7の11「ニトロとデレーナ」
「っ……! 勝者、ユリリカ=サザーランドチーム!」
シデルは倒れたが、彼女の結界は未だ健在だった。
結界の力で倒れたまま、バークスが決着を告げた。
「やった……! お姉ちゃん凄い!」
ユリリカが姉を褒め称え、ヨークがそれに同意した。
「そうだな」
「……………………」
シデルは無言で立ち上がった。
そしてクリスティーナを睨みつけた。
「認めない……。
こんなの認められるかああああぁぁぁっ!」
淑やかさに欠ける絶叫が、シデルの背中に赤い羽を呼んだ。
羽は推進力を生んだ。
クリスティーナを害そうと、シデルは前に出た。
「落ち着けよ」
ヨークが前に出て、シデルの両腕を掴んだ。
ヨークの純粋なパワーが、シデルの前進を止めた。
「離せっ……!」
「勝負はついた。分かってるだろ?」
そんな事を言われても、とても受け入れられるものでは無かった。
シデルはヨークの手を振りほどこうとした。
だが……。
(びくともしない……!?)
氷漬けにでもされたかのように、掴まれたシデルの腕は、ピクリとも動かなかった。
「それなら……!」
シデルはヨークに体を寄せた。
そして彼の首筋に、牙を突き立てようとした。
(私のモノにして……ッ!? 歯が……通らない……!?
だけど……この人の血の香りは……皮膚越しだというのに……
甘……)
「ひぐっ!?」
シデルの体がびくびくと震え、体から力が抜けた。
「おい。だいじょうぶか?」
ヨークは呼びかけたが、返答は無かった。
シデルは恍惚の笑みを浮かべたまま、気を失っていた。
シデルが作り出した結界が、徐々に消滅していった。
「うーん……」
シデルの妙な状態を見て、ヨークは唸った。
そこへクリスティーナが近付いてきた。
「何だったんだい? この破廉恥な女は。
いきなり首に……キ……キスするなんて……」
クリスティーナの声音には、動揺の色が見られた。
シデルの狙いは吸血だった。
しかし血が出なかったこともあり、クリスティーナには情熱的な接吻にしか見えなかった。
兜の下の顔は真っ赤になっていたが、ヨークからは見えなかった。
「戦いで興奮したんだろう」
「何を平然としてるんだい? キミのみさおが奪われたんだよ?」
「みさおて」
ヨークはシデルを抱きかかえ、壁際まで歩いた。
そしてシデルの体を横たえた。
そこへミツキが近付いてきた。
「ヨーク」
「うん?」
「ちょっと……」
ミツキはヨークの前に立った。
ヨークは黙ってミツキを見守った。
ミツキはヨークの肩に手を乗せた。
そして自身の顔を、ヨークの首に寄せてきた。
ミツキは舌を出して、ヨークの首をぺろりと舐めた。
「……!?」
ヨークは驚いて、一瞬ビクリと震えた。
「治療です」
ミツキは平然とした顔でそう言った。
そしてクリーンの方へ戻っていった。
「……そうか。治療か……」
ヨーク自身、なんだか癒やされた感覚が有った。
なのでミツキの言葉に対し、疑問を挟むことはできなかった。
ヨークがミツキの背中を見ていると、バークスが口を開いた。
「Aブロック第2試合の代表者は、中央へ集合して下さい」
(普通に続けるんだな。
ギャラリーを巻き込んでも、特にお咎めは無しか?
まあ、後で何か有るかもしれんが)
第2試合の組み合わせは、イーバチーム対トリーシャチームだった。
イーバとトリーシャが、広間の中央へと移動した。
そしてトリーシャが、バークスに向かってこう言った。
「棄権させていただきます」
「了解しました」
トリーシャの棄権によって、イーバの勝利が決まった。
(当然か)
ヨークはそう考えた。
トリーシャが勝ちを譲ることは、きっと最初から決まっていたのだろう。
(すると、俺の相手は……)
「Bブロック第1試合の代表者は、中央へ集合して下さい」
バークスがそう告げた。
Bブロック第1試合は、サレンチーム対アシュトーチームだ。
アシュトーチームには、デレーナが居る。
チームの最高戦力であるデレーナが、当然のように広間中央に立った。
「出ましたね」
サッツルがニトロに言った。
「……私が行こう」
「はい」
ニトロの言葉にサレンが頷いた。
次にニトロは表情を緩めると、サッツルに向かってこう言った。
「サッツル。キミが行っても良いけど」
「遠慮しておきます」
「ちぇっ」
ニトロは広間中央に歩き、デレーナの前に立った。
するとデレーナが口を開いた。
「娘さんの前で、少し恥をかいていただきますわ」
「キミは……」
「試合開始」
ニトロが何かを問ういとまも無く、バークスが試合の開始を告げた。
「お父様……」
サレンは不安そうに父を見た。
デレーナが只者で無いということは、サレンにも理解できていた。
「…………」
ニトロはデレーナの瞳を見た。
そして。
「あ」
彼が口を開いた瞬間、デレーナの姿が消えた。
「んぐっ!?」
背後から肩甲骨を叩かれ、ニトロは倒れた。
ニトロの魔石が砕けた。
彼の敗北だった。
「勝者、アシュトー=ブラッドロードチーム」
バークスがデレーナの勝利を告げた。
「お返しですわ」
倒れたニトロを見下ろして、デレーナがそう言った。
「キミは……覚えているのか?」
「次に何かすれば、私はあなたを許しません」
「……覚えておくよ」
二人とも、守るべき聖女候補の所へ戻っていった。
デレーナはアシュトーの所へ。
ニトロはサレンの所へ。
「負けてしまったよ」
娘の前に立ったニトロは、薄く苦笑いをした。
「…………」
「すまないね。親のなさけない姿なんか、見たくないだろうに」
「お父様はなさけなくなんかありません!」
「声が大きいよ。サレン」
「あっ……。
すいません」
一方、勝者であるデレーナは、泰然とアシュトーの前に立った。
文句なしの勝ち星を得たデレーナを、アシュトーは笑顔で出迎えた。
「やるじゃねえか」
「ありがとうございます。
ですが、次の相手は少し厳しいかもしれませんわね」
「あのキレた大剣使いか」
「理知的な方ですけどね。普段は」
「合理主義者ってわけだ?
まあ良いさ。無事に第三の試練まで来られたんだからな。
第三の試練も、勝てるに越したことは無いが……。
最後に勝つための弾は、用意してある」
次は一回戦の最終試合だった。
組み合わせは、クリーン対マギーだ。
枷の無いクリーンの動きは、マギーを圧倒した。
マギーはまともな反撃もできず、クリーンに打ち倒された。
マギーの腕輪の魔石が砕け、クリーンの勝利が決まった。
無事に勝ちを手にしたクリーンは、リーンたちの方へ駆け寄っていった。
「やったのです! モフミちゃん! おばあちゃん!」
「そうね」
リーンは抑揚の薄い声でクリーンに答えた。
マギーは固い顔でイーバたちの所へ戻った。
「負けてしまいました……」
肩を落とすマギーに対し、イーバはこう言った。
「だいじょうぶ。仇は取ってあげるわ。
サンゾウがね」
「えっ? 拙者でござるか?」
「がんばりなさい」
「善処はするでござる」
次は2回戦の第1試合だ。
組み合わせは、ユリリカチーム対イーバチームとなっていた。
誰を出してくるかと思い、ヨークはイーバたちの様子をうかがった。
するとサンゾウが前に出るのが見えた。
あいつが相手なら良いだろう。
そう考えたヨークは、自分が戦うことに決めた。
広間の中央で、ヨークとサンゾウが対峙した。
「ブラッドロードさ~ん! がんばれ~!」
「がんばえ~!」
クリスティーナとユリリカが、ヨークに声援を送った。
ヨークは応援に対し、無言で手を振り返した。
そしてサンゾウと目を合わせた。
「よっ」
「胸をお借りするのでござる」
「今日はアレは使うのか?」
またドラゴンと戦うことになるのだろうか。
そう思い、ヨークは尋ねた。
「いえ。
1度敗れた戦法を使うなど、愚の骨頂でござるからな」
「そうか」
つまり、別の戦法が見られるということか。
「楽しみだ」
期待がヨークを微笑ませた。
「試合開始」
バークスの宣言によって、試合が始まった。
サンゾウは手と手を組み合わせ、ヨークが見たこともない形を作った。
「にんにん。分身の術!」
どろんと、サンゾウの周囲で煙が上がった。
次の瞬間、サンゾウの体が四つに分身していた。
「レアスキルか……!」
「スキル? 否。ニンポーでござるよ」
「ニンポ……? 何だか知らねえが、おもしれえ!」
「行くでござる!」
四体のサンゾウが、同時に前に出た。
彼らの手中には、鋭い小太刀が見えた。
サンゾウたちはトリッキーな動きで、四方八方から攻撃をしかけてきた。
「ははっ!」
これほどの猛攻は、なかなか味わえるものではない。
ヨークはニコニコしながら防御に専念した。
たとえ数は多くとも、サンゾウの動きは、1対1ではヨークに劣っていた。
ヨークは時に受け止め、時に回避することで、全ての攻撃を防ぎきった。
「一つ目!」
ヨークの斬撃が、分身のうちの一つを斬った。
真っ二つになった分身は、煙と共に消滅した。
「むむむ……」
明白な実力差が、サンゾウを唸らせた。
「やはり、お強い」
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