7の12「影と光」


「然らば……!」



 サンゾウは懐に手を入れた。



 そしてニンジャクロスから複数のスリーケンを取り出した。



「ふっ!」



 サンゾウは気合と共に、スリーケンを投擲した。



「…………?」



 その軌道は、ヨークを困惑させた。



 ヨークはスリーケンを叩き落とそうと身構えていた。



 だがスリーケンは、ヨークには向かわず、地面に突き刺さったのだった。



 ヨークの疑問に応えるかのように、サンゾウはこう言った。



「ニンポー、影縫い」



「…………!?」



 そのときヨークは自分の異常に気付いた。



「体が……動かねえ……!?」



 何かに拘束されたかのように、ヨークの体は固まって動かなかった。



(あの技は、まさか日記に有った……)



 ミツキはサンゾウがはなった技に心当たりが有った。



 かつての運命で、メイルブーケとマレルの騒動に巻き込まれたとき。



 ヨークはマレル側のニンジャに影を縫われている。



 あの力は、神の加護であるスキルによるものだったはず。



 サンゾウにはスキルの加護は無い。



 ヨークの『戦力評価』によって、ミツキはその事実を知っていた。



 だとすれば……。



(サンゾウさんは、スキルの加護に頼ることなく、


 その力を顕現できるというのですか?


 デレーナさんが歩法を使えるのと同じように。


 神に近い力を、彼らは持っている……。


 いったいどうして……?)



 普通の人間とサンゾウやデレーナとで、いったい何が違うのだろうか。



 ミツキが何らかの推論を得る前に、サンゾウが口を開いた。



「これが影縫いでござる。


 拙者のスリーケンに影を射抜かれた者は、


 指の一本も動かすことはできんでござる」



「マジで動けねえ……。この俺が……なんて威力の術だ……!」



 己の力量に自信を持っていたヨークは、サンゾウの技に感嘆の意を示した。



 それに対し、サンゾウはこう答えた。



「威力などござらん」



「え……?」



「影縫いは、


 術を受けた者の精神に働きかける術。


 そうやって身を固くしているのは、


 ヨークどの自身の仕業なのでござる」



「なるほど……?」



「しからば、お覚悟を」



 そう言ってサンゾウは、分身と共に前に出た。



 小太刀を構え、ヨークを打ち倒すべく接近を試みた。



 このままではヨークは、為すすべもなく腕輪を砕かれてしまうだろう。



 だが……。



「眩光-げんこう-」



 ヨークの魔剣が強い光をはなった。



「むっ……!?」



 光がサンゾウの目を眩ませた。



 そして……。



「俺に呪文を使わせるとは、大したもんだ」



 一瞬の内にヨークは、サンゾウの背後に移動していた。



「影縫いは……!?」



「強い光が有れば、影は消える。


 影が無けりゃあ、影縫いも何も無いだろうがよ」



「見事……」



 ヨークの魔剣が、サンゾウの分身たちを斬った。



 そして最後に、サンゾウの本体を打った。



 サンゾウの腕輪の魔石が散っていった。



「拙者の完敗でござる」



「勝者、ユリリカ=サザーランドチーム!」



 大神官が、試合の終了を告げた。



 勝ち星を得たヨークは、ユリリカの方へと戻っていった。



「さすがヨークさんです」



 格好良いところを見せたヨークを、ユリリカは血色の良い笑顔で出迎えた。



「うむ。くるしゅうない」



「決勝はミツキさんかな?」



 クリスティーナはそう言って、ミツキたちへと視線を向けた。



「どうかな?」



 ヨークはデレーナの方を見た。



 そして嬉しそうに言った。



「デレーナもけっこう強い」



 するとクリスティーナがこう尋ねた。



「キミはひょっとして、強い異性に惹かれるタイプなのかな?」



「別に。いきなり何?」



「別に? ただの知的好奇心だよ」



 一方サンゾウは、雇い主のイーバの元へと戻っていった。



「申し訳ござらん」



 サンゾウは、固い顔でそう言った。



 ヨークの方が格上だということは、最初からわかっていたことだ。



 この結果はわかっていた。



 だがそれでも、敗北というのは苦いものだ。



 特に主君に告げる敗北というのは、実に苦い。



 イーバは最初は真顔で居たが、徐々にその表情を崩していった。



 そして。



「う……。うえええぇぇぇぇぇぇん」



 イーバは泣きながら、サンゾウに抱きついた。



 サンゾウはイーバの思うがままにさせながら、呟くように謝罪した。



「……面目ないのでござる」



「立派でしたよ。サンゾウくんは」



 トリーシャがフォローを入れた。



「かたじけない。


 それでも、負けは負けでござるからな」



「びええええぇぇぇぇぇぇ」



 大声で泣き続けるイーバに、トリーシャが声をかけた。



「だいじょうぶですよ。イーバさま。


 だいじょうぶですから」



 次の試合は、2回戦の第2試合だ。



 組み合わせは、アシュトーチーム対クリーンチーム。



 アシュトーチーム代表のデレーナと、クリーンチーム代表のミツキが、広間中央に移動した。



「あなたと違い、私の力はただの借り物ですが……。


 勝負なので、勝たせていただきます」



 ミツキはスキルを用い、大剣を取り出した。



「全身全霊でお相手しますわ」



 デレーナは、腰の魔剣に手を伸ばした。



 そして抜刀術の構えを取った。



「試合開始」



 バークスが、試合の始まりを告げた。



 次の瞬間、ミツキは呪文を唱えていた。



「瞬身」



 呪文が成立すると、ミツキの体が黄色い光に包まれた。



 デレーナは、即座にミツキに踏み込んだ。



 デレーナの斬撃を、ミツキがステップで回避した。



 審判であるバークスの目には、二人が瞬間移動したようにしか見えなかっただろう。



「速い……」



 少し意外そうな口調で、デレーナがそう言った。



 それに対し、ミツキはこう答えた。



「瞬身は、対象のスピードを


 ほんの少しだけ上げる強化呪文です。


 ですが、今の私の魔力であれば、ほんの少しでは済まない」



「恐れ入りますわ」



 デレーナは、さらに前に出た。



 そしてミツキへと連撃をしかけた。



 だが、そのどれもが回避され、ミツキへは届かなかった。



 逆にデレーナに生じた隙に、ミツキが斬り込んできた。



「っ!」



 デレーナは、慌てて後ろに下がった。



 傷こそ負わなかったが、衣服の腕の部分が裂かれていた。



「さすがはヨークさまの……」



「……そうですね。


 私自身には価値は有りませんよ」



「そんなつもりで言ったわけでは有りませんけど」



「…………」



「どうやら、このままでは敵わないようですわね」



「…………?」



 デレーナは袖をめくった。



 試練の腕輪がはまっているのとは逆側の袖だった。



 そこには魔導器らしき腕輪が有った。



 デレーナは腕輪を外した。



「それは?」



「手枷ですのよ。特別製の」



 デレーナは腕輪を放り投げた。



 腕輪が地面に落ちた。





______________________________




デレーナ=メイルブーケ



クラス 暗黒騎士 レベル0→109



SP 145903→493216



______________________________





「手枷……? どうしてそんなものを?」



「だって、弱すぎるんですもの。


 あなたとヨークさま以外の人たち、


 それに、魔獣たち。


 貧弱なラビュリントスの魔獣を何体倒しても、


 ヨークさまには追いつけない。


 もっともっと、自身を追い詰めなくては。


 死地に臨まなくては。


 ……だから、作っていただいたのですわ。


 ほんの少しでも自分が弱くなれるように、特別な手枷を。


 ……さあ、行きますわよ」



「ッ!」



 ミツキの視界から、デレーナの姿が消えた。



(後ろ……!)



 ミツキの読みの通りに、背後から斬撃が来た。



 デレーナの奇襲を、ミツキは辛うじて防ぐことができた。



 防げたのは、かつてのヨークとデレーナの斬り合いを見ていたからだ。



 初見なら防げなかった。



「あら。これも防がれてしまいますか」



「金剛ッ!」



 返す言葉も無く、ミツキは呪文を唱えた。



 純白の魔力が、ミツキの体を覆った。



 ミツキが習得している中で、最高の強化呪文だった。



 効果は短時間だが、あらゆる能力が大幅に上昇する。



 呪文の効果によって、なんとかデレーナと切り結べる程度にはなった。



 剣閃を重ね、決定打が得られないのを見ると、デレーナはいったん後退した。



「さすがですわね。まだ力を隠していたなんて……」



「お互い様でしょう。それは」



「それでは、次の技をお見せするといたしましょう」



「別に見たくないですけど」



「……参ります。


 砂塵壁」



 デレーナが、初めて呪文を唱えた。



 呪文によって生み出された砂煙が、デレーナの周囲を覆った。



 デレーナの姿が、ミツキの視界から消えた。



 ミツキは完全に、デレーナの位置を見失った。



 まずい。



 死地へと引きずり込まれた。



 そう思ったミツキは、慌てて呪文を唱えた。



「二重壁!」



 ミツキの周囲に、2枚の障壁が展開された。



 そのとき。



 硬い何かを割るような音が聞こえた。



 ミツキは真上を見た。



 空中からのデレーナの突きが、ミツキの障壁を砕いているのが見えた。



 障壁が防がなければ、剣はミツキの頭蓋を突いていただろう。



 デレーナは障壁を砕いた反動で、ミツキの背中側へと移動した。



 ミツキはデレーナへと向き直った。



(まったく反応できなかった……。


 障壁が無ければやられていました)



「……魔剣、天孫降臨。


 とっておきでしたけど、大勢に見られてしまいましたわね」



 デレーナは、そう言って周囲を見た。



 デレーナが勝敗だけに生きる者なら、目撃者全員を殺していたかもしれない。



 さきほどの剣はそれほどの価値を持つ、初見殺しの邪剣だった。



「……驚きましたよ。


 まさか、剣士が空を舞うなんて」



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