3

■ケント・バンバー


 エリスに先導されてたどり着いた先。北向きの小部屋に、エセルバートは横たえられていた。

 頬のこけた、痩せぎすの中年男性である。エリスは父親に似たのだろうか、顔立ちはそれほど似ていなかった。その顔に生気はなく、既に土気色に変色している。


「……死んでるな、こりゃ。心臓も動いてないし、脈もねえ」


 エレーレイスに頼まれて一通りの確認はしたが、ケントの目から見たエセルバートはとっくに生命活動を終えていた。医術の心得はないが、はっきりと言える。これで生きている方がおかしい。

 そう、と落ち着いた声色で答えたのはエリス。唯一の後見人にして保護者が亡くなったにも関わらず、一切取り乱さずに対応している。先程は気を張っていたのか、今はやや疲れを滲ませていた。


「私の勘違いであったらと、何度も思ったけれど……やっぱり、駄目だったかあ。覚悟は決めてたけどね」


 手間をかけさせちゃってごめんね、とエリスは苦笑する。見ていられなくて、ケントはぷいと顔を逸らした。

 エリスは気丈に振る舞っているが、今の彼女の立場は危うい。孤立無援な上に、誰もが手にせんと狙うカルヴァート家の至宝という十字架まで背負っている。

 従者という立場である以上、いざとなればエレーレイスに従わなければならない。だが、ケントとしてはエリスが不憫でならなかった。


「慎んで、お悔やみを申し上げる。エリス、君も辛い立場にあるだろう。何か困ったことがあれば、遠慮なく我々を頼ってくれ。力になろう」


 こういう時でも、エレーレイスの振る舞いは完璧だ。ロンドンにいた頃はそれこそ縁談が絶えず、品行方正な優等生としてやっかみを受けることも少なくはなかった。その度にケントが後始末をしていたのは良い思い出だ。

 恐らく、エレーレイスは下心なしにエリスの助けになりたいと思っている。生粋の上流階級であるエレーレイスではあるが、だからこそ弱きを助け、支えなければという思いが強いようだ。それは日常生活からもひしひしと感じられるし、ケントはただの善意で拾われた時から身にみている。

 根っからのお人好し。高貴であるが故に、義務感と使命感が強い。その度に面倒事に巻き込まれてはいるが、面倒だと思うのはケントばかりで、エレーレイス本人は当然のこととして受け取っている。羨ましくなるような性分だった。

 大抵の女性、下手したら男性もエレーレイスに優しくされると頬を染めるものだが、エリスは違った。にこ、と微笑みながら、エレーレイスから距離を取る。


「ありがとう。でも、優しくしたって鍵はあげないよ? これは、誰にも渡せないくらい、大事なものだから」

「────」


 初めて見る、顔だった。

 エレーレイスが目を見開く。感情の起伏がそれほど激しくない主人ではあるものの、ケントは十年近く彼に付き従っている。故に、他人よりかは彼の感情の機微はわかるはずだ。

 エレーレイスは傷付いている。ほんの一瞬だったが、ケントは見逃さなかった。


「──はは、たしかにそうかもしれないな。君は、少し用心深い方が良いかもしれない。我々はまだしも、君から力ずくで鍵を奪おうとする者もいないとは限らないからね」


 だが、気付いた時にはいつもの紳士的なエレーレイスに戻っている。端正な面立ちに浮かぶのは、非の打ち所がない優雅な微笑み。

 少し、安心した。ケントは内心で胸を撫で下ろす。

 エリスもエリスで傷付けるつもりはなかったのだろう。うん、と元気よくうなずく。


「それは勿論わかってる。その辺りも込みで、決めた道だから。今更違えるつもりはないよ。私なりに、覚悟は決めてる」

「そうまでさせるだけの何かが、その鍵にはあるのかい?」

「ふふっ、それは秘密。教えちゃったら、悪用されるかもしれないでしょう? ──そこで盗み聞きしてる人たちに」

「……⁉」


 真っ先に、体が動く。

 ケントは弾かれるようにして、閉められていた扉を開けた。ばんっ、と予想以上の音がして、エリスが肩を震わせる。


「おおっ、びっくりした……。そんな乱暴に開けることないだろ?」

「……テメエは……」


 エリスの発言は、杞憂には終わらなかった。扉の向こうには、一塊に固まっている三人の男がいる。


「ええと……あなたは、アドラシオン・メサ・テジェリアさんの従者の方……だよね? それに、ルイス・メレディスさんとその従者──あなたたちも、叔父上の顔を伺いに来たの?」


 ひょこ、とケントの肩口からエリスが顔を出す。盾にされているようで不本意だが、彼女の立場を考えると文句は言えなかった。

 呼び掛けられた三人は、ひとつの間違いもなかった。そうそう、とうなずくのはアドラシオンの従者。顔を逸らし、つんと不機嫌そうに顎を上げるのがルイス。そして、棒立ちのまま微動だにしないのが彼の従者である。

 何とも濃い面々だ。いや、あの招待客の中に、濃くない人物はいない気がする。どいつもこいつも、悪目立ちしそうな者ばかりだ。


「いやあ、まさか気付かれてるなんてな! さすがの観察眼、といったところかね、お嬢さん? これでも、気配は消してたつもりなんだけどな?」


 アドラシオンの従者が、ずい、といち早く前に進み出る。偏見が入っていないとは言い切れないが、さすがラテン系、距離の詰め方がこなれている。


「お嬢さんは何だかくすぐったいよ。エリスで良いよ、呼びにくかったら好きにしてくれて構わないけど。それよりも、ルイスさんはともかく、従者の方のお名前はまだお聞きしてないな。ね、教えてよ、名前」

「おっと、奥手に見えて結構ぐいぐい来るな? いいね、そういうの嫌いじゃない。──ルイスさんもそう思わないか?」

「知るか。こんな狭いところでべたべたするな、暑苦しい」


 ラテンの空気は、人によって好き嫌いが分かれているようだ。エリスは特に気にする様子もなかったが、外野にいるルイスはうんざりとしている。案の定、彼の従者は彫刻のように動かない。

 やれやれと大袈裟に肩を竦めてから、アドラシオンの従者はやはり芝居がかった仕草で一礼する。そのまま顔を少し上げて、にやっと悪戯っぽく口角を上げた。


「おれはテオフィロ。テオでいいぜ、そっちのが呼びやすい。で、こっちの仏頂面はサディアス。全然喋らないけど、寝てる訳じゃないから話しかけてやってくれ。よろしくな、エリス」

「おい、何を勝手に他人の従者の名前を公開してるんだ。私は許可していない」

「まさかの無許可かよ……」


 これには普段、エレーレイスから許可がなければ基本は発言しないケントも突っ込まずにはいられなかった。ある程度親交を深めて了承があるならともかく、無許可で自己紹介ならぬ他己紹介は恐れ入った。このテオという男、敵に回しても回さなくとも厄介そうだ。

 何はともあれ、サディアス自身に嫌がる素振りは見受けられない。──表情が変わらないので何とも言い難いが、本人からの発言がないため良しとしよう。面倒事に首を突っ込みたくはない。


「それはさておき……君たちはどうしてここに? 聞くまでもないことだとは思うけれど、一応、ね」


 事の成り行きに突っ込むこともなく聞き役に徹していたエレーレイスが、ここに来て問いを投げ掛ける。壁に寄りかかり、長い脚を交差させた姿は小憎らしい程様になっている。

 どうして、とエレーレイスは問いかけたが、それに対する答えはひとつだろう。もしも邪念や打算があったとして、それを表に出すような青臭い御仁はこの中に存在しまい。


「決まっているだろう、エセルバート・カルヴァートの遺体を確認しに来た。本当に死んでいるのか、どのような状態か……この目で確かめなければ納得がいかないからな」


 これに対し、ルイスが真っ先に答える。つんけんとした口調だが、敵意や悪意は感じられない。単に主催者の死に疑念を抱き、遺体の在処まで罷り越したといった風だった。

 招待客の中だと若干空気になりかけていたルイスだが、改めて見てみるとよく整った顔立ちの美男子である。エレーレイスに比べると童顔で精巧さに劣るが、個人で見れば悪くない──というか、むしろ良い方に分類されるのではなかろうか。招待客がもっと地味だったら、今よりも目立っていたかもしれない。

 何はともあれ、ルイスの答えは尤もなものだ。追い返す必要性も感じられない。

 ケントはちらと麗しの主人を見た。剣呑な空気は感じられない。後から来た三人のことを許容しているのだ。


「うん、こちらとしても、断る理由はないよ。エリスはどうかな?」

「私も同じ気持ち。……でも、ルイスさんはともかく、テオもちゃんと答えてね? 有耶無耶にして居座ろうったって、そうはいかないんだから」

「あっはっは、そう言われちゃだんまりもやめだ。いやあ、あんたは鋭いなあ! 大広間でもそうだったが、ある種の気概を感じるね」


 流れに乗じようとしていたらしいテオは、慣れた仕草で片目を瞑る。


「勿論、おれもエセルバート殿の遺体を検分したくてね。いきなり死んだなんて言われても、はいそうですかとはいかないだろ? うちの女主人からも許可が出たから、こうしてはるばるやって来たという訳さ」

「アドラシオンは、今何を?」

「部屋で休んでるよ。ほら、一組ずつ寝室が宛がわれてただろ? この後でも良いから、ちゃんと見に行った方が良いぜ。もたもたしてると、変なものを仕掛けられるかもしれないからな」

「……それは、テメエにか? それとも、他の連中かよ」

「どっちもあり得る……とだけ言っておこう。ま、何にせよ用心は大切だって話さ。一応忠告してやったんだから、そう睨まないでくれよ?」


 ケントとしては、このラテンの男はますます信用ならなかったが、その言い分にけちを付けることはできない。それはエレーレイスが決めることであって、一従者の私情を挟むものではないからだ。

 そうかい、とエレーレイスは柔らかく微笑む。それだけで、彼が滞在を許しているのだとわかった。

 この主人は懐が広い。多少胡散臭くとも、印象だけで遠ざけるようなことはしない。

 テオもまた、その意図をすぐに読み取ったのだろう。に、と笑ってから、横たえられたエセルバートを観察する。


「にしても……こりゃ、綺麗な遺体だな。外傷のひとつも見当たらない。……とすれば、毒か持病にやられたってのが妥当な線か」

「どうだか。傷口を綺麗に拭き取って、服で隠しているだけじゃないのか」


 間近で見て回るテオとは対照的に、未だ出入口の壁に寄り掛かりながらルイスが横槍を入れる。遺体の確認をしたい、とは言ったが、近寄りたくはないようだ。

 だが、そんな贅沢を許すテオではない。にやっと口角をつり上げてから、それなら、と切り出した。


「あんたが脱がせて確認してみなよ。立ちっぱなしってのも疲れるだろ?」

「断る。何故私がそのような、面倒なことをしなければならない? 断固として断ろう」

「おいおい、確認したいって言ったのはあんただろう? それくらい自分でやってくれなきゃ困るぜ」


 ぐぬう、とルイスは声にならない呻き声を上げる。本気で遺体に触れたくないのだろう。

 誰か助け船を出すものかと思われたが、彼を擁護する者は現れない。従者であるサディアスは、何故動かないのか、と言いたげな顔で主人を見るだけだ。

 結果的に、ルイスは折れた。深々とした溜め息を吐き出し、心底嫌そうな顔で、エセルバートの遺体へと近付く。指先で摘まむようにして、その体を検分していった。

 顔と同じく、血の通っていない土気色の肌。生者から物質へと変わってしまったそれには、ひとつの傷もない。もともと怪我をしやすい立ち位置にはいなかったのだろう、無関係と言えるような古傷も見受けられなかった。


「……もう良い、十分検分できた」


 嫌悪感を滲ませながら、ルイスは死体から離れる。元来の潔癖症なのか、それとも単純に死体への接触に忌避感があるのか──どちらかはわからないが、彼はすぐさま懐から手巾ハンカチーフを取り出して両手を拭った。

 気持ちはわからないでもないが、急に身内を喪ったエリスの前であからさまに汚物扱いするのはどうかとケントは個人的に思う。意図的ならばなかなか良い性格をしているし、何も考えていないなら無神経が過ぎる。不機嫌そうなルイスの横顔を盗み見て、貧民街育ちの従者は決してよろしからぬ印象を抱いた。

 空気の読めないルイスはさておき、彼によってエセルバートの遺体に外傷がないことは明らかとなった。無理矢理襲われて、という線はないと考えて良さそうだ。テオの推理はあながち間違っていないのかもしれない。


「……もしかしたら、『あれ』かも」


──と、ここでエリスが何やら思い出したように呟いた。

 その場の視線は彼女一人へと注がれる。少なからず緊張感を覚えたのか、エリスは大したことじゃないんだよ、と前置きした。


「もしかしたら、もう見付けている人もいるかもしれないんだけど……この古城のあちこちに、同じ文言が刻印されているんだ。皆の部屋までそう、とは言い切れないけど……でも、今まで立ち入った部屋には、必ず彫られてた。ほら、ここ、わかる?」


 エリスが指差した先を、彼女以外の目線が追いかける。

 エリスが立つ位置からちょうど真上の天井。そこに、小さくはあるが目視できなくはない大きさで、文らしきものが連ねられている。

 しかし、ケントとしては認識はできても読解することはできなかった。エレーレイスから教えられて多少は読めるようになった英語とは異なる、見慣れない文字だった。


「これは……ゲール語か? かなり古い文型だが……」


 エレーレイスが瞠目している。彼は諸言語にも通じているが、それでも驚きを隠せないということは相当な年代物なのだろう。


「へえ、流石だね。おれにはさっぱりわからないよ。良かったら読み上げて欲しいんだが、どうだい? 情報共有は大事だろ?」


 やや大袈裟に肩を竦めながら、いつの間にかテオが主の側まで近付いている。彼は油断ならない男だ、慌ててケントは主人を守るように立ち塞がった。

 そんな従者の危機感など意に介した様子もなく、エレーレイスは二つ返事で快諾した。視線を再度上へ向け、朗々とした声で読み上げる。


「いわく──『この城に足を踏み入れた者は、真に目的を達成するまでけっして立ち去ってはいけない』そうだ。──エリス、君の見解と相違はないかな?」


 エレーレイスが金糸の髪をなびかせつつ振り返る。単純な動作ひとつであっても、彼の場合は嫌という程絵になる。

 しかし、それに動じることはなく、エリスはこくんとうなずいた。文字列を見上げながら、彼女は桃色の唇を開く。


「私も同じ風に読み取れたから、間違ってはいないと思う。これは私の憶測なのだけれど……この文言は、ゲッシュなんじゃないかな」

「……ゲッシュか」

「うん、この古城から容易に立ち退かせないための……ね。ゲッシュは制約と受け取られることも多いけど、その根幹は人を縛り付ける呪い。守れば祝福や利を得ることができるけど、破れば不幸──率直に言えば死が待ち受けている」


 叔父は、と続けるエリスの声は憂いを帯びている。


「叔父はこの会合に乗り気ではなかった。このような場所を訪れることすら嫌だったみたいで……私にも、度々文句を言ってた。もしかしたら、私だけ置いて帰るつもりだったのかもしれない。だから……」

「──ゲッシュに背いて死んだ、と? ハ、馬鹿馬鹿しい」


 真っ先に否定するのはルイスだ。端正な顔を嫌悪にしかめ、非現実的だ、と切り捨てる。


「そのようなものが存在すると、本気で思っているのか? ゲールの異教は今や過去の遺物だ。今更効果があるとするならば、この中に異教を信ずる者がいるということになるが」

「うーん……叔父も私も国教会に属しているけれど、思い込みって線もあるんじゃないかな。信仰がなくても、知らず知らずのうちに暗示をかけていた、とか……」


 頤に手を添えつつ、あくまでも憶測だよ、とエリスは付け加える。いかにも不機嫌そうなルイスをこれ以上刺激したくはないのだろう。彼を怒らせたら面倒なことになりそうだと、第三者のケントでさえわかる。

 ゲッシュの話を続けていても、場の空気は変わらない。むしろ悪化するばかりだ。そう思っていた矢先に、エレーレイスが口を開く。


「何にせよ、エセルバート殿は亡くなった。その事実は不動だ、今更どうしようもない。これから我々が考慮すべきは、会合の本題──カルヴァート家の至宝を、誰が管理するか……ではないかな」


 一同の空気が、再び張り詰める。

 しかし、エレーレイスは変わらず微笑みを浮かべていた。首をかしげるエリスに向き直り、柔和な声で言う。


「けれどね、エリス。私は君を害してまでカルヴァート家の至宝を手に入れようとは思わない。力ずくで他者から何かを奪い取るなんて、野蛮が過ぎる。此処にいる方々は、そうでないことを祈るけれど……皆が皆、穏便に事を済ませたがっていると考えるのは早計だ」

「おいおい、何を言い出すかと思えば、おれたちを野蛮人扱いかい?  おれだって、できることなら誰も傷付かずに終わる方がいい」


 テオは剽軽な調子で反論し、ルイスは鋭くエレーレイスを睨み付ける。サディアスだけは無表情を崩すことなく、置物の如くその場に立ち尽くすばかり。

 だが、この程度で動じるエレーレイスではない。その通りだ、とうなずいてから続ける。


「私は誰も死なず、傷つけられずにこの会合が終わることを願っている。だからこそ、君たちに協力して欲しいと思っているんだ」

「協力?」

「ああ。話し合いを行う間、私の考えに賛同する者でエリスを守る。まず狙われるとしたら、彼女の命だからね」

「私を……?」


 怪訝そうな顔をするエリス。ぱちぱち、と大きな目が瞬く。


「私、これでも一応護身術は体得してるよ? 気持ちはありがたいけど、他の方々に迷惑をかけるのは申し訳ないなあ」

「気に病むことはないさ。いくら身を守る術があるからといって、味方が多いに越したことはない。それに、少なくとも私はやりたくてこうしているだけだからね。君の機嫌をとりたい訳ではないし、君がどのような結果を選ぼうが自由だ。私は君を見殺しにしたくないだけなんだよ、エリス」

「……それはおかしくないかな、エレーレイスさん。私が死ねばあなたに利があるけれど、私が生きていたってあなたは損をするだけ。悪いけど、エレーレイスさんの言うことは信じられないよ」


 再びの拒絶。表情こそにこやかだが、エリスのそれは友好から来る笑顔ではない。防衛、あるいは威嚇のための笑顔──のように、ケントの目には映った。

 一度は傷付いたエレーレイスだが、二度も同じ反応を返すことはない。目を細めながら、そのように思うのも無理はない、とエリスを肯定する。


「たしかに、疑念を抱かれるのは尤もなことだ。カルヴァート家の遺産を手っ取り早く手に入れるには、君を排するのが一番だからね。──だが、私はそのような方法は取らない。もっと良いやり方があるからさ」

「……私を生かしたまま、目的を達成すると?」

「ああ。君と私が結婚すれば良い」


 げっほ、とせる音が聞こえた。ケントが目を遣ってみれば、苦しげに咳き込むルイスと、にやけながらその背中を撫でるテオの姿が映る。この様子だと、持病で噎せた──という訳ではないのだろう。サディアスだけが直立不動のまま、事の成り行きを見守っている。

 エリスはきょとんと目を丸くしたまま、結婚、と譫言うわごとのように繰り返した。まずエレーレイスを、次いで何故か彼の従者であるケントを見て──一歩、静かに後ずさった。


「……正気なの、エレーレイスさん? 私があなたに嫁げばカルヴァート家は消える。そんなこと、絶対に認められない」

「ああ、そういうことなら私がカルヴァート家に入るよ。婿入りの前例はブリテン島中を探せばある程度は存在するだろうし……君の親族はのようだからね。ならば君が後継者を産む他にカルヴァート家を存続させる方法はない」


 無論、とエレーレイスは一同を見渡す。


「何も私でなくとも良い。エリス、君が望ましいと思う者がここにいるのなら、誰を選ぼうとも自由だ。君には選択の権利がある」


 エレーレイスが踏み込む。エリスの後退によって空いていた間合いが埋まった。

 その場の視線が二人に集中する。ケントとしては小っ恥ずかしかったが、今更止められることでもない。全てを天衣無縫なる主に委ねることとしよう。

 エリスの白い手が取られる。表情を強張らせるエリス、そして既に死した彼女の叔父、エセルバートの遺体の前で、エレーレイスは正々堂々と告げた。


「その上で──だ。私と結婚して欲しい、エリス」

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