7の29「神と収奪」



 ヨークは魔剣を抜刀した。



「それじゃ、行くぜ」



「…………」



 トルソーラは、余裕を持ってヨークを待ち構えた。



 それは神として当然の態度だ。



 そのはずだった。



 だが……。



 トルソーラの視界から、ヨークの姿が消えた。



 巨人の左側面で、ヨークが跳躍していた。



 鍛え抜かれたヨークの速さが、神の動体視力を上回ったのだった。



 ヨークは空中で、トルソーラの首を狙って剣を構えた。



「ぐっ!?」



 トルソーラは、慌てて左手を上げた。



 首に向かうヨークの前に、神の左手が立ちふさがった。



「チッ!」



 ヨークは瞬時に狙いを変え、トルソーラの手首を断った。



「ぐうう……!」



 攻撃を終えたヨークは、トルソーラの腕を蹴り、地面に着地した。



 それから少し遅れて、トルソーラの手も地面に落ちた。



 切断された手は、光を放って消滅していった。



「その剣……聖障壁殺しか……」



 トルソーラが、ヨークの魔剣を見て言った。



 通常の剣であれば、どれほど研ぎ澄まされていても、神の体には届かないはずだ。



 だというのにトルソーラの手首は、いともたやすく斬り裂かれた。



 それはつまり、ヨークがふるう剣が、聖剣と同様の性質を持っているということだ。



 そして、トルソーラが驚かされたのは、そのことだけでは無かった。



「それよりも……今の気配は……。


 カナタ……それにヨーグラウ……?


 余への恨みを晴らしに来たか」



「俺はヨーグラウじゃねえ。ヨークだ。


 恨みなんてねえよ。


 けど、おまえが真珠の輪を使ってやったことで、


 色んな人が不幸になった。


 ここで決着をつけさせて貰う」



「…………」



 トルソーラは、そのとき初めてヨークを直視した。



 そして。



「な……! 何だ……? そのレベルは……!?」



 トルソーラは超越者らしからぬ表情を浮かべた。



 クラスの力は、トルソーラが人々に与えたものだ。



 その気になればトルソーラは、人々のクラスとレベルを見破ることができる。



 ついさきほど、トルソーラはヨークのレベルを見た。



 神に知覚されたヨークのレベルは、神の常識を超えていた。



(…………神が俺にビビってんのか?


 邪神の呪縛とやらも有るんだろうが……妙な気分だな。


 負ける気がしねえ。弱い者いじめしてるみたいな気分だ。


 けど、こいつを倒さなきゃ、クリーンは帰ってこねえ。


 ……迷わずにやり遂げろ)



「行くぜ……!」



 決着をつけるために、ヨークは前に出た。



 そのとき、トルソーラが叫んだ。



「『収奪』!」



「う……!?」



 その一声だけで、ヨークの動きが鈍った。



 ヨークは自身の体から、力が抜け落ちていくのを感じた。



 隙を作ったヨークに、トルソーラの足が向かった。



「はあっ!」



 トルソーラの爪先が、ヨークの体を打った。



 動きを鈍らせたヨークには、それを避けることはできなかった。



「ぐうっ!?」



 ヨークの体が浮き上がり、そして地面を転がった。



「がはっ……! ごほっ……!」



 ヨークの口から大量の血が吐き出された。



「ヨーク!? ……風癒!」



 ミツキはヨークに駆け寄り、即座に呪文を唱えた。



「バカ……作戦通り……に……」



「ですが……!」



(治りが遅い……!?)



 力が抜け落ちたのは、ヨークだけでは無かった。



 ミツキの治癒術も、今までより格段に効力を落としていた。



 ヨークの傷がなかなか治らないのを見ると、ミツキはポーションを彼に飲ませた。



「ぐ……」



 ヨークが飲んだ回復ポーションは、最上級のものだった。



 だがヨークの傷は深く、中々立ち上がれない様子だった。



「肝を冷やしたぞ。ヨーグラウ」



 倒れたヨークを見下ろして、トルソーラがそう言った。



「何を……しやがった?」



「愚問だな。


 自身のクラスレベルを見てみるが良い」



「…………」



 ヨークは目を閉じて、自身のレベルを確認した。




______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 暗黒騎士 レベル1



SP ???+120389



______________________________





 極限まで上昇させたヨークのレベルが、スタート地点にまで戻されていた。



「クラスレベル1……」



「ヨーグラウ。


 おまえはクラスレベルというものを、何だと思っているのだ?


 クラス、そしてスキルとは、神々の加護。


 すなわち、余とガイザークの加護だ。


 世界樹を通して、余はクラスを、ガイザークはスキルを、人々に授ける。


 授けたモノは、取り上げることも出来る。


 おまえのクラスの力は、余が奪った。


 どうやってあれほどレベルを上げたのかは知らんが……。


 クラスレベルの力で余を倒そうなどと、愚かであったな」



「チッ……!」



 ヨークはトルソーラを見上げながら舌打ちした。



「終わりだ」



 トルソーラは、手中に剣を出現させた。



 そしてそれを、二人に向かって振り下ろした。



 巨大な剣が地面を叩き、世界樹を揺らした。



 そして。



「間に合ったでござるな」



「言うほど間に合ってますの?」



 トルソーラが剣を振り下ろした場所から、少し離れた地点。



 サンゾウがヨークを、デレーナがミツキを抱きかかえていた。



「サンゾウ……? デレーナ……?」



 ヨークは意外そうに二人の名を呼んだ。



 こんな事態は、作戦の内に入ってはいない。



「私が呼んで参りました! 非常事態なので!」



 いつの間にか、ヨークの前にレディスの姿が有った。



「……助かった」



 ヨークは素直に感謝を述べた。



「あっ……感激で鼻血が……」



 ヨークの感謝を受けたレディスは、どくどくと鼻血を流して倒れた。



 どうやら戦闘不能のようだ。



「…………」



 ヨークは呆れ顔になった。



「見なかったことにするでござる」



 サンゾウは倒れたレディスを、下層への階段に安置した。



 そしてトルソーラに向かった。



「久しぶりでござるな。トルソーラ」



「……誰だ?」



「ふむ。


 拙者など、取るに足らんゴミに過ぎぬということでござるか。


 それもまた一興」



 サンゾウの胸の辺りで、輝く物が有った。



 ヨークに折られたドラゴンのツノを、首飾りにした物だった。



 ツノの力が、サンゾウをドラゴンに変えた。



 緑色の竜が、トルソーラの前に立った。



「グオオオオオオオォォッ!」



 積年の闘志をこめて、ドラゴンが吠えた。



 それを見てトルソーラは、サンゾウの正体に思い当たったようだ。



「十二竜か。そして、女の方は神化の過程にある。


 二人でかかって来い……と言うのは自惚れが過ぎるか。


 ……来い。オート=ガルダ=ムゥ」



 トルソーラが命じた。



 そのとき。



 遥か下の地上で、何かが赤く輝いた。



 それは公園で眠っていた鉄巨人の目だった。



 鉄巨人は鈍い音を立てながら、2本の脚で立ち上がった。



 そして背中からエネルギーを放出し、天へと飛翔した。



 あっという間に世界樹の頂上に来た巨人は、トルソーラの頭上で滞空した。



「ドラゴン。おまえの相手はコレだ」



 鉄巨人はサンゾウを誘うように、世界樹の上を舞った。



(鉄屑が……!)



 幾多の仲間を屠った宿敵に対し、サンゾウは怨嗟を隠せなかった。



 ドス黒い衝動が、サンゾウの心の内を満たしていった。



(ヨークどのの事は任せたでござる!)



 サンゾウは全身に殺意をみなぎらせ、鉄巨人に飛びかかった。



 鉄巨人は素早く飛翔し、サンゾウの攻撃をかわした。



 そして手の平から魔弾をはなった。



 攻防を繰り返すうちに、サンゾウと鉄巨人は世界樹から離れていった。



 世界樹に残されたデレーナは、トルソーラに声をかけた。



「そろそろ私たちも始めませんこと?」



「良いだろう」



 トルソーラの体が輝いた。



 18メートルの巨体が消え、ヨークと同じくらいの背丈の男が姿を現した。



 その容姿は若々しく、まるで少年のようだった。



「それがあなたの本体というわけですのね」



「そうだな。


 鉄巨人を率い、ドラゴンの群れと戦うには、


 連中とサイズを合わせた方が都合が良かった。


 人と戦うのであれば、この方が良いだろう」



「デレーナ……。俺の剣を……」



 ヨークがデレーナに、弱々しい声をかけた。



「剣?」



 デレーナはヨークに疑問を返した。



 弱ったヨークの代わりに、ミツキが疑問に答えた。



「神の障壁は、全ての攻撃を阻みます。


 それを切り裂くには、


 聖障壁殺しを刻んだ特別な魔剣でなくてはなりません」



「刻んだ? あの、その魔剣はウチが貸した……」



「今はそんな場合ではありません!」



 ミツキはそう言うと、ヨークの魔剣をデレーナへとほうった。



「どうも」



 デレーナは、ヨークの魔剣を持って構えた。



 トルソーラも剣を創造し構えた。



 敢えて似せたのか、トルソーラの剣の見た目は、ヨークの魔剣に良く似ていた。



「参りますわ」



「来い。カナタ」



 デレーナの方からしかけた。



 デレーナとトルソーラの斬り合いが始まった。



 デレーナの鋭い斬撃を、トルソーラは揺らがずにいなしていった。



「っ……! さすがは神様ですわね……!」



 力負けしている。



 そう気付いたデレーナは、表情に焦りを滲ませた。



 トルソーラは冷静な表情で、デレーナを観察していた。



 そして何かに気付いた様子を見せた。



「まさかオマエは……リーンが気に入っていた女か?」



「何の話ですの?」



「記憶が変わり、種族すら変わっても、ここまでたどり着くとは。


 それも、ヨーグラウと共に。


 実に興味深いな。


 運命という、神の手すら及ばぬ力のことを、考えざるをえない。


 ……だが、運が悪かったな」



「え……?」



「クラスレベル100程度でここまでやれるとは。


 おまえの心身が、神に近付いている証拠だ。


 おまえ一人なら、余を討てていたかもしれんものを」



 トルソーラが攻めに転じた。



 その圧力を受け、デレーナは後退を強いられた。



「ッ……! どういう意味ですの……!?」



「余はヨーグラウから、クラスレベルを『収奪』した。


 ヨーグラウが蓄えたエクストラザイロイドパワーが、


 そのまま余の力になったということだ。


 惜しい。実に惜しいが、おまえでは余に勝てん」



 トルソーラとガイザークは、お互いに力を封じ合っている。



 それ故に、超人的な力を持ってさえいれば、人間でも神々を討つことはできた。



 そのはずだった。



 だが、ヨークは二人の神に対処するために、人を遥かに超えたEXPを蓄えてきてしまった。



 ヨークのEXPは、クラスの力を司るトルソーラにとって、良い餌となった。



 そのせいでトルソーラとデレーナには、隔絶した実力差が産まれてしまっていた。



 実力の差は、たやすくデレーナに隙を作った。



「あうっ!?」



 トルソーラの剣が、デレーナの肩を斬った。



 その勢いで、デレーナはしりもちをついた。



 その手から魔剣が落ちた。



 彼女の肩に血が滲んでいった。



「決着だな」



 トルソーラは座り込んだデレーナに対し、剣を振りかぶった。



「止めろッ!」



 ヨークがトルソーラを怒鳴りつけた。



 トルソーラは剣を下げ、ヨークへと向き直った。



「なぜ止める。順番が変わるだけだというのに。


 おまえが蓄えた膨大なEXPゆえに、


 誰も余を倒すことは出来ん」



「まだ……終わっちゃいねえよ」



「む……?」



 トルソーラは気付いた。



 いつの間にかヨークの左手に、白銀の籠手がはめられているということに。



「エクストラマキナ、白龍」



 ヨークは光に包まれた。



 そして光が消えた時、彼は白銀の鎧に包まれて立っていた。



「ミツキ。デレーナの手当てを頼む」



「はい。お任せ下さい」



 ヨークはデレーナとトルソーラの間に割って入り、魔剣を拾い上げた。



「第2ラウンドだ。神様」



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