第10話 野中君なら、いいよ

「こんなところで会うなんてすっごい偶然、なんだか運命! 野中君、せっかくだし一緒に学校行こ! 二人で一緒に学校行こうよ!!!」

 曲がり角から飛び出してきたいつもの制服美少女藤井さんが、嬉し楽しそうに目を輝かせながらパンと可愛く手を叩く。


「……って、なんで藤井さん!? 藤井さんの家こっちじゃないよね、普通に逆方向だよね? なんでこんなところにいるの?」

 そうだ、藤井さんの家は逆方向、昨日行ったし忘れるはずない。

 こっち方向は遠回り、なんでいるんですか?


 そんな単純な疑問を藤井さんに投げかけると、藤井さんはいたずらに微笑みながら、

「え~、それ聞いちゃう? 聞きたいの、私がここで野中君にあった理由?」


「う、うん。だって気になるし、逆方向だし」


「も~、欲しがりさんだなぁ、野中君は! そんなに私の事気になるんだったら教えてあげる! 私がここにいた理由はね……もちろん君に会いたかったから。朝から野中君と、一緒になりたかったから。悠真と二人きりの時間、作りたかったから」


「いや、そんなんじゃ……え!?」


「……なーんてね、冗談冗談! 相変わらず驚いたときの野中君の顔、私好きだよ、また見れてよかった! もちろん、こっちにいたのは偶然も偶然、深い事情は言えないけど、ちょっと用事があってね。それで偶然、野中君に会ったの、そんな狙ってできるわけないじゃん、待ち伏せなんて!」


「……もう、あんまりからかわないでよ、藤井さん! びっくりしちゃったじゃん、朝からそう言うのやめて、本当にビビっちゃうから」

 何で藤井さんは俺をからかうときだけあんな真剣な顔になるんだよ、なんでそんな真剣なトーンで話すんですか!


 昨日の夜のよりはっきり顔が見えて、だから本当に勘違いしそうになったじゃん、マジで言ってるのかと……そんなこと言われても俺の彼女は秋穂さんだし! そ、そんなに嬉しくないしびっくりするだけだし!

「えへへ、ごめんねごめんね。でも私も野中君と仲良くなりたいからさ、野中君はお姉ちゃんの彼氏だし、私とも関連あるんだし! それより早く学校行くよ、遅れちゃダメだしね! お話は歩きながらでもできるよ、二人で登校する特権!」


「ま、まぁ、それは良いけど! でも変なからかい方するのはやめて、ホントびっくりしちゃうから!」


「ふふふっ、私はその顔が見れて満足なんだけどねぇ……あ、そうだ昨日の夜もお姉ちゃんとLIME、してたよね? お姉ちゃんすっごく嬉しそうだったよ、悠真君んにパジャマ可愛い、って言ってもらったって」

 クルクルと満足そうに指を絡めた藤井さんが、歩き始めた脚を止めることなく話題転換するように少し遠くを見ながらそう言う。


 うん、してたよ、それにあのパーカーはすごく良かった!

「お、それは良かった! 秋穂さんに喜んでもらえたなら良かったよ、本当にパジャマ可愛かったしね! あのツインターボパーカーはちょっと卑怯だよね、可愛すぎるよね、あの秋穂さん!」


「……それは確かに、そう思うかも。お姉ちゃん、確かに可愛いもん、でも……こほん。ちなみに私のパジャマはもこもこの可愛い奴だよ。ピンク色で、もこもこしてて、ふわふわ温かい奴! すっごく可愛いんだぁ、あのパジャマ! 私はどちらか言えべあやべさんかな?」


「へ、へー。そ、そうなんだ、良いパジャマだね。うん、良いぱずじゃまだと思うよ、う、うん!」

 藤井さんはどっちか言うとたわけさんとかそっち系の顔立ちだよね、って言う言葉を飲み込みながらそう答える。わかんないけど、言ったらまずい気がした。


 藤井さんは俺の声にキレイな顔をさらに輝かせて、

「ふふっ、そう思う? そう思うなら見てみる? お姉ちゃんに倣って私のパジャマの写真も撮ってみたんだけど……見てみたい? 私のパジャマ姿も見てみる、すごく可愛く撮れてると思うよ、お姉ちゃんよりめろっちゃうかも!」


「……だからそうやってからかうのやめて」

 藤井さんは何着ても可愛いとは思うけど、でもそれ以前になんかおかしいって、やっぱり昨日から変だって藤井さんは! 

 去年よく話してた時期にも確かにこうやってからかってくることは多かったけど、でもなんか質が違うというか、背景にあるものが違うというか。


「え~、別にからかってないのになぁ~? ただ野中君に見てもらいたかっただけなのに、私のパジャマ姿可愛いかどうか評価してもらいたかっただけなのに~! どう、ちょっとセクシーなやつもあるよ?」


「べ、別に大丈夫、間に合ってる! そ、それに、そう言うのは友達とかにしてもらいなよ、それが一番いいと思う! てかそんな写真撮っちゃダメ、そう言うのダメですよ、藤井さん!」


「ふふふっ、野中君にならむしろ……こほん。いや~、でもやっぱり野中君が良いかな、って思ってね。野中君ならお姉ちゃんの彼氏だし、贔屓目なしに見てくれるかな~、って。それに野中君ならそんな写真見ても変な事、考えないだろうし……あ、もしかして考えてくれる? お姉ちゃんじゃなくて私でちょっとえっちな事考えちゃって、それで……ふふふっ、ダメだぞ~、お姉ちゃんという人が居ながら私でえっちな事考えたら!」


「そそそそんな事ならないよ! て、ていうかそんな事も言っちゃダメだって、女の子がそんな事言っちゃダメ! 他の人に言ったらダメだよ、変な勘違いされるよ!」


「ふふふっ、声震えてるよ、大丈夫? 私は別に野中君ならいいけど? 別に野中君にだったら、勘違いされてもいいけど? 野中君がそう言う事考えてくれたら、私も嬉しいけどな~?」


「だ、だから! そそそそう言うのも禁止、絶対ダメ! 本当にそう言うのダメだって、藤井さん!!! 本当にそう言うからかい方しないで、ダメだから!」

 今だってこんなに挑発的だし、なんかこっちを試すような事ばっかり言ってからかってくるし! ドキドキしてドギマギして、なんだか色々危ない事ばっかり言ってくるし!

 それに笑ってるように見えて、その目の奥は笑ってないというか、奥の方には何かどす黒い感情が見え隠れしているというか……な、何!? 何なの、ホント!?


「アハハ、顔真っ赤。だから別にからかってないよ、私は割と真剣だよ? だって大好きな、お姉ちゃんの彼氏だもん、大好きな人だもん。大好きな人なんだから……お姉ちゃんの」


「だったらなおさらダメでしょ、それ!」

 何なの、本当に何なの藤井さんは? 

 口ぶりは真剣そのものだし、でも昨日の夜の事もあって……も、もしかしてハニートラップってやつ!? 俺もしかしてハニトラにひっかけられようとしてる!?


「ふふふっ、ダメかな~? 野中君の妹になるんだし、ダメじゃないと思うけどな~? 大好きな、お姉ちゃんの彼氏なんだし? 私で興奮するってことは、同じ遺伝子のお姉ちゃんでも興奮するんじゃない? だから別にいいんじゃないかな~?」

 ……なんかハニトラって思うとすごくそんな気がしてきた。

 昨日からずっとこんなんだし、俺に好きって言わせてそれで秋穂さんと俺を引き離そうと……ああ、なんかそんな気がしてきた!


 さっきから大好きなお姉ちゃん、って連呼してるし俺の事ナンパしたクズ野郎って誤解してるだろうし……秋穂さんが心配で、俺を秋穂さんから引き離そうとしてるのか、藤井さんは!? 

 あったばかりの秋穂さんをナンパして手籠めにするクズ男(仮)の俺から秋穂さんを守ろうとしてるのか!?


「野中君? 野中君どうしたの? 私の顔になんかついてる? それとも本当に私にそう言う感情覚えちゃった?」


「……お、覚えてない、何でもない! そんなことしません、俺は秋穂さん一筋ですから! そ、その……早く学校行こ、遅刻したらダメだし! ね、早く行こ!」

 ……だったら俺は毅然とした態度で臨むのが正解だ、絶対にそれに引っかからないことが重要だ!

 俺が変に引っかかっちゃうと秋穂さんにも藤井さんに絶対色々嫌な事とか迷惑かけちゃうし。どちらにも消えない傷、負わしちゃうかもしれないし。


 だから俺は毅然とした態度で藤井さんにわからせないといけない。

 ハニトラなんてしなくていい、自分に無理してそんなことしなくて良いってわかってもらわないといけない。

 ちゃんと秋穂さんの事が好きな事藤井さんに伝えて、こんな自分を犠牲にすることなんてしなくて良いってわかった貰わないといけない。


 だ、だから藤井さんがいくら可愛くて、好きだった人だと言っても、絶対にその挑発には……

「遅刻か~。う~ん、野中君と二人で1時間目サボる、ってのもなかなか乙な事かもね。お姉ちゃんの彼氏と一緒にサボる……ふふっ、ちょっと面白いかも」


「……俺は遅刻いやだ、無遅刻で通してるから!」

 ……やっぱり可愛すぎてちょっとしんどいけど、でも頑張るしかない! 

 頑張って、俺がちゃんとした秋穂さんの彼氏だって認めてもらって……それで藤井さんにはこんなバカな事、やめてもらわなきゃ。


 藤井さんが無理して俺にこんなことして、傷つく必要なんて絶対ないから。

 誰も俺のせいで嫌な思いして欲しくないから。




 ―う~ん、惜しいな、もうちょっとだと思ったんだけどなぁ。


 ―顔真っ赤だったし、それに声もちょっと震えてたし。私の事意識してるのは確実だよね、お姉ちゃんより私の方が良いもんね、悠真は? 私の事、好きだよね、意識してくれてるよね?


 ―遠慮しなくていいんだよ、悠真。私も悠真の事大好きだから、悠真にだったら何されても良いと思ってるから……だからもっと積極的に来てよ、悠真。


 ―無理してお姉ちゃんに合わせなくて良いんだよ、隣にもっと大好きな人いるでしょ? だから無理してお姉ちゃんと付き合う必要ないんだよ、大好きな私が隣居るんだよ……私だったら悠真の事、もっともーっと愛してあげられるよ?



 ☆


「ふわ~、学校いやでござる~……ってありゃりゃ! のーまと歩美じゃん、おはよう!」


「おはよう美桜。朝から元気ね、美桜は」


「お、おはよう青ちゃん!」

 隣でニコニコ俺の事を挑発してくる藤井さんを警戒しながら学校までの道を歩いていると、クラスメイトの青ちゃん―青木美桜あおきみおが元気よくこっちに挨拶してくれる。

 良かった、これで二人の時間も終わり、青ちゃんと3人なら流石に挑発もしてこないよね? 大丈夫だよね?


 そんな青ちゃんは俺と藤井さんの事をキョロキョロ少し不思議そうに見ながら、

「いや~、それにしてものーまと歩美が二人で登校とは珍しいね! 何かあったの、何か特別な事あったりしましたか?」


「あ、それは俺から説明するよ青ちゃん。実はね、俺が昨日藤井さんの……」


「ストップ、。ちょっとこっち来て、こっちでお話しよ」

 お姉ちゃんと付き合うことになった、って言う言葉を遮るように俺の手を取った藤井さんにグイっと強い力で引っ張られ、青ちゃんから離れた曲がり角へ。


「ちょ、何藤井さん!? 何!?」


「さっき何言おうとした? さっき美桜に何言おうとした?」


「ちょ、怖いよ、怖いよ藤井さん。そ、その普通に秋穂さんと付き合うことになったって……」


「ダメ、それダメ。お姉ちゃんと付き合ってること、他の人に言っちゃダメ」


「……え?」


「絶対に言わないで、そのこと。私のお姉ちゃんと付き合ってること、他に人に言ったら絶対ダメだから」

 俺の肩をガシっと掴んだ藤井さんが、真っ黒な吸い込まれそうな怖い目で俺を睨みながら、そう強い言葉でぶつけてきた。



 ★★★

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