7の13「水月と二重壁」


「型にはまるのは、二流のすること。そうでしょう?


 型とは答えではなく、手段に過ぎないのですから」



「ですが、型が生まれたのにも理由というものが有るはずです。


 ……以前、ある人が言っていました。


 どのような猛者でも、空から落ちる速度は変わらない。


 つまり、跳躍は達人を凡人に変えるということです。


 うかつに跳ぶことで、


 あなたは負け筋を作っているのですよ」



 助言か、それとも揺さぶりか。



 ミツキはデレーナの技の欠点を指摘した。



 ミツキが言ったくらいの事は、メイルブーケの剣士にとっては常識なのだろう。



 デレーナは、特に揺らいだ様子も見せなかった。



 自信に満ちた様子で、デレーナはこう言った。



「試してみますか?」



「先ほどの技は、奇襲を目的としたもの。


 来るのが分かっていれば食らいませんよ」



「それでは、参ります。


 砂塵壁」



 デレーナは、砂の煙幕を発生させた。



 再びデレーナの姿が、ミツキの視界から掻き消えた。



 また同じ攻めが来るのだろうか。



 勝負の場において、それは馬鹿正直が過ぎるのではないか。



 ミツキは迷った。



(ブラフ? いや。


 彼女は言葉で人を惑わすタイプでは無い。


 純粋な剣技によって相手を倒すことに、喜びを感じるタイプ)



 ミツキはデレーナの人柄を信じ、迷いを振り払った。



(宣言通り、上!)



 自身の判断を信じ、ミツキは上方を見た。



 ミツキの目に、デレーナの姿が映った。



 さきほどと同じ攻めを、重ねてきたらしい。



 空中からの突きがはなたれた。




(まずは防御!)



 ミツキは大剣の腹で、デレーナの突きを受け止めた。



 剣がぶつかり合う衝撃が、デレーナの体を強く飛ばした。



 彼女は大きな隙を晒すことになった。



 宙で無防備になっているデレーナの落下点へと、ミツキは駆けた。



(貰った……!)



 ミツキから見て、デレーナという存在は得体が知れない。



 手札の底が見えない。



 戦いが長引けば、何をされるかわからない。



 なるべく早くデレーナをしとめてしまいたい。



 ミツキには、そんな焦りが有った。



 短期決着を狙い、ミツキはしかけた。



 そのとき。



「氷壁」



 デレーナが呪文を唱えた。



「えっ!?」



 デレーナが飛ばされた方向に、氷の壁が出現していた。



 デレーナは空中で体勢を整え、氷壁を蹴った。



「魔剣、水月-スイゲツ-」



 隙を逃さずしとめる。



 それがミツキの目論見だった。



 だが実際には、隙を突かれたのはミツキの方になった。



 彼女はデレーナの誘いに乗って、雑な突進を晒していた。



 ミツキが隙を晒すハメになったのは、偶然では無いのだろう。



 隙を突くという行為は、戦いの常識だ。



 当然、誰もがそれに惹かれる。



 ミツキが隙に惹かれたのも、理に反した行いでは無かった。



 デレーナが晒した隙が、撒き餌で無かったのなら……。



 実際は、空中で隙を晒すという行為自体が、デレーナの剣理に含まれていた。



 トリッキーな邪剣は、防がれれば終わり。



 そう思い込ませ、誘い込む。



 彼女の魔剣は、隙の無い二段構えだった。



 それに気付かなかったミツキの動きは、ずさんそのものだった。



 そんな状態では、デレーナの精緻な剣を止めることはできない。



 急速に距離を詰めたデレーナの剣が、ミツキの額を狙った。



(障壁ごと切り裂く!)



 前の攻めでは、デレーナの攻撃は、ミツキの障壁に阻まれている。



 それを撃ち抜くには、さらに鋭い一撃が必要となる。



 デレーナはそう考えて、全霊で剣を振り抜こうとした。



 それは二の太刀を考えない、必勝の一撃だった。



 そして……。



「あっ」



 デレーナから見て、信じがたい事が起こっていた。



 ミツキを襲ったはずのデレーナの剣が、地面へと突き刺さっていた。



 そして。



「ごめんなさい」



 ミツキの大剣が、デレーナの胴を打った。



 デレーナの体が宙を舞い、壁際にまで転がっていった。



「あなたと違い、言葉を操るタイプなんですよ。私は」



 デレーナの腕輪の魔石が砕けた。



「勝者、クリーン=ノンシルドチーム!」



 審判のバークスが、ミツキの勝利を告げた。



 腕輪が身代わりになったので、デレーナに手傷は無い。



 すぐに立ち上がって、ミツキの方へ歩いて来た。



「当たったと思いましたのに……」



 デレーナは納得のいかない様子で、首を傾げていた。



 勝負が終わったので、ミツキはデレーナに種明かしをすることにした。



「障壁であなたの剣筋を、逸らさせていただきました」



「障壁? ですが、あれでは……」



 最初に障壁を叩いた時の手応えを、デレーナはハッキリと覚えていた。



 その手応えを元に、次の一撃は、障壁を貫けるように放ったはずだ。



 なのに逸らされた。



 デレーナはその事が納得できなかった。



 それに対し、ミツキは種明かしを続けた。



「私の二重壁は、


 性質の違う二つの障壁を


 展開する呪文なのです。


 第一の壁が、純粋に強度で身を守る剛壁、


 第二の壁が、攻撃を逸らす柔壁です。


 障壁を纏っていること自体は、


 身に纏う魔力を見れば、見破ることが出来ます。


 ですが、どんな障壁かまでは、


 見ただけでは分かりません。


 私は敢えて二重の壁を張ったと宣言することで、


 同じ壁を二枚張ったと思わせたのです」



「……なるほど。言葉も兵法の内というわけですわね。


 でも、攻撃をずらしてしまうなんて、ずるいですわ」



「柔壁にも、弱点は有りますよ」



(首への袈裟切りなどは、逸らしきることが出来ませんし)



「弱点とは何なのですか?」



「それは秘密です」



「やっぱりずるいです。


 けど、勉強になりましたわ。


 次はもう少し善戦させていただきます」



「次……」



「何か?」



「イエ。タノシミニシテイマスネ」



「はい」



 デレーナは晴れやかな表情で、アシュトーの方へ戻っていった。



「負けてしまいましたわ」



「何も言えねえわ。ヤバすぎて」



「だな」



 デレーナとミツキの戦いは、アシュトーの常識から遥かに逸脱していた。



 次元の違う敗北を見せたデレーナを、アシュトーは、責める気にはなれないようだった。



 そんなアシュトーの態度に、隣に立つシュウも同意してみせた。



「……?」



 デレーナにはアシュトーの気持ちはわからず、小さな疑問符を浮かべてみせた。



 次にアシュトーはこう言った。



「まあ、これで何とか格好はついたさ」



「ご期待に添えたのならよろしいですが」



 一方。



 勝者であるミツキは、広間の中央に留まっていた。



 決勝戦の相手を待つためだった。



 そこへ誰がやって来るのか、ミツキには既にわかっていた。



「行ってきまーす」



 ヨークはユリリカたちに送り出され、広間中央へと移動した。



 そしてミツキに声をかけた。



「初めてだよな。おまえとガチでケンカすんのは」



「あなたはガチと言いますけど……。


 ちょっとズルをしても、勝ちたい気分です。今日は」



「願い事か?」



 ヨークはそう尋ねた。



 聖女の試練で勝った方が、負けた方の言うことを聞く。



 二人はそんな約束をしていた。



「…………」



 ヨークの問いに、ミツキは答えなかった。



 ヨークはそれを、肯定だと解釈した。



「ったく。何させる気だよ。俺に」



「さて?」



 ヨークは魔剣を抜いた。



 ミツキの手には、既に大剣が握られていた。



 両者が剣を構えた。



「試合開始!」



 バークスが、試合の始まりを告げた。



「金剛」



 開幕からミツキは、最高の強化呪文を使用した。



 ミツキの体が、強化呪文の輝きに包まれた。



 暗黒騎士であるヨークには、強化呪文は使えない。



 彼はただ構えて、ミツキが攻めてくるのを待った。



「来いよ」



「行きます」



 ミツキが前に出て、二人の斬り合いが始まった。



 強化呪文の力が、ミツキの身体能力を底上げしている。



 単純なパワーでは、ミツキが上回っているはずだった。



 だが……。



(そこだ……!)



「ッ!」



 ミツキの隙を見て、ヨークが籠手打ちを仕掛けた。



 ミツキは身を引いたが、剣先が僅かに手にかすっていた。



 ミツキの腕輪の石に、小さなヒビが入った。



 もう攻撃を食らうことはできない。



 そう思ったミツキは、防御呪文を発動させた。



「……二重壁」



「やるなあ。ミツキ」



 ヨークが楽しそうに言った。



「修行の時とは違うな」



「そりゃそうでしょう…………」



 このままでは負ける。



 ヨークの余裕を見て、ミツキはそう確信した。



(レベルはほとんど同じはずなのに……。


 やっぱりご主人さまは凄い……大好き……)



「仕方有りませんね」



「どうするんだ?」



「本気を出させていただきます」



「今までのは手加減してたってのか?」



「手を抜いていたというわけではありませんが……」



 ミツキはスキルを使い、大剣を『収納』した。



「武器を替えさせていただきます」



「武器……? 魔導器でも使うのか?」



「いいえ」





「『収納』」





 ミツキはスキルによって、新たな武器を取り出した。



「…………………………………………はぁ?」



 一瞬ぽかんとしてから、ヨークは疑問の声を漏らした。



「……何だ? それは?」



「剣ですが、何か?」



「剣ってお前、それ……。


 でかすぎんだろ」



 なかば抗議でもするかのように、ヨークがそう言った。



 ミツキが取り出した剣は、刃渡り10メートルは有る、規格外の大きさをしていた。



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