7の18「ブラッドロードと血筋」



 クリーンは、男たちとの踊りを終えた。



 踊りが終わっても男たちの方は、クリーンに未練が残っていたようだ。



 なんとかして彼女を口説こうとした。



 だがクリーンの方には、男たちへの興味は無かった。



 レディスに習った作法で男たちを袖にすると、元の場所へと戻っていった。



「ヨークが居ないのです……」



 クリーンは呟いた。



 ヨークがアシュトーに連れ出されたことを、クリーンは知らなかった。



 それを見たクリスティーナが、彼女に声をかけた。



「彼はアシュトーさんに連れられて、どこかに行ったよ。


 何か話が有るらしい」



 それを聞いて、クリーンはつまらなさそうな顔を見せた。



「むぅ……」



 それを見たクリスティーナは、微笑ましげに笑った。



「ふふっ」



「何なのですか?」



「ううん。別に」




 ……。




 ヨークたちはアシュトーと共に、大神殿の廊下を歩いた。



 そして応接室に入室した。



 ヨークは室内を見回した。



「…………?」



 応接室の奥側のソファに、青い肌の男性が腰かけているのが見えた。



 ヨークよりも濃い青だ。



 純血の魔族らしい。



 年は40歳ほどに見えた。



 身なりが良い。



 それなりの立場に居る人物のようだった。



 彼の後ろには、魔族のメイドが控えていた。



 メイドの物腰には隙が無い。



 おそらくはニンジャだろう。



(誰だ……?)



 魔族の男は、ヨークとは初対面のはずだった。



 ヨークは男を見ても、用件を推測することはできなかった。



 だが、どこか懐かしい。



 ヨークは男に対して、そんな雰囲気を感じていた。



 いったいどうしてだろうか。



 ヨークが戸惑っていると、男の方から口を開いた。



「なるほど。あの女に似ている」



 独り言のように、男がそう言った。



「はい?」



 ヨークは疑問符を浮かべたが、男はそれに答えなかった。



「…………」



 アシュトーは、男が座るソファの隣に立った。



 一緒に座ることは許されてはいないようだ。



 彼女は男に使われる側の存在らしい。



「かけてくれ」



 男がヨークにそう言った。



「……はぁ」



 ヨークは出入り口に近い方のソファに腰かけた。



「…………」



 ヨークに同行していたミツキは、ソファの隣に立っていた。



 ヨークがそっちを向いて、ミツキに声をかけた。



「どうした? 座れよ」



「はい」



 ヨークに言われたので、ミツキは彼の隣に座った。



 王都の常識で言えば、彼女はそこに座るような存在では無い。



 だがミツキにとって、ヨークの言葉は常識に優先する。



 彼女は堂々と、ソファの上で背筋を伸ばした。



 それを見て、魔族の男が眉をひそめた。



「……悪趣味だな。血か?」 



「は?」



「奴隷との線引きは、するべきだと思うのだが」



 奴隷には、奴隷の扱いというものが有る。



 男にとってはそれが常識だった。



 そしてそれは、大多数の人間の常識でも有る。



 だがそんなものは、ヨークからすれば知ったことでは無かった。



「ケンカ売ってんなら帰るぜ」



 ミツキを冷遇するのなら、ヨークにとっては敵でしかない。



 そんな価値観に従って、彼は立ち上がった。



「待て」



「待つ理由が有るのかよ。俺に」



 ヨークは不機嫌そうに男を睨んだ。



 王都において男の言動が、それほどおかしいもので無いという事は理解している。



 だが、常識というのは絶対のものでは無い。



 ここ王都でも、ミツキに礼儀を尽くしてくれる人間は、僅かながら存在する。



 そういう人たちが居るのに、わざわざそれ以外の連中と付き合いたいとは、ヨークには思えなかった。



 怒ったヨークを見て、アシュトーは慌てた調子でこう言った。



「会長! ヨークは俺の恩人です!」



「む……」



「ヨークも、もう少しだけ話を聞いてくれ。頼む」



「……分かった」



 アシュトーの顔を立てて、ヨークはソファに座り直した。



 男の方も、これ以上ミツキの扱いに口を挟む気は、無い様子だった。



「…………」



「…………」



 二人の間に、気まずい空気が漂った。



 やがて男が口を開いた。



「……俺はアーク=ブラッドロード。


 ブラッドロード商会の会長をやっている」



「そうかよ。名前くらいは聞いたこと有るぜ。


 俺はヨーク=ブラッドロード。こっちは相棒のミツキだ」



「…………」



 相棒という言葉を聞いて、アークは顔をしかめた。



 そんな彼の態度に、ヨークは敏感に反応した。



「あ゛?」



 まだ何か言うつもりなのか。



 そう思い、ヨークはアークを睨みつけた。



 育ちの悪い、田舎の不良少年のガン付けだった。



「いちいち喧嘩腰になるのは止めてくれ……!」



「……悪い」



 困り顔になったアシュトーを見て、ヨークは反省した。



 幼稚な態度を引っ込めて、アークの言葉を待った。



「…………」



「…………」



 さらに微妙な沈黙を経て、アークが口を開いた。



「アシュトーが、世話になったらしいな」



「まあ、一応」



「ルビーナ」



 アークがメイドに声をかけた。



 メイドの名は、ルビーナというらしい。



「はい」



 ルビーナは、どこかから袋を取り出した。



 そしてその袋を、ソファの間のローテーブルに置いた。



 彼女は袋の口を開いた。



 すると袋の中に、金貨がぎっしりとが詰まっているのが見えた。



「謝礼だ。受け取って欲しい」



「別に大したことはしちゃいねえが」



「俺たちにとっては、大したことだったんだ」



 アークはポケットから、小さな魔導器を取り出した。



 そしてそれを作動させると、ローテーブルの上に置いた。



「それは?」



 見慣れない魔導器を見て、ヨークがそう尋ねた。



「盗聴防止の魔導器だ」



「盗聴?」



「これからの話は、人族の総本山で話すような内容では無いのでな。


 ……ここだけの話をしよう。


 アシュトーは、ハーフだ」



「そうなのか?」



 ヨークは意外そうにアシュトーを見た。



 ヨークの目には、アシュトーの肌色は、人族そのものに見えた。



 大神殿においても、彼女の肌色について、とやかく言っている者はいなかった。



「……ああ」



 ヨークの疑問に対し、アークは頷いてみせた。



「正確には、ワンシックスティーンスだがな」



「何だそりゃ?」



「彼女には16分の1だけ、魔族の血が混じっているということだ」



「……それで?」



「歴代の聖女には、純血の人族ばかりが選ばれてきたという事は知っているか?」



「まあ、なんとなくはな」



「魔族は元は劣等の種族とされており、


 人族とは平等では無かった。


 魔族は種族の幸福のために、人族と戦い続けた。


 我らブラッドロードの一族は、その旗印だった。


 長い闘争のかいが有って、


 魔族には、建前上の権利が与えられた。


 だが、未だ真の平等とは言い難い。


 魔族の血を引く者を聖女の座につけることは、


 遠大なブラッドロードの闘争の一つだ。


 アシュトーの聖女としての地位が磐石になった後、


 彼女の血筋を世間に公表する。


 前例が出来れば、そして力が有れば、


 やがては純血の魔族が聖女となる事も可能となるだろう」



「……はぁ」



「興味が無さそうだな?」



「あんまり」



「おまえもハーフだろう」



「違うな。


 俺は禁忌の子だ」



「え……!?」



 アシュトーが驚きを見せた。



 一方でアークの方は、大した反応は見せなかった。



 最初からヨークの素性を知っていたのかもしれない。



「最近になるまで知らなかったよ」



 ヨークは真剣な顔で言葉を続けた。



「この王都では、俺みたいなガキは、産まれてすぐに殺されるらしいな?


 子供だけじゃない。その親もだ。


 そのせいで、王都の第三種族は、年々数を減らしていった。


 何百年も、ずっと変わらない。


 魔族のための戦い? 平等? ハーフで初めての聖女?


 ご立派なことだ。好きにすりゃあ良いさ。


 俺とミツキには関係が無い。1ミリもな。


 金は要らない。もう帰っても良いか?」



「……待て」



 立ち上がろうとしたヨークを、アークが呼び止めた。



「何だよ?」



「おまえの両親の名前は?」



「父親はリューク=ブラッドロード。母親はセイレム=クオートドレイク」



「やはりか」



「…………」



「おまえの父親、リューク=ブラッドロードは、俺の弟だ」



「そうかよ」



「弟は……どうなった?」



「俺が物心つく前に、森の魔獣に殺された。そう聞いてる」



「……そうか。


 母親は元気か?」



「知らねえ。


 親父が死んですぐ、どっかに消えちまったんだとよ」



「おまえを捨ててか」



「ッ! 知らねえっつってんだろ!」



「……すまんな。


 金貨は受け取ってくれ。伯父として、おまえを援助したい」



「要らねえってのに。


 十のガキじゃねえんだ。テメェの面倒くらいテメェで見るぜ」



「……何か困ったことが有れば来い。力になろう」



「どうも。それじゃあ」



 ヨークはソファから立ち上がり、応接室から退出した。



 ミツキもそれに続いた。



 残されたアークは少し黙り、それからアシュトーに声をかけた。



「みっともない所を見せたな」



「いえ」




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