7の28「神と対面」



 リーンはクリーンと別れ、ザックスの家に向かった。



 そして家の応接間で、彼と二人きりになった。



「何かしら? 話というのは」



 リーンはザックスに向かってそう尋ねた。



「クローン=リーンの話です」



「…………」



「あのクローンには、トルソーラさまの魂が宿っているという話でしたな?」



「ええ」



「いつ目覚めるのですか。トルソーラさまの心は、力は」



「そんなの、分からないわ」



「……本当は、目覚めないのではないですか?


 我々に宿る魂も、


 多くは何者かの魂が


 輪廻したものであるはず。


 ですが、前世の記憶に目覚めたという話は、聞いたことがありません。


 ……術は失敗だったのでは無いのですか?


 人は……神ですら、魂だけでは個足りえないのでは?


 神の肉体を失ったトルソーラさまは、


 トルソーラさまではありえないのではないですか?」



「まだ……分からないわ。


 結論を出すには早すぎる」



「本当にそうお考えですか?」



「何よ?」



「よもや、娘に情が移ったのでは無いでしょうね?」



「まさか。


 愛する人との娘ならともかく、彼女はただのクローンよ?


 母親としての感情なんて


 抱くわけが無いでしょう?」



「……そうですか。


 ならば娘の見極めには、


 どれだけの期間が必要だとお考えですか?」



「それは……。


 せめて……人として一人前になるまでは……。


 16歳、成人になるまでは、待った方が良いんじゃないかしら?」



「なるほど。分かりました。


 16歳になっても神として目覚めなければ、


 魂を元の肉体に返す。


 そういうことでよろしいですかな?」



「……待って。


 私たちの目的は、ガイザークを倒すことでしょう?


 神の記憶が無くても、ガイザークに届くだけの力が有れば良い。


 そうでしょう?」



「確かに。


 それでは、さっそくクローンに聖水を飲ませることにしましょう。


 それで戦士としての適正は測れる」



「聖水は、成人式の日に飲ませるのが決まりでしょう?」



「大事の前に細かい決まりなど、放っておけば良いと思いますが」



「焦らないの。急いては事を仕損じる、よ」



「分かりました」



 リーンとクリーン、親子の日々が過ぎていった。



 それは、特に大きな事件などは起こらない、ゆったりとした毎日だった。



 それでも時は、刻一刻と過ぎていった。



 クリーンはすくすくと育っていった。



 やがて成人式の日がやってきた。



 赤肌の民の村にも、小さな神殿が有った。



 クリーンはそこで村の子たちと一緒に、スキルを授かることになった。



 彼女は祭壇の前に立ち、用意された聖水を飲んだ。



 祭壇の向こう側には、ザックスの姿が有った。



 この村は、外界からは隔絶している。



 まともな神官が派遣されることもなかった。



 それで村の年長者が、神官の真似事をしているのだった。



「ふむ……」



 ザックスが、祭壇に置かれた水晶を覗き込んでいた。



 スキル判定のための魔導器だった。



 水晶に表示されたクリーンのスキルを、ザックスの目が読み取った。



「クリーンのスキルは『聖域』のようだな」



「『聖域』?」



 クリーンがザックスに疑問を向けた。



「何それ?」



「聞いたことない」



「強いの?」



 聞き覚えの無いスキルに、村の子供たちが、次々と疑問符を発した。



「落ち着きなさい」



 リーンがそう言うと、子供たちは静まった。



 それからリーンはクリーンに声をかけた。



「クリーン。あなたはどうやらレアスキルを授かったようね。


 スキルの効果は私が調べておくから、


 今日はもう遊びに行っても良いわよ」



「……わかりました」



「行こう。クリーンちゃん」



 クリーンは同年代の友人に連れられて、神殿を出て行った。



 他の大人たちも神殿を去った。



 神殿には、リーンとザックスの二人が残された。



「…………」



 リーンは硬い表情で、ザックスと向かい合った。



「決まりですな。


 『聖域』は魔獣の力を弱める、最も戦士に向かないスキル。


 失われた聖剣の代わりになるはずも無い。


 それにクローンの気性も、戦いには向いていない。


 クローンに宿った魂をトルソーラさまに返し、


 次の神託を待ちましょう」



「……待って」



「何ですかな?」



「クリーンが『聖域』を授かったのには、


 何か意味が有るのかもしれない。


 ちょうど、次の聖女を決める時期が来ている。


 あの子に聖女の試練を


 受けさせてみてはどうかしら?


 試練を通して彼女の力が覚醒するかもしれない」



「賢明とは思えませんな。


 ……ですが、良いでしょう。


 試練が終わるまでに、心の整理をつけておいて下さい」



「整理?」



「いえ。何でも」




 ……。




 リーンはヨークたちの前で、昔話を終えた。



「結局……整理などついていなかったというわけね。私は。


 ヨーク。あなたにクリーンをさらって欲しかった。


 あの子をどこか遠い世界まで、


 連れて行って欲しかった。


 けど、うまく行かないものね。


 クリーン……」



 リーンはクリーンの頬を撫でた。



 クリーンは、虚ろな目をしていた。



 その顔色には生気が無い。



 死が近付いているということか。



「諦めてんじゃねえぞ」



 ヨークがリーンに向かって口を開いた。



「え……?」



「まだクリーンの肉体は生きてる。


 トルソーラから魂を取り戻せば、クリーンは生きられる。


 そうだろう?」



「……そうね。


 今、この子とトルソーラさまは、世界樹をパスとして繋がっている。


 トルソーラさまが死ねば、魂はクリーンに戻ってくるわ。


 だけど……」



「だけどもクソもねえ。


 やることが分かってるなら、やるだけだ」



 闘志を見せたヨークに対し、ザックスが口を開いた。



「愚かな。


 神に敵うはずが無い」



 彼の言葉などは、ヨークにとってはどうでも良いものだった。



「あっそ」



 ヨークはそう吐き捨てて、ミツキに意識を移した。



「行くぞ。ミツキ」



「はい」



 道のりの果てには、恐るべき神が待ち受けていることだろう。



 だが一片の怯懦も無く、ミツキは頷いてみせた。



 二人はリーンの家を出た。



 そして村を出て、迷宮の16層へと駆けていった。




 ……。




 そして世界樹の頂上。



 ヨークとミツキの前で、巨人が椅子に腰かけていた。



「よう。トルソーラ」



 ヨークは巨人に声をかけた。



「…………?」



 クリーンの魂を持っているとはいえ、トルソーラにとって、ヨークは初対面の相手だ。



 見知らぬ闖入者を前に、トルソーラは疑問符を浮かべてみせた。



「俺が分からねえか?


 クリーンだった時のこと、何も覚えちゃいねえのか?」



「クリーン? 何だそれは?」



「……そうかよ。


 確認しとくが、おまえの目的は魔族を殺すこと。


 そうだな?」



「神を快楽殺人者のように言うな。


 余の目的は、人族だけが暮らす楽土を築くこと。


 魔族の抹殺は、その手段に過ぎぬ」



「もうちょっと、仲良くできねーモンかね」



「そこに命が有る限り、収奪は発生する。


 生命というものが持って産まれたカルマ、


 自然の摂理だ。


 余はそれを、神の尺度でやろうとしているというだけの話だ」



「収奪……ねえ。


 たしかに生き物ってのは、


 何かを食いつぶさないと生きてはいけないんだろうさ。


 けど、人間同士くらい対等じゃねえと、


 据わりが悪いぜ。俺は」



「それはおまえが収奪に無自覚なだけだ。


 おまえのように美しい者が、


 凡人と対等であるはずが無い。


 いつかどこかで、必ず人を踏み台にする」



「そういうもんか?」



「そうだろう?」



「なるほど?


 ……結局、魔族の抹殺を止めるつもりは無いってことだな」



「無論」



「仕方ねえな。クリーンの為でもあるし。


 本当は、人殺しとか趣味じゃねえんだけどよ。


 おまえを殺しに来たぜ。神様」



「……………………」



 堂々としたヨークの物言いに、トルソーラは眉をひそめて沈黙した。



 ヨークがしばらく待つと、トルソーラは口を開いた。



 そしてこう尋ねてきた。



「何だ貴様は?


 阿呆……なのか?」



「何がおかしい?」



「神である余を殺すなどと、正気の沙汰とは思えん」



「えらっそうに。


 神がそんなに偉いのかよ」



「当然のことをわざわざ……。真性の狂人か?」



「てめぇだって、


 俺を使って迷宮の神を殺すつもりだったんだろうが。


 人が神を殺して何が悪い」



「ガイザークを? おまえが?


 ふむ……。カナタに匹敵する剣士が生まれたということか。


 だが、どうして余の目的を知っている?」



「さて、スキルの力かな?」



「ふむ……?


 おまえは混血のようだが、魔族の刺客というわけか。


 だが……刺客を通すとは……。


 リーンたちは何をやっている?」



「腰痛がつらいんだろうさ。おばあちゃんだからな」



「なるほど。若作りだが、あれもいい年だからな。


 少し休みを取らせた方が良いかもしれんな」



「そうしてやれ。さあ、やろうぜ」



「……不遜な」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る