Ⅳ There's no need for poisonous flavors in my tea party, I've only prepared antidotes.

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■テオフィロ・レイェス


「──茶会?」


 その問いかけはおうむ返しだった。情けないことだが、問いを投げ掛けた張本人──テオは少なからず困惑していた。

 彼の眼前に立つエリスは、さも当たり前だとでも言うようにうなずく。そして、朗らかな声色で応じた。


「そう、お茶会。今日の昼下がりにでもどうかなって思ってね。皆の苦手なものがあったら避けたいから、差し支えなければ教えて欲しいんだ。事前の下調べって大事だからね。何か気にかかることでもある?」

「あるかないかで言えば大いにあるね。エリス、あんただって把握してるだろ? 今朝は死体が二つ増えた。あんたを責めたい訳じゃないが、どう考えたって茶会やってる暇はないんじゃないか?」


 エリスの気遣いは本来ならあって正しいものだが、さすがにこの状況では違和感にしかなり得ない。テオはやれやれと肩を竦め、せり上がってきた溜め息をぐっと堪えた。

 アドラシオンに命じられ、古城の見回りをしていたテオ。彼は不幸なことに、とんでもないものを見つけてしまった──レアードとケントの死体という代物を。

 当然、テオは直ぐ様アドラシオンに知らせた。その後エリスを訪ねて事の次第を伝え、仮眠をとる──はずだったが、うたた寝以上の睡眠には届かずに今に至る。井戸端で顔を洗っていた矢先にエリスから声をかけられ、茶会の開催を提案されたのだ。

 人が二人も追加で死んだというのに、よりにもよってこの少女は呑気に茶会を催そうとしている。真意を読み取れずひきつった笑いを浮かべるしかないテオを前に、エリスは眉尻を下げながら切り出した。


「だからこそ、だよ。また人が死んで、ここの空気はどんどんよどんできてる。このままじゃ、また誰か死ぬんじゃないかって……疑心暗鬼が続くのは、嫌だよ」

「……だから茶会で場の空気を和らげたいのか? 気持ちはわからないでもないが、そう簡単に人が集まるかね。うちの女主人みたく、強情な人だっているんだぜ?」

「それもそうだね。でも、きっと皆乗るはずだよ。私たち、ちゃんと集まったのは今のところ初日だけだし……そろそろ腹の探り合いをしたいところじゃない?」


 エリスは明るく言ってくれるが、主人が彼女を排除したがっている立場のテオとしては返す言葉に困る。うちの主はそんな回りくどい手段よりも手っ取り早く命をいただきたいと思ってるぜ──などとは、口が裂けても言えない。

 しかし、こうして考えてみると、エリスは思った以上に豪胆というか、肝の据わった人物なのだと思い知らされる。人が死んだ直後にすることが、犯人捜しでも現場検証でもなく、まさかのお茶会なのである。何を食べたらそのようなぶっ飛んだ案が出てくるのだろう──と思わないでもないが、エリスの作る料理は壊滅的だとの噂だ。ろくでもないものを日常的に食べていたら、人死にが出てもけろりとしていられるのだろうか。

 何にせよ、レアードとケントの死は確実だ。第一発見者であるテオだけでなく、エリスも共に確認したのだから間違いない。

 レアード、そしてケントは両者共に刃物による刺し傷が致命傷となったようだ。何故か開きっぱなしになっていた客間、そこで二人は多少の距離はあるものの同様に倒れていた。ケントの側にはわかりやすく凶器らしき短剣が転がっていたから、先に手を出したのは彼と見るのが妥当だろう。


「しっかし、ケントも落ち着いたと思ったんだがなあ。まさかこんなことになっちまうとは……悲しいもんだねえ」


 立場上カルヴァート家の遺産を巡って対立する相手ではあったが、顔見知りが惨い結末を迎えるのは良い気がしない。特に、多少なりとも案じていた相手ならば尚更だ。仕事と割り切ることはできても、何も思わない程テオは冷たい人間ではない。

 この言葉に対し、エリスは神妙な顔をしてうなずいた。彼女もまた、ケントのことを思っているようだった。


「ケント君……エレーレイスさんの死を伝えるために、ブリテン島に戻るって言っていたのに……。どうしてレアードさんを狙うような真似を──ああ、駄目だね、まだそうと決まった訳じゃないのに。自分の憶測だけで、わかったような口を利くなんて……私も疲れてるのかな」

「しょうがないさ、あの現場じゃあなあ。一目見たら、ケントが先にやらかしたって思って当然だ」

「でも……その仮説だと、誰がケント君を殺したのかって疑問が残るよね。自殺したって線もあるけど、直前の言動からそうは考えられないし──あの場から立ち去った、第三者がいるのかも」

「第三者、ねえ」


 レアードを殺害して利を得られる人物──となると、この古城にいる全員が該当することとなる。

 レアードはカルヴァート家の遺産を強引に得ようとしていた。エレーレイスのような穏健派ならともかく、力ずくで奪いに来る──それこそ命の危険が伴うような手段を平気で選ぶような相手と、一時でも同じ場所にいるのは気が気ではないだろう。

 他の参加者にとっても、レアードは厄介な存在だ。ヘーゼルダイン家、テジェリア家と肩を並べる程の格を持つばかりか、一貫して他家を出し抜こうという姿勢を隠そうともしない。レアードが消えることで、ほっと一安心した者も少なくないはずだ。

 まああの態度なら恨まれるわな、とテオは他人事のように思う。実際に他人事な訳だが、どこでアドラシオンが聞いているかわからないので失言はできない。


「……そういえば、マイカさんはこれからどうするんだろう」


 遠い目をしながら、エリスはぽつりと呟く。その眼差しがどこに向いているのか、少なくともテオには推し量れない。

 レアードの従者であった、中性的な風貌の若者──マイカは、主を喪った。ケントのように報復する気がないのなら、契約終了と見なして古城から退くのが無難なように思える。

 これはテオの所感だが、マイカはレアードに忠節を尽くしているようには見えなかった。サディアス程無反応という訳ではなさそうだが、レアードに対する視線は基本的に淡白だ。主として重んじている、というよりは、報酬分の仕事はする、といった風に見えた。

 昨晩、マイカはレアードに命じられて古城の見回りをしていたという。その隙を突かれて主は殺害されたようだが、それに衝撃を受ける様子もなく、そう、と小さくこぼすだけだった。気を遣って伝えようとした側が、素っ気なさ過ぎる対応に唖然とする始末である。


「もしかしたらマイカさん、レアードさんがいなくなってちょっぴり安心しているのかもしれないね。あんまりやる気なさそうだったし」

「おいおいエリス、いくらおれが相手でも、言って良いことと悪いことがあるぜ」


 エリスの発言に近い憶測をしていない訳ではなかったが、さすがのテオも口に出すのは憚られた。このような状況でなくとも、人が死んだ直後にする話ではない。

 たしなめられたエリスはというと、ごめんね、と軽く謝罪して肩を竦める。心の底から反省している──という訳ではなさそうだ。


「申し訳ないけど、アイルランドに来てからこんなことばかりなんだもの。変な慣れはできちゃうよ。下手したらこっちにまで危害が及ぶかもしれないんだから、警戒はしておかないと」

「とか言いつつお茶会を開こうとしてる奴がいるんだよなあ」

「あはは、それはそれ、これはこれ。時には空気を読まない方が上手くいくことだってあるんだよ。その時々の気分で動いてるって訳じゃないから、そこは信じて欲しいな」


 くるりと身を翻し、エリスは微笑む。長いスカートが空気を孕んでふんわりと膨らんだ。


「ね、ちゃんとアドラシオンさんに伝えておいてね。誰も来なかったら寂しいもの。たまには命のやり取りとは離れて、理性的に戦おうよ」

「いつも命の危険と隣り合わせみたいな言い方はやめてくれよ。そんな戯曲じみた人生は送ってない」


 エリスの言い方は大袈裟だが、人死にを避けられる可能性があるならそれに賭けたい。主であるアドラシオンからはあまり信用されていない自信のあるテオだが、それでも彼女に無惨な死に方をして欲しい訳ではない。アドラシオンの前では言いにくいが、できることなら平和的に、血を流さずに物事を収めたいと思う。


「うちの女主人には、お気に入りの薬湯があってね。暇さえあればそればかり飲んでる。同じものばかり口にしてるのも何だから、良ければ違うものを飲ませてやってくれないか?」

「薬湯か……。効能とか、風味はわかる? 似たようなものを出したら、好みの幅が広がるかも」

「おれには飲ませてくれないから、あくまで想像するしかないが……何でも、新大陸由来の香草を用いているらしくてね。味はどうだか知らないけど、独特の匂いがするよ。おれはあまり好みじゃないが、まあ効能を重視してるのかもしれないし、下手に意見はしない方が良い」


 どうやらアドラシオンの好む薬湯は服用後に眠気を誘う作用があるようだが、そこは主の弱点を晒すことになるかもしれないので口にしないでおいた。どれだけ冷淡に扱われようとも、アドラシオンは給料を支払ってくれる雇い主。粗相をして解雇されれば、テオの明日はない。

 聞き役に回っていたエリスは、ふうん、と目を細める。心当たりの有無はわからないが、彼女なりにアドラシオン好みの茶葉を考えてくれているのだろうか。いつも努めて明るい表情をしている印象の強いエリスにしては、神妙な顔つきだった。


「……教えてくれてありがとう。とりあえず、手持ちの茶葉や香草を一通り探してみるよ。それに、ルイスさんやアイオナさんの好みも聞いておかなきゃならないからね。なるべく急いで支度しなきゃ」

「一人で大丈夫か? どうせうちの女主人は四六時中引っ付き回ってる従者を快く思わないだろうし、おれにできる範囲でなら手伝うけど」

「うーん、気持ちは嬉しいけど遠慮しとくよ。一応口に入るものを扱う訳だから、不安な要素はひとつでも排除しておきたいんだ。テオは違うかもしれないけど、まだ私の命を狙ってる人がいたら危険でしょ? それに、自分で管理してるものだから、むしろ一人で作業した方がやりやすいよ」

「なるほど、そりゃ道理だ。そういうことなら、あんたにお任せするとしますかね」

「うん、期待してて。きっと楽しいお茶会にするから!」


 ただ楽しいだけの茶会になるとは思えないが、殺伐とした空気には疲れてきたところだ。血の気の多い女主人にも、たまの休息は必要だろう。

 じゃあね、と駆け行くエリスに、テオは軽く手を振る。これから頑固な主を説得すると考えれば気は重かったが、先のやり取りを無下にもできない。たまには気合いを入れるか、と思いつつ、テオはアドラシオンの部屋を目指して歩き出した。

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