7の16「閉会と帰路」
「え……?」
サニタによって、第四の試練の概要が説明された。
ヨークを含む少数名は困惑していたが、事情を知る者たちは落ち着いていた。
そしておそらくは、事情を知る者の方が、知らない者よりも多かった。
理不尽にも思える流れの中で、会場は、意外なほどの落ち着きを見せていた。
「それでは、始めて下さい」
サニタによって、第四の試練の開始が告げられた。
直後クリーンが、サニタに向かって口を開いた。
「あの」
「何でしょう?」
「私は第四の試練を、棄権させていただきます」
クリーンのチームは、第三の試練の最後に、反則を犯している。
振り返って見れば、第三の試練というのは、最後の試練の前の茶番に過ぎなかった。
とはいえ、不正は事実だ。
不正を犯した自分が、次の試練に進むのはおかしい。
そう考えたクリーンは、聖女への道を、諦めることに決めたのだった。
「…………」
リーンの顔に、強い苦味が走った。
仮面のおかげで彼女の表情は、他の誰かに見られることは無かった。
クリーンの発言に対し、サニタはこう尋ねた。
「そうすると、聖女の試練そのものを棄権することになりますが、よろしいのですか?」
「はい」
クリーンは、迷わずに頷いた。
元よりそのつもりだった。
「分かりました」
サニタはクリーンの意思を受け入れた。
そのとき、イーバがクリーンに声をかけた。
「ちょっと」
「何ですか?」
「お金が無いから、負ける前に降参しようって言うの?」
「違うのです。
ただ、試練を通して私は聖女にふさわしく無いと思ったので、
辞退すると決めたのです」
「あなたが駄目だったら……私だって……」
「え?」
「何でもない!
私が聖女になる所を、指を咥えて見ていなさい!」
イーバは苛立たしげに、トリーシャから金貨を受け取った。
そして自身に割り当てられたテーブルに積んだ。
「…………」
イーバの様子をうかがってから、アシュトーも前に出た。
そして自身に割り当てられたテーブルに、金貨を積んだ。
戦いが静かに始まったのを見て、クリスティーナがユリリカに声をかけた。
「ユリリカ。どうする?
実はボクは、ちょっとだけお金持ちだよ」
「ここまでにしておきましょう。
良い思い出になったわ」
「わかったよ」
元よりユリリカには、聖女になりたいという願望は薄い。
姉に身銭を切らしてまで、試練に勝ちたいとも思えなかった。
彼女にとっての聖女の試練は、ここで終わった。
他の聖女候補たちも、似たようなことを考えているのか。
イーバとアシュトーのチーム以外で、テーブルに金貨を積む者は現れなかった。
アシュトーは、動かない聖女候補たちを一瞥した。
そして最後に、イーバへと視線を向けた。
「予想通り、一騎打ちだな」
「あら? 公爵家の私に、勝てると思っているのかしら?」
「商会の力を舐めるなよ」
ヨークは微妙な表情で、そんな二人のやり取りを眺めていた。
(2回戦を越えられれば良いってのは、こういうことか……。
ユリリカもクリーンも納得してるみたいだし、
別に実害は無いんだが。
なんだかなぁ……)
「トリーシャ、追加のお金を!」
「はい!」
『収納』スキルでも持っているのか。
トリーシャはどこからか取り出した金貨袋を、テーブルに積み上げた。
ざっとテーブル上を見ると、形勢は、イーバ有利のように見える。
イーバは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「ふふん。どう?」
「ハッ」
アシュトーは短く笑い声を吐き、パチンと指を鳴らした。
すると広間の外から、金貨袋を持ったメイドたちが入室してきた。
メイドたちは金貨を、アシュトーのテーブルに積み上げていった。
「どうだ? お嬢様」
「んううううっ!」
形成を覆されたイーバは、顔を赤くしてアシュトーを睨んだ。
とはいえイーバの側も、これで終わりでは無かった。
さらにトリーシャに命令し、追加の金貨を用意させた。
どんどんと、お互いのテーブルに金貨が積まれていった。
壮絶かつ不毛な、財力による殴り合いの結果……。
「アシュトー=ブラッドロード候補が、次代の聖女にふさわしいと判断します」
サニタが勝者の名を告げた。
「しゃあっ!」
次の聖女に決まったアシュトーが、お下品なガッツポーズを取った。
それを見ていたシデルのこめかみに、ピキリと青筋が走った。
「うぇぇぇぇ……」
負けるとは思っていなかったのか、イーバは泣き出してしまった。
「…………」
傍に立っていたサンゾウは、黙って彼女を抱きしめた。
……試練は終わった。
「帰るか」
ヨークはチームメイトに声をかけた。
「そうですね」
ヨークの言葉にユリリカが同意した。
そこへミツキたちも合流してきた。
「一緒に帰りましょう」
「そうだね」
ミツキの提案に、クリスティーナも賛同した。
「…………」
クリスティーナの真後ろでシデルが黙って立っていたが、ヨークは気付かなかった。
ユリリカチームとクリーンチームの六人で、大神殿から出た。
辺りは暗かった。
大神殿の正面口の前で、クリーンが口を開いた。
「もう真夜中なのですね」
次にリーンがこう言った。
「私はこれで失礼させてもらうわ。
ヨーグラウと仲良くお散歩なんて、ぞっとするもの」
胸を反らせたリーンに、ヨークがツッコミを入れた。
「態度でけーな。反則魔のくせに」
「ぬぐ……!
あなたなんか、ガルダに焼かれて死ねば良いのに」
そう捨て台詞を残して、リーンは姿を消した。
「消えた……?」
リーンと付き合いの浅いクリスティーナは、リーンの転移に驚きを見せた。
次にクリーンが口を開いた。
「どうしておばあちゃんは、ヨークと仲が悪いのでしょうか……」
彼女の言葉にユリリカが驚きを見せた。
「えっ? あの人ってクリーンちゃんのお婆ちゃんだったの?」
「実はな」
ヨークがそう言った。
「…………」
ユリリカの斜め後ろで、シデルが黙って立っていた。
……。
ヨークはユリリカとクリスティーナを、家に送り届けた。
「ただいま~」
クリスティーナが玄関の扉を開けた。
すると中から、マリーがぱたぱたと駆けてきた。
少し遅れて、ネフィリムも姿を現した。
「姉さん……。お帰りなさい……」
「うん。ただいま」
「どうだった……?」
「負けてしまったよ」
「……残念」
マリーはぽやんとした表情でそう言った。
次にネフィリムがこう尋ねてきた。
「ヨークさまを負かすような怪物が居たのでありますか?」
「カネの力にやられた」
「…………?」
マリーが眠そうな顔で、疑問符を飛ばした。
「眠そうね」
ユリリカが、マリーが眠そうにしていることに気付いた。
「もう夜中……」
マリーがそう返し、次にクリスティーナがこう言った。
「遅くなってごめんね。さ、もうお休み」
「うん……。
ヨークさん、ありがとう」
「ん」
マリーは自分の部屋に戻っていった。
次にネフィリムが、クリスティーナに尋ねた。
「お食事はどうするのでありますか?」
「ご飯は良いや。甘い飲み物を一杯もらえるかな?
それと、お風呂の準備も頼むよ」
「了解であります!」
ネフィリムは、風呂の方へと駆けていった。
クリスティーナはヨークへと向き直った。
「今日はありがとう。ブラッドロードさん」
「ん」
次にユリリカがヨークを褒め称えた。
「とっても格好良かったです!」
「ありがと。
それじゃ、お休み」
「はい。お休みなさい」
ユリリカが惜しむようにゆっくりと、玄関の扉を閉じた。
庭に残されたヨークは、ミツキとクリーンへと振り返った。
「宿に帰るか」
「はい」
「早くお風呂に入りたいのです」
「…………」
クリーンの後ろで、シデルが黙って立っていた。
「何か居る!?」
シデルの存在に気付いたヨークが、ビクリと体を震わせた。
そんなヨークの反応を、シデルは意外そうに見た。
「どうなさいました? 我があるじ」
「いやオマエのことなんだが。ていうか、あるじて。
……何言ってんの? お前」
「…………?」
「なに首を傾げてるんスかね」
リホっぽい口調で眉をひそめたヨークに対し、クリーンがこう言った。
「お二人のお友だちでは無かったのですね」
「知らん人です」
「そんな。私の体にあんなことをしておいて、知らん人だなんて……」
「俺、何かした?」
「私はあるじ様から、貴き血の香気を賜りました」
「おまえが勝手に俺に噛み付いただけだよな?」
「それによって、この身はあるじ様の眷属と化しました」
「えぇ……。
相棒はミツキで間に合ってるんだが」
「私はあるじ様の眷属であり、相棒などではありません。
もっと身分の卑しい雌奴隷です」
「もっと要らねえわ」
「そんな……!
聖女の試練に敗れた今、あるじ様に拾っていただく他に道は……」
「めんどくせえ……」
「他に道はって、あなた、家庭教師の仕事が有るじゃないですか」
「…………」
ミツキのツッコミを受けると、シデルは沈黙した。
「そうなん?」
「この人、レディスさんですよ」
「そうなん?」
ヨークは同じ言葉で再びミツキに尋ねた。
「はい」
「ええっ!?」
クリーンが驚きを見せた。
「……バレていたのですか」
シデルは姿を変えた。
彼女の姿が、若きレディスのものへと変化していった。
「若い!?」
クリーンは忙しなく、二度目の驚きを見せた。
それは無視し、レディスは言葉を続けた。
「確かに、私には多少の収入は有ります。
ですが、違うのです。
眷属にとって、あるじに仕えることは、唯一の幸福。
それ以外の選択肢などありえないのです」
「う~ん……。
つまり……命令してやれば良いわけか?」
「はい。是非是非」
「命令する。
俺の命令に左右されず、好きに生きろ」
「嫌です」
「えっ」
ミツキが声を漏らした。
「私が望む人生とは、
あるじ様にご命令をいただける人生なのですから。
あるじ様の命令が無い人生など、死んだ方がマシです」
「負けた……」
「何にですか」
謎の敗北感を見せたミツキに、クリーンが呆れ顔を向けた。
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