7の15「全力と決着」



「そうですか!」



 ミツキが先手を取った。



(そんな剣など、叩き潰してしまえば良い!)



 ヨークの剣を叩き割る。



 ミツキはそのつもりで、自身の剣を上段から思い切り振り下ろした。



 ヨークは氷の剣で、ミツキの剣を迎え撃った。



 二人の剣がぶつかりあった。



「ぐっ……!」



 ヨークは呻いた。



 ミツキの目論見通り、ヨークの氷剣が砕けていた。



 ヨークの急造の剣では、ミツキの最高級の剣には性能が及ばないらしい。



 ミツキの剣は、少し押し戻されたが、刃こぼれ一つすら無い様子だった。



 ミツキは武器を失ったヨークに向かって、剣を打ち下ろそうとした。



 だが……。



「氷斬」



 ヨークが呪文を唱えた瞬間、氷の剣が復元された。



 ミツキの意表を突く形で、ヨークは剣を振り上げた。



「らあっ!」



 ヨークの剣が、ミツキの剣を弾き上げた。



 それはヨークにとって、相手をしとめるのに十分な隙となった。



「貰った!」



「『収納』!」



 ヨークの突きが、ミツキの左肩を狙って撃ち出された。



「!?」



 次の瞬間、ミツキの前に大盾が出現していた。



 氷剣が大盾を打った。



 盾を掴んでいたミツキは、ヨークの攻撃の衝撃で地面を転がされた。



「ふぅ……」



 ミツキは立ち上がり、片手で剣を構えた。



 そしてもう片方の手では、大盾を構えていた。



「スキルか……」



「いけませんか?」



「俺も使ってやりたいんだが……。


 ミツキは敵じゃないからな」



「今は敵だと思いますけど」



「味方さ。ミツキは」



「…………」



(ただのケンカだ。殺意が無い。


 殺意の無い相手には、俺のスキルは発動しない。


 それに……。


 やっぱりミツキには、剣の才能が無い。


 剣で戦う以上、俺はミツキに負ける理由が無い。


 スキルなんか無くても、十分に倒せてしまう)



「……どうした? もうかかって来ないのか?」



 勝利を予感しつつ、ヨークはミツキを誘った。



「…………」



 ミツキは黙って前に出た。



 そしてヨークに斬りかかった。



 ヨークはミツキの攻撃を、巧みにさばいていった。



 ヨークとミツキでは、剣の技量に明確な差が有る。



 剣を破壊できるというメリットも、ヨークの機転の前では大した役にも立たなかった。



 攻防を重ねていると、どうしてもミツキの側に隙が出来る。



 ミツキはその隙を、なんとか大盾でカバーしていた。



 少しの間、じりじりとした戦いが続いた。



 小競り合いを繰り返した後、ヨークが口を開いた。



「もう無いのか?」



「え?」



「……そうか。


 もう無いんだな」





「氷斬」





「……!」



 ヨークの空いていた左手に、氷の剣が出現した。



 ヨークは二本の剣を構えた。



「行くぜ」



「ッ!」



 ヨークの剣の苛烈さが増した。



 二本の剣を自在に操り、強引に防御をこじ開けて来る。



 氷剣は何度も砕けたが、そのたびに復元された。



 ミツキは下がることしか出来ず、壁際に追い詰められた。



 もう退路が無い。



(負ける……!)



 ミツキは咄嗟に剣と盾を地面に下ろし、杖を取り出した。



「……!?」



 ミツキが杖を使うのは、初めての事だ。



 ヨークは驚き、そして次の一手を待った。



「果て壁!」



 ミツキは気迫を込めて呪文を唱えた。



 ミツキの前方に、巨大な光の壁が出現した。



 それは防壁であるにも関わらず、ヨークを倒すべく前に飛んだ。



 逃走を許さない規模と速度を伴い、光壁がヨークに迫った。



(極大呪文か!)



 ヨークはにやりと笑った。



 通常、呪文の行使には、一定量の魔力を消費する。



 一方で極大呪文は、持てる魔力の全てを消費してしまう。



 一度使えば魔力が枯渇する、呪文使いの切り札だった。



(おもしれえ!)



 ヨークは自身の極大呪文によって、ミツキを迎え撃つことに決めた。



「終焉竜!」



 ヨークの呪文によって、巨大な闇の竜が空中に出現した。



 黒龍は前進し、光の壁と衝突した。



 光と闇が、存在を削り合った。



 二人の魔力が続く限り。



 光壁と黒竜は、お互いを滅ぼし合った。



 強大な力の衝突。



 その余波で、迷宮が震えた。



 暴風が、ミツキのローブを吹き飛ばした。



 彼女の美貌が露となった。



 ギャラリーの中には、腰を抜かしている者さえ居た。



 やがて壁は砕け、竜も消えうせた。



 広間には静けさが戻った。



 ヨークは二本の氷剣を、ミツキは大剣と大盾を持って立っていた。



「魔力切れだ」



「そうですね。私も。


 だから……私の勝ちです」



「…………」



 ミツキは大盾を地面に置いた。



 そしてこう口にした。



「『収納』」



 ミツキのスキルによって、空中に薬瓶が出現した。



 彼女の指が、薬瓶を掴んだ。



「特製の魔力ポーションです」



 ミツキは瓶の蓋を、前歯で咥え取った。



 抜き取られた蓋が、地面に落とされた。



 ミツキは開かれた瓶を、口へと運んでいった。



 そのとき。



「あっ!」



 大盾の影から、木鼠が跳んだ。



 木鼠はミツキへと跳びかかり、薬瓶を奪った。



 そして中身を半分こぼしながらも、ヨークの元へと運んだ。



 ヨークは薬瓶を受け取り、中身を飲み込んだ。



 枯渇した魔力が回復していく。



 ヨークはそれを実感した。



「普通に魔力ポーションだな」



「何だと思ったんですか」



「ひょっとしたら、毒かなって」



「そこまで腹黒くは無いです。


 ……都会に染まりましたね? ヨーク」



「サフィスタケイトされてしもうたか」



「してやられました」



「大盾は死角が増える。


 こっそりと木鼠を、盾に貼り付けておいたんだ」



「ドロボーですよ。ヨーク」



「悪いな」



 ヨークは氷剣を構えて前に出た。



 ミツキはそれを迎え撃とうとした。



 だが、既に力を消耗していたミツキは、あっさりと防御を崩されてしまった。



 大盾を弾かれ、ミツキの全身が、ヨークの視界に晒された。



 これで決める。



 そう考え、ヨークは突きの構えを取った。



 そして……。



「あれ?」



 突然に、ヨークの氷剣が砕けた。



 まったく予想外の事態だった。



 混乱したヨークは、動きを止めてしまった。



「ッ!?」



 ミツキは驚きつつも、冷静に剣を振った。



 ミツキの剣が、ヨークの肩を打った。



 ヨークは倒れ、腕輪の魔石が砕けた。



「ええと……。


 勝者、クリーン=ノンシルドチーム!」



 バークスが、ミツキの勝利を告げた。



 ヨークの敗北だった。



「…………」



 ヨークは呆然と、自分の魔剣を見つめていた。



 剣を覆っていた氷は、既に存在しない。



 氷はどうして砕けてしまったのだろうか。



 ヨークは困惑を隠せないまま、ミツキに質問した。



「どうやったんだ?」



「どうって、私は……」





「おばあちゃん!」





 クリーンの声が聞こえて、二人はそちらを見た。



 クリーンが怒りの形相で、リーンを睨みつけていた。



 ヨークは立ち上がった。



 そしてミツキと共に、リーンの所へ向かった。



 リーンのすぐ近くまで来ると、ヨークが口を開いた。



「……おまえがやったのか」



「その……。


 クリーンが、ヨーグラウなんかに負けるのが嫌で……」



 ヨークの剣を砕いたのは、リーンだったらしい。



 彼女は正直にそれを認めた。



 クリーンは、小さい子を叱るような顔で、リーンにこう言った。



「ズルして勝っても嬉しく無いのですよ」



「……ごめんなさい」



 リーンはしょんぼりと俯いた。



 それを見て、ミツキはこう言った。



「これは私の負けですね」



 それに対し、ヨークはこう答えた。



「審判は、そうは言って無いけどな」



 ルールを考えれば、チームメイトによる試合の妨害など、許されるわけが無い。



 だから本来であれば、ミツキの反則負けということになる。



 だが、審判のバークスは普通の人間で、リーンは超人だ。



 バークスには、リーンが何をしたのか、一寸も見抜けなかったらしい。



 無理もないとヨークは思った。



 技を受けたヨーク自身、誰に妨害されたのか気付けなかったのだから。



 とはいえ、犯人のリーンが、自身の罪を認めている。



 しっかりと抗議をすれば、試合の結果は覆るかもしれない。



 ヨークには、わざわざ勝ちを主張するほどのやる気は無い。



 べつに負けでも良いと思っていた。



 そんな欲のないヨークに対し、ミツキがこう言った。



「あんな節穴はどうでも良いです。


 お願いごと、考えておいて下さいね」



「あ~。分かった」



 ヨークはユリリカの方へと歩いていった。



「負けた。悪いな」



「いえいえ。すごかったですよ」



 次にクリスティーナがこう言った。



「本当に、腰を抜かすかと思ったよ」



「『かと思った』?」



 観戦中の姉の様子を知っていたユリリカは、クリスティーナに疑問符を向けた。



 ヨークが姉妹と馴れ合っていると、バークスが口を開いた。



「それでは、大神殿に帰還しましょうか」



 バークスの指示で、皆が大神殿の広間に移動した。



 前の運命とは違い、シデルも何事も無かったかのように同行した。



 特に重傷者も出なかったので、多少の暴走には目を瞑るということらしい。



 試験自体が殺伐としているのもあって、大らかなものだった。



 一行が移動したのは、最初に聖女候補たちが集まった広間だった。



 広間には、以前は無かった八つのテーブルが置かれていた。



「…………?」



 何のテーブルだろうかと、ヨークは疑問符を浮かべた。



「…………」



 その正体を知っているミツキは、冷めた目でそれらを見ていた。



 やがて神官長のサニタが入室してきた。



 サニタは講演台まで移動し、口を開いた。



「聖女候補及び、守護騎士の皆様。


 第2、および第3の試練、お疲れ様でした。


 それでは……。


 これより、最終試練を始めさせていただきます」



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