7の10「クリスティーナとシデル」



 用件を済ませたミツキは、クリーンたちの所へと戻った。



 クリーンの傍に立つリーンが、仮面の穴を通し、ミツキに疑問の視線を向けた。



「何がしたかったのかしら?」



 リーンは大賢者の異名を持つ猛者だ。



 そんな彼女でも、時空を超えたミツキの意図を、見通すことはできないらしかった。



 ミツキの側も、リーンに手の内の全てを晒すつもりは無い。



 それでぼんやりとした言葉を返した。



「自己満足……ですかねぇ」



「目立ちたかった? 力を誇示したかったのかしら?」



「そんなところです」



「そういう人には見えなかったけれど」



「知り合ってから、それほど長くも無いでしょう」



「……そうね」



「出発しないのですか?」



 先を急ぐ試練なのに、のんびりとしていても良いのだろうか。



 そう思っているらしいクリーンが、焦れた様子を見せた。



「すいません。行きましょう」



 ミツキはそう言って、シュウに視線を送った。



「世話になるよ」



 ミツキたちは、置いてけぼりにされたシュウも加えて、広間から出発した。



 一方ヨークたちは、迷宮の魔獣に遭遇していた。



 彼らが出会った魔獣は、大型のネズミだった。



「わっ! 魔獣だ! 魔獣だよ!?」



 ロクに戦闘経験の無いクリスティーナは、そう言ってヨークの後ろに隠れた。



「そうだな。魔獣だな」



 一方でヨークは平然としていた。



 彼はスキルで強化された魔獣と毎日戦っている。



 人知を超えた死闘だ。



 もはや普通の魔獣を脅威とみなすのは難しかった。



「つーわけで、頑張れ」



「えっ!?」



 ヨークは後ろに下がった。



 そしてクリスティーナを先頭に立たせた。



「ど、どど、どういうことかな!?」



 矢面に立たされたクリスティーナは、震えながらヨークに尋ねた。



「妹の前で、格好いいところ見せたいだろ?」



「…………まあね!」



 クリスティーナの震えが止まった。



 彼女は魔獣に向き直ろうとした。



「よーし。かかって……」



 彼女たちのやり取りは、魔獣から見れば隙でしか無かった。



 クリスティーナが構えるよりも前に、魔獣が彼女に飛びかかってきた。



「ひゃあっ!?」



 クリスティーナは悲鳴を上げた。



 魔獣が彼女ににのしかかった。



「っと」



 ヨークが魔獣を蹴った。



 勢いよく壁にブチ当たり、魔獣は絶命した。



 魔石が地面に落ちた。



「ひぁぁ……」



「ヨークさん。あんまりお姉ちゃんを虐めないで下さい」



 ユリリカがヨークをたしなめた。



「追い込まれたら、力が出せるかと思ったんだが……」



「そうですね。お姉ちゃんはそういうタイプです」



「力が出てるようには見えんが……」



「追い込まれてないからですよ」



「…………?」



「ヨークさんが居るから、安心してるんですよ。お姉ちゃんは」



「…………立てるか?」



「へ……へっちゃらさ……」



 クリスティーナは立とうとしたが、その足は震えていた。



「……悪かったよ」



 ヨークはクリスティーナを抱え上げた。



「ひゃっ!?」



「……ずるい」




 ……。




「にんにん」



 サンゾウの小太刀がネズミを切り裂いた。



 魔獣は一撃で絶命し、地面に魔石を落とした。



「サンゾウ……」



 サンゾウの背後から、イーバが彼に声をかけた。



「何でござるか?」



「私の『聖域』は、4メートルが限界のはずなんだけど」



「それが何か?」



「…………」



 サンゾウが倒した魔獣とイーバの距離は、どう見ても10メートルは離れていた。



「ここの魔獣って、思っていたよりも強く無いのかしら……?」



 イーバは首を傾げた。



 そのとき、新手の魔獣が現れた。



「新手でござるな」



「ストップ」



 臨戦態勢に入ったサンゾウを、イーバが制止した。



「む?」



「リドカイン。あなた、試しにアレと戦ってみない? 『聖域』ナシで」



「……勘弁してくれ」




 ……。




「アシュトー」



 アシュトーを抱きかかえたまま、デレーナが足を止めた。



「どうした?」



 デレーナの腕から下りて、アシュトーが疑問符を浮かべた。



「迷子になってしまいましたわ」



 するとアシュトーは、ポケットに手を入れた。



 そして折りたたまれた紙を取り出し、デレーナに手渡した。



「この迷宮の地図だ」



「ありがとうございます。


 …………あの」



「どうした?」



「今、どこですの?」



「…………知るかよ」




 ……。




 なんのかんのありつつ、八人の聖女候補は、無事に目的地へと到着した。



 ミツキが脱落させた神殿騎士を除けば、守護騎士たちも全員が無事だった。



 人数が揃ったのを確認すると、バークスが口を開いた。



「八人の聖女候補の到着が確認されました。


 今この時をもって、


 第二の試練を終了とさせていただきます。


 それでは、第三の試練の説明へと移らせていただきます」



 前回はバークスがそう言った時、迷宮には聖女候補が残されていた。



 そのせいで、ヨークが口を挟むことになった。



 今回は、ミツキが間引きを行っている。



 そのおかげで、ヨークは何も言わなかった。



 バークスは滞りなく、試練の説明を進めていった。



 第一、第二の試練と同様。



 第三の試練のルールも、前回と変わらないようだった。



 それぞれのチームの代表による、直接的な戦いだ。



 ルール説明が終わると、組み合わせを決めるため、くじ引きが行われた。



 くじ引きの結果、組み合わせは以下のように決まった。




 Aブロック


 第一試合 ユリリカ VS シデル


 第二試合 トリーシャ VS イーバ



 Bブロック


 第一試合 サレン VS アシュトー


 第二試合 クリーン VS マギー




「しょっぱなか……」



 組み合わせを確認すると、ヨークはこう考えた。



(クリーンのチームは反対側。


 ミツキと当たるのは決勝戦になるな。


 1回戦はどうするかな。


 シデルって奴の実力は、良く分からんが……。


 聖女候補相手に、俺が出て行くってのも違う気がするんだよな)



 シデルの守護騎士は、ミツキが失格にしている。



 そのおかげでシデルのチームは、彼女一人になっていた。



 ヨークたちが誰を選ぼうが、確実にシデルと当たることになる。



 神を相手に牙を研いでいる自分が、そこいらの少女に負けるはずが無い。



 まともな戦いにすらならないだろう。



 ヨークはそう自負している。



 夢に向かう少女を捻り潰すのは、ヨークには気がすすまなかった。



「ユリリカってケンカ強いのか?」



 ヨークがユリリカに尋ねた。



「私なんて全然ですよ。全然」



「そうか……」



(ユリリカを出してわざと負けるってのも、何か違うんだよなぁ)



 相手の聖女候補は、守護騎士が脱落しても、独力で迷宮を抜けてきたようだ。



 実力者なのだろう。



 それに対しユリリカは、特に武勇に秀でているわけでは無いらしい。



 ユリリカを出せば、おそらくは敗れるだろう。



 ヨークはそう推測した。



 いったいどうするのが正解なのか。



 ヨークは少し思案した。



 そして。



「それじゃあ……。


 ティーナ。1回戦ヨロシク」



 ヨークは白い装甲に覆われた肩を、ポンと叩いた。



「えっ?


 ボボボボクがかい?」



 急にバトンを渡されたクリスティーナは、露骨に挙動不審になった。



「安心しろよ。審判が居るから死なねえって。


 それにほら、相手も歴戦の勇士って感じじゃない」



「ボクより弱い人間なんて、この世に存在しないよ?」



「何のための白蜘蛛だよ。


 ほら、行ってこ~い」



 ヨークはクリスティーナの背中を、広間の中央に向かって押した。



「ひゃああ!?」



 それを見て対戦相手のシデルは、クリスティーナの正面に移動した。



「試合開始」



 バークスが、試合の始まりを告げた。



「うぅ……。恨むよ。ブラッドロードさん」



 クリスティーナはおどおどとした挙動で、シデルと向き合った。



 対するシデルは、妙な格好のクリスティーナに、警戒の視線を向けた。



「……得体が知れない感じですね。


 1回戦ですが、仕方がありません。


 ……血の結界よ」



「ッ……!?」



 兜の下で、クリスティーナの目が見開かれた。



 シデルの足元から、赤く光る線が走った。



 その線は、部屋全体を囲む魔法陣を形成した。



「う……!?」



 ユリリカの体勢が崩れた。



 広間の中で、一定の力に達さない者たちが、次々と倒れていった。



「だいじょうぶか?」



 ヨークはユリリカを支え、彼女に声をかけた。



「体が……重い……」



「あいつの技か。メチャクチャしやがるな」



「……………………?


 私の技を受けて、どうして立っているのですか?」



 シデルは広間を見回して、疑問符を散らした。



 ヨーク、ミツキ、デレーナ、サンゾウ、リーン、そしてクリスティーナ。



 彼らは平然と立っていた。



 一人くらいなら、なんとかして立つ者が居るかもしれない。



 そう考えていたシデルにとって、それは驚くべき展開だった。



「何か凄いスキルを使ったみたいだね」



 白蜘蛛の装甲の下で、クリスティーナが口を開いた。



「勝ちたいのは分かるけど、


 ユリリカを巻き込んだのはいただけないな」



「どうして立っているのだと聞いているのです!」



「どうしてって……。


 この白蜘蛛は、改良型だからね」



「意味が……ッ」



 クリスティーナは前に出た。



 腹への打撃で、シデルの体が浮いた。



 さらに左頬へと拳が刺さった。



 次に右こめかみへの上段回し蹴り。



 拳法の達人のような流れる打撃を受け、シデルの体が転がっていった。



 三つ有った腕輪の魔石は、全て砕けてしまっていた。



「キミの負けだ」



 地面に転がったシデルを見て、クリスティーナがそう言った。



 ユリリカを苦しめられて、彼女は少し怒っていた



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