第4話 お風呂が豪華すぎじゃね

階段でばったり美晴とで出くわした。

「昴もお風呂なんだ。じゃ一緒に行こ」

「おう」

美晴と並んで歩き出す。

しきりに顔色をうかがうようにのぞき込む、晴美が気になってしまう。

「あのさ美晴、俺の顔に何か付いている?」

バレたと慌てて視線を外してきた。

「はっ、いえ。そういうわけじゃないんだけど……」

「そんなにのぞき込まれたら気になるじゃん」

「あのね……さっきの……その、告白なんだけど、受けちゃうのかなぁと思って」

セレスシスさんのことか。

今日一日でいろいろなことがあったから、なんか忘れてた。

「あんなことがあったら、忘れられないでしょ」

晴美は不安そうな表情で、今にも泣きそう。

そんな顔するなって。こっちも不安ななってくるだろ。

「だって、あんな美人に告白されたらと思うと……しかも見とれてたし」

「確かにセレスシスさんは美人だけど、よく知らない人だからいきなり付き合うことは無いよ。あのときはいきなりだったし、面食らったというかそんなところ」

「そっか、そうなんだ」

「なんか不思議な感じのする人だったね」

「確かに、妖艶って感じだよね」

今思い介してみてもセレスシスさんは、不思議な人だった。

あの瞳に見つめられたととき、意識が遠のくのを感じた。

そのときの意識を例えるなら、宇宙の中に一人取り残された様な心細く、ゾッとする感覚。宇宙に取り残されたことがないだって。

でも道に迷ってどこへ行っても知っている道や、知り合いがいないとしたらどうだろうか。

セレスシスさんの瞳は広大な宇宙に吸い込まれてしまいそうになる。

「なによ昴?急に恐い顔をして……」

瞳のことを考えていたら、ついつい恐ろしい顔をしていたんだろう。だから美晴は話題を変えてきた。

「そうそう、さっき先輩から聞いたんだけど、なんかお風呂がすごいらしいよ」

「なにがそんなにすごいんだ?」

「旅館みたい大きな露天風呂と、京都のお寺にあるような庭園があるって。さらにさらにお湯は天然温泉って話だよ」

「まるで旅行気分になれるな。夏休みだしちょうどいいや」

「そうだね。温泉なんて久し振りだよ。そうそう昔は一緒に旅行して温泉入ったね。覚えてるかな。昔みたいに一緒に入れたらいいね」

「うろ覚えだけどなんとなく記憶にある。だけど今一緒に入るのはマズくないか? 高校生だし」

「うっ……そうだね……」

しまったという顔をしている美晴に微笑みつつ、美晴はかわいいヤツだと思う。

あからさまな温泉マーク付きの暖簾が二つ見えていた。

当たり前なのだが、お風呂は混浴ではなく別々だ。

「……それじゃね」

美晴を見送ると俺も暖簾をくぐり、風呂場に入った。


風呂場は美晴の言うとおり豪華な作りをしており、ちょっとした温泉旅館みたいだ。

しかも内湯と露天風呂付きとか贅沢。

話によると観測所の建設当時、巨大なパラボラアンテナを立てるので、地質とか調査していたら出てきちゃったとか。幸運だなこりゃ。

彩星も温泉に入れて、好きな研究が毎日できる贅沢な環境なら、帰りたくなくなるのもわかる。同じ町に居ながら年に数日は少ないよね。


体を洗ってから内湯に入り、体がほどよく暖まったところで、自慢の露天風呂をいただくとするか。

外への扉を開くとよく手入れされた立派な庭園が現れた。

ここの所長が庭いじりが趣味とかで、苔がきれいに生えているでかい庭石と、小石が敷き詰められた庭である。

小石は波模様が描かれており、おそらく枯山水なのだろうか。相当凝っているな。

おや、数カ所地面に穴が空いている。有刺鉄線の所に居たウサギはここにも来るのか。

うっすら湯煙が出ている露天風呂には先客がいた。そこには天文学部のメンバーが先に入って談笑している。


「おっ、昴。遅かったな。それより、お前のすごいことを聞いたぞ」

「ほほぉ。太田君のいい話かい」

にやついている直樹がいい話聞かせろよ的な押しをしてきた。

「そうなんですよ。こいつ美晴が居るのに、研究所の女子大生から告白されたんですよ! しかも外国人美少女とか、ちょーうらやましいぜ!」

「なっ! その話、いつの間に……」

「はっぱり本当だったんだ。こんにゃろう」

「うぁ。もう、やめろって」

「二人も手玉にとって。お前を今、ここで殺してやる。そして俺も死ぬ!」

直樹にヘッドロックされ、顔面を水に押しつけようとしてきた。

お前まて、本気かこいつ!

水面すれすれのとところで、部長が止めに入った。

「まぁまぁ、二人とも。遊びはその辺でおしまい。ちゃんちゃん♪」

「直樹君も悔しかろうが、男は辛抱も必要だよ」

直樹のヘッドロックが一瞬緩まり、そのすきに抜け出した。

また何かされそうなので、少し離れた位置に移動しておくか。

ヘッドロックの体制で固まったままの直樹が、不満たらたらで話しだした。

「そりゃーそうなんですけど、すでに俺は一六年も辛抱しているんですよ。昴に先を越されるなんてな」

「うん、そだね。一六年はちと長いな。私でも一年ぐらいが限度だな」

「ぶちょーこそ、堪えが無いじゃないですか」

「いやはや、これは面目ない」

部長はにこやかな顔をしつつ、頬をポリポリとと掻き出した。

分が悪くなったので部長がターゲット変更。

「ところで太田君は、どっちを選ぶんだい? まさか両方なんて言わないだろうね。二股は厳禁」

「いや、待てくださいよ。俺は誰とも付き合う気は無いですから」

俺の発言で二人はきょとんとした顔になり、お互いの顔を見合わせている。

「…………」

「別に誰かと付き合いたいとかも思ってないし、セレスシスさんのことはよく知らないから、断ろうかと思ってる。それに美晴は幼なじみで、なんて言うか、そういう風には考えられないというか……そんな感じで、今は誰とも付き合う気はありませんから」

「いやいやいや、男としてどうなんだよ。お前! 美少女二名が両手にあるのになにもしない、いやむしろ断るとか情けねーよ」

直樹の絶叫がこだまする。

「そうは言ってもね。そのように思わないんだし仕方なくないか。直樹は欲望が強すぎるんだよ」

「昴には今あるチャンスを最大限に生かす気は無いのか。この先こんなチャンスはいつ訪れるか分からんぞ」

そんなチャンスはいらんよ。

直樹がいつも言う、もっといい子と出会えるかもしれんよ。

「それはまぁそかもだが……、まずは昴がどっちかが付き合え。それから俺にお友達を紹介してくれよ。美女の友達は美少女って相場は決まっている。友達の友達だから成功する確率は、ぐーんと高くなるって狙いよ。どうよ」

そんな狙いは捨ててしまえ。

第一に美少女がお前を相手にするか。

第二に美少女はそんなに転がっていない。

「つれねーなー」

つれなくて結構。付き合いたいとねか、付き合いたくないとか、今はそういう気分になれない。

みんなはなぜ誰かと一緒にいたいと思うのだろうか。

俺には分からない。まだお子様だからだろうか。


「聞くところによると、その外国人は相当美人って話じゃないか。美晴だって相当美人の部類に入るぞ!」

「部長。違うんですよ。なんて言うか奥手というか。見ているこちらがじれったいヤツなんですよ」

「あそこまで相思相愛なら、速攻略するがね」

告白してきたセレスシスさんはともかく、美晴は別にそんな仲じゃ無い。

遊ぶときはいつも一緒に居て、大切な幼なじみである。変な目で見ることはない。

「茶化さない、直樹。部長もですよ。晴美とは幼なじみなんで腐れ縁的なヤツです」

実際にここまでは美晴と一緒に来ていた手前、ちょっと動揺してしまう。

美晴とは幼なじみであって、そういった方向性に考えたことは無かった。

「すまんすまん。機嫌を損ねてしまったかね。だが二人には入部してもらって感謝しているよ。歴代より天文学部は女子率が高くてね。合宿とか俺一人の時もあって、辛い思いをしていたんだよ」

しみじみ語る部長は、彼女いない歴イコール年齢の俺達とは違う。半年ほど前に彼女と別れて、先月から新しい恋いをスタートさせたリア充。

「姉貴から昔の天文部のこと聞いたことがあります。女子部員しか居ないとき、夜の観測会では周りがカップルだらけでイチャイチャしているから、姉貴がイライラして、リア充どもにカエル砲を投げ込んでやったとか言ってましたね」

「お前のねーちゃん、ぱねーな。さすが俺の尊敬する大先輩だよ。胸も最強だ。ですよね部長」

「うむ。あの胸は最強の巨砲だよ。打ち出されたらひとたまりもないだろうな。両手を持て余してしまうから私は遠慮しておくよ」

「うちの姉貴をディスらないでくださいよ」

「昴はいいよな。最高のおっぱいのねーちゃんと、尽くしてくれる婚約者が居るわけだし」

「直樹、姉貴の巨乳は弟として恥ずかしいだけだし、美晴とはただの幼なじみ」

「今朝も言ったが、美晴と真剣に付き合ってみることを考えてみたらどうだ。校内でもトップクラスの美人だぞ。そんなかわいい子が幼なじみだったら、俺ならぜったいほっておかない」

「美晴と付き合う? 今まで考えたことも無かったよ。直樹の言うとおりかわいいと思うが、昔から友達であり気が合うからよく一緒に居るだけだし。これ以上に深い意味は無いさ」

「いや、おま…それって…まぁいいか。色ボケはほっとこ」

「そういう直樹こそどうなんだよ」

直樹は高校デビューと同時に速攻彼女作るとか言って早二年。未だに彼女ゼロ人。とほほ。

「せんぱい。俺、彼女ほしいっす。昴はかわいい嫁候補が二人も居いるし、先輩のように青春したいっす」

「そうかそうか。かわいそうな後輩だ。先輩としてできる限り指南してあげるよ」

泣いている直樹を慰める部長。

「とはいえ太田君。豊岡君のことを少し考えてみてはどうかな」

「はぁ…と言いますと…」

「率直に言えば幼なじみではあるが、異性として、恋愛対象に視点を変えて豊岡君を接するのはどうか」

「…………」

「君が彼女のことを幼馴染みとしてしか、見ていないかもしれない。もし仮に相手は違う発想で君のことを見ているとしたらどうかな。好意を持っていると仮定したら、彼女のことは気にならないかな」

「それって自分都合の妄想だと思いますよ。相手が好きだと思っているかどうかなんて、当人じゃなきゃ変わらないし。恋愛妄想なんてキモいとか思いますよ」

「まぁまぁ、確かに恋愛妄想はキモいかもしれないが、人を好きになっていくって、相手がどう自分のことを考えてくれているのかなって妄想から始まる気がしないか」

美晴だって俺のことを幼なじみだと思っているし、俺だってその気持ちは変わらないわけで……。

「想像の領域だから絶対とはいえないけど、好意を抱いているとしたらって考えたら人生がもっと楽しくならないかな、俺はそう思うがね」

俺は煮え切らない返事を返すが、はやりそれ以上のことは思いきれない

美晴とは本当に幼なじみ以外の関係になることを今まで考えてもみなかった。

この後は直樹の恋愛相談が延々と続き、そろそろ湯あたりしそうなので続きは部屋ですることになり、風呂から上がることにした。

みんなで風呂を出て暖簾をくぐると、隣の女風呂から美晴が出てきた。


「「あっ」」

お互い同時に目と目が合い、声を発してしまった。

先ほどの婚約者とかの話がフラッシュバックして、こちらも変に目のやり場に困る。

「ほんじゃ、先に行ってるからな、何があったか教えろよ」

「朝帰りはできるだけ目をつぶりたいが、部活動中なので就寝時間までには戻って来いよ」

そう言い部長達はさっさと行ってしまい、二人が取り残された。

話題に困りつつもここに居ても何だから歩き始めた。

「ほかの女子部員はまだ入っているのかな」

「うん。のぼせて来たから私だけ先に出てきたの……あっ部屋の鍵、私持ってないや」

「戻って取ってくるか?」

「もう少ししたら出てくるだろうし、良かったら一緒に待っててくれるとうれしいなぁ」

「しゃーない、みんなが出てくるまで一緒に居ようか」

「ありがとう、昴」

満面の笑みで微笑む美晴を見ると、俺にまで伝染してつい顔がほころんでしまう。

二人は椅子のある談話スペースに行くことにした。

軽いミーティングもできるよう丸いテーブル席と、ファミレス風に仕切られたソファー席が壁際に五席ほどあり、一番奥には七十インチはありそうなデカイテレビが壁掛けされている。

入口付近の自販機でジュースを買い、空いている丸テーブル席へ座った。

奥のテレビでは謎の天体現象とやらをニュースで取り上げていた。

美晴は頭をタオルで拭きながら自席の後ろにあるテレビを観るため、上半身だけをテレビに半分向けると、食い入るように観ていた。

俺はテレビ見るふりをして、パジャマ姿の見慣れない美晴をついつい見つめてしまう。

部長からの言葉がさっきから何度も頭を過る。幼なじみではない異性として、女の子としての美晴を見つめるとは、いまいち分からん。だが俺の中で沸々したものを感じている自分がもどかしい気持ちになる。

何だろうか暖かくも、恐い感じもする不思議な感覚。

いやいや、変に意識するから変な気持ちになってしまうのだ。一端やめよう。


美晴はパジャマ姿の上に一枚軽めのカーディガンを羽織っており、昼間していたツーサイドアップは下ろされ、ドライヤーで乾かしきれていなかった髪がほんのり湿り気を帯びていた。そのため彼女の体温で髪の毛の水分が気化して、微かな甘い香りを漂わせている。

ふと胸元を目がいってしまつた。ゆったりしているパジャマだったので、制服を着ているときよりも胸元が心許なく見えてしまう。

拭いている位置を変えると、胸元の隙間からブラらしき布地が見えてしまった。ピンクと白で渕にはレースが施されている美晴らしいチョイス。

ニュースが終わり美晴が不意にこちらを向くと、

「すごいよ。UFO目撃だってさ。この辺でも見られるかし…ら──」

俺はパッと目をそらしたが、美晴は俺の元の目線を確認すると、さっと胸を隠した。

「見てたよね……えっち」

「見てねーよ」

いえ、バッチリと見てました。

お互い気まずい気持ちになり顔を下に向けてしまった。うぶな奴らである。

俺は今まで美晴のことを幼なじみであり、親友としてしか意識していなかったためか、部長の件といいなんかこう女の子として意識してしまうと、別の感情がこみ上げてきそうだった。今は忘れると決めたばかりなのに何度も出てくるとは、話題を変えよう。

「そうそう、胸のことで思い出したんだけど」

「やっぱり見てたんだ……」

ジト目で見てくる。

しまった。余計なこと言ったな

「それは……ごめん」

とりあえず謝っておこう

「例のこともあるし、これから姉貴のところに行こうかと思うんだけど、行かない?」

弟に胸で思い出される彩星の存在は残念だ。

「そうだね。行ってみようか」

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