7の36「妹と情愛」



「母親? ずいぶんと若いね」



 成人男子の母親としては、あまりにも若すぎる。



 そんな彼女の容姿を思い出して、クリスティーナはふしぎそうな様子を見せた。



「色々とあってな」



 ヨークとしても、クリスティーナの疑問はもっともだと思っている。



 だからといって、ニトロの罪をベラベラと広めるつもりは無い。



 彼らの事情は、世間話のネタにして良いようなものでは無い。



 そう考えているヨークは、細かい事情は話さなかった。



「ヨークは第三種族だったんスね」



「実はな」



「……ウチたちには内緒にしてたんスね」



 そう言って、リホは不満げな様子を見せた。



「悪かったよ。


 けど、迂闊に話せなかったのも分かるだろ?」



「それはそうっスけどね。


 ハーフ同士でお揃いだと思ってたっス……」



 しょんぼりとしたリホの隣で、クリスティーナがヨークにこう尋ねた。



「ひょっとして、エルさんとも血の繋がりが有るのかな?」



「ああ。妹だ」



「それは喜ばしいっスね」



「そうか?」



 クリスティーナはヨークから少し視線をずらした。



 そして空気しか無いところを見ながら、こう尋ねてきた。



「羽はどうしたんだい?」



「物心つく前に切ったんだと。


 それで俺自身も、自分が禁忌の子だって知らなかった」



(そもそも禁忌の子って言葉を、長いこと知らなかったんだよな)



「ニトロさんは? まさか、キミの父親?」



「エルの親父だ。


 俺もエルも母さんの子供だけど、父親が違うんだ」



「……複雑っスね」



 そんなリホの感想に、ヨークも同意を見せた。



「まったく」



「家族と言えばさ……。


 ブラッドロードさん。ボクたちと家族になるつもりは無いかな?」



「何を言ってるっスか!?」



 唐突なクリスティーナの提案に、リホが驚きを見せた。



「大事な話なんだ。


 ミラストックさんはちょっと黙っていてもらえるかな?」



 クリスティーナは真剣な顔でそう言った。



 どうやら冗談のたぐいでは無いらしい。



「…………」



 リホは拗ねたような顔で口をつぐんだ。



「いや。俺も何を言ってるっスかなんだが」



「そんなに複雑な話はしていないと思うけどなあ。


 ウチの妹と結婚して、


 サザーランド家の一員にならないかって言ってるんだ」



「唐突だな」



「そう? ボクはずっと考えていたんだけどね。


 キミはボクたちの恩人だし、


 妹たちにはキミみたいなステキな人と結ばれて欲しい」



「褒めてくれんのはありがたいけど、遠慮しとくわ」



「どうしてだい? ボクの妹のどこが不満なんだい?」



「そもそも本人の気持ちはどうなんだよ」



「皆キミのことが大好きに決まってるだろう?


 キミみたいなステキな人を好きにならない女子なんて、


 この世に存在しないよ」



 クリスティーナはニコニコと嬉しそうにそう言った。



 こんな大げさに褒められることに、ヨークは慣れていない。



 彼は居心地わるそうに眉をひそめた。



「めっちゃ褒めてくるのなんなん? 何か企んでんの?」



「率直な意見だけど?」



 ヨークは照れによって歪んだ表情を抑えつけ、次にこう言った。



「……とにかく、謹んでお断りするわ。


 あいつらと結婚するとか、考えたこともねえし」



 ヨークはユリリカやマリーのことを、べつに嫌いでは無い。



 だがそれは、妹感覚の好意だ。



 彼女たちを性欲の対象にしたことは無かった。



 そんな彼女たちと結婚などと言われても、ヨークからすれば困惑しかない。



「……残念だよ。


 せっかくキミと家族になれるって思ったのに」



「家族になんてならなくても、俺たち友だちだろ?」



「……うん。そうだね。


 それじゃ、魔導器の実験を通して友情を深めるとしよう」



「そうだな」



 友情が通い合ったのか、二人は綺麗な笑みを見せた。



「……はぁ」



 それを横から見ていたリホはなぜか、呆れたようなため息をついた。




 ……。




 ヨークはしばらくの間、リホたちの実験を手伝った。



 実験に一区切りつくと、ヨークは彼女たちと別れた。



 そしてニトロたちと合流した。



 それからメイルブーケ邸に戻り、解散することになった。



「また一緒に食事に行きましょうね」



 そう言って、セイレムはエルに微笑んだ。



 エルの方も、セイレムに好意的な笑みを返した。



「はい。喜んで」



 セイレムと違い、ニトロの表情はどこかぎこちなかった。



 彼は堅苦しい口調で、エルにこう言った。



「何か困ったことが有ったら、私たちを頼って欲しい」



「ありがとうございます」



 母娘と比べると、どこか違和感が有る。



 ヨークにはそのように思われた。



 とはいえこれは、父娘の問題だ。



 自分が口を挟むことでは無い。



 ヨークはそう考えて、特に口出しはしなかった。



「んじゃ、またな」



 ヨークは別れの挨拶をして、そこから立ち去ろうとした。



 そこをエルに呼び止められた。



「ヨークさま」



「ん?」



「二人きりでお話したいことが有るので、残っていただけませんか?」



「分かった」



 そのときセイレムが口を挟んだ。



「ダメですよ。エル。


 ヨークさまなんて他人行儀な呼び方をしていては。


 きちんとお兄ちゃんかお兄たま、兄やと呼びなさい」



「……お兄様」



「もう。恥ずかしがりやですね。エルは」



 セイレムとニトロは、ヨークたちの前から去っていった。



 エルはメイルブーケ邸の庭に入っていった。



 ヨークはその後に続いた。



 ヨークとエルは、庭で二人きりになった。



「それで、話って?」



 ヨークが尋ねると、エルは拗ねた調子でこう言った。



「お兄様……。


 妹である私を差し置いて、ずいぶんと楽しそうでしたね?」



「公園の話か?


 俺が居ない方が、親子水入らずで話せると思ってな」



「むぅ……。


 お兄様も私の家族なのですから、他人事のようでは困ります」



「そうか。悪いな」



 ヨークとしては、良かれと思ってやったことだ。



 それを責められるのは、心外ではあった。



 とはいえ、自分は兄だ。



 お兄ちゃんとして妹の気持ちに、度量を持って答えなくてはならない。



 そう考えているヨークは、素直に謝罪をした。



「……お兄様。


 いつから私が妹だと気付いていたのですか?」



「俺が王都に来て、ちょっとしたくらいだったかな。


 確か……バジルとケンカした後くらいだった気がする」



「それなのに黙っていたのですね」



「ああ。


 いきなり兄貴とか言われても、戸惑うかと思ってな。


 それに、父親も違うし……」



「傷つきました」



「悪い」



「……お詫びとしてキスして下さい」



「なんで?」



「兄妹の愛情表現です。妹が居る兄なら当然のことですよ」



「そうだったのか……。分かった」



 納得したヨークは、エルの肩に手をのせた。



「それじゃ、行くぞ」



「はい」



 ヨークはエルの額に唇を近付けた。



 そのとき、エルが急に背伸びをした。



 二人の口と口が触れ合った。



「ん……」



 ヨークは軽い驚きを見せて、エルから距離を取った。



「え? 口ですんの?」



「はい。兄妹ですから。この程度は当然です」



「俺の村だとそんな感じじゃ無かった気がするけど……」



「文化や風習というのは、地方によって異なるものですからね」



「それもそうだな」



 ヨークは納得した。



「もう一度」



「照れるんだが」



「お兄ちゃんとしての務めを果たして下さい」



「……分かった」



 ヨークはエルの気持ちに応えるべく、再び彼女に顔を近付けた。



 二人の唇が合わさり、そして離れた。



「お兄様……。


 あなたの周囲にはたくさんの女性が居ますが、


 血の繋がった妹は私一人です。


 この広い世界で、たった一人。


 愛しています。誰よりも」



「ああ。俺も愛してるよ」



 ヨークはそう言って、エルから少し距離を取った。



「母さんたちとは仲良く出来そうか?」



「はい。おかげさまで」



「良かった。それじゃ」



「はい。お気をつけてお帰り下さい」



 ヨークはエルに背を向けて、庭の出口へと向かった。



 その途中、見慣れた姿がヨークの瞳に映った。



 デレーナだった。



 デレーナの方も、ヨークに気付いた様子を見せた。



 彼女の方から先に、ヨークに声をかけてきた。



「ヨークさま」



「よっ」



 丁寧な物腰のデレーナに対し、ヨークは軽い調子で答えた。



「ご両親は?」



「帰ったよ。


 っていうか、ニトロさんは俺の父親じゃ……。


 ん……? 母さんが再婚したら義理の親父ってことになるのか?


 わからん……。


 まあ良いや。そっちは何してたんだ?」



「鍛錬を。


 トルソーラさまとの戦いでは、無様を晒してしまいましたから」



(むしろ強すぎると思うんだが……)



 神と斬り合える人間など、ヨークを除けばデレーナしか居ない。



 恥じることなど一片も無いとヨークは思っていた。



 とはいえ、向上心を持つのは悪いことでは無い。



 そう思ったヨークは、敢えて沈黙を保った。



 するとデレーナが言葉を続けてきた。



「それでですね、ヨークさま」



「うん」



「わたくし、神になるかもしれませんの」



「うん?」



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