第32話 近寄らないで!!!

「野中! 野中!!!」


「な、難波ちゃん……!?」

 怒りに狂って、何かをブツブツ呟いていた難波ちゃんが、俺の襟首をギュッと掴むと、その勢いのまま唇を奪う。

 俺の初めての唇を、奪ってくる。


「んちゅ、んみゅ……んちゅ、ちゅぷっ……」


「……んっ、んっ……んむっ……」

 想いっきり舌を絡めて、全力で欲しがるようで。

 軽いキスじゃなくて、ラブラブの恋人のように身体を重ねて、甘く蕩けそうな、そんなキスで……!?


「んんっ、んんっ! んんっ!!!」


「んっ、あんっ……んんんっ、んっ……んんっ、んみゅ……」


「んんっ……!?」

 突然の事に恐怖で固まる身体が、無意識にその唇を難波ちゃんから離そうとするけど、その頭をもう一度ギュッと難波ちゃんが掴む。


「んんっ、んちゅ……ちゅぷっ、ちゅぱっ……」


「んんっ、んっ……んんっ……」

 そして手慣れた様子で再び舌を入れて、ディープな恋人キスの続きを始める。

 抵抗なんて無駄だ、と言わんばかりの、そんなキスを続けて……俺の初めてを染め上げるように、深く甘いキスを続けて……あぁ、なんだか頭ボーってして、何も考えられないな、何もわかんないな。


「んんっ、んっ……あむっ……」


「……あっ」

 ……なんだか、風花ちゃんの味がするな。

 風花ちゃんみたいに、甘くてふわふわな綿あめみたいな味……いつもしてるんだろうな、二人。


 こうやって、二人でいっぱいキスして、その後……それで正解なんだけど、なんでだろう、ちょっと悔しいな。なんか嫌だな。

 風花ちゃんの想いは振り切ったはずなのに、ただの幼馴染に戻ったはずなのに……なんだろう、この気持ち。わかんないや、もう。

 頭ボーっとするし、何も考えられないし……俺が今思うのは、これが本物の、風花ちゃんだったらよかったな、って事だけ。


 初めてのキスが、風花ちゃんだったら……そんな事しか、考えられないで、俺はその感覚に溺れて行った。



「……」


「……んっ、んちゅ、ちゅぱっ……」


「……カシャ」



 ☆


「んっ、あむっ……ふ~、ペッ……キモっ……」


「……ハァハァハァ……んんっ、ハァ」

 しばらく何も考えずに少し風花ちゃんの味がする難波ちゃんの感覚に溺れていると、ようやくその唇が離れる。


「ペッ……男のキスってこんなもんかよ。風花の方が、全然良いじゃん、やっぱり……気持ちわる、気持ちわる、汚い、汚らわしい……ペッ。しなくて良かった……いや、収穫はある」


「……!?」

 唇が離れたことで、頭に酸素が戻ってきて、ぼーっとなっていた思考が再びぐるぐると回りだす。

 俺は突然キスされて、風花ちゃんの彼女の難波ちゃんにキスされて、しかもそれはまだ秋穂さんともしていない俺のファーストキスで……!!!


「ちょ、難波ちゃん!? 難波ちゃん!?」


「これで、風花は私の、風花は私だけ……何、野中? 大声出さないでよ、気持ち悪い。やめて、耳が嫌がってる」


「いや、だって、その……え!? な、何でそんな……だって、難波ちゃん、俺にキス……え!?」

 何でこんなに難波ちゃんは冷静なんだよ、なんでこんなに冷えた感じで接してくるんだ? さっきまで怒り狂ってたあの感情はどこに行った?

 俺たちキス……というか、難波ちゃんから俺にキスしてきて、なんでそんな冷静にいられるの、難波ちゃんは? 


 そう言うと、難波ちゃんは顔を歪めながら、

「いや、だってキスしただけだろ? 野中と私がキスをした……男のキスって、気持ち悪くて、汚らわしい。やっぱりダメだ、まだ気持ち悪いの残ってる……ぺっ。やっぱり風花じゃないとダメだ……風花も、絶対ダメだ」


「いや、キスだよ? だって、俺そう言うの……え? け、汚らわしい?」


「うん、汚らわしい。ペッ、やっぱり男とキスしても何も楽しくない、気持ち悪いだけ……やっぱり風花は、私だけのものだ! 風花はやっぱり私の風花だ!!!」

 ペッと唾を吐きながら、どこか自信満々な表情でそう言う難波ちゃん。

 え、汚らわしい……な、何? 


「何って何だよ、野中……あ、キスした理由を知りたい?」


「え、あ……うん、そう、かな?」


「キスした理由ってのは、ちょっと試したかったから。男とキスする感覚ってどんな感じなのかな、って。風花が大好きで、ずっと考えてる相手とキスするのってどんな感じなのか知りたかったから。まあ、実際してみたら、知る必要なかったけど……いや、知る必要はあったか」


「え?」


「だって、わかったもん、男とキスするのが気持ち悪いことだって……こんなの、私の大好きな風花がしちゃいけないことだって! 風花は可愛くて、天然で純粋だから、こんなことしちゃダメだ、こんな気持ち悪くて汚らわしいことしちゃダメだって! 風花は絶対私のもの、男の野中になんて渡さない―そうさらに気持ちを固めることが出来た! 風花が大好きだから、絶対に他の人には渡さないって!!!」

 ガンガンと机を叩きながら、そう叫ぶ。

 その目は真剣で、風花ちゃんの事を第一に思ってる―でもそれが、暴走してしまっているような、そんな目で。


「あと、もう一個ある。野中と嫌だけどキスした理由、もう一個ある……この写真、な~んだ?」

 そんな難波ちゃんの表情が、今置かれている状況が意味不明で呑み込めず、クラクラしていると、スマホを取り出した難波ちゃんが1枚の写真を見せてくる。


「!?」

 そこに写っていたのは、キスをする難波ちゃんと俺の写真。

 お互い気持ちよさそうに―特に俺は気持ちよさそうに、目をつぶって、幸せそうに蕩けた表情を難波ちゃんに向けていて。


「ちょ、何この写真!? いつ撮ったの、これ!?」


「いつって、さっきだけど? 野中が気色わるい顔、私の方に向けてたから思わず撮っちゃった……ねえ野中? この写真野中の彼女に見せたらどうなるかな? 野中の彼女が見たら、どう思うかな?」


「っ……!!!」

 ニヤニヤと俺を脅すように難波ちゃんは笑う。


 この写真を秋穂さんが見たら……悲しむだろうな、泣いちゃうよね。

「悠真君は私の事好きじゃなかったんだ」って、「私はやっぱり……」って……ダメダメ、そんなの! そんなことなっちゃダメ、絶対ダメ!!!

 秋穂さんにはずっと笑っていてほしい、泣いてほしくなんてない! 秋穂さんに見せるなんて絶対ダメ!!!


「だ、ダメ!!! その写真見せるなんてダメ、絶対! 秋穂さんにそんな写真見せないで、大好きな彼女だから!!! 大好きな秋穂さんにそんな写真見せないで!」


「秋穂……? わかんないけど、彼女に見せてほしくないんだよね? 野中はこの写真、彼女に見せてほしくないんだよね?」


「も、もちろん! 絶対秋穂さんに見せないで!!!」


「だから誰それ、歩美でしょ……まあいいや。見せてほしくないなら、それ相応の事、してもらわないとな。それ相応の対価、払ってもらわないとな」

 少し不思議そうに顔をしかめた難波ちゃんだけど、すぐにまたニヤニヤした恐ろしい表情に戻って、つんつんと画面を叩きながらそう言う。

 いいよ、何でもいいよ! 俺は秋穂さんとの関係を守るんだから、大好きな秋穂さんが泣いて悲しむのは絶対に嫌なんだから!


「ふ~ん、何でもねぇ……それなら約束。私と約束、出来る?」


「う、うん! 何でもしてやる!!!」


「それじゃあ風花に金輪際近寄らないで。風花に何言われても絶対に近寄らないで、幼馴染だからって甘えるな、絶対に近寄るな」


「……え」


「……私の風花に、絶対に近づいちゃダメ。風花の事、たぶらかすな、風花と話すな、風花と同じ空間にいるな……学校には来ていい、でも風花の視界に入るな。風花にお前を意識させるな……絶対に風花と、一緒になるな!」


「……」


「返事は? 出来ないの、野中? ねえ、返事は? 写真見せるよ、野中!!!」


「……え」

 風花ちゃんに近寄るな、か……そんなの、俺に出来るかな?

 ずっと一緒だったし、それに……でも、出来ないと、秋穂さんが……でも風花ちゃんと、風花ちゃんに甘える……でも、秋穂さんが、秋穂さん……風花ちゃん、風花ちゃん……やばい色んな思い出が頭を巡ってる。

 俺と風花ちゃんの色々な……ダメだって、ダメだって……秋穂さんと、俺は秋穂さんと、秋穂さん……風花ちゃん、風花ちゃん……


「おい、野中! 野中!!!」


「えっと、俺は、俺は……」


「おい! おい!!!」


「お、俺は、俺は……風花ちゃんと、風花ちゃんと」

 風花ちゃん、風花ちゃん……風花ちゃん!!!

 風花ちゃん風花ちゃん……!!!


「野中! 風花はダメだって! おい、野中、写真! 良いのか、野n……」


「……風花ちゃんに近寄らない!!! 俺はもう2度と風花ちゃんには近寄らない!!! だから、秋穂さんにその写真見せるのはやめてくれ!!!」



 ★★★

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