第8話 好きだと思ってた
「私の事が好きだと思ってた。野中君は私の事、好きなんだと思ってた」
「……え?」
少し熱くなってきた夜の闇の中で。
ゆっくりと俺の隣を歩いていた藤井さんが、俺を覗き込むようにしながらそう言ってくる。
その声はさっきまでのからかうような声とは少し違う、いつになく真剣な声に聞こえて……え、え……え!?
「ちょ、な、何言ってるの藤井さん!? そ、それはその、えっと……じょ、冗談だよね? ふへへ、なんでそんな急にからかうみたいな……」
「ふふっ、冗談じゃないけど? 私は真剣にそう思ってたんだけど? 野中君、私の事好きなんだな~、って思ってたんだけど違った?」
「あうぅ、まじぃ……それはその……」
コテンと真剣な表情の顔を傾けた動けば息が当たりそうな距離の藤井さんから、暗闇を切り裂くような鋭い言葉が俺に向かって飛んでくる。
その言葉は切れ味抜群で、俺の身体をぐさりと突き刺して。
……き、気付かれてたのかな、好きだったこと?
確かに藤井さんの事思わず目で追ってたこともあったし、話題にも出してたし、それに今日も……もしかして聞かれてた!? もしかして聞かれちゃっての、あの話!?
いやでもそれにしては……ど、どうすればいいんだ俺は!?
「別にいいし気にしないよ、今はお姉ちゃんの彼氏なんだし。もうお姉ちゃんの彼氏なんだから何があっても大丈夫なんじゃない? もうお姉ちゃんしか見えてないでしょ、今は? だから大丈夫じゃない、今じゃなければ……もしかして、今も?」
「いや、それは……え? え? あえっ!?」
夜の闇の中で一際目立つキレイな顔を妖し気に歪ませて、とんとんとほっぺを叩きながらそう聞いてきて。
今も好き、藤井さんの事が? そ、それは、その藤井さんの事は、えっと……だって、それは……えぇ?
「ふふふっ、焦りすぎ。冗談だよ、それは……さっきまでのは冗談じゃないけど。今は嘘でも昔は……だよね?」
「だ、だよ……え? え? ええ? あのまって、それは……えぇ?」
……な、何が正解なんだ、これは!?
正直に言えばいいのか、はたまた好きじゃなかったって……いや、どっちにしても不正解? 何を言ってももしかして正解にはならない?
「ふふっ、野中君? その反応、すごく面白いかも。野中君、相変わらずだね」
「いや、だって、その……ちょっと、まって……うぇ……」
正直藤井さんの事は、その……まだちょっと好きだし、ずっと好きだった。ずっとずっと密かに好きで、似つかわしくない片思いを続けていた。
1年のころからずっと好きで、ずっと片思いしてたわけで……だ、だから好きじゃなかった、って言うとこの1年に長い嘘をつくことになってしまう。
それにまだ秋穂さんと出会って1日だし、そう簡単にスパッと割り切れるわけもなく、そんなこと言われると……でもでも、好きって言ったら言ったで色々ダメなことになる気もする!
そんな言葉本人の前で口にしちゃったら絶対に意識しちゃって絶対に忘れられなくなるし、秋穂さんにも藤井さんにも迷惑かけちゃうし……でも好きじゃないって言うのも藤井さんに嘘……ああ、もう何が正解!?
全然わかんない、なんて言えばいいかわかんない……何を言っても俺に降りかかるのは自責の念と謝罪だけだ。何をしても後悔とイケない感情が底の方から湧いてくる。
だから全然わかんない、正直に言うか、嘘つくか……どうすればいいんですか、こういう時? 頭混乱してきて、ふらふらして、どうしよう、どうしよう……
「……そっか、だよね……良かった、私を……ふふふっ、あははっ! やっぱり野中君面白い、そう言う反応見れて私すごく満足かも! あははっ、野中君のそう言うとこ好き、ちゃんと反応してくれて嬉しい! あーあ、楽しかった!」
「……はぇ?」
色々考えて、頭混乱して、わかんなくなって……そんなタイミングで暗闇の中に響くのは甲高い笑い声。
隣の席の時によく聞いた、冗談言ってからかって、すごく楽しそうな時の藤井さんの笑い声……こ、今度は何? 今度は何ですか?
そんな相変わらず困惑して頭に?マークの浮かぶ俺を見ながら、隣で俺を見つめる藤井さんが笑いつかれたように目尻を細く長い指で拭いながら、
「あははっ、ごめんごめん。ちょっとからかった、野中君の事からかってみました! こんな風にしたらまた面白い反応してくれる野中君が見れるかなー、って思ってちょっとからかっちゃった。最近そう言う野中君あんまえり見れてなかったから、これはチャンスだって! ごめんね、変なことしちゃって。全部冗談だよ、冗談!」
「え、冗談? どこから? どこが? さっき冗談じゃないって……どこから冗談? 何が冗談なんですか?」
「ふふっ、その反応も面白い、敬語になるのも好き。もちろん冗談ってのは全部です、本当に全部! 冗談じゃない、って言ったのも冗談なのです!」
「な、何それ……?」
「とにかく全部冗談、野中君をからかうために言った嘘って事! 野中君に好かれてると思うとか、私そんな自信過剰の自惚れやさんじゃないよ? そんな事思いませんよ、冗談です、冗談! 全部君の面白い反応が見たかっただけなのです!」
「あ、それもそうだね! そうだね!」
……びっくりした、だよね、だよね! 冗談だよね、そんなわけないもんね! 藤井さんが気づいてるわけないもんね、大丈夫だよね! そんなその……急に好き、とか聞いてくるわけないもん、藤井さんが!
確かに藤井さんはキレイでかなりモテモテな人だけどそれを鼻につけて自慢するようなことはしないし、むしろ謙虚な人だし! からかうのが好きなでその時はめっちゃ真剣にふざけるお茶目な人だし!
そりゃ冗談だよね、藤井さんがそんな事言うわけないもんね!
「ふふっ、そりゃそうだよ! ほら、お姉ちゃんと私って姉妹だし顔似てるでしょ? だからお姉ちゃんより付き合いの長い私の事も好きだったでしょ、って聞いたら面白い反応返ってくるかなー、って思って……予想以上の反応で私は大満足!」
「な、なるほどね! それはびっくりするよ、急にそんな事聞かれるんだもん! 急に好き、とか聞かれるとその……色々考えちゃってドギマギしちゃうというか……と、とにかく! こういうからかい方はやめてよね、もう! 絶対やめてよね!」
マジでびっくりしたんだから!
本当にその、好きとか、だって……もう本当にダメ! 絶対にやめてください!
「ふふふっ、ごめんね~……でも野中君にだった好き、って思われててもいいかも。野中君が私の事好きなら、それはすごく嬉しいかも」
「もう、ほんとに……え? え?」
「アハハ、またびっくりしてる、また楽しい反応! だって野中君はお姉ちゃんの彼氏さんでしょ? だから妹の私とも仲良くなって、好きになってくれたら嬉しいな~、って。クラスメイトとしても、妹としても、もっともーっと仲良くなれて、好きになってくれたら嬉しいな、って……じゃ、私こっちだから! また明日、野中君! またいっぱい話そうね!」
「そ、そう言う事か! びっくりするじゃん、もう! それは確かにそう、かも? じゃ、じゃあね! バイバイ!」
「ふふふっ、そうだよ! やっぱり楽しい、野中君は! それじゃあまたね! また明日、また学校で……あ、そうだ! そうだ、野中君……野中君、ちょっと聞いてくれる? もうちょっとだけ、聞いてくれる?」
「う、うん? ど、どうしたの?」
相変わらず好きとかそう言った甘くて怖いからかい方をしながら、分かれ道を走り出そうとした藤井さんの脚がピタッと止まり、こちらをくるっと振り向く。
月明かりに照らされたその姿はすごくキレイで絵になっていて……でもどこか不気味で不安定な感じがして。触れることも出来ないような不気味さを感じて。
「野中君、あのね、私ね。私、野中君と……」
「な、何? ほほほ本当にど、どうしたの藤井さん?」
ピタッと止めた脚をもう一度ゆらゆら動かしながら、月明かりに照らされた藤井さんは悩むように口を、指をもじもじ絡ませる。
言うのが不安なように、でも呼び止めてしまった手前言わないのはどうか……そんな気持ちが見えるようなそんな動きで。
「ふ、藤井さん?」
「私ね、あのね……あのね、野中君……私ね……」
「う、うん」
「あのね、本当はね……」
「……」
「……ううん、やっぱり何でもない! また明日、またね! 今日はありがと、の……悠真!」
しばらくの沈黙の後、ううんと小さく首を振った藤井さんはバイバイ、とさっきみたいに手を振ってそのまま闇の中に消えていく……ってあれ?
「ちょ、え、藤井さん? 今なま……あ、あれ? もういない?」
このスピードは流石運動部……じゃなくてさっき名前呼んでくれた?
俺の事名前で……き、気のせいかな?
今日は色々あったし、それで疲れちゃって……き、気のせい、だよね?
と、とにかく帰ろう、今日は帰ろう! 今日は帰ってすぐに寝よう!
寝て、それで……さっきの事は忘れよう。
あんなに挑発的に来られたら、あんなに積極的に来られたら……絶対また大好きになっちゃうから。秋穂さんの妹としてじゃなく……女の子として藤井さんの事、好きな気持ち復活しちゃうから。
~~~
「……あれ、LIME来てる? 秋穂さんからだ……ふふふっ、可愛いなやっぱり! 本当にもう……最高だ、秋穂さんは」
家に帰って、妹の話をはぐらかしながらお風呂に入って部屋に戻るとLIMEに来ていた1件の通知。
ターボパーカの秋穂さんの自撮りとともに「パジャマ! 可愛い?」という脳内再生余裕のメッセージ……めっちゃ可愛いですよ、秋穂さん! 本物のツインターボみたいです、身長がそれくらい何でマジで本物みたいです!
「しゃー! しゃっ!」
―やった、やった! まだ舞える、私はまだ戦える!
―悠真のあの反応、絶対好きじゃん! 私の事、まだ絶対好きじゃん! 絶対絶対、私の事大好きじゃん!
―本当は本気だったし、好き、って言ってくれたらそのまま押し切ろうかと思ってたけどこれは仕方ない。悠真をあまり困らせるのも良くないしね! 嫌われるかもだからあの誤魔化し方で多分正解!
―お姉ちゃんには負けないから! 悠真の事私の方が知ってるし、悠真の事絶対私の方が好きだし……だから絶対、負けないんだから!!!
★★★
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