7の35「ニトロとブゴウ」



 宿を出たヨークは、ニトロの家を訪れた。



 メイドに出迎えられたヨークは、応接室へと案内された。



 そこで待たされていると、やがてサレンが顔を出した。



「ヨークさん……!」



 サレンはなぜか必死な形相をして、ヨークにすがりついてきた。



「サレン?」



 ニトロを待っていたはずなのだが、この状況はどういうことか。



 ヨークはサレンに疑問符を向けた。



「お願いします! あの魔女をなんとかして下さい!」



「魔女って、誰のことだよ?」



「セイレムさんのことですよ!」



「人の母さんを魔女とか、怒るぞ」



 ヨークに睨まれると、サレンは怯んだ様子を見せた。



「うっ……! ごめんなさい……」



 後ろめたそうな様子で彼女はヨークに詫びた。



「それで? 何?」



「彼女、私のお父様をいやらしい目で見るんです」



「どんな目だよ」



「女としての情欲が滾った、どろりとした目です」



「横から見てわかんの?」



「私にはわかります!」



「すげえな」



「ヨークさん。なんとかして下さい。


 このままではお父様の貞操が……」



(子持ちバツイチのオッサンに、貞操もなにもねえだろ)



「恋愛は個人の自由だし。な?」



「許されません! お父様は私と結婚するんです!」



「えぇ……。


 ごめん。ちょっと何言ってるのかわっかんねー」



「助けてえぇぇぇ! 見捨てないでええぇぇぇ!」



 サレンは引いた様子のヨークにギュッとしがみつき、駄々っ子のようになった。



「分かったから落ち着け」



「本当ですね? 助けていただけるのですよね?」



「まあ、出来ることだったらな」



「ありがとうございます」



 ヨークの言葉のおかげで、サレンは平静さを取り戻してきたらしい。



 彼女はヨークから手をはなし、背筋を伸ばしてみせた。



 そのとき。



 応接室の扉が開いた。



「やあ。ヨーク」



 扉を通り、館の主人、サレンの父である男が姿を見せた。



「どうも」



 ヨークはニトロに向かい、軽く頭を下げた。



「サレンも居たんだね」



「……ちょっとお話がしたくて」



 サレンは何かに恥じ入ったような表情を見せた。



「これで失礼しますね」



 そう言うとサレンは、小走りで部屋を出て行った。



「サレンと仲良しなの?」



 サレンが去った扉を見ながら、ニトロがヨークにそう尋ねた。



「別に」



 ヨークはそう答えた。



 ヨークから見たサレンは、友だちの友だちといった感じだ。



 特別に仲が良いとは思っていなかった。



 サレンたちの内情を知らないニトロは、楽しげに微笑んでこう言った。



「ひょっとして、キミに気が有ったりして」



「……………………だと良いですけどね」



「うんうん。かわいいからね。サレンは」



 付き合ってられるか。



 そう思ったヨークは話題を逸らすことにした。



「……母さんは?」



「身支度に時間がかかっている。


 というか、緊張しているのかもしれないね」



「緊張ですか。


 俺相手には、特にそういうのは無かった気がしますけど」



「それはキミが、突然に現れたからだろう?


 それより、キミに聞きたいことが有るんだけど」



「何です?」



「セイレムは、どうしてこの家を出て行かないんだい?」



「出て行って欲しいんですか?」



「そういうことじゃなくて……。


 私は彼女を監禁して、好き放題にしていた。


 そんな私とは、少しでも距離を置きたいと考えるはずだ。


 それなのに家に住み着くなんて、何を考えているのか分からない。


 いったい彼女はどういうつもりなんだ……?」



「はぁ」



 ヨークは虚無の表情でため息をついてみせた。



 そしてこう続けた。



「そういう下らないことは、自分で考えてもらえます?」



「下らなくは無いだろ!?」



 ニトロは憤慨した。



 そのとき応接室の扉が開いた。



 そこからセイレムが入室してきた。



「お待たせしました~」



 いつもよりも着飾ったセイレムが、ニトロたちに声をかけた。



「行きますか」



 ヨークはソファから腰を持ち上げた。



「……うん」



 気まずそうな様子で、ニトロもヨークに続いた。




 ……。




 ヨークたちはバウツマー邸を出た。



 そしてメイルブーケ邸に移動した。



 三人で応接室のソファに腰かけた。



 対面にはブゴウ=メイルブーケ、エル、フルーレの三人が座った。



 エルの首に、奴隷の首輪は無かった。



「ニトロ=バウツマー。神殿騎士です。よろしくお願いします」



「セイレム=クオートドレイクです」



「ヨーク=ブラッドロードです」



 まず、ニトロたちの方が口を開いた。



「…………」



 普段はお喋りなフルーレは、自分を部外者と思っているのか沈黙を保っていた。



 次にブゴウが重々しげに口を開いた。



「…………ブゴウ=メイルブーケだ」



「事前に連絡させていただいた通り、私と彼女がエルの両親です」



 そう言って、ニトロはエルの瞳を見た。



「…………」



 エルは無言でニトロに視線を返した。



 ニトロは言葉を続けた。



「そして、ヨークはエルの父親違いの兄です」



「…………!?」



 初耳だったのか、エルの表情に大きな動揺が見られた。



 ニトロはさらに言葉を続けた。



「出来ることなら、彼女を家で引き取りたいと考えていますが、


 いかがでしょうか?」



 それに対し、ブゴウは即座に言葉を返した。



「率直に言おう。ニトロ=バウツマー。


 俺はおまえのことを信用していない」



「…………」



「第一に、俺は神殿騎士が嫌いだ。


 大神殿はメイルブーケを、裏切り者の一族として蔑んでいる。


 連中から嫌がらせを受けたことも


 一度や二度では無い。


 おまえという人間の性根が信用できない。


 そもそも、第三種族と子を生すというのは、


 神殿の教えに触れる行為のはずだ。


 神殿騎士でありながら、真っ先に教えを破るという性根が気に食わん。


 禁忌を隠蔽して、


 教えが変わるから父親面をしたいなどと、


 到底認められるものでは無い。


 おまえが一人でのこのこ訪ねて来たら、


 叩き出してやるところだった。


 だが……」



 ブゴウはヨークに視線を向けて言葉を続けた。



「ヨーク=ブラッドロードはメイルブーケの恩人だ。


 彼の顔に泥を塗りたいとは思わない。


 そちらが条件をのむのなら、多少は譲歩してやっても良い」



「条件を聞かせて下さい」



「まず、エルには今まで通りに、


 メイルブーケのメイドとして仕えてもらう。


 親だからと言って、彼女の人生を支配するような真似は許さん。


 勝手に婚約者を宛がうなどといったことも、禁止とさせてもらう」



「分かりました」



「そして、次の条件だが……。


 おまえは独身だったな?」



「はい。一度結婚していますが、今は」



「セイレムと結婚しろ。


 不義の子では無く、正妻の子としてエルを迎え入れろ。


 これがおまえたちを、エルの両親として認める条件だ」



「それは……」



 ニトロが迷っていると、セイレムが口を開いた。



「もちろん構いません」



「セイレム?」



 ニトロはセイレムに、驚きの表情を向けた。



「娘のためですから」



 セイレムはそう言って、ニトロに穏やかな微笑みを向けた。



「……わかった。


 セイレムと結婚します」



 ニトロは表情に悩みを滲ませて言った。



 自分のような外道と結婚するなんて、嫌で嫌で仕方がないだろうに。



 娘のために、セイレムは苦渋の決断をした。



 そう考えているニトロには、彼女の気持ちを踏みにじることなどできなかった。



「そうか。


 積もる話も有るだろう。四人で食事にでも行くと良い」



「はい」



 ブゴウの提案にニトロは頷いた。



「エルを泣かせたら、叩き切るからな」



「……普通は父親の台詞ですけどね。それ」



「普通の父親になってから言え」



 ヨークたちは、エルと一緒にメイルブーケ邸を出た。



 そして四人で昼食を済ませ、鉄巨人公園を歩いた。



 彼らは名物である鉄巨人の近くを歩いた。



 そのポーズは、以前とは微妙に変わっていた。



「それで、どうかな? 私たちと一緒に住むというのは」



 公園を歩きながら、ニトロはエルにそう尋ねた。



「その、お断りさせていただきます」



「っ……」



 エルの答えを聞いて、セイレムの表情が曇った。



「そうですよね。いきなり現れて母親顔されても困りますよね……」



「いえ。そういうことでは有りません。


 私にも両親が居ると分かったのは、嬉しかったです。


 ただ、メイドとしてフルーレさまにお仕えするには、


 住み込みの方が便利ですから」



「……そういうことなら仕方が無いですね」



 セイレムは残念そうに納得してみせた。



 次にニトロがエルにこう尋ねた。



「メイドの仕事はつらくないかい?」



「いえ。


 フルーレさまは、とても優しくして下さいますから」



 そのとき。



「あっ、ブラッドロードっス」



 偶然に出くわしたリホが、ヨークに声をかけてきた。



 彼女の隣には、クリスティーナの姿も有った。



「こんにちは。ブラッドロードさん」



 クリスティーナは、親しみに満ちた笑顔をヨークへと向けた。



「リホ。ティーナ。今日は休みか?」



「新型の魔導器の実験っスよ。


 手が空いてるならブラッドロードも付き合うっス」



「わかった。


 ……エル。俺はちょっとリホたちと遊んでくる」



「あっ……」



 親子三人だけにしてやろう。



 そう考えたヨークは、リホたちと去っていった。



「…………」



 無言でヨークの背中を見送るエルに、セイレムが声をかけた。



「エル。


 メイドのお仕事の話を聞かせてもらえませんか?」



「はい。分かりました」




 ……。




「一緒に居た若い女は何者っスか?」



「エルは知ってるだろ?」



「もう一人の女の方っス」



「若い女……?」



(まあ、肉体年齢は若いけど)



「どうなんスか」



「あの人は……俺の母さんだ」


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