『敵強化』スキルを笑われて幼馴染に置いていかれた俺のレベルが有頂天でおさまる所を知らないので、助けたケモミミ美少女奴隷とイチャイチャしながら迷宮の最深層目指すことにした＿神魂のニルヴァーナカクヨム版

７の２２「赤子と強奪」

　殺さずに済ませるために、リュークを石にした。

　だが果たして、石にするのと殺すのとで、何が違うというのだろうか。

　無惨に石になったリュークを見ると、ニトロはそう思わざるをえなかった。

　とはいえもう、引き返すことなどできない。

　一の悪行に手を染めたなら、二の悪行を果たさねばならない。

　ニトロは心を落ち着けて、悪魔の色に染めていった。

　気持ちに区切りがつくと、ニトロはリュークを抱きかかえた。

　冷たくなったかつての友を抱き、ニトロは歩いた。

　ニトロは正体を隠し、旅人のふりをして、石化したリュークを村に送り届けた。

　村の人たちには、リュークは魔獣にやられたのだと嘘をついた。

　彼らは素直にニトロの言葉を信じた。

　死因がもっとわかりやすいものであれば、村人たちもニトロを疑ったかもしれない。

　だが、全身を石にするという恐ろしい手口は、犯人がバケモノだという話に説得力を与えていた。

　村人たちは、素直にリュークの死を悲しんだ。

　リュークの葬儀が開かれた。

　リュークは石のまま、墓地に埋葬された。

　そして……。

　ニトロは何食わぬ顔で、セイレムの元を訪れた。

「セイレム」

「ニトロさん……！」

　玄関を抜けてすぐのダイニングで、二人は再会を果たした。

「聞いたよ。リュークのことを」

　村を訪れたのは、今日が初めてだ。

　ニトロはそんな素振りで、セイレムに声をかけた。

「…………」

　セイレムはニトロをふしぎそうに見た。

「どうしてここが……？」

　行き先を告げてはいないのに、どうやって探り当てたのだろうか。

　彼女はリュークと同じ疑問を抱いたようだった。

　対するニトロは、本当のことを言うつもりは無かった。

「……情報網が有るんだ。商会には。

　リュークは商会の次男だったからね。

　私の所にも、訃報が届いたというわけだ」

　リュークの実家、ブラッドロード商会は、大商会だ。

　ニトロはそれを、話をごまかす材料に使うことにした。

「そうなのですね」

　セイレムはすんなりと、ニトロの嘘を受け入れたようだった。

　そして彼にこう言った。

「大したおもてなしも出来ませんが、どうかお掛け下さい」

「……うん」

　言われたままに、ニトロは椅子に座った。

　そして室内を見回した。

（本当に、粗末な部屋だ。

　大商会の次男が、一年もこの暮らしをしていたのか。

　……本当に好きだったんだな。彼女が。

　そして、私はそれを引き裂いたというわけだ。

　…………それがどうした）

　胸に走った痛みを、ニトロは押しつぶした。

（こうすると決めた。

　決めたことを行うだけだ）

　そのとき。

「あ……」

　何かに気付いた様子で、セイレムが声を漏らした。

　ニトロは内心でギクリとした。

　自分の悪行に関して、何か気付かれたのではないか。

　汚れた手を持つ男は、ついそんなふうに考えてしまう。

「……何かな？」

　内心を悟られないよう、ニトロは平然を装って尋ねた。

「結婚、なされたのですね」

　彼女の視線は、ニトロの左手に向けられていた。

　そこには結婚指輪が有った。

「……まあ」

　ニトロは気の無い返事をした。

　彼はその指輪に、何の価値も感じてはいなかった。

　亡き妻を想う、傷心の夫。

　その仮面を被るための、ただの小道具だった。

「そうですか」

　そのとき、ベビーベッドで赤ん坊が泣いた。

　セイレムは、赤ん坊の方へ駆けて行った。

　我が子に笑いかけるセイレムを、ニトロは直視することが出来なかった

　……。

　ニトロは十日ほど、セイレムの家に滞在した。

　セイレムはニトロに優しかった。

　彼女は自分のことを嫌っていない。

　……そう思い込めるほどには。

　ニトロは覚悟を決め、彼女に話をもちかけることにした。

「私と暮らさないか？」

「え……？」

「キミのことがずっと好きだった。

　キミがリュークを好きだと知っていたから、

　我慢していたけど……。

　私と一緒に居て欲しい。頼む」

　ニトロは頭を下げた。

「私は……」

　ニトロは頭を上げた。

　セイレムの目から、ぽろぽろと涙が零れているのが見えた。

「リュークさんを愛しています。あなたのことは友人としか思えません」

　セイレムは、きっぱりとニトロを拒絶した。

　どうして泣くのか。

　想いを拒まれた自分に、同情でもしているというのか。

　ニトロにはわからなかった。

　ただ、自分はやはり、まっすぐな口説き文句などでは、恋を手にすることはできないらしい。

　ニトロはそう悟った。

「そうなのか……。

　あいつが居なくなっても……私は……………………」

　いまさら迷う理由など無い。

　だがそれでも、ニトロが次の手段に移るには、少しの時間を必要とした。

　そして。

「『暗示』」

　ニトロは神から授かった力を、セイレムに行使した。

　ニトロの赤く輝く瞳に照らされ、セイレムの表情が、ぼんやりと緩んだ。

「う……？」

「もう眠る時間だ。ゆっくりとお休み」

「……はい」

　セイレムは、テーブルに体重を預けた。

　そして寝息を立て始めた。

　後はさらうだけだ。

　だが、一つだけ心残りが有った。

（赤ん坊は……）

　テーブルの近くに有るベビーベッドで、ヨークが眠っていた。

　赤ん坊は両親を奪われて、一人になろうとしていた。

　いまさら何だという話ではある。

　ニトロは彼の父親を襲い、死人も同然にした。

　完全なる外道の業だ。

　いまさら赤ん坊の一人くらい、どうでも良いことでは無いのか。

　だというのに、ニトロは彼をそのままにしておくことは、なぜかできなかった。

　ニトロは紙と筆を探すと、文をしたためた。

　そしてヨークを籠に入れ、その籠を持ち上げると家を出た。

　ニトロが向かったのは、村の小さな神殿だった。

　神殿の扉は開いていた。

　ニトロは礼拝堂に入った。

　彼は誰も居ない礼拝堂の、奥の祭壇まで歩いた。

　そして祭壇に、ヨークが入った籠を置いた。

　籠の隣には、手紙と金貨の入った袋を置いた。

　ニトロはヨークに背を向けた。

「うぇぇ……」

　いつの間にか、ヨークは目を覚ましていた。

　カゴの中で、赤ん坊は泣いた。

　母親を呼んでいるのだろう。

「…………！」

　その泣き声を聞かずに済むように、ニトロは駆け出した。

　一直線でセイレムの家に戻り、彼女を抱き上げた。

「大賢者様……！　お願いします……！」

　一刻も早く、この場から離れたい。

　そんな急き立てられたような声で、ニトロはリーンを呼んだ。

「まったく……」

　リーンが室内に現れた。

「この私に、人さらいの片棒を担がせるなんてね」

「…………」

「代償は払って貰うわ。必ずね」

　直後、家からニトロたちの姿が消えた。

　翌朝、老神官が、祭壇でヨークの姿を見つけた。

　ヨークの隣には、手紙と金貨も置かれていた。

　神官は金貨を自分の懐に入れたが、ヨークのことは大切に育てた。

　ヨークも神官を慕ったが、神官はヨークが１０歳の時に、病で死んだ。

　……。

「ん……」

　セイレムは目を覚ました。

　どうやら自分の体は、ベッドに横たわっているようだ。

　彼女はすぐにその事に気付き、上体を起こした。

　そして周囲を見ると、前方に鉄格子が見えた。

　彼女は牢の中に居るらしかった。

「おはよう」

　牢の隅に、ニトロが立っていた。

　彼は無表情で、目の下には隈が出来ていた。

「ここは？」

「我が家の地下室さ」

「家に牢屋が有るのですか？」

　王都の権力者の別世界の文化に、セイレムは驚きを見せた。

　対するニトロは、一般常識でも語るような口調でこう答えた。

「いつの時代も、趣味の悪い金持ちは居るものだよ」

「私はどうしてここに？」

「私がさらったからさ」

　衝撃の事実を告げられた時、セイレムが最初に見せた反応は、自己防衛では無かった。

　彼女は慌てて周囲を見回し、母の顔でこう言った。

「……ッ！　ヨークは……！？

　ヨークはどこに居るのですか……！？」

「あの子は村の神殿に預けて来た。

　心配するな……とは言えないね。

　我が子と引き離されて……ははは。言えたもんじゃない」

　ニトロは無表情のまま、喉だけで笑った。

「どうしてこんなことを？」

「キミが欲しかった。

　リュークに渡したく無かった。だから、奪った」

「……あなたも奥さんがいらっしゃるのでしょう？」

「死んだよ」

「え……？」

「私が殺した。……もう良いだろう？　あんな雌豚の話は」

「嘘です」

「ハァ？」

「ニトロさんは、大切な家族を手にかけるような人ではありません……！」

「キミに私の何が分かる！

　キミがリュークと手を繋いでいるのを見るたび、

　はらわたが煮え滾る想いだった！

　醜い嫉妬と殺意の塊が、

　ずっと私の奥底で蠢いていた！

　それが私の本性だ！

　見てみないフリをしていただけだ！

　あの豚のおかげで……私はようやく自分の本心に気付けた！」

「…………」

「気付いていないのか？

　リュークの奴も、私が殺してやった。

　自分であいつを殺しておいて、

　平気な顔をして、キミの元を訪れたというわけさ」

「嘘です」

「嘘じゃない」

「リュークさんは生きています」

「…………！」

「そう感じますから」

　セイレムの口調からは、一片の迷いすら感じられなかった。

　夫婦の愛だとでも言うのか。

　愛しているから感じられるとでも言うのか。

　ニトロの脳を、苛立ちの痛みが突いた。

「あいつは死んだ！」

「あっ……！」

　ニトロはセイレムを、ベッドに押し倒した。

　そして奪った。