7の25「クリーンと故郷の村」


「……これくらいかな。私がキミにした仕打ちというのは」



 ニトロは過去を語り終えた。



 ヨークの父を手にかけ、母を連れ去ったことを。



「…………」



 ヨークは黙ったまま、ずっとニトロの瞳を見ていた。



 両親の結末を知らされたにしては、ヨークの表情は平静だった。



 むしろ動揺を見せたのは、ニトロの仲間の神殿騎士たちだった。



「おい……!」



 焦りと怒りが混じったような顔で、リドカインはニトロを睨んだ。



 ニトロはリドカインに、活力の無い笑みを返した。



 そしてこう尋ねた。



「何かな?」



 対するリドカインは、生命力に満ちた怒声をニトロに浴びせた。



「何って……分かってんのかよ!?


 テメェは今……禁忌を犯したって言ったんだぞ!


 よりにもよって、神殿騎士の俺たちの前で!」



 第三種族との間に子を作ることは、王国において最大級の禁忌だ。



 よりにもよって皆の規範となるべき大神官が、その罪を犯すとは。



 到底許されることでは無い。



 そんな罪を告白した直後だと言うのに、ニトロの様子は平穏そのものだった。



「うん。そうだね」



「そうだねって……」



「不潔……不潔です……」



 聖女トトノールは、ニトロへの軽蔑を隠さなかった。



 神に仕える者として当然の反応だろう。



「どうして……!?」



 ニトロを慕うサッツルは、怒るよりも戸惑っている様子だった。



 そんな彼らに対し、ニトロは自身の胸の内を語った。



「頃合だと思っただけさ。


 サレンは私にはもったいないくらいに立派な娘に育った。


 私は親としての役目を果たした。


 そして少年。キミが来た。


 デレーナという怪物を上回る強さを身に付けて、私の前に現れた。


 キミは私にとってのゴールだ。


 さあ、終わりにしようか」



 ニトロは抜刀し、剣先をヨークに向けた。



 そしてリドカインたちに声をかけた。



「私を罰するのは、


 目の前の敵を除いた後にすると良い。


 その時に、私が生き残っていればだけどね」



「てめぇ……!」



 リドカインは顔面を怒気に染めながらも剣を構えた。



 残りの神殿騎士たちも武器を構えた。



 そしてヨークに殺意を向けた。



 だが。



「悪いけどよ……」



 神殿騎士たちの視界から、フッとヨークの姿が消えた。



「ぐっ……!」



「が……あ……」



「うぅ……」



「くうっ……!」



 ニトロが、リドカインが、サッツルが、トトノールが。



 鈍い痛みを受けて、神殿騎士たちは倒れていった。



 痛みの正体は、ヨークの単純な打撃だった。



 実力に差が有りすぎる。



 彼らは攻撃の正体を掴むことなく、あっさりと無力化されてしまった。



 致命傷を負った者は、一人として居ない。



 今のヨークにとっては、殺さずに相手を無力化するのも、実にたやすい事だった。



 ヨークは倒れたニトロに声をかけた。



「俺はアンタのゴールなんかじゃねえよ。ニトロさん」



「どうして……?」



 どうして自分を殺さないのか。



 ニトロはヨークにそう問いかけた。



 それに対するヨークの答えはシンプルだった。



「……嫌いなんだよ。人殺すの。


 急いでんだ。先に行かせてもらうぜ」



「待っ……」



 倒れた神殿騎士たちの間を抜け、ヨークとミツキは転移陣に入った。



 そして陣を起動させ、室内から姿を消した。



 ニトロは人生のゴールを得ることができず、置き去りにされてしまった。



 神殿騎士に構っている暇など、今のヨークには無い。



「急ぐぞ」



 ヨークがミツキにそう言うと、ミツキは短く答えた。



「はい」



 世界樹の迷宮に転移した二人は、上を目指して走り始めた。




 ……。




「あの……」



 クリーンは自宅に居た。



 田舎にしては立派というくらいの、素朴な木造の家だ。



 彼女は自宅の一室で、椅子の上で縛られていた。



 通常の縄では、彼女相手に役には立たない。



 頑丈な鎖が、クリーンの体に巻きついていた。



 そしてクリーンの足元には、魔法陣が描かれていた。



 それが何を意味するものなのか、クリーンにはわからなかった。



「…………」



 室内には、他にリーンの姿が有った。



「結局、何のつもりなのですか? おばあちゃん」



 クリーンは、穏やかにそう問いかけた。



 目の前の人物が自分を害するとは、毛ほども思っていないのだった。



 クリーンの問いに対し、リーンは冷たい表情を作った。



 そしてこう言った。



「私はあなたのおばあちゃんなどでは無いわ」



「何を言っているのですか? おばあちゃんはおばあちゃんなのです」



「違うのよ」



「…………?」



「あなたに両親など居ない。


 だから祖父母も居ない。


 あなたはただ、神の目的のために創られた存在。


 あなたは私の複製。ただのクローン。


 出来損ないの器。


 クローン=リーン=ノンシルド。


 それがあなたの正体よ」



「……何を言っているのか分からないのです」



「……分かりやすく教えてあげる。


 もし時間までにヨークが来なければ、あなたは死ぬのよ。


 その足元の魔法陣が発動してね」



「はあ。そうなのですか」



「……この状況が分かってるの?」



「はい。


 ヨークは来るから、私はだいじょうぶということですね?」



「……………………」



 そのときリーンのスキルが、ヨークの接近を捉えた。



「来た。……ヨーク=ブラッドロードが来た」



 リーンはそう呟くと、転移して部屋から消えた。



「私、このままなのですか?」



 取り残されたクリーンに答える者は、誰もいなかった。




 ……。




「何だこりゃあ……」



 ヨークは戸惑いの声を上げた。



「村……ですか?」



 世界樹の迷宮、15層。



 草原の地層。



 迷宮を突き進んでいたはずのヨークたちの眼前に、人家の群れが現れた。



 村だ。



 ラビュリントスにおいては、99層までを踏破しても、家などは見当たらなかった。



 世界樹の迷宮においては、ラビュリントスの常識は通用しないらしい。



 初めての出来事を前に、ヨークたちは呆気に取られた。



 ヨークたちは周囲を警戒しながら、村へと足を踏み入れた。



 そしてそのまま、村の中央辺りへと歩いていった。



 そのとき。



「…………!」



 家屋の扉が、一斉に開いた。



 そしてそれぞれの家から、武器を持った人々が姿を現した。



「赤いな……」



 ヨークはそう呟いた。



 武装した村人たちは、皆が赤い肌をしていた。



 リーンやクリーンと同じ色だった。



「クリーンさんの親戚ということでしょうか?」



「ここがクリーンの村かよ? まさか迷宮育ちとはな。


 道理で変な女だと思ったぜ」



「あなた……」



 リーンの声が聞こえた。



 ヨークの前方に、彼女の姿が浮かび上がっていた。



 彼女はいつものように、仮面によって表情を覆い隠していた。



「クリーンの悪口は止めてもらえるかしら?」



 空中からヨークを見下ろして、リーンがそう言った。



「よう。誘拐犯。


 クリーンはどこに居る?」



「私たちを倒せたら、会わせてあげるわ」



「なんだ。楽勝だな」



「……そうかもしれないわね」



 リーンを含めた村人たちが、ヨークに襲いかかってきた。



 戦いは、5分と続かなかった。



 村の戦士たちは屈強だった。



 その全てが、上級冒険者を超えるほどの武力を有していた。



 だがその程度の次元、ヨークは王都を訪れる前に、既に超越している。



 神の次元を目指すヨークたちにとって、村人たちは敵では無かった。



 村はあっという間に、ヨークとミツキに制圧された。



 死者はいなかった。



「……さすがね」



 ヨークの眼前で、リーンが倒れ伏していた。



 仰向け。



 その仮面は、向かって右側が砕けていた。



 彼女の表情の半分だけが、ヨークの視界に晒されていた。



「こうなるって、予想出来なかったのかよ?」



 ヨークは尋ねた。



 ヨークとリーンは、既に一度交戦している。



 さらには聖女の試練でも、実力を見せつけている。



 実力差は明らかだった。



 だというのに、こうして戦う必要は有ったのか。



 ヨークにはわからなかった。



「ふふっ。どうかしらね」



 リーンは自嘲するような笑みを浮かべた。



「私たちは敗れた。さあ、クリーンを連れて行って」



「……何がしたかったんだよ。おまえは」



「…………」



 リーンは無言を保とうとした。



 だが。



「ッ!」



 何かに気付いたような顔で、リーンはバッと上体を起こした。



「……?」



 急に焦りを見せたリーンを見て、ヨークは疑問符を浮かべた。



「クリーン!」



 そう叫んで、リーンは姿を消した。



「何だ!? どこに行った……!?」



「…………」



 ミツキはフードを外すと、耳をぴくぴくと動かした。



「向こうです!」



 ミツキは走り出した。



 ヨークもその後に続いた。



 ミツキはクリーンの自宅へと駆け込んでいった。



 そして、クリーンの気配が感じられる部屋の扉を開いた。



「…………!?」



 室内の光景を見て、ミツキは目を見開いた。



「そんな……」



 ミツキの視界の中で、リーンが弱々しい声を漏らしていた。



 ヨークとミツキは、椅子に縛り付けられているクリーンの姿を発見した。



 彼女の足元で、魔法陣が強い輝きを放っていた。



 魔法陣はさらに一際強く輝き、そして光を失った。



「終わりましたな」



 ぐったりと動かないクリーンの隣で、老人が口を開いた。



 彼の名はザックス。



 この村の長老だ。



「あなたが魔法陣を発動させたの……?」



 リーンがザックスに尋ねた。



「ええ。その通りです」




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