と光を放っており、歩行者用信号機は点滅を繰返し、やがて赤になる。

不思議なことに信号が変わっても車が通らない、そういえば人も誰もいない。

後ろを振り返り出てきた扉を見ると、ガラス張りの小さな建物が立っていた。建物の上にある看板には、『SHIBU HACHI BOX』と書かれている。

沢山のパンフレットなどが置いてあることから、どうやら観光案内所の様だ。

再びガラス扉前に立つと、ドアは自動で開き、長いコンクリートむき出しの廊下が続いていた。

「いったいどうなっているんだ。ここは東京の渋谷なのか。いやいや西棟のはず」

警備室からここまでは真っ直ぐの一本道で、他に扉はなかった。

間違いなく今は、西棟の中にいるはずだ。

頭の中の混乱を振り払うべく、自問自答を繰り返す。

もしかしたら、俺は本当に来てはいけない場所に来てしまった気がする。少し震えがきた。

もう一度、渋谷の街らしい辺りを見回しても、誰もいないかに思われた。

しかし、目を凝らしてみると、制服姿の女子高生が歩いている。グレーのスーツを着たサラリーマンが携帯電話で話している人もいる。交番には警察官が一人だけ立っているではないか。ラッパー風のお兄さんが、車の来ないスクランブル交差点で、信号待ちをしている。

ところどころ不自然ではあるが誰かは居た。

ちょうど目の前を駅から出てきた女子高生が来たので、勇気をもって話しかけてみることにする。

「あの、ちょっといいですか?」

「ここは日本の東京・渋谷です。あそこのスクランブル交差点が有名なんですよ」

「はぁ、それはわかるのですが、ここはどこですか。本当に渋谷なんですか?」

「ここは日本の東京・渋谷です。あそこのスクランブル交差点が有名なんですよ」

ん?同じことを繰り返している。しかも笑顔でだ。

驚愕のあまり何も話しかけないでいると、女子高生は去っていった。

この人は、ゲームの世界のNPCぽい感じがするな。

しばらく先ほどの女子高生を眺めていたら、交差点まで来たところで折り返して、駅へ戻っていく。

目の前を通過する前に、もう一度訪ねてみた。

「西棟の二〇一号室に行きたいけど、どうやって行けばいいか知ってる?」

「ここは日本の東京・渋谷です。あそこのスクランブル交差点が有名なんですよ」

予想通りの回答が返ってきた。この子はNPC的な子なんだ。

でもよくできている。ロボットの類なんだろうけどそう、動きはスムーズだし、肌や髪の質感も普通の人と変わらない。

NPC女子高生はいつものセリフを発した後は、駅の構内へと消えていった。

一定時間で恐らくまた出てくるんだろうな。

そう思いつつ、街の中を探察することにした。

今度は交番に立っている警察官に話しかけてみた。どうせ決められたセリフしか言わないから適当に。

「HeyHey, what’s up?(調子はどうかな?)」

「渋谷の街は、我々警察官が守っていますので、安心して過ごしてください」

彼はセリフを言い終えると敬礼。そして敬礼を解き、また元の位置に戻る。

セリフを言って敬礼するまでが一連の流れみたい。

ゲームの世界ってこんな感じなんだろうな、現実的に味わうと違和感しか起きないわ。

一通りのNPCらしき人々にを話しかけてみたが、これっていうヒントは得られなかった。

つかれて落胆している俺は、後ろから不意に話しかけられた。

「玲香パイセン?さっきから何してるんですか?」

振り返ると話しかけてきたのは、両手に人気店のコーヒーカップを持った女の子であった。青髪のショートボブで小柄な体系から小学生ぐらいであろうか。緑と白のふりふりがたっぷりついたワンピースを着ており、細長い手足から見るからにお人形さんをそのまま大きくしたと思わんばかりだ。

「えっ、えっと……何って街の人に話していただけだけどさ」

「ん?同じセリフしか言わない人にですか?」

小さな女の子から、ジト目で不信感だらけでの目で見られる。

「あの、ええっと……」

「むっ、このかわいいあたしを忘れたとか、ありえないんですけど……」

女の子はむっと膨れてしまった。

「玲香パイセンには、かわいいあたしをナデナデする刑に処するですね」

膨れていた女の子は、今度はあたまを差し出す。

撫でろってことかな?

とりあえず刑を執行されたのだから撫でてみるか。ナデナデ

「やっぱり玲香パイセンは、エレナちゃんのこと大好きなのですね。わかります。かわい後輩ですもんね」

エレナと言うのか。

「あのさ、エレナはここで何しているのかな」

上目遣いで目をうるうるさせながら見つめてくる。

こういう瞳をされると弱いな。俺は小学生みたいに小柄なエレナちゃんの目線まで腰をかがめた。

「エレナはちゃんは、ここで何しているのかなぁ?」

「あたしはね、フタバにコーヒーをに行ってきたの」

ほらと言わんばかりに、コーヒーカップを見せつけてきた。

なんちゃらふらぺちーのってやつかな。田舎者のせいかハイカラなコーヒーはよくわからん。

「夏のストロベリークリームポイップマシマシ加糖練乳がっつり追加無脂肪牛乳フラペチーノだ」

なっ、なんて商品名が長すぎる。しかもホイップをマシマシで加糖練乳加えているのに、牛乳をあえて無脂肪にしてもあまり意味がないように思えるのだが……、乙女の抵抗をあえて突っ込まないでおこう。

「おいしいの……それ」

「ぐー……だね」

おいしそうにストローで吸いながら、左手でサムズアップして答える。

「玲香パイセンも、あそこのフタバで同じのもらってくるの!」

「あっ、ははは……私はいらないかな、さっき買ってきた缶コーヒーあるし」

白衣のポケットから缶コーヒーを出して見せた。

だがそれが命取りになった。

「ふーーーーん、缶コーヒーなんて飲まないのに、今日はどうして買ってきたの?」

「えっ、たまたま……そう、年に数回だけ、無性に飲みたくなる日があるのよ」

「ふーーーーん」

バレたかな。

またもやジト目で不信感だらけでの目で見られる。

決して変態不審者さんではなく、玲香先輩ですからね。

変身していても知り合いだと、普段の行動が違うと疑われてしまうな。一旦この小学生から離れるか。

「そうだ、私ってばやらなきゃいけないことがあったんだわ。急いでいかなきゃ──」

とりあえずこの場を去ろうとするが、エレナちゃんから手首を握られてしまった。小学生の女の子とは思えない腕力だ。

「どこへ行くの?」

「そっそれは……わっ私の研究室だよ」

「パイセンの研究室はそっちじゃないでしょ……」

そう言われエレナちゃんを見ると、不信感たっぷりの目は、すでに確信をした眼光へ変わっていた。

「……ところでさ、さっきからここで何を探っているの?変態不審者の

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