第8話 ララと幼なじみ 一
ララとテント道具をサイクルトレーラーに乗せ、俺は長い下り坂をゆっくりゆっくりと下っていく。
なんちゃら降下装置とやらの話から、速いスピードは苦手なようなのでララに合わせねば。
そうこうして家に着くと、サイクルトレーラーごと車庫内の脇に止めた。
いつもは中央に車が止めてあるが、両親は買い物にでも出でいるのだろうか。空っぽの車庫である。
到着するとすぐにトレーラーから荷解きをするのだが、今日はララもいることだし荷ほどきは後々やることとした。
さすがに装備一式とララをトレーラーに乗せて走るのはしんどかった。
そんな疲れ切った表情を見て
「昴さん疲れましたか?」
「あはははっ、あたし重かったですよね……」
「否。ララは重くなかったよ。天使の羽がついたランドセルぐらい軽かったよ。だから安心して、日ごろの運動不足なだけ」
心配そうに見つめるララへ、吹き出す汗をぬぐいながら僕は答えた。
例えしんどくても、しんどいとは言えない男の性なんだな。男ってつらい。
「とりあえず、家に入ろうか」
少し蒸し暑い車庫から出て家の中に入る。
「お邪魔しまーす」
「狭いところですがどうぞ」
「うぁあ……なんか……とても懐かしい感じがします!」
「そう? うちなんてどこにでもありそうな普通の日本家屋だけど」
ララはキョロキョロと玄関を見回しながら靴を脱ぎ入った。
薄いピンクのツインテールを揺らしながら、俺の後をちょこちょことついてくるあたりが、マジでかわいいな。
今のところ誰もいない家だし、リビングへ通すことにした。実際のところ女の子を即自室へ通す勇気がなかっただけ。
女の子がうちに入ったのなんて幼なじみの美晴と他に誰かいたっけってレベル。
そういうのってあるよね。
リビングのソファに座ってもらうことにして、俺はお茶を用意する。
小さなかわいらしい姿がソファに鎮座し、ここでもキョロキョロと室内を見回している。
リビングのテーブル席に何やら白い紙に短いメッセージが残されていた。
文字から母のようだ。
東京の研究機関に父と一緒に行ってくると書き置きがあった。
父さんと母さんは、宇宙関連の研究機関に勤めている。普段は家でデスクワークをこなしており、時折都内の研究所へ行くことがある。
そういうときは何かとトラブル時である。なので突然行くこともあり、急にいないのは気にしていない。
ここは山梨県なので、日帰りで帰ってくることもあるだが、大抵二泊程度が多い。
スマホで連絡をくれればいいのに、昭和アナログ世代はこれだからな、と思いつつ自転車での喉の渇きを癒やすため、冷蔵庫へ手を伸ばした。
外国から来たララには、日本文化へ触れられるように冷やし緑茶を出すことにする。あえて麦茶にしないところが、俺のセンスの良さだ。
冷蔵庫からエメラルドグリーンの液体が入ったポットを取り出した。
前日に母が用意しておいたものだろう。茶葉を水でをゆっくりと抽出することにより、アミノ酸の一種であるテアニンが多く出る。それにより緑茶の旨味がたっぷりの冷やし緑茶ができるのだ。皆さんも一晩寝かした冷やし緑茶を試してみたまえ。
って、自分で用意したわけじゃないので、そんなに威張れませんが……。
二つ分のコップに冷やし緑茶を注ぎ、ソファー席で待つララへもっていく。
「ララ。お茶をどうぞ」
「きれいな緑色ですね。今朝のコーヒーは真っ黒なのに」
「これは日本の緑茶っていう、茶葉から作られたお茶なんだ」
「へぇー、コーヒーは豆でしたから、緑茶は葉っぱのお茶なのですね。あっ、おいしい」
「そうでしょ」
「はい、コーヒーみたいに苦みが少なくて、とは言え淡白ではなく濃厚で旨味成分がたっぷりのお茶です。
一口一口を入れるたびに「おいしい」と口にするララ。
その笑顔はマジ天使。
ララの混じりっけなしの笑顔に、自転車の疲れは冷やし緑茶よりも癒やされていく。と、玄関の扉の開く音がした。
「昴。もう帰っているよね」
玄関からドアが開くと同時に、聞き覚えのある幼なじみの声がリビングまでこだまする。
やばいララを隠さなきゃ……。まてまて、俺は疚しいことなんてしてないぞ。
美晴にララといるところを見られても、後ろめたい気持ちなんてみじんもないんだから堂々としたまえ、自分。
「昴?居るの?入るわね」
思いとは裏腹にサーと血の気が引いていく。
入ってくるの一言で、再度ワタワタしてしまう。
「昴?誰か来たんですか?お客さんですか?」
「いや、その、あの……」
明らかに動揺している俺の姿にララは首を傾げハテナ顔。
リビングへと近づいてくる足音が聞こえ、最終防衛ラインであるリビングの扉が開き放たれた。
すかさず俺は入口からララが見えない位置に陣取り視界を塞ぐ。
「いるなら返事ぐらい……してよね。って、昴?なにか動揺してるけど、どうしたの?」
「どっ、動揺なんてしてないさ……」
俺の後ろにいるララを隠すように立つが、隠し通せるはずもなく
「ふーん、おじさんとおばさんが居ないって聞いたからお昼作りに……」
美晴が言いかけた後、俺の後ろから小さな物影が左右に動きリビングの入口を覗きこんでいた。
味方と思っていたララから背中を切られた!無念。
「──来たよ。……、えぇっ!昴の家に、知らない女の子が!!!!」
美晴は、ご近所にも聞こえんばかりに大きく絶叫する。
その顔は驚きの表情から、こちらに睨みをきかせた怒りに満ちたかと思うと、泣きそうな表情へ。百面相か!
突っ込みを入れるよりも、まずは弁明を。
「美晴。違うんだ。落ち着こう」
「落ち着いていられないよ。昴!そっその子は誰なの?家に上げる間柄だし付合ってるんだよね。しかも美人だし」
「いやいや、違うから、知り合ったばっかりだから安心してくれ」
「知り合ってすぐに家に呼ばないよね?どういう関係なのよ」
「いや、本当に知り合ったばかりなんだ。絶対に何かしようとか思って連れてきたわけじゃないんだ。この女の子は……そう、迷子なんだ」
「ぐっすん……迷子?」
「そうそう迷子なんだ」
美晴はだいぶ勘違いをしているから、事実を述べて少しづつ理解してもらうしかなさそうだ。
「──まさか、人の弱みを握り自宅に連れ込み、あんなことやこんなことをするつもりなのね!」
「ものすごい妄想家だな。だから違うんだってば!昨日の夜、助けたんだ。そしたら迷子だって言うから、まずは家に来てもらった訳で──」
「はい、昴の言う通り、助けていただきました。さらに迷子の私を家に招いてくれました。とてもいい方です」
俺と美晴のやり取りを察したララが、横に出てきて助け船を出してくれた。
しかし美晴はララの手おとり、ありもしない妄想を続けるのだった。
「アナタ。騙されてはだめよ。昴はアナタの様な美少女を──」
「うぁ!だ・か・ら美晴、落ち着け!俺の話を少しは信用しよう。美晴の思っていることはないんだっつーの!!」
今度は俺の悲痛な叫びが、住宅街に響き渡った。
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