7の3「ツノとサンゾウ」


 広い通路が有り、その傍を、川が勢いよく流れている。



 探索を繰り返しているミツキたちには、もはや見慣れた光景だった。



 異常は何も無かった。



 そしてミツキにとっては、異常が無いということが異常だった。



(私たちの知らないところで、運命が変わってしまったのでしょうか?)



 ミツキはそう考えた。



 だが、そうと決めつけてしまうのも、早計に思えた。



 それでヨークにこう言った。



「……ちょっと着くのが早かったのかもしれません。


 岩陰にでも隠れて、しばらく様子を見てみましょう」



「岩って、どの岩だよ」



 周囲を見るまでも無く、ヨークは地形を把握している。



 この辺りに、三人がきれいに隠れられそうな岩など無い。



「適当に呪文で出して下さい」



「分かった」



 ヨークは呪文を唱え、大きな岩を出現させた。



 三人は岩の後ろに隠れた。



 ミツキは岩陰から、川の方を窺った。



 すると……。



(来た……!)



 冒険者たちが、通路を歩いてくるのが見えた。



 前の運命で、ドラゴンを発見した冒険者たちだろう。



 ミツキはそう確信した。



 彼らは川の近くを歩き、そして……。



(え……?)



 探索の帰りらしく、そのまま上りの階段の方角へと歩いていった。



 特にドラゴンと出会うこともなく、彼らはミツキの視界から消えた。



「??????」



 ミツキは疑問符を飛ばしながら、川の方へと歩いていった。



「もう隠れなくて良いのか?」



 混乱した様子のミツキに、ヨークが声をかけた。



「むむむむむ。むむむ」



 周囲を見回しながら、ミツキは唸った。



「ミツキ?」



「む……!」



 突然に、ミツキは固まった。



 そして表情に明るさを取り戻し、こう言った。



「謎は、全て解けました」



「謎とか有ったのかよ」



「実は」



「それで?」



「クリーンさんは、ケーンに襲われた時、杖を落とさなかった。


 それで運命が変わってしまったのですね」



 ミツキの推理は当たっていた。



 前の運命の時、冒険者たちは川底で、クリーンの杖が光るのを見た。



 その正体を確かめようと川に潜った結果、横穴を発見したのだった。



 今回のヨークたちは、クリーンが斬られる前に、彼女を救助している。



 そのため、クリーンが杖を落とすことも無かった。



 結果として今回の彼らは、川を素通りすることになったのだった。



「さっぱり分からん」



 事情がわからないヨークは、つまらなそうに言った。



 対するミツキは明るい声音で、川向こうの壁を指さした。



「ヨーク。あの壁を魔術で吹っ飛ばして下さい。


 ドラゴンはその先に居ます」



「分かった」



 ドラゴンは居る。



 それを聞いたヨークの表情が、少し明るくなった。



 彼は魔剣の先端を、ミツキが指さした壁へと向けた。



「呪壊」



 ヨークの呪文を受けた壁が、ボロボロと崩壊していった。



「すご……」



 強固な迷宮の壁が簡単に破壊されたのを見て、クリーンが驚きの声を漏らした。



 ミツキの方は、ヨークの凄さには既に慣れてしまっている。



 それで平静な口調でこう言った。



「さあ、穴が修復される前に行きましょう。


 ……危ないので、クリーンさんは残った方が良いかもしれませんが」



「置いてけぼりはゴメンなのです」



「分かりました。それでは三人で行きましょうか」



 クリーンは自分が守ってみせる。



 そう考え、ミツキはクリーンの同行を許した。



 ミツキは川を飛び越えて、ヨークが開けた穴を通った。



 ヨークとクリーンも、その後に続いた。



 三人が隠し部屋に入ると、壁が修復されていった。



 部屋は閉ざされるが、壁自体が発光するので、暗闇にはならなかった。



「どこだ……? ドラゴンは……」



 逸るような口調で、ヨークは部屋を見回した。



 だが、ドラゴンの姿は見当たらなかった。



「ひょっとして……」



 ミツキは、前方の大岩らしきモノを指差した。



「あれでは?」



「あれ?」



「はい」



「土被りすぎだろ……」



 ヨークは呆れたように言った。



 それはどう見ても、ドラゴンのようには見えなかった。



 完全に土に覆われたそれは、ただの大岩に見えた。



「神代からずっと、あそこで眠っているのかもしれませんね」



「どうするのですか?」



 クリーンがそう尋ねた。



 ただ勝ちだけを狙うのであれば、このまま攻撃呪文をぶちかませば良いが……。



「眠ってるのを攻撃すんのは、ちょっとなあ」



「そうですね。腕試しにもなりませんし」



 ミツキはヨークに同意した。



「なんとかして起きてもらうか」



「あの、あれは何なのですか?」



 クリーンがドラゴンらしき物体の、とある部分を指さした。



「ん……?」



 ヨークはクリーンが示した方向を見た。



 ドラゴンらしき塊の、端っこの方から、何かが突き出ているのが見えた。



 それは光沢の有る美しい白色で、先が尖っていた。



「白い……何だ?」



「槍でしょうか?」



 クリーンが自分なりの推論を述べた。



「それは多分……」



 ミツキが自分の考えを口にしようとした。



 だが……。



「引っこ抜いてみるか」



 ミツキの言葉は、ヨークによって遮られた。



「えっ? 待っ……」



 ヨークが白く尖った何かに手をかけた。



 すると……。



 ぼきり。



「あっ、折れた」



「……………………」



 ミツキは絶句した。



「結局、何なのですか? それは」



 クリーンがミツキに尋ねた。



「ツノですよ。ドラゴンの額の」



「……まずいか? ひょっとして」



 根本から折れたツノを見ながら、ヨークはそう口にした。



 そのとき、ドラゴンの体が震えだした。



「グオオオオオオオオッ!」



 土を払いのけて、緑竜が起き上がった。



 その咆哮は、まるで怒号のようだった。



「っ……!」



 強大な緑竜の咆哮に、クリーンは気圧された様子を見せた。



「ドラゴン! 凄いぞ! 本物のドラゴンだ!」



 ヨークはウキウキした口調で、自身の喜びを表現した。



 だが……。



「えっ……!?」



 クリーンが驚きを見せた。



 緑竜の全身が光に包まれていた。



 そして……。



 次の瞬間には、黒いニンジャクロスを纏った少年が、倒れているのが見えた。



 少年の頭からは薄緑の狐耳が、腰からは、ふわりと膨らんだ尻尾が生えていた。



 狐の特徴を持つ第三種族のようだった。



「寝込みを襲うとは……卑怯な……!」



 地面に倒れたまま、少年はヨークを睨みつけた。



「それは悪かったけどよ……。


 おまえがあのドラゴンなのか?」



 巨大で力強い姿のドラゴンと、眼前の華奢なニンジャボーイ。



 ヨークはこれら二つの存在を、どうしても同じに見られないようだった。



「……然り」



 少年はヨークの言葉を肯定し、ふらふらと立ち上がった。



「拙者は緑狐族の、サンゾウ=フウマ。


 世界樹を守る十二守護竜の一人でござる」



「十二……。


 おまえみたいなドラゴンが、あと十一体も居るのか?」



 そう尋ねたヨークの声音には、期待の色が見られた。



 だが……。



「もう……居ないのでござる」



 サンゾウは、寂しげにそう口にした。



「?」



「同胞たちは、


 邪神の軍勢である鉄巨人と勇敢に戦い、


 散っていったのでござる」



(邪神……ラビュリントスの底に居るやつか?


 色々と聞いてみたい気がするが、クリーンが居るからな……。


 聖女候補のクリーンの前じゃ、


 あんまり神の話をするのは、まずい気がするが……)



 ヨークは神の話には触れず、話題をずらすことにした。



「どうしてドラゴンが、人の姿になったんだ?」



「ツノを折られたからでござる。


 ドラゴンとは、神様の鱗によって、


 人が一時的に神の似姿となった者。


 この世界に存在するドラゴンは、元はみんな人間でござる」



「そうなのか……。


 それでおまえ、ここで何をしてたんだ?」



「石になっていたでござるな」



「石?」



「邪神が人々に与えた武器の一つに、


 石の呪剣というものが有るでござる。


 それは斬りつけた者を石像にしてしまう、恐るべき呪いの剣。


 呪剣によって傷を負った拙者は、


 あえてこの逆さ世界樹に逃げ込むことで、敵の目を欺いたのでござる。


 しかし、呪剣の力には抗えず、石になってしまったようでござる」



(ただ土を被ってたわけじゃ無かったのか……)



「どうして元に戻ったんだ?」



「……受けた呪力が風化するほどの、


 長い月日が流れたということでござろう。


 しかし、不覚でござった。


 せっかく石化が解けたというのに、


 大切な鱗角を奪われてしまうとは……」



「返すよ」



 ヨークは手に持ったツノを、サンゾウへと差し出した。



「……良いのでござるか?」



 サンゾウは、警戒心が混じった視線を、ヨークへと向けた。



「ツノを折ったのは偶然っつーか、悪かったよ」



「…………」



 サンゾウはおそるおそると、ヨークからツノを受け取った。



「それでまたドラゴンに戻れるのか?」



「むむむ。変化!」



 サンゾウの体が輝いた。



 その直後、彼は緑竜に変化していた。



 それから少しの間を置いて、彼は再び体を輝かせた。



 そしてまた、人間の姿に戻った。



「一時的になら、可能のようでござるな。


 額にツノが埋まっていた頃と比べると、


 力を消耗してしまうようでござるが」



「そうか。それじゃあ……。


 ケンカしようぜ」



「むむむ?


 結局のところ、おぬしは拙者の敵なのでござるか?」



「別に。


 俺はドラゴンとケンカしたくてここに来たんだ。


 さあ」


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