7の17「踊りとアシュトーの話」



「面倒くせえなこいつ……」



 ヨークは言葉通りの渋い顔を見せた。



 レディスはヨークの奴隷のような存在になりたがっているらしい。



 だがヨークからすれば、そんなものは1ミリたりとも必要としていない。



 人を奴隷扱いするなど、気持ち悪いだけだと思っている。



 とっとと自分の前から消えて欲しい。



 それがヨークの正直な気持ちだった。



 とはいえ、素直にそう言うだけでは、レディスは納得しないだろう。



 どう言葉を選べば良いのか。



 ヨークは思案した。



「ええと、それじゃあ……。


 不測の事態に備え現状を維持し、待機していろ」



 ヨークの言葉は要するに、今まで通りに普通にしていろというものだ。



 特に大した命令でも無いのを、ちょっと固い言葉を使って、それらしく見せている。



 ……レディスは教師だ。



 多彩な学問を習得しており、その中には修辞学も含まれる。



 そんな彼女がこんなモノでごまかされてくれるものか。



 ヨークはそう思いながら、レディスの反応をうかがったのだが……。



「はい!」



 レディスは嬉々として、ヨークの命令に頷いた。



 そして。



「んっ……んううぅぅぅぅっ!」



 頬を紅潮させ、その全身をビクビクと震わせた。



「何事!?」



 予想を遥かに超えるリアクションに、ヨークは恐れおののいた。



「あるじさまから命令をいただけたのが嬉しくて、つい恍惚としてしまいました」



「自宅待機で!?」



「また命令して下さいね」



 命令なら何でも良いのだろうか。



 ヨークの心中が、疑問符だらけになった。



 だが、それを口にすれば、さらなる深淵を覗き込むことになるかもしれない。



 そう思ったヨークは、疑問をさらりと流してしまうことにした。



「……気が向いたらな」



「あの、それとですね」



「何だ?」



「今まで通りということは、


 迷宮でかわいい冒険者の血を吸っても構わないということでしょうか?」



「おまえ何してんの?」




 ……。




 レディスに放置プレイをかまし、ヨークたちは三人になった。



 ミツキ、クリーンと共に、ヨークは宿への道を歩いた。



 道中で、クリーンが口を開いた。



「まさかレディス先生が、あんな人だったなんて……」



 クリーンにとってのレディスは、優雅で毅然とした淑女だった。



 クリーンは彼女に対し、憧れすら抱いていたほどだ。



 そんな彼女の本性がアレだったことに、クリーンはショックを感じているようだった。



 クリーンの気持ちに対し、ヨークは共感を見せた。



「まともな人だと思ってたのになぁ。


 ……そういやクリーン。おまえ、これからどうするんだ?」



「そっちの方こそ、どうするのですか?」



「倒さなきゃなんねえ奴が居る。


 そいつを倒すまでは、その先のことは考えらんねえ」



「だったら、私も一緒に戦うのです」



「別に良いよ。こいつは俺たちのケンカだ」



「遠慮はいらないのです。


 私の応援は、ちょっとしたモノなのですよ?」



「そうか」



「はい」



 ヨークたちは、宿屋にたどり着いた。



 宿の前に、バニの姿が見えた。



「ヨーク!」



 バニはヨークの姿に気付くなり、彼に駆け寄って来た。



「俺を待ってたのか?」



「中々帰ってこないから心配したわよ」



「そうか。悪いな」



「別にぜんぜん悪くは無いけど……。


 どうだったの? 聖女の試練って」



「結論を言うとな、負けた」



「えー? ヨークが居てもダメなんだ?」



「ダメなんだな。これが」



「ひょっとして、クイズでも有った?」



「無くも無かった」



「聞かせて。詳しい話」



「もう夜中だぞ~?」



「聞きたいもん」



「分かったけど、まずは風呂入るわ」



「うん」



 ヨークは体を綺麗にすると、バニたちと夜更かしをした。



 その翌日。



「バニ。起きろよ。バニ」



 ヨークのベッドで眠るバニを、ヨークが揺り起こした。



「ん……」



 するとバニが目を覚ました。



「あれ……? ヨーク?」



「話の途中で眠っちまっただろ。忘れたのか?」



「あっ……」



「キュレーが心配するぞ。一回戻っとけ」



「……そうね」



 ヨークはバニと一緒に廊下に出た。



「あっ」



 そこでバニは声を漏らした。



「おっ」



 バジルに出くわしたからだ。



 表情に妙な達成感を滲ませて、バジルはこう言った。



「ついにやりやがったか。待たせやがって」



「何もやってねえよ」



 ヨークは即座に反論した。



「そうなンか?」



「うん……。一緒のベッドで眠っただけ……」



「だけて。


 チッ。この玉無し野郎が」



「何この言われ様」



 そして夜。



 ヨークたちは、新聖女決定を記念したパーティに出席した。



「あのあの、踊りませんか?」



 広間で料理を楽しむヨークに、クリーンが声をかけてきた。



 前のパーティでは、クリーンは新聖女だった。



 だが今回のクリーンは、ただの聖女候補に過ぎない。



 あまり注目を浴びることも無く、暇を持て余してる様子だった。



「踊れるのか? おまえ」



「はい。聖女候補としての教育には、社交界での振舞いも有ったのですよ」



「それじゃ、踊るか」



「ですです」



 二人は広間の中央で踊った。



 レディスに叩き込まれたクリーンの踊りは、一流のものだった。



 今回は、ヨークの方も踊りを習得済みだ。



 元から運動が得意なヨークは、完璧な踊りを披露してみせた。



 そしてパーティ参加者たちを魅了して、ミツキの所へと戻っていった。



「ただいまです。モフミちゃん」



「はい」



「どうでした?」



「素敵でしたよ」



 見事な踊りを披露したクリーンに、男たちが声をかけてきた。



 今の彼女に、聖女の肩書きは無い。



 それでも。



 クリーンの容姿と振る舞いは、男を惹きつけるのに十分なものだったらしい。



「どうか私と踊っていただけませんか?」



「是非、わたくしめとも」



 男たちは、情熱的にクリーンを誘った。



「えっ? はい。行ってきますね」



 特に断る理由もない。



 クリーンは誘いを受けて、男の一人と広間中央に向かった。



「モテモテだな」



 ミツキの隣で、ヨークがそう呟いた。



「ヨークは……」



 ミツキが何かを言おうとした、そのとき。



「ヨーク」



「ブラッドロードさん」



「こんばんは~」



 アシュトー、クリスティーナ、ユリリカの三人が、ヨークに近付いてきた。



「ああ。こんばんは」



「ちょっと話良いか?」



 ヨークが挨拶を返すと、アシュトーがそう尋ねてきた。



 次にクリスティーナがこう言った。



「ボクたちは……良かったらダンスにって思ったんだけど」



「……ヨークもモテモテですね」



 ミツキがそう言った。



「そうみたいだ。


 ……話ってのは、今すぐじゃないと駄目か?」



「別に、二人と踊るくらいなら構わねえぜ」



「そうか。それじゃあユリリカから」



「よ、よろしくお願いします!」



 ヨークは二人と踊ることになった。



 ユリリカ、クリスティーナの順番で踊りを終えた。



 そしてミツキの所へと戻っていった。



「ごめんね。足を踏んでしまって」



 ダンスの最中に粗相を見せたクリスティーナが、ヨークに謝罪をした。



「いや。別に痛くは無かったし」



「綺麗に踊れる魔導器でも作ろうかなぁ」



「……練習しろよ。


 それじゃ、アシュトーの番だな」



 アシュトーの話を聞こうと、ヨークは彼女に向き直った。



「その前に、俺とも一曲踊っとけよ。


 ……良いよな?」



「良いけど」



 次にミツキもこう言った。



「それじゃあ私もお願いします」



「……モテ期?」



 ヨークはアシュトー、ミツキとも踊ることになった。



 無事に踊りを終えると、ヨークはミツキと一緒に元の場所に戻った。



「お疲れ」



 ヨークはミツキに一声かけた後、アシュトーに向き直った。



「それで? 話ってのは?」



「プライベートな話になる。個室に移動したいんだが」



「聖女さまがパーティを抜けて良いのか?」



「最低限の挨拶回りは済ませた。


 俺よりもあっちの聖女候補サマの方が、モテるみたいだしな」



 アシュトーは踊るクリーンの方を見た。



「あれがモテるんだなぁ」



 ヨークは意外そうに言った。



「モテる要素しかねえだろ。見ろよあの男好きする体」



「オッサンかよ。


 ……赤いのもモテ要素なのか?」



「さあな。青いよりはモテるんじゃねえの? 特に大神殿だとな」



「青はモテないか」



「わかってんだろ? 聖女候補には魔族が居なかったってこと」



「ああ。


 魔族は神の子じゃ無いらしいからな」



「意外と勉強してんだな。守護騎士に選ばれるだけのことは有るってわけだ」



「別に。


 人からチョロっと聞いただけさ」



「それで、来られるか?」



「良いけど。ミツキも行って良いか?」



「そいつ、おまえの奴隷なのか?」



「首輪の登録は、そういうことになってる」



「赤いのの奴隷じゃ無かったんだな。


 まあ、それなら良いか。


 行こう」



 ヨークたちはアシュトーの後ろを歩いた。



 そして広間を出て行った。


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