7の31の1「CurseDragon_God」



「ヨーク……!


 風癒! 風癒……!」



 倒れたヨークの傍らで、ミツキは必死に治癒術を詠唱していた。



 今のミツキはレベル1だ。



 ヨークのおかげで得られた力が無ければ、彼女のとりえは『収納』のスキルだけ。



 戦闘という分野に関して、彼女は凡人だった。



 そんな彼女の呪文では、大した効果が得られるはずも無い。



 ヨークの傷は完治する様子をみせなかった。



 ……勝敗は既に決した。



 そう判断したトルソーラが、ミツキに声をかけた。



「無駄なことは止せ。


 すぐにとどめを刺してやる」



「ッ……!」



 ミツキはスキルで籠手を取り出した。



 このまま死ぬつもりは毛頭ない。



 ミツキの瞳は、まだ力を失ってはいなかった。



「エクストラマキナ……! 銀狼!」



 ミツキは籠手を装着すると、力強くそう唱えた。



 ミツキの体が光に包まれた。



 そして光が消えた時、彼女の体は装甲に覆われていた。



「ふむ」



 トルソーラは、値踏みするような目を、ミツキのエクストラマキナへと向けた。



「……リミッター解除」



 ミツキは唱えた。



 出し惜しみはできない。



 最初から魔導器の力を全開にした。



 銀狼の装甲の隙間から、赤い光が漏れた。



 次にミツキは、腰の左右に手を伸ばした。



 そこに赤い刃の短剣が、1本ずつ装着されていた。



 ミツキの手が短剣を握った。



「はあああああああああぁぁぁっ!」



 ミツキは二本の剣を構え、トルソーラへと突進した。



「…………?」



 トルソーラは戸惑いながら、ミツキの腹を蹴った。



「あぐっ……!」



 カウンターを受けたミツキの体が、地面を転がった。



 ミツキは手に持っていた剣を、地面に落としてしまった。



「弱すぎる……。


 何かの罠か? 奥の手が有るのだろう? 見せてみろ」



「う……」



 ミツキは立ち上がると『収納』スキルを使用した。



 ミツキの手に、両手持ちの大きな魔弾銃が現れた。



「っ……!」



 ミツキは無言で魔弾銃を発射した。



 その魔弾銃には、魔石の矢が装着されていた。



 聖障壁殺しの矢だ。



 魔弾よりも一瞬早く、矢がトルソーラへと向かった。



 遅れて強大な火線が発射された。



 地に落ちていたミツキの短剣すらも巻き込み、炎はトルソーラへと向かった。



「つまらん」



 トルソーラは、たやすく火線を回避した。



 そしてミツキの眼前まで移動すると、彼女を蹴りつけた。



 トルソーラの爪先が、ミツキの側頭部に刺さった。



 激しく頭を揺さぶられ、ミツキは蹴り倒された。



 頭部の装甲が砕け、ミツキの素顔があらわになっていた。



「あ……う……」



「威力は大したものだが、避けられないほどでは無い。


 それを何の工夫も無く、正面から撃ってくるとは。


 凡庸……。いや。凡庸未満だな。


 ヨーグラウのしもべをやっているから、


 どれほどのものかと思えば……。


 EXP耐性が馬鹿げて高い。それだけか?


 ただの荷物持ち。愛玩用の奴隷だったか。


 機会をやる価値も無かった」



 トルソーラは、ミツキの前で剣を振り上げた。



 その光景は、ヨークの瞳にも映されていた。



 このままではミツキは死ぬ。



 深く考えなくとも、それは明らかだった。



(ミツキ……!


 何でも良い……! 力を……!)



 そう思った時、ヨークは初めて自分の『中心』に手を伸ばした。



 そこにきっと、大きな力が有る。



 ヨークは心の奥底で、その事実を理解していた。



 ついにヨークの指先が、その力に触れた。



 ……そのとき。



 ヨークは自身の中心に有るモノの正体に気付いた。



 いや、恐らくは、最初から気付いていた。



 気付かないようにしていただけだ。



 それはとてもとても、黒い色をしていた。



(あ……)



 ヨークは全てを知った。



 あるいは、思い出した。



(あぁ……分かったぞ……。


 だから人は忘れるんだ……。


 こんなものを未来に遺してはいけないから……


 全部忘れて、次に進む。


 今、俺の中で渦巻いているもの……。


 決して遺してはいけなかったもの……。


 これは……)






「怨嗟だ」






 ヨークは自分の意識が、黒いモノに飲み込まれていくのを感じた。




 ……。




 遠い昔のある日。



 世界樹の頂上に、月狼族の女がやって来た。



 女はカゲツと名乗った。



 彼女は復讐を望んでいた。



「七世先も、私と共に戦っていただけますか?」



 復讐を望む女は、神にそう問いかけた。



「わが魂に誓おう。


 それでは、娘よ」



「はい」






「俺を出来る限り苦しめて殺せ」






「…………?」



 まるで予想できなかった言葉を前に、カゲツは硬直した。



「何を……言っているのですか?」



「魂は不滅だが、不変では無い。


 転生の過程で、人の魂は漂白され、


 過去のわだかまりを忘れる。


 生半可な誓いなど、持ち越せるものでは無い。


 ただ安らかに死ねば、


 俺も来世では、ただの人に堕ちるだろう。


 それでは駄目だ。連中を討つことは出来ん。


 連中を討つのに必要なのは、怨嗟だ。


 転生を経ても変わらぬ、深い憎しみの気持ち、


 それを魂に刻まねばならん。


 俺を刻め。


 この身に怨嗟が満ちるよう、


 苦しみを刻み込め。


 そうしてこそ、我らの復讐は果たされるだろう」



「そんな……恐れ多いことを……」



「その程度か?


 おまえの復讐心は、


 それくらいで怖気づく程度のものだったのか?


 覚悟が無いのなら、帰れ」



「私は……」



 迫られた決断に対し、カゲツは長くは悩まなかった。



「やります」



 彼女はきっぱりと、決意に満ちた目で、そう断言した。



「復讐のため、御身を刻ませていただきます」



「すまん」



「ッ!」



 カゲツはヨーグラウの体に、疲弊した剣を突き立てた。



「グォオオオオオオオッ!」



 ヨーグラウの悲鳴が、世界樹の頂上に響いた。



 一撃で済ませるわけにはいかない。



 こんな生温い一撃では、七代先にまで怨嗟を残すことなど不可能だろう。



 カゲツはヨーグラウの肉から剣を抜き取り、さらなる刃をはなった。



 まだだ。



 まだ温い。



 もっと深く。



 狂気の深淵まで堕ちなければ、来世に呪詛を残すことなどできない。



 カゲツはひたすらに、ヨーグラウを刻み続けた。



 力を封じられても、ヨーグラウは神だ。



 生半可な傷では、息絶えることは無かった。



 儀式は七晩にわたって続いた。



 そして限界の時が来た。



「グガアアアアアアアアアアァァァッ!」



 延々と続く痛みが、ヨーグラウの心を破壊した。



 きっと彼は神ではなく、呪いになったに違いない。



 正気を失くしたヨーグラウが、カゲツに襲いかかった。



 終わりの時だ。



 カゲツはそう気付いた。



「はあああっ!」



 カゲツの刀が煌いた。



 ヨーグラウの命を、彼女の剣が終わらせた。



「ああ……。


 綺麗だな……」



 ヨーグラウは、カゲツの剣をたたえた。



 命の終焉を悟り、ヨーグラウは束の間、正気を取り戻した様子だった。



「…………」



 カゲツはいたたまれない表情でヨーグラウを見た。



 対するヨーグラウも、憐れみをカゲツに向けていた。



「……すまない。我が子よ」



「……いえ」



「感謝する……。


 おまえのおかげで……この怨嗟-キモチ-を持って行ける……」



 これが神と月狼族の、契約の物語だ。



 そして……。



______________________________




ヨーク=ブラッドロード



スキル 敵強化 レベル4



SOUL POWER 6804248



______________________________




 約定の時は来た。



 濁りきった想いは、ついに今にまで届いた。



 ヨークの体の中心から、黒い力が湧き上がった。



 地面を蹴ったヨークは、はなたれた矢のように、トルソーラへと跳んだ。



「グルウウウウウゥゥアアアアアアァァァッ!」



「ぐうっ!?」



 トルソーラの頬に、拳が突き刺さった。



 トルソーラは宙を舞ったが、なんとか両の足で地面に着地した。



「ヨーグラウの神力か……!? だが……!


 そのザマはなんということだ……!?」



 失望に近い気持ちで、トルソーラはヨークを見た。



 ヨークの鎧の狭間から、赤黒い液体が、ボタボタと垂れ落ちているのが見えた。



 ただの血液では無い。



 流れ出したばかりの血というのは、普通はもっと鮮やかなものだ。



「ヨーク……!?」



 ミツキがヨークを呼んだ。



 ヨークは答えない。



 鎧の下で、ヨークの体は傷だらけになっていた。



 強すぎる魂の怨嗟が、肉体にまで損傷を引き起こしていた。



 その有り様を見て、トルソーラがこう言った。



「血が怨嗟の色に染まっているぞ。


 それは滅びの力だ。未来には決して繋がらない。


 そうまでして、余を討ちたかったというのか?」



「ガアアアアアァァアァァッ!」



「ぐうっ!」



 ヨークの蹴りを受け、トルソーラは転がった。



 それと同時に、ヨークの脚の鎧から血が噴き出した。



 その血は最初よりも黒さを増していた。



 トルソーラは立ち上がると、大剣を手中に出現させた。



「この……!」



 トルソーラは剣を振った。



 剣の軌跡から、熱線が放たれた。



「ヨーク!」



 ミツキが叫んだ。



 ヨークは熱線に飲み込まれていった。



 だが……。



 熱線が消えた時、ヨークは無傷のままで立っていた。



「グア……ガガ……ガ……」



 鎧の隙間からは、どろどろと黒い液体が流れ続けていた。



 その量は、ヨーク自身の体積すらも遥かに超えていた。



 こんなものが血液であるはずが無い。



 もう彼の目は、敵であるはずのトルソーラを見てはいなかった。



「かかって来ない……。もはや戦士ですら無くなったか」



 神を倒すと誓った戦士は、既に存在しない。



 虚ろな目のバケモノが、ただひたすらに、世界を蝕む毒を、垂れ流し続けていた。



「だが、不味いな……。


 余の力では、キサマを倒すことは出来ん」






「かくなる上は、キサマの運命を、書き換える他無いか」







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