7の6「試練の日と参加者たち」



 やがて試練の日がやって来た。



 早朝ヨークたちは、宿で身支度を整えた。



 そして支度が完了すると、クリーンが口を開いた。



「ついに、この日がやって来たのです」



「そうだな」



「がんばりましょう」



 ミツキがやる気を見せた。



 クリーンはそれに答え、拳を天へと突き上げた。



「えいえいお~!」



 ミツキもクリーンに合わせて拳を突き上げた。



「お~!」



「がんばれよ」



 ヨークは、距離感の有る声でそう言った。



 彼はクリーンたちとは別チームだからだ。



 ユリリカのライバルである彼女たちを、100の熱量で応援するわけにはいかない。



 次にヨークは、ミツキに対して出発を告げた。



「それじゃ、俺はユリリカを迎えに行くわ」



「はい。お互いがんばりましょう」



 ヨークは寝室から出て行った。



 その一瞬後。



 赤いローブ姿の女が、無音で室内に現れた。



 リーン=ノンシルドだ。



 リーンの顔には相変わらず、素顔を隠す仮面が見えた。



 そのデザインは、前につけていた仮面とは、ほんの少しだけ違っていた。



「おはよう。クリーン」



「おはようなのです」



 クリーンはリーンに抱きついた。



 リーンはよしよしとクリーンの頭を撫でた。



「……本当に来たのですね」



 ミツキがそう言った。



「悪い?」



「意外ではありますね」



 ミツキから見たリーンは、得体の知れない謎の人物だった。



 まさかそんな彼女と、仲良く試練に参加することになるとは。



 完全に予想外の展開だった。



「あのヨーグラウのせいでクリーンが負けるなんて、冗談じゃないのよ」



「……実は親バカなのですか?


 いえ。この場合はババ馬鹿……」



「あ゛?」



 リーンがドスのきいた声を発した。



「……すいません」



 ミツキは素直に頭を下げ、話を切り替えた。



「しかし、綺麗にヨークが居なくなったタイミングで来ましたね」



「嫌いなのよ。アイツ」



「…………」



「もしクリーンに手を出したら殺してやろうと思って、


 ずっと見張ってたけど……。


 まあ、護衛としての最低限の理性は有ったみたいね」



「プライバシー侵害やめてもらえます?」



 一方。



 廊下に出たヨークは、そこでバニと出くわした。



「ヨーク。がんばってね」



 大舞台に向かうヨークに、バニは励ましの声をかけた。



「どうかなー。あんまりがんばると、オレ強すぎるからなー」



「ふふっ。この自信家め。


 優勝したら、お祝いに皆でバーベキューでもしましょうか」



 運動会の話でもするかのように、バニはそう提案した。



 聖女とは、燦爛たるスターだ。



 そんな王都の華を選ぶ試練が、死屍累々の過激なものだとは、想像できないのかもしれない。



 対するヨークの方にも、大きな気合は見られない。



 バニと同じくらいの温度で、彼女にこう尋ねた。



「皆っていうと、誰から誰までだ?」



「全員」



「全員かー。王都にそんな広い場所有るかな」



「公園は?」



「あそこは火気厳禁だぞ」



「そうなんだ?


 それじゃあ、フルーレの家とか」



「広さは十分だけど、許可取れるかな?」



「ラビュリントス」



「……俺たちの面子ならアリだな」



 バニとの会話を終えると、ヨークは宿屋から出た。



 そして通りを歩き、ユリリカの家へと向かった。



 玄関前に立ったヨークは、サザーランド邸の呼び鈴を鳴らした。



「はーい」



 すぐにユリリカの声が聞こえてきた。



 彼女は小走りに駆けて、玄関の扉を開いた。



 ヨークの目に映った彼女の格好は、神官としての正装だった。



「用意は出来てるか?」



「はい。だいじょうぶですよ」



 ユリリカはそう言うと、家の中へと振り返った。



「行ってくるわね」



 廊下には、ユリリカの家族の姿が有った。



 マリー、ネフィリム、クリスティーナの三人が、順番に口を開いた。



「がんばって。姉さん」



「ファイトであります」



「うん」



 三人の中でクリスティーナだけが、タタキに足を踏み入れた。



 そして玄関を通り、ヨークに声をかけてきた。



「行こうか」



「大神殿まで付き添いか?」



「はっはっは。何を言っているのかな?


 ボクがユリリカの守護騎士1号だよ」



 クリスティーナはそう言うと、左拳をぎゅっと握った。



 彼女の左腕には、白い籠手がはめられていた。



「ユリリカが危ないことをしているのに、


 家長のボクが、家でのほほんとしていられないからね」



「いや。仕事行けよ」



「天才は、たまに働けば良いんだよ」



「左様か。


 ……ユリリカ。聞いてないんだが?」



 ヨークは少し困った様子でユリリカを見た。



「ごめんなさい」



 ユリリカが謝罪をすると、クリスティーナが即座に口を開いた。



「ユリリカを責めないで欲しいな。


 なにせ、守護騎士がボクに決まったのは、つい先日だからね」



「…………?」



「実はネフィリムとボク、


 どっちが行くのかが、中々決まらなかったのさ。


 けど、公正なる家長権限によって、ボクがユリリカの守護騎士に決まったんだよ」



「ぐぬぬであります」



 廊下の方でネフィリムが、不服さを表現していた。



(どう考えてもネフィリムの方が適任だと思うが)



 ヨークは内心でそう考え、クリスティーナにこう尋ねた。



「それで家庭内暴君。おまえ戦えるのかよ」



「問題無いよ。……エクストラマキナ、白蜘蛛」



 クリスティーナがそう唱えると、彼女の籠手が輝いた。



 そして彼女の全身が、白い光に包まれた。



 光が消えた時、クリスティーナの体は、白い装甲に覆われていた。



「この改良型エクストラマキナが有れば、他の守護騎士なんて枯れ枝も同然さ」



「だと良いがな」



「大船に乗ったつもりでいたまえ。さあ、出発だ」



「えっ? その格好で行くのか?」



「格好いいだろう?」



 クリスティーナはギャキィッと構えた。



「まあね」



 ヨークはユリリカと格好いいクリスティーナと共に、大神殿へと向かった。



 大神殿に入ったヨークたちは、指定された広間に向かった。



 ヨークたちが広間に入室するよりも少し前……。



「頼んだぜ。メイルブーケの」



「うん」



 シュウ=メイルブーケが、アシュトーに向かって頷いた。



「ユーリアさまの地盤を磐石とするため、全力を尽くそう」



「どうして私まで……」



 シュウの隣で、デレーナが顔をしかめていた。



 シュウに無理に引っ張り出されたらしい。



「どうせ暇だろ? クマのぬいぐるみ買ってやるから」



「私もう17歳なのですけど」



「17歳だと何が欲しいんだ?」



「愛……でしょうか?」



 デレーナが、どこか遠くを見つめて言った。



「何言ってんだコイツ」



「…………」



 アシュトーの白けた言葉を受けて、デレーナは興が削がれた様子を見せた。



 そんなデレーナの反応は気にせず、アシュトーは言葉を続けた。



「そんな腑抜けた具合でだいじょうぶなのかよ?」



「心配なされずとも、そこいらの神殿騎士に遅れを取るような私では……」



 そのとき。



「あっ。デレーナさん」



 ミツキがデレーナに声をかけてきた。



 そこいらの神殿騎士では無い女だった。



「…………」



「…………」



 デレーナとシュウは固まってしまった。



「…………?」



 ミツキを知らないアシュトーだけが、頭上に疑問符を浮かべていた。



「ごきげんよう。ミツキ」



 デレーナは気を取り直し、優雅にミツキに挨拶をした。



「はい。ごきげんよう」



 ミツキも同様に挨拶を返した。



「……ミツキも聖女の試練に参加するんですの?」



「はい。こちらのクリーンさんの守護騎士として」



 ミツキはそう言うと、近くに立つクリーンに視線を向けた。



「クリーン=ノンシルドです。よろしくなのです」



「デレーナ=メイルブーケですわ。よろしくお願いします」



「ですです」



 クリーンとの挨拶が終わると、デレーナは仮面の人物に視線を向けた。



「そちらの仮面の方は?」



「…………」



 デレーナの問いに、リーンは答えなかった。



 代わりにクリーンが口を開いた。



「私のおばあちゃんなのです」



「そう。


 ミツキはどうしてクリーンさんの守護騎士に?」



「その場の流れで、なんとなく」



「…………」



 デレーナは微妙な顔になった。



「……ヨークさまは?」



「ご主人様も参加しますよ。


 クリーンさんではなく、別の聖女候補の守護騎士として」



「それはどうしてですの?」



「その場の流れで、なんとなくです」



「……そうですのね」



 そんな二人のやり取りを、アシュトーが咎めた。



「おい。敵と馴れ合ってんじゃねえぞ」



「失礼しました。それでは」



 ミツキは礼儀正しく頭を下げ、デレーナから離れていった。



「ユーリアさま……。申し訳ありません……」



 神殿騎士ていど、全て斬り伏せてみせる。



 アシュトーを勝ち残らせ、借金を完済する。



 そう目論んでいたシュウは、遠い領地のユーリアに謝罪した。



「何なんだよ……」



 先程までの気合はどこへ行ったのか。



 沈んだシュウを見て、アシュトーは不可解そうに顔を歪めた。



「私たちよりも強いお方が、聖女の試練に参加するということですわ」



 アシュトーの疑問にデレーナが答えた。



「あのミツキって奴が、そんなに強いのかよ」



「ミツキだけなら、私がなんとか出来るかもしれません。


 ですが……。


 ヨーク=ブラッドロード。


 あのお方には、誰一人として敵いません」



「ブラッドロード……?」


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