7の32「人と神」


「ふむ?」



 トルソーラも再び抜刀術の構えを取った。



「何か変わったようにも見えんが……。


 おまえとも長い付き合いだ。最後まで付き合ってやるとしよう」



「ありがとよ。


 ……村雨」



 エクストラマキナの手から、魔剣の鞘へと力が充填されていった。



 そして……。



「『暴走強化』」



 ヨークがそう唱えた瞬間、トルソーラの体を違和感が襲った。



「くっ……!?」



 危険を感じたトルソーラは、直感的に退路を求めた。



 後ろへ。



 安全な方へ。



 だがそれよりも先に、ヨークは前へ詰めていた。



 水の魔力と共に、ヨークは剣を抜き放った。



「ぐうっ……!」



 ヨークの剣先が、トルソーラの胸に触れた。



 致命傷では無い。



 ほんの浅い手傷だったが、神の体は確かに傷ついていた。



 トルソーラは胸から血を流しながら、さらに後ろに下がった。



「何をした……!?」



「わからねえか?


 スキルを使ったんだ」



 ヨークはそう明かしながらも、全ては語らなかった。



 今はまだ、殺し合いの最中だ。



 種明かしをする時では無い。



(俺の『敵強化』スキル。


 その発展系。


 『暴走強化』は敵の体に、


 理不尽な部位強化を繰り返す。


 無駄な強化を繰り返された体は、


 その機能を狂わせるってわけだ。


 弱い魔獣が相手なら、


 これだけで殺せることも有るんだがな。


 平然としてるのは、さすが神様ってところか)



「ヨーグラウの力を拒んだおまえが、ガイザークの力に頼るのか……!?」



「そうは言うけどよ、


 俺はずっと『敵強化』の力で戦ってきたんだ。


 これが俺なんだよ。


 さあ、行くぜ」



 ヨークはそう言うと、鞘に再び力を込めた。



 ……ヨーグラウの力を開放せずとも、この男は脅威だ。



 トルソーラはそれを認めざるをえなかった。



「来るなぁっ!」



 焦ったトルソーラは、術でヨークを追い払おうとした。



 魔術の雨が、壁のようになってヨークを阻んだ。



「チッ……!」



 ヨークは突進を諦め、横側へと魔術を回避した。



 弾幕を前に、足だけで近付くのは難しい。



 そう判断したヨークは、即座に呪文を唱えた。



「氷狼、百連」



 ヨークの周囲に100頭の狼が出現した。



 ヨークは出現させた狼の内の一体に飛び乗った。



 狼が走り出した。



(鋭い……!)



 狼の走りが、トルソーラを驚かせた。



(レベル1がどうして……!?)



 ヨークの能力は、エクストラマキナによって底上げされている。



 それは分かる。



 だが、あれを装備したからといって、呪文までがここまでキレを増すものなのか。



 あの機体の本領は、近接戦闘では無かったのか。



 疑念を抱いたトルソーラは、ヨークのレベルを見た。



______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 暗黒騎士 レベル50329



______________________________




「…………!?」



 ヨークのレベルがトルソーラを驚愕させた。



(奴に何が起きた!?


 レベルを上げるには、魔獣を倒すか、魔石を……。


 魔石……?)



 トルソーラは思い出した。



 今までの戦いの詳細を。



 ミツキの魔弾銃が、赤い短剣を砕いたのを。



(あの時……!


 だが……魔石が砕けたのなら、


 余にもEXPが流れてくるはず……)



 膨大なEXPが体内に流れ込めば、感覚としてそれは分かる。



 だがあの時のトルソーラは、そのような感覚は、いっさい感じてはいなかった。



(どうして気付かなかった……!?)



 神であるが故に、トルソーラは知らなかった。



 EXPを人に奪われないための魔導器が作られていたということを。



 迷宮内での揉め事を減らすためだけに生み出された、人々の小さな知恵を。



 ……ヨークの剣がトルソーラに迫った。



 このままではまずい。



 目の前の男を、無力化しなくてはならない。



 トルソーラは神の力を行使しようとした。



「『収だ……』」



「遅ぇ……!」



 魔導抜刀が為った。



 トルソーラがヨークの力を奪うより先に、ヨークの剣がトルソーラの胸を裂いた。



「あ……」



 致命傷だ。



 それを悟ったトルソーラが、短く声を漏らした。



「おまけだ」



 ヨークはトルソーラの頬に、拳を叩き込んだ。



 神は殴り倒され、地面に転がった。



「…………最後の一発は必要だったのか?」



 トルソーラがヨークを見上げて尋ねた。



 するとヨークは、握りこぶしを作ったままで答えた。



「一発ぶん殴るって決めてたんだ。悪いな」



「……そうか。


 余の負けか」



「…………なあ。神さま」



「何だ? ヨーグラウ」



「そんなに魔族が憎かったのか?


 皆殺しにしなきゃいけないほど、憎かったのかよ?」



「憎しみは無い。


 ただ、眠れなかった」



「眠り?」



「ヨーグラウから大地を得るため、


 余は眠りを削って戦った。


 そして勝利した。


 だが、ヨーグラウが倒れても、ガイザークが残っている。


 余が油断すれば、


 魔族が余の子供たちを虐げるのでは無いか……。


 そんなふうに思ってしまった。


 確証が有ったわけでは無い。


 だが、疑念を拭い去ることは出来なかった。


 自分自身が奪う者であるのに、


 他者を心から信じることなど、できるはずも無い。


 人族がこの世の覇権を得ぬ限り、


 余は安心して眠ることが出来ない。


 眠りの浅さが、さらなる焦燥と疑念を呼び起こす。


 心を焦げ付かせながら、魔族の動向に目を光らせる。


 余はそんな存在に成り果ててしまった」



「親バカだな」



「かもしれん。


 だが、誰だって自分の子が一番可愛い。


 親とはそういうものだろう?」



「親じゃねえから分かんねーわ」



「そうか。


 本当に……ヨーグラウでは無いのだな。おまえは」



 相手が神ヨーグラウであれば、子を想う気持ちを分かち合えるはずだ。



 だがヨークはヨーグラウでは無い。



 魂は同じでも、決定的に別の存在だ。



 トルソーラはその事実を、ようやく飲み込めたようだった。



「そう言ってんだろ?」



「余の魂も……余では無い何者かになるということか」



「おまえの行く先は決まってる。


 赤肌でがんばり屋の女の子だ」



「リーンが産んだ子供か」



「ああ」



「余には、リーンから転生の術を受けた後の記憶が無い。


 結局、うまく行かなかったというわけだ。何もかも」



「失敗作扱いすんなよ。あいつを」



「フッ……。


 来世では仲良くしてやってくれ」



「気が向いたらな」



「ああ。


 …………ヨーク=ブラッドロード。


 人族をどうする?」



「何も」



「そうか。


 妙だな……。どうしてだかおまえの言葉を、


 やけにすんなりと信じられる。


 ……後の事を頼む」



「何もしないっての」



「それで十分だ。


 それと……ガイザークのアホを……」



「わかってる」



「ありがとう。


 ……余はおそらく、あと三分ていど生きられる」



 トルソーラはそう言って上体を起こした。



 そして手中にカードを出現させた。



「最期に一勝負しないか?」



「ルールは?」



「セブンカード。分かるか?」



「ああ」



 トルソーラは、慣れた手つきでカードを配った。



 ヨークは配られた手札を見た。



 あまり良い手だとは言えなかった。



「五枚チェンジ」



「三枚チェンジだ」



 ヨークが五枚、トルソーラが三枚。



 お互いが手札を交換した。



「オープン」



 トルソーラはそう言って、自身の手札を開示した。



「フォーソードだ」



 一拍遅れて、ヨークも自身の手札を見せた。



「ファイブカップ」



 僅差だが、ゲームはヨークの勝利に終わった。



「……カードでも勝てんか」



 トルソーラは苦笑した。



「こんなのはただの運試しさ」



「だが、人事を尽くした果てには、


 天運を備えた者が勝つ。そうだろう?」



「かもな。


 もう一勝負するか?」



「いや。十分だ」



 トルソーラは、床に座り込んだまま目を閉じた。



「ふしぎと穏やかな心地だ。


 焦りも恐れも無い。


 まるで何年も、優しい揺り籠で眠っていたかのような……。


 …………………………………………」



 それきりトルソーラは動かなくなった。



 トルソーラの体から、輝く球体が溢れた。



 それは何かに呼ばれるように、世界樹へと沈んでいった。



 神トルソーラの最期だった。



 それを見て、ヨークは寂しげに呟いた。



「……居なくなった。


 さっきまで……カードで遊んでたのにな……」



「……ヨーク」



 ミツキはヨークに歩み寄った。



 そして手を伸ばし、彼をそっと抱き寄せた。




 ……。




 世界樹の迷宮。



 赤肌の一族の村。



 民家の一室、椅子の上で、少女は目を開いた。



「…………おばあちゃん?」



 クリーンが目覚めた時、リーンは彼女のすぐ前に立っていた。



「…………」



 リーンはクリーンを抱きしめた。



「……あのね。クリーン……。


 実は私ね……。


 あなたのお母さんなの」



「そうなのですか?」



「うん……」



「お母さん?」



「うん……」



「お母さん」



「うん……」




 ……。




 ヨークはリーンたちと合流すると、大神殿へと戻った。



 大神殿ではおおぜいの神殿騎士が、武器を持って待ち構えていた。



「ノコノコと来やがったか……」



 リドカインがそう言ってヨークたちを睨みつけた。



 彼の敵意に対し、ミツキは涼やかにこう返した。



「数を揃えたら、ヨークに勝てると思ったのですか?」



「……知るか。


 けど、このまま通すわけにも行くかよ」



「下がりなさい」



 リーンがそう命じた。



 リーンはトルソーラ直属の部下だった。



 おかげで大神殿においても、大きな影響力を有していた。



「大賢者様……! ですが……!」



 トトノールがリーンに食い下がろうとした。



 リーンはそれには答えず、明瞭な声音で話を続けた。



「我らが崇める神、トルソーラ様は身罷られました。


 そして今、その貴き魂は、


 我が娘であるクリーンに宿っています」



「えっ?」



 クリーンが疑問符を漏らした。



 リーンはそれを無視し、さらに話を続けた。



「彼女が世界樹の後継者、


 この世界の新たなる神です。


 そして彼女は人族と魔族、


 第三の種族が争うことを望んではいません。


 これ以上の諍いを望む者は、


 神の意に逆らう者であると心得なさい」



 リーンは圧を放った。



 それは神の力では無いが、平凡な神殿騎士たちには、神の威光に等しく感じられた。



「あぁ……」



 神殿騎士たちは武器を取り落とし、戦意を失っていった。



 騎士たちはクリーンにひれ伏した。



 戦うまでも無く、全てが決着していた。



「????????」



 状況についていけないクリーンだけが、ひたすらに疑問符を飛ばしていた。



「……ニトロさんは?」



 ヨークは自分たちを待ち構えていた面々の中に、ニトロの姿が無いことに気付いた。



「禁忌を犯した者として、牢に捕らえてあります」



 ヨークの疑問にサッツルが答え、次にリーンがこう言った。



「禁忌を咎めるのは、この時までです。


 神はもう、第三種族を虐げることを望んではおられません。


 大神殿の名をもって、


 第三種族の解放を宣言して下さい」



 劇的すぎる改革の言葉を受け、サッツルがこう言った。



「権力者の反発を招くと思われますが……」



「神に背きたいと言うのであれば、好きにさせれば良いでしょう」



「……承知しました」



 その日から、大神殿は第三種族の解放をうたうことになった。



 急激な教えの転換は、多少の社会的動揺をもたらした。



 だが、神の威光に正面から逆らおうとする者は、そう多くは無かった。



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