7の14「ヨークVSミツキ」



「そうですね。多少は」



「多少て……」



 しれっと言ってのけたミツキに、ヨークは呆れ顔を見せた。



 突然現れたキワモノに、ギャラリーも騒然としている。



 とても多少大きいなどという言葉で済むスケールではない。



 ミツキは他人の価値観に対して、そこまで鈍感では無い。



 わざと鈍感さを装うことによって、ヨークの反応を楽しんでいるのだろう。



「いったい何メートル有るんだよ」



「刀身は、15は無いと思いますよ」



「ここで使うのを前提に作ってきたのか?」



「元はサンゾウさんを殺すために造ったんですけどね」



「拙者!?」



 突然に話の矛先を向けられ、サンゾウが驚きの声を上げた。



「ぷっ」



 ヨークはつい吹き出してしまった。



「まったくおもしれー女だな。おまえは」



「はあ。どうも。


 どうせなら、美人とか愛してるとか言われたいものですけどね」



「はいはい美人美人」



 お世辞では無いが、ヨークはわざとちゃかした感じでそう言った。



「ありがとうございます」



 たとえちゃかした言い方でも、ヨークに美人と言われれば嬉しいのがミツキだ。



 ミツキの人耳が、ほんのりと赤くなっていた。



 ヨークはそれに気付いた様子も無く、話題を別方向へと進めた。



「良く持てるな? そんなもん。ゴリ……」



「オオカミ。


 ……私はオオカミです」



「アッハイ」



「意外と軽いですよ。魔光銀製ですからね」



「魔光銀は白。その剣は真っ黒じゃねーか」



「塗装しました」



「そうですか。はぁ……。


 俺は自分を倒すための武器の素材を、


 必死こいて集めてたのかよ」



 クリーンと出会う前。



 ヨークは妙に大量の金属を集めさせられていた。



 ちなみにその金属は、魔光銀などでは無かった。



「皮肉なものですね」



「まったく。


 それで、そいつが有れば俺に勝てるって?」



「短射程ブキに人権など無いということを、


 思い知らせてさしあげましょう」



「やってみせろよ」



「はい。


 ……審判の方、ちょっと下がっていてもらえますか?


 当たりますよ」



 ゴリラの戦いに巻き込まれてはたまらない。



 ミツキの言葉を受けて、バークスがゆっくりと下がって行った。



 あまりそそくさと逃げては、大神官の威厳に関わる。



 そう思っているのか、バークスの動きは無駄に鈍重だった。



 やがてバークスが、ミツキの間合いの外に出た。



 するとミツキは、ヨークから15メートルほどの距離まで離れた。



「間合いの外からと行きましょう」



「そうだな」



 ミツキは大剣を構えた。



 それに対し、ヨークも魔剣を構えてみせた。



「金剛」



 時間が経過したため、ミツキは強化呪文をかけなおした。



 彼女はさらに呪文を唱えた。



「堅刀」



 呪文が成立すると、ミツキの剣が輝きをまとった。



 どうやら武器を強化する呪文のようだ。



「かかって来なさい。ふふふ」



 力に溺れているのか。



 ミツキは楽しげにヨークを誘った。



「おう……」



(とは言ったものの、どうやるんだ? これは)



 ヨークは迷った。



 刀身10メートルの剣が、ヨークを威圧していた。



 こんな武器と戦うのは、ヨークとしても初めてのことだ。



 正しい戦い方を、手探りで見つける必要が有る。



 ヨークは試しにミツキの間合いに踏み込んでみた。



「うおっ!?」



 すぐさま剣が襲いかかってきた。



 速く鋭く、そして重い。



 魔剣で撃ち合えるような質量では無い。



 ヨークは慌てて後ろに下がった。



(思った以上に厄介だなオイ……)



 少し探ってはみたが、ヨークは未だ、攻めの答えを見つけ出せなかった。



 ヨークが攻めてこないのを見ると、ミツキが口を開いた。



「来ないのですか?


 ……それでは、こちらから行きます」



「……ッ!」



 宣言通り、ミツキが前に出た。



 二人の距離は遠く離れていた。



 だが、一歩グンと踏み込めば、そこはもうミツキの間合いだった。



 彼女はまるで木の枝でも扱うかのように、巨大な金属塊を振り回してきた。



 高速で迫る金属塊の乱舞。



 それを前に、ヨークは下がることしか出来なかった。



(隙だらけなのに……隙がねえ!)



 剣術の才が無い者が剣を振れば、そこに隙が出来る。



 そして、ミツキには剣才は無かった。



 今までのヨークは、その隙を突くことで、ミツキ相手に優勢を保っていた。



 だが、隙というのは一足一刀の間合いでのみ通じるもの。



 人と人との尋常の斬り合いでのみ成り立つもの。



 間合いの外で生まれた一瞬の隙は、隙としての意味を成さない。



 今、ヨークの間合いは、ミツキよりも圧倒的に短い。



 ミツキはヨークを間合いの外に追いやることで、自身の隙を無にしていた。



「氷竜!」



 ヨークは呪文を唱えた。



 明確な突破口が見えたわけでは無い。



 苦し紛れの一手だった。



 上方に氷の竜が出現し、ミツキへと向かった。



 相手がミツキでなければ、オーバーキルでは済まない。



 それほどの呪文だったが……。



「はああああああああああぁぁぁっ!」



 向かってきた氷竜を、ミツキは一撃で粉砕した。



 残骸である氷片が、きらきらと宙を舞った。



「ゴリゴリだなオイ……」



 ヨークは呆れたようにそう言った。



「攻撃呪文を、使った」



「あ?」



 ヨークは疑問符を浮かべた。



 ミツキの口調はとろんとしていて、いつもの会話の時とは異なっていた。



 ミツキは楽しげに言葉を続けた。



「デレーナさんにも使わなかった攻撃呪文を、私に。……ふふ」



「何が嬉しいんだよ?」



「いえ。別に嬉しいとかでは無いですけどね。ふふふふ」



「なんなん?」



「それよりもヨーク。


 あなたの攻撃呪文では、私は倒せませんよ。


 今のあなたは魔術師では無く、暗黒騎士なのですから。


 暗黒騎士の呪文の威力は、魔術師の7割程度。


 私の立場から見て、あなたの呪文は、


 昔よりも弱くなっているのです」



「昔……? またおまえのスキルの話か」



「はい。まあ」



「そ」



 いま大切なのは、眼前の問題をどうするかだ。



 ヨークはそう考え、ミツキとのやり取りはスッパリと忘れた。



(……次はどうすっかな。


 攻撃呪文でミツキを仕留めるなら、


 剣で防ぎにくい風の呪文がベストか?)



 剣による防御は、絶対では無い。



 呪文を工夫すれば、付け入る隙は、必ず存在しているはずだ。



 ヨークはそう考えた。



 だが……。



(けどなあ……)



 何か思う所が有ったのか、ヨークは風の呪文を使わなかった。



 その代わりに、彼はこう唱えた。



「氷狼、千連」



 あっという間に、広間が氷狼で埋め尽くされた。



 初めてこれを見る者にとっては、ちょっとした物量だ。



 試練の参加者の中には、怯えを見せる者も複数居た。



 とある姉妹の姉などは、ひゃっと悲鳴を上げていた。



 だがミツキは、毎日ヨークと共に、命がけのレベル上げに臨んでいる。



 この程度は見慣れている。



 一寸の動揺すら、見せることは無かった。



「これで私を倒せるとでも?」



「さあな」



 ヨークはそう言うと、狼の一匹に跨った。



 氷の冷たさが、ヨークの尻に染みた。



(上手く逃げてくれよ)



 そう念じると、ヨークは目を閉じた。



 同時に狼たちが、ミツキへと飛びかかった。



 大量の狼を相手に、さすがに剣だけでは対処しきれない。



 だがミツキには、十分なレベルと呪文による強化が有った。



 ミツキは迫る狼を、拳や蹴りを交えて処理していった。



 狼はみるみると数を減らし、残りはヨークが跨っている一体のみになった。



「時間稼ぎにもなりませんでしたね!」



 ミツキは前に出た。



 そしてヨークを間合いの内へと捉えた。



 ミツキは剣を上段に構え、ヨークに向かって振り下ろした。



「いや。十分だ」



 そう言って、ヨークは唱えた。



「氷斬」



 そのときヨークの魔剣を、巨大な氷が覆った。



「な……!?」



 ミツキの剣とほぼ同じ大きさの氷の大剣が、ミツキの斬撃を受け流した。



 ミツキの剣が地面を叩いた。



 地面が爆散し、破片が周囲へと飛び散った。



「っ!」



 身の危険を感じたミツキは慌てて後退し、ヨークから距離を取った。



 そして構え直すと、ヨークを視界に入れたまま口を開いた。



「そんな呪文が使えたとは、知りませんでした」



「使えなかったさ。ついさっきまではな」



 だから、氷狼の上で瞑想をした。



「……あの短時間で、新しい呪文を創ったというのですか?」



「ああ」



「まあ、ヨークならそれくらいはやりますか」



 ヨークなら仕方ない。



 ミツキはそう考え、目の前の現実を受け入れた。



「さあ。


 斬り合いの続きをやろうぜ」



 そう言ってヨークは、氷狼からおりて構えた。



「先ほど言いましたが、


 暗黒騎士の呪文の性能は、魔術師の7割。


 その剣が、呪文で強化した私の剣を、


 上回っているとも思えませんが」



「別に良いさ。


 おまえの剣が届く距離なら、俺の剣もおまえに届く。


 それで十分だ」



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