5

 夜半のことである。

 新たな侵入者は三人。いずれも壮年の男だ。夜闇に溶けそうな黒衣に身を包み、目元のみを露出させている。

 

「──よお、待ってたぜ」


 その三人、いずれの視界からも外れた背後から、少年とも少女ともとれない中性的な声が響いた。

 侵入者たちは揃って弾かれたように振り返る。彼らの目線が向かったのは樹上、その上からふわりと飛び降りる人影がひとつ。


「……お前が件の案内人か。若者とは聞いていたが、声変わりもしていない子供とは」

「ははっ、少し声を聞いただけで全部わかった気になってくれるなよ。何にせよ俺は主人の名代だ。噂に違わぬ仕事ぶり、見せてくれよ?」


 人影は軽やかに笑う。侵入者たちの警戒感は増すばかりだった。

 男か、女か。現時点では性別の枠組みに当てはめることができない。上背は男性なら平均かそれよりも下、女性ならばなかなかの高身長である。服装はいたって簡素なもので、無地の襯衣シャツにぴったりとした黒の洋袴トラウザーズ。華奢な体には凹凸がほとんど見受けられないが、男性にしては些か貧相である。

 顔立ちは頭巾と暗がりから詳細に確認することができないが、鼻筋と口元を見る限り非常に端正な造形をしている。表情が浮かんでいなければ彫刻じみて見えるが、今そこに浮かぶ笑みは悪童のよう。とても精巧な美術品には見えない。

 性別不詳の案内人。不信感を抱かずにはいられない侵入者たちだったが、すたすたと歩き出す案内人の後をおとなしく付いていく。少なくとも、事前に聞いていた通りの特徴と合致している──書簡でのやり取りだったので、後付けという線も否めない。しかし、今回の仕事はそんな胡乱さを見逃しても致し方ないと思えるだけの額が支払われる手筈になっていた。


「俺の仕事はあんたらを標的のもとへ連れて行くことだ。行こうぜ、急いでいるんだろう?  早くしないと先を越されちまう」


 一度振り返ってから、案内人は再び前を向いて歩き出す。


「……どうする」

「構わんだろう。我々の目的はひとつ」

「あの若造が何者かは知らんが、この人数差ならば障害になり得ん」


 ひそひそと耳打ちし合いながら、侵入者たちは歩を進める。

 ──が、突然案内人が立ち止まった。

 まさか聞かれていたか。侵入者たちは体を強張らせる。


「……そうそう、これは確認だ」


 振り返らずに案内人は言う。ゆったりとした口調だった。 失言の可能性はなさそうだ。まずは安堵してから、侵入者の一人がなんだ、と先を促す。


「あんたらに課す任務は殺しだ。カルヴァート家の女を殺し、奴が所持している鍵を奪う。それが確認でき次第、戦利品と引き換えに報酬を渡そう。……ここまでは事前に聞いてるな?」

「ああ、そのように聞いている。……して、雇い主は顔すら見せないのか? それともお前が案内してくれるのか」

「雇い主は高貴なお方なんでね。下々のことは全部部下任せさ。……そう怖い顔をするなよ、俺だって雇い主とはまともに話したことはないんだぜ? 誰に対してもそういうお方なんだよ」


 大っぴらに言えない仕事を依頼しておきながら、挨拶のひとつもないのか。その場の沈黙には言外の反発があった。

 しかし、案内人は飄々とした態度を崩さない。煽られているように聞こえないでもなかったが、刺客たちはそれ以上言及しなかった。まずは依頼された仕事をこなし、標的──カルヴァート家の女を仕留めなくてはならない。こちらから行動を起こすのは、報酬を受け取った後でも良かろう。


「奴のいる部屋までは隠し通路を使う。この古城が何に使われていたかは知らないが、随分と入り組んでいるようでね。不意討ちにちょうど良いって訳だ」


 裏口と思わしき控えめな戸を開けながら、案内人は声に若干の笑いを含ませる。

 一体何がおかしいのか。言い様もない苛立ちと疑念を抱きつつ、三人の刺客は古城内に足を踏み入れた。

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