7の4「サンゾウとリーン」



「さあ、さあ」



 ヨークはサンゾウに迫った。



 自身の欲望を隠そうともしない。



 だがサンゾウの方は、あまり気がない様子だった。



「拙者には、おぬしと戦う理由が無いでござる」



「そこをなんとか。先っちょ、先っちょだけだから」



「意味が分からないのでござる!?」



 このまままっすぐに求めても、サンゾウと闘うことはできないかもしれない。



 そう感じたヨークは、侮るような笑みを意識的に浮かべた。



「俺はおまえのツノを折った。


 ムカついてんだろ? やろうぜ。爺さん」



 見え見えの挑発だ。



 そうとわかっていても、サンゾウはかちんと来た様子を見せた。



「拙者、爺さんなどという歳では無いのでござるが……。


 ちょっと口の利き方を、


 教えてやった方が良いようでござるな。若造。


 …………変化!」



 サンゾウが念じると、手にしたツノが輝いた。



 サンゾウの全身が、光に包まれた。



 次の瞬間、狐耳の少年は、巨体の緑竜へと変化していた。



「助かるぜ。先輩」



 好戦的な笑みを浮かべたヨークに対し、サンゾウは獣のように唸った。



「グルルルルッ」



「行くぜ。おらぁっ!」



 ヨークは前に出た。



 そして、剣を抜かずに素手で、サンゾウの顔を殴りつけた。



「グギョッ!?」



 球技用のボールのように軽々と、竜の巨体が宙に舞った。



 巨体が壁面に衝突した。


 

 壁に大きなクレーターができた。



 竜は壁を滑るようにずるずると落下した。



 地響きが鳴り、土ぼこりが舞った。



 ヨークは反撃を待ち構えたが、攻撃が来る様子は無かった。



「あれ……?」



 ヨークは疑問の声を上げた。



 緑竜が輝き、元の少年の姿に戻った。



「…………」



 少年は、目を閉じて動かなかった。



 気絶してしまったらしい。



「ドラゴン弱いな……」



 ヨークの呟きに、ミツキが答えた。



「どうやら強くなりすぎてしまったらしいですね」



「うーん……」



 死闘が始まる。



 そう思ってワクワクしていたヨークは、苦い顔をした。



 そのとき。



「あら?」



 ヨークたちの後ろに、赤ローブの人物が現れた。



「ドラゴンの反応が有ったように思えたんだけど……」



 顔を覆う仮面の奥から、若い女の声が聞こえてきた。



「今度は何なのですか?」



 クリーンが女へと振り返った。



 それを見た赤ローブの肩が、ぴくりと動いた。



「私は通りすがりの魔術師よ。それで……」



 赤ローブの女は、倒れているサンゾウを見た。



 サンゾウの手には、折れたツノが握られていた。



 それを見て、赤ローブはこう尋ねた。



「その子がドラゴンかしら?」



 その赤ローブの問いに対して、ヨークは疑問を返した。



「知ってるのかよ。ドラゴンが元は人間だって」



「質問しているのはこちらなのだけど?」



「ドラゴンだったら何だってんだ?」



「あなたたちが倒したの?」



「ああ」



「本当に……?」



 赤ローブは、ヨークに近付いていった。



 そして手袋を外すと、赤い手をヨークに伸ばした。



 ヨークは動かずに、その様子を見守っていた。



 ほっそりとした指が、ヨークの頬に触れた。



 そのとき。



「っ!」



 赤ローブは、慌てた様子で後退した。



 そして、ヨークへと手のひらを向けた。



「あなた……ヨーグラウ……!?」



「は? 俺はヨーク=ブラッドロードだ」



「ヨーク? あなたが?」



「何だよ?」



「そう……。記憶が無いのね。あなたも」



「…………?」



 ヨークは目を細めた。



 ヨークには、幼い頃からの記憶が、しっかりと有る。



 記憶喪失などになった覚えは無かった。



 それに『あなたも』というのも、意味がわからない。



 何もわからないまま、ヨークは女の言葉を待った。



「ところで、そのドラゴンを渡してもらえるかしら?」



「何するつもりだよ」



「ドラゴンは、私たちの敵よ。


 始末しなくてはならないわ」



「お断りだ」



「どうして?」



「ダチを黙って殺させるかよ」



「えっ? 友だちだったのですか?」



 クリーンが意外そうに尋ねた。



「ケンカしただろ?


 だったら、ダチだろ」



「????????」



 意味がわからない。



 喧嘩をしたら敵ではないのか。



 文化の違うヨークの言葉に、クリーンは大量の疑問符を浮かべた。



「????」



 赤ローブの頭上にも、同様に疑問符が浮かんでいた。



「…………」



 ミツキには動揺は見られなかったが、何かを諦めたような様子でもあった。



「良く分からないけれど……交渉決裂のようね。それなら……」



 ヨークの前方から、赤ローブの姿が消えた。



 次の瞬間には、彼女はサンゾウのすぐ近くに立っていた。



 彼女の得意技である空間転移だ。



 彼女はサンゾウを抱え上げ、そのまま転移で逃げようとした。



 だが……。



「ぐうっ!?」



 ヨークの拳が、赤ローブの仮面に突き刺さった。



 赤ローブの手から離れたサンゾウを、ヨークは素早く受け止めた。



 赤ローブはごろごろと地面を転がり、動かなくなった。



「悪いな。


 女の顔殴るのは、あんまり趣味じゃねーんだが……」



 サンゾウを殺させるわけにはいかない。



 仕方が無かった。



 理屈ではそう思いながらも、ヨークの内心には、後味の悪さが広がっていた。



 ヨークはサンゾウを地面に寝かせると、苦い顔で赤ローブに近付いていった。



 彼女の仮面が砕けていた。



 割れた仮面を身につけていては危ない。



 そう思ったヨークが仮面を掴み取った。



 次の瞬間。



「え……?」



 驚きで、ヨークの体が固まった。



「どうしたのですか?」



 事態を見守っていたミツキが、ヨークに近付いてきた。



「クリーン……」



「……?」



 ミツキは赤ローブの顔を覗き込んだ。



 するとミツキも驚きを見せた。



「これは……!」



 何事かと思い、クリーンも、ヨークたちの方へと近付いてきた。



 そして赤ローブの素顔を見ると、こう言った。



「おばあちゃん」



「おばあちゃん? こいつが?」



「はい。そうなのですけど……。


 村に居るはずのおばあちゃんが、どうして……」



「いや、村っていうか……」



 仮面を取った赤ローブの顔は、クリーンに瓜二つだった。



 その肌は若い。



 とても孫が居るような年齢には見えない。



 双子の姉妹だと言われた方が、ヨークには納得がいっただろう。



 ヨークは気絶しているサンゾウの方へ視線を向けた。



 サンゾウも、ヨークより遥かに年上のはずだが、その外見は若々しい。



「最近は、若作りがはやってんのか?」



「どうしましょうか?」



 ミツキがヨークに尋ねた。



「とりあえず宿に帰るか。


 ……まずはあっちの方をなんとかするか」



 ヨークたちは、サンゾウに近付いていった。



 ミツキが呪文を唱えた。



「風癒」



「う……」



 ミツキの治癒術を受けてサンゾウは立ち上がった。



「…………!」



 彼はハッとした様子で、ヨークの前で跪いた。



「ご無礼をお許し願いたいのでござる。ヨーグラウさま」



「おまえもかよ……」



 1日に2度も、聞き慣れない名前で呼ばれた。



 ヨークは意味がわからず、うんざりとした声を漏らした。



「はい?」



 サンゾウには、ヨークの不機嫌の理由はわからなかったようだ。



 それで疑問の声を上げた。



「何だよそのヨーグラウってのは」



「拙者のことは、覚えていないようでござるな。


 しかし、その魂の匂い、


 我があるじであるヨーグラウさまに間違い無いのでござる」



「いきなり魂とか言われても困るんだが」



「……そうでござるか。


 ですが、出来るならば、今生のあなた様にも


 仕えさせていただきたいのでござるが」



 そんなサンゾウの意向を、ミツキの言葉が遮った。



「不要です。


 ヨークのお傍には、私が居ますから」



「むむむ……!


 聞き捨てならないでござる!


 ヨーグラウさまのしもべの座を賭けて勝負するでござる!」



 サンゾウがそう言うと、ミツキはやる気に満ちた顔を見せた。



「良いでしょう」



「何賭けてんだよ……」



 ヨークは呆れ顔を見せた。



 ……1分後。



「むぎゅう……」



 大興奮状態だった忍者がアワレにもしもべの役目を得られず死んでいた。



「 完 全 勝 利 」



 ミツキは両拳を上げ、ふんぞり返り、自らの勝利を誇示した。



「さあ、行きましょうか」



 地べたで負け犬と化したサンゾウを放置し、ミツキは行ってしまおうとした。



「うぅ……ヨーグラウさま……」



 サンゾウが、未練がましく呻いた。



 それを見てヨークが言った。



「置いてくのはさすがにかわいそうだろ」



 ヨークはサンゾウに歩み寄り、彼の肩をぽんぽんと叩いた。



「ほら、立てよ。メシくらいおごってやるから」



「ヨーグラウさまぁ……!」



 サンゾウは、感激に満ちた表情で立ち上がった。



「止めろよそれ。


 俺はヨークだし、さま付けとかも気色悪い」



「……ヨークどの?」



「それで良いや。行こうぜ」



「はい!」



 再び壁に穴を開けて、ヨークたちはサンゾウが居た部屋を出た。



 そして迷宮の帰り道を歩いた。



 ヨークの腕は、気絶した赤ローブを抱えていた。



「…………」



 ヨークの斜め後ろを歩きながら、クリーンは赤ローブの女を見た。



 そしてヨークにこう問いかけた。



「ヨークは……いったい何者なのですか?」



「ただの村民だっての」



「けど……。


 今日起きたことは、普通じゃ無かったのです」



「たまにはそういうことも有るさ」



「……無いと思うのですけど」



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