7の34「父と母」


 ドンツは驚きつつも、セイレムの周囲の人々にも視線を向けた。



 小さな村とはいえ、ドンツは自警団のリーダーだ。



 侵入者への警戒を怠ったりはしない。



「それにヨーク……」



 すぐにドンツは、ヨークの姿に気付いた。



 それで彼にこう尋ねた。



「王都でセイレムさんを見つけたのか?」



「おかげさまで」



「事情は……俺が聞くことでも無いか」



 誇らしいことであれば、ヨークの方から色々と話してくるだろう。



 そうしないということは、きっと苦い何かが有ったのだ。



 ドンツはそう推測して、深く尋ねることはやめた。



「ごめんなさい。ドンツくん」



 セイレムがドンツに頭を下げた。



「いえいえ! 気にしないで下さい!


 またこの村に住むんですか?」



「いいえ」



 セイレムはきっぱりと答えた。



「ヨークたちを置いてこの村に戻るつもりはありません」



「そうですか。残念ですが、仕方ないですね。


 ……セイレムさんは、全然年をとりませんね」



 セイレムの実年齢は、30代の後半だ。



 だが、石化していたことによって、肉体は歩みを止めていた。



 おかげで彼女の肉体年齢はハタチのままだ。



「相変わらずお美しい」



 セイレムのみずみずしく若い美貌を、ドンツは褒め称えた。



「あらあら。照れちゃいますね」



 セイレムは嬉しそうな笑みを浮かべた。



 いつの世も女性というものは、人に若く見られたいものなのだろうか……。



「人の母親を口説かないでくれよ!」



 なんだかモヤモヤとした気分になり、ヨークはドンツを睨んだ。



「こんなの口説いてる内に入らねえだろ」



「入る」



「はいはい」



 ドンツは呆れたふうに言った。



 そのとき。



「あれ、セイレムさん?」



「セイレムって誰?」



「ヨークのお母さんだ」



「ふーん? 生きてたんだ?」



「らしいな。このことは外の連中には……って、もうべつに良いのか」



「てか、ヨークも居るじゃん」



 ヨークとセイレムに気付いた村人たちが、彼らの周囲に集まってきた。



「ヨーク。バジルたちには会った?」



 ヨークより年下の少年が、そう質問してきた。



「おう。勝ったぞ」



「ホント?」



「そんな下らねえ嘘つくかよ。本人に聞けよ」



「バジル居ないじゃん」



「今度帰ってくるように言うよ」



「うん」



 村人たちは話に飢えた様子で、ヨークたちに質問を浴びせかけようとした。



 だが。



「あの~。


 大切な用件が有るので、


 お話は後回しにしても良いでしょうか?」



「は~い」



 セイレムに言われると、村人たちは口を塞いでしまった。



 彼らはこの美女に弱い。



 セイレムと初対面の若者たちにとっても、それは同様らしかった。



 村人たちが静まると、ヨークがニトロに尋ねた。



「どこに行けば良いんだっけ?」



「お墓だよ。


 リュークは石の姿で墓地に埋められている」



 ヨークたちは村の北側に移動した。



 そこに墓地が有った。



 墓地にはあまり豪華とは言えない墓石が並べられていた。



 だが村人たちが先祖に向ける敬意は、都会人よりも大きい。



 墓所は清掃が行き届いており、清潔だった。



 とある墓の前で、ニトロは足を止めた。



「ここがリュークの墓だ」



「スコップ使いますか?」



「ありがとう」



 ミツキからスコップを受け取り、ニトロは墓を掘り起こしていった。



 やがてスコップが、硬い物にぶつかった。



 どうやら棺のようだ。



 ニトロは棺上部の土を、綺麗に取り除いていった。



 やがて棺がはっきりと見えるようになった。



 ニトロはスコップを地面に置き、棺の蓋に手をかけた。



 棺が開くと、中には石像が見えた。



「リューク……」



 ニトロがリュークの名を呼んだ。



 この石像は、リューク本人で間違いは無いらしかった。



「ミツキさん。頼む」



「はい」



 ミツキは棺の空いているスペースに足を下ろした。



 そして石像に触れた。



 ミツキの魂が持つ力が、石像に染み渡っていった。



 やがて石像は、生身の肉体を取り戻していった。



「…………? ここは……」



 ぼんやりとした調子で、リュークが口を開いた。



「棺の中だよ。リューク」



 ニトロがそう言った。



「ッ……!」



 自分を襲った男が、自分を見下ろしている。



 それに気付いたリュークは、慌てて立ち上がった。



 そして棺から抜け出し、ニトロと距離を取った。



「僕にとどめを刺すつもりか……!?」



「そんなつもりは無いよ。


 私は負けたのさ。キミの息子のヨークにね。


 それでキミを助けることに決まった」



「ヨーク……?」



 リュークはヨークを見た。



 この場に青い肌を持つ者は、リュークとヨークしか居ない。



 それにヨークは、セイレムの美貌を色濃く受け継いでいる。



 それでリュークにも、この中の誰がヨークなのか、見当がついたようだった。



「キミがあのヨークなの?」



「一応」



「……大きくなったね」



「うん」



「セイレムから全部聞いてるのかな?」



「あの」



 セイレムがリュークに声をかけた。



「少し、二人きりで話せませんか?」



「……うん」



 セイレムとリュークは、ヨークたちから離れていった。



 墓地から少し外れた所で、二人は向かい合った。



「久しぶり……なのかな? 実感無いけど」



 リュークの方が先に口を開いた。



「そうですね。お久しぶりです」



「話って言うのは何かな?」



「皆さんにはまだ、


 あなたがしてきたことを話してはいません。


 出来れば、ヨークには話さずに済めばと思っています」



「……首輪、外したんだね」



「はい。教えが変わり、


 これからは第三種族が奴隷になるということも無くなるそうです」



「そっか。


 僕が眠っている間に、世の中は随分と変わったらしい。


 キミたちは、あと二十年遅れて産まれて来れば良かったのにね」



「いいえ。


 教えが変わったのは、ヨークたちの力が大きいようですから」



「凄いんだ? 僕たちとそんなに年も変わらないのにね」



「ええ。凄いんですよ。ヨークは」



「…………もっとこう、僕に言いたいことは無いのかな?


 恨み言とかさ」



「…………ヨークがね、可愛いんですよ。


 とってもとっても可愛いんです。


 抱きしめると、とっても幸せな気持ちになります。


 何が有っても、この気持ちを否定することは出来そうにありません。


 だから、あなたもヨークを傷つけないで下さい。お願いします」



「そう心配しないでよ。


 僕は人畜無害な人間さ。


 狙って人を傷つけたことはほとんど無いよ。


 ……キミとニトロ以外はね」



「……そうでしたね」



「まあ、なんとか上手くやっていくよ。


 ……セイレム」



「はい」



「僕はキミが好きだった」



「……はい」




 ……。




 その晩、村では祭りが有った。



 娯楽の少ないこの村では、いろんなことが祭りのきっかけになる。



 飲んで踊っての大騒ぎが始まった。



 ヨークは最初は大勢に話しかけられた。



 だが、夜が更けて酒が進み、しらふの人は少なくなっていく。



 子供たちはおねむの時間だ。



 少しずつ、ヨークは自由になっていった。



 セイレムが一人になった瞬間を見計らって、ヨークは彼女に話しかけた。



「なあ、母さん」



「ママです」



「……ママ」



「なあに?」



「ママはさ、父さんと一緒に暮らそうって思わないの?」



「……ヨーク。私は……。


 ニトロさんのことが好きになってしまったのです」



「そう……なのか。


 酷いことされたんじゃねえの?」



「周囲から見ると酷いことだったのかもしれません。


 ですが……私は……。


 あの人が私を求めてくれることを……


 嬉しいと思ってしまったのです。


 ……こんなお母さんは嫌いですか?」



「別に……。嫌いになんか……」



「ごめんなさい。ヨーク」



「謝らないで。


 大好きだよ。ママ」




 ……。




 飲んで踊っての騒ぎを経て、ヨークたちは王都に帰った。



 宿に戻ったヨークの部屋に、バジルたちが訪ねてきていた。



 ヨークはベッドに腰かけて彼らと話をした。



「村の皆が会いたがってたぞ」



「そう……。って、なに黙って里帰りしてるのよ!?」



 帰るなら皆で帰れば良いではないか。



 そう思っていたバニが、憤慨した様子を見せた。



「家庭の事情で」



「まあ、そろそろ顔見せてやるか」



 バジルがそう言って、次にキュレーが口を開いた。



「そうだね」



「おまえら、俺が王都に来る前も、ぜんぜん村に帰って来なかったよな?」



 ヨークがそう言うと、ドスがヨークに答えた。



「あれは闇ギルドの連中に隙を見せたく無かったからだ。


 闇ギルドの問題が解決した今なら、


 帰郷するのもやぶさかでは無い」



「んじゃ、行ってこいよ」



「うん。いっぱいお土産買って行こうね」



「そうね」



 キュレーの言葉にバニが同意を見せた。



「……んじゃ、そろそろ行くわ」



 そう言って、ヨークはベッドから立ち上がった。



「行ってらっしゃいませ。ヨーク」



 ミツキはベッドに居座ったまま、ヨークに見送りの言葉をかけた。



 それを見て、キュレーがこう言った。



「珍しいね。ヨークくんがミツキちゃんを置いていくなんて」



「今日はドメスティックなやつなんでな」



「ふ~ん?」



 バニが小さな疑問符を浮かべた。



 ヨークは部屋を出ていった。


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