7の30「竜と鉄人」



 サンゾウは、鉄巨人と空中戦を繰り広げていた。



 サンゾウの爪が鉄巨人の装甲を裂き、鉄巨人の魔弾がサンゾウの羽を焼く。



 サンゾウの機動力が衰えたのを見ると、鉄巨人はサンゾウとの距離を取った。



 鉄巨人は、自身の胸部装甲を展開した。



 装甲が開けた奥に、大きな砲門が見えた。



「ドラゴンバスター、スタンバイ」



 サンゾウは鉄巨人の砲門に、莫大なエネルギーが集まるのを見た。



 忘れるはずが無い。



 忘れられるはずが無い。



 多くの仲間達を撃ち落してきた、鉄巨人の必殺兵器だった。



 よくも。



 よくも。



 よくも……!



「グオオオオオオッ!」



「ファイア」



 サンゾウは、竜のアギトを大きく開いた。



 そして、鉄巨人が主砲を放つのと同時に、炎のブレスを放出した。



 お互いの奥の手が、空中でぶつかり合った。



 2体の中央で、火砲同士が押しのけあった。



 だが火砲の威力では、鉄巨人がやや勝っていた。



 サンゾウのブレスは、鉄巨人の主砲にじりじりと押されていった。



 やがて鉄巨人の火砲が圧倒し、サンゾウの姿は炎に飲み込まれた。



「敵戦力ノ、消失ヲ確認」



 オート=ガルダ=ムゥの人工知能が、自身の勝利を認識した。



 そのとき。



「任務完リョ……ウ……?」



 違和感が、人工知能の認識に、ノイズを走らせた。



 次の瞬間。



「忍法、火影の術」



 鉄巨人の下方に、緑竜の姿が出現していた。



 サンゾウは身を焼かれる直前に、ドラゴンへの変身を解除していた。



 そして落下中に再変身したのだった。



 人工知能は変身の解除を、ドラゴンの絶命だと誤認識した。



 その判断のミスが、鉄巨人に隙を作っていた。



 サンゾウが口を開いた。



(焼き尽くす……!)



 ブレスが放たれた。



 鉄巨人は高速で転回し、砲門をサンゾウへと向けた。



 ドラゴンバスターを……。



「…………!」



 必殺の火砲を放つことは、鉄巨人には不可能だった。



 サンゾウの直下に、鉄巨人のセンサーが、人々の反応をとらえていた。



 人族と魔族の夫婦。



 そして夫婦の子であるハーフの少女が、鉄巨人たちを見上げていた。



 鉄巨人は、この世界の原住民である第三種族を滅ぼすために生まれてきた。



 敵は第三種族だけだ。



 ロボットは人間に危害を加えてはならない。



 人族も魔族も、巨人が守るべき人間だ。



 絶対に。



 守らなくては。



 オート=ガルダ=ムゥは、ドラゴンバスターの発射を取りやめた。



「ア……」



 サンゾウのブレスが、鉄巨人を焼いた。



 強大な鉄巨人であっても、ドラゴンのブレスの直撃を受けては、ただで済むはずも無い。



「推力……不足……。


 飛行継続……困難……」



 重大な損傷を負った鉄巨人は、空を飛ぶ力を失った。



 落ちていく。



 鉄巨人が墜落する先には、人々が居るはずだ。



 人と魔の家族が居る。



 飛ばなくてならない。



 鉄巨人はそう考えたが、もうパワーが残ってはいなかった。



「アア……」



 落ちていく。



 守るべき人々の日々を、自分が踏み潰してしまう。



 絶望を予見して、人工知能が呻いた。



 だが……。



 突然に、鉄巨人の落下が止まった



(人里に落とすわけにはいかんでござるからな)



 鉄巨人のセンサーが、機能を停止する直前。



 そのような声が、聞こえたのかもしれなかった。




 ……。




 エクストラマキナを身にまとったヨークは、トルソーラに剣先を向けた。



「連戦させちまって悪いな。神様」



「…………」



 トルソーラも剣を構えた。



 二人は向かい合う形になった。



 ミツキは負傷したデレーナを抱えると、ヨークたちから距離を取った。



「ふっ!」



 ヨークから仕掛けた。



 ヨークの剣では、トルソーラを崩すことはできなかった。



 様子見が終わると、トルソーラが反撃をしかけてきた。



 鋭い剣が、ヨークの腕の装甲を裂いた。



「なかなかの動きだが、レベルを奪う前と比べれば、一回り劣るな」



「……やるじゃねえか。引きこもりのお坊ちゃまのくせによ」



 熟練した技量、そして白龍の装甲を裂く膂力。



 トルソーラは剣士としても人並み外れている様子だった。



「神とは試練を乗り越え、人を超えた存在だ。


 マニューバーファイターのミニチュア程度に


 負ける余では無い」



「マニュ……何……?」



「何も覚えておらんのか?


 おまえの子供たち、勇ましきドラゴンの群れを焼き払った、


 鉄巨人の軍勢を。


 おまえが鉄人の力で余を討ちに来るとは、皮肉なものだがな」



「知るかよ」



 何を言われようが、ヨークに過去の記憶は無い。



 ただ倒すべき敵を倒すだけだ。



 そう思っていた。



 ヨークと対峙するトルソーラは、自身に向けられる殺意の大きさを感じ取っていた。



 初対面の相手に向けられるような熱量では無かった。



 トルソーラはその殺意の先に、かつての宿敵の姿を見た。



「それが記憶の無い男の殺意か。


 魂の奥底にまで、


 憎しみが染み付いているとでも言うのか?


 恐ろしいものだな。因果というのは」



「勝手に納得してんじゃねえよ……!」



(けど……)



 前世の因縁など、知ったことではない。



 そう思いつつ、ヨークは気持ちの奥底では、トルソーラを否定しきれてはいなかった。



(俺の中に、こいつを殺したいって衝動が有る。


 殺しなんて大嫌いなはずなのにな。


 俺は……前世に縛られてるのか……?)



 ヨークは人殺しが嫌いだ。



 たとえ敵であっても、生かせるものなら生かしてしまう。



 そんな甘っちょろい存在だ。



 だというのに、冷静にトルソーラの急所を狙う自分が居る。



 ヨークはそんな自分自身に戸惑いを覚えていた。



 世界のために、クリーンのために、トルソーラは殺さなくてはならない。



 …………本当に?



 誰かのためと言いつつ、神を殺すことに対して、妙に乗り気だったのではないか。



 いつものヨークであれば、まずは殺さずになんとかできる道を、探そうとしたのでは無いのか。



「どうした? 来ないのならこちらから行くぞ」



「ッ……!」



 トルソーラが前に出た。



 精緻な剣閃が、ヨークを圧倒していった。



「ヨーク!」



 苦戦するヨークを見て、ミツキが思わず叫んだ。



「く……! リミッター解除!」



 ヨークの叫びが、エクストラマキナの真の力を引き出した。



「む……!?」



 トルソーラの視界から、ヨークの姿が消えた。



「くっ!」



 側面に回り込んだヨークの剣を、トルソーラはかろうじて防御した。



「思った以上の性能が有るのか……!」



「悪いがなあっ!」



 今度はヨークがトルソーラを押す番になった。



 膂力の限界を超えた剣の波を、トルソーラは防ぎきれない。



 ついにトルソーラの頬を、ヨークの剣先が裂いた。



「ぐ……!」



 トルソーラは呻いた。



 そして次の瞬間、気合と共に叫んだ。



「らいっ!」



 トルソーラの体から、稲妻が放たれた。



 近距離から突然にはなたれた稲妻は、とても回避できるものでは無かった。



「ぐおっ!?」



 装甲越しに稲妻を受け、ヨークは膝をついた。



「剣だけでは余には勝てんぞ」



「そうですかぁっ!」



 ヨークは体勢を立て直し、トルソーラへの攻撃を再開した。



 剣をかわして後ろへ下がったトルソーラに、ヨークは手の平を向けた。



「む……!」



 白龍の手の平に、魔石が見えた。



 ヨークが念じると、魔石から水の槍が放たれた。



 だがトルソーラの剣は、水槍をたやすく切り裂いた。



「大した威力でも無いな。


 その機体は、接近戦用に造られた物だと見える」



「チッ……!」



 魔弾で仕留めることを諦め、ヨークは前に出た。



 斬り合いではヨークがやや有利だった。



 だがトルソーラは、様々な術を用いて、ヨークに手傷を与えていった。



「はぁ……はぁ……」



 ヨークは息を荒らげた。



 頬に傷を負っただけのトルソーラに対し、ヨークの装甲はボロボロだった。



 エクストラマキナは強力でも、中のヨークはレベル1の凡人だ。



 いちおう白龍には、ヨーク本体を守る機能が有る。



 とはいえ、受けたダメージは無視できるものでは無かった。



 このままでは、徐々に削り取られて負ける。



(こうなったら……)



 ヨークは鞘に魔剣を収めた。



 そして……。



「村雨」



 魔導抜刀の構えを取った。



 白龍の手のひらの魔石から、鞘へと魔力が充填されていった。



 トルソーラはそれを恐れること無く、興味深げに眺めた。



「ふむ。カナタが編み出した技か。


 あれの弟は、技を遺すことに成功したようだな。ならば……」



 トルソーラは、空中に鞘を創造した。



 そして自らの剣を、その中に収めた。



「…………!?」



 ヨークはトルソーラの鞘から、とてつもないエネルギーが立ち上るのを感じ取った。



「思い知らせてやろう。


 人に出来て、神に出来ぬ技は無いと」



「やってみやがれ……!」



 二人は剣を鞘に収めたまま、じりじりと距離を詰めた。



 そして、お互いがお互いを、剣の間合いへと収めた。



「ッ!」



 水の魔力と共に、そして膨らみ続ける殺意と共に、ヨークは抜刀した。



「遅い」



 一瞬遅れて、トルソーラが剣を抜いた。



 白龍の胸部装甲が裂かれた。



 ヨークの剣が、トルソーラに届くことは無かった。



「神威抜刀、龍断ち」



「がはっ……!」



 少しの間を置いて、胸の装甲から血が噴き出した。



 ヨークは地に崩れ落ちた。



「っ……!」



 ミツキは息を呑み、ヨークに駆け寄ろうとした。



 その足音は、ヨークの耳には届かなかった。



 それ以外の何かが、ヨークの意識を支配していた。



(あぁ……。


 俺の中心に……黒い何かが有る……)


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