7の2「賭けと99層」


 ミツキの挑発的な物言いに対し、ヨークは楽しげに笑った。



「はい。そのつもりです」



 そう言ったミツキも、どこか楽しげだった。



「おもしれえ。


 それじゃ、何か賭けるか?」



 微笑を浮かべたまま、ヨークはそう提案した。



「何かとは?」



「それはこれから考える」



「それでは……。月並みですが、


 負けた方が勝った方の言うことを


 聞くというのはどうでしょうか?」



「じゃあそれで」



 ヨークはまったくためらうこと無く、ミツキの提案を受け入れた。



 負けた時の心配などは、微塵もしていない様子だった。



 そんなヨークを見て、ミツキはこう尋ねた。



「良いんですか? 凄い命令が来るかもしれませんよ」



 脅しのようなミツキの言葉を聞いても、ヨークは揺らがなかった。



 彼は、楽しそうな様子を崩さずに、こう言った。



「こういうのって、大体はひよって、


 無難なお願いになるって決まってんだよなぁ」



「精一杯、良心の呵責を乗り越えさせていただきます」



「おまえ俺に何させたいの」



「ふふふ。楽しみにしておいて下さいね」



 幸せそうに笑ったミツキの顔に、邪気は無かった。



 負けてもきっと、悪いことにはならないのだろう。



 内心に生じた微笑ましい気持ちを、ヨークはあえて表には出さなかった。



「まあ、勝てば良いか」



「ヨークの良心に期待していますね」



「俺の願いはもう決まってる」



 ヨークは一瞬だけ、真剣な顔を作った。



 ミツキがそれに対して何かを思う前に、その表情は崩れた。



 ヨークの表情筋は、ふたたび楽しげな笑みを形作っていた。



「そうですか?


 ……負けませんけど」



 ミツキも真剣な表情を作った。



 その表情は、しばらくのあいだ崩れなかった。



「頑張れ。


 ……それでさ


 神って奴とは、いつ決着をつけるんだ?」



「……悩ましいですね。


 敵の目的は、迷宮の邪神を倒すことで、


 神の完全な力を解放することにあります。


 ですが、邪神と戦うのに必要な鍵は、私が隠し持っている。


 私の元に鍵が存在している限り、


 連中は邪神を倒せないはずです。


 場のイニシャティヴは、


 私たちが握っていると言っても良いでしょう。


 しかし、鍵を隠しておくにも限界があります。


 寿命やその他の要因で私が死ねば、


 『収納』スキルも終焉を迎えます。


 そうなれば、問題を後の世代に、丸投げすることになってしまう。


 そうならないためにも、ヨーク、


 あなたが神を討たねばなりません」



「俺か~」



「そう。あなたです。


 あなたに神を討てないのであれば、


 他の誰にもそれは叶わないでしょう」



「あんまり持ち上げられても困るが。


 ……それで、いつやるんだ?」



「レベルのことを考えれば、


 決着を引き伸ばした方が、私たちには有利となります。


 ……ですが、気がかりも有ります」



「だな」



「まずは聖女の試練を乗り切りましょう。


 無事にクリーンさんが聖女になれたら、


 その時には神との決着をつけましょう」



「良いのかね。敵のお膝元で遊んでて」



「勝手にユリリカさんの守護騎士になったのは、ヨークの方だったと思いますけど」



「断るのも悪かったしなぁ」



「危機感が足りませんね」



「うーん……」



「まあ、アナタはそれで良いです」



 ヨークが戦いの鬼になれば、勝率は上がるだろう。



 だがミツキは、それをヨークに強いるつもりは無かった。



 出来ることなら、ずっと温かいままの彼でいて欲しい。



 それは世界の命運よりも優先される、ミツキのエゴだった。



「牙を研ぎましょう。


 姑息な罠など切り裂いてしまえるほど、鋭く」




 ……。




 ヨークたちは、修行や迷宮の探索を続けながら、クリーンを鍛えていった。



 ヨークはミツキ、クリーンと一緒に、99層の奥地までたどり着いた。



 その壁面に、重厚な金属製の大扉が見えた。



「門……?」



 クリーンが呟いた。



 クリーンはヨークたちと違い、迷宮に関する前知識が無い。



 急に現れた人工物に、素直な驚きを見せていた。



「これが例のやつか……」



 何かをしっているふうに、ヨークがそう口にした。



 それを聞いたクリーンの視線が、ヨークへと向けられた。



「ヨークはこの門が何なのか、知っているのですか?」



「聞いた話によると、この奥にはこわーい化け物が居るらしいぞ」



「誰に聞いたのですか?」



「とある筋だ」



「だから、それは誰なのですか」



「ナイショ」



 ヨークは神との戦いに、クリーンを巻き込む気はなかった。



 それに、ミツキの特異な力を説明するのも面倒だ。



 なのでヨークは、クリーンに細かい事情を話さないことに決めていた。



「むぅ……」



 ヨークの気持ちなど知らないクリーンは、不満さを隠さなかった。



 むくれた顔で感情を表現してきたが、ヨークはそれを無視した。



 クリーンがどう思おうが、彼女を危険に晒すつもりは無い。



「それじゃ、マッピングだけ済ませて帰るか」



「開けられないのですか? あの扉」



 せっかくここまで来られたのに、何もせずに帰るのか。



 クリーンは大扉に対して、大きな未練を見せた。



「開け方は分かってる。


 けど、今のところは開けるつもりは無いな」



「戦わないのですか? その化け物と」



「なにせ、こわーい化け物だからな」



「ヨークでも敵わないのですか?」



「ガチれば余裕」



「口だけなら、何とでも言えるのです」



「……全部が無事に終わったら、挑みに来るのも良いかもな」



(世界樹の神を倒したら、勝手に出てくる可能性が高いが……)



 トルソーラとガイザークは、お互いに力を縛り合っているらしい。



 トルソーラが死ぬということは、ガイザークの真の力が解き放たれるということだ。



 そうなったとき、ガイザークが温厚にしている保証は無い。



 場合によっては、二柱の神と連戦をすることになるかもしれない。



 ヨークはそう予想していた。



 そうなれば、ガイザークとの戦いは、トルソーラとの決戦よりも過酷なものとなるだろう。



 それに耐えられるだけの力を、身につけておく必要が有った。



「全部? 聖女の試練のことなのですか?」



「それもあるし、他にもまあ、色々だ」



「とにかく、また来るのですね?」



「気が向いたらな」



「男ならハッキリするのです」



「男女差別やめろ」



「絶対にまた来るのですよ? 良いですね?」



「はいはい」



「『はい』は一回なのです。


 約束ですよ?」



「ああ」



「モフミちゃんも、約束です」



「はい。約束です」



 それから三人は、99層の探索を続けた。



 隅々まで歩き回り、マッピングを終わらせた。



「これで99層のマッピングも終了ですね」



 そう言ったミツキの手には、ラビュリントスの完璧な地図が有った。



 王都で売られている地図と比べると、手書きのその地図は不格好だ。



 だがヨークたちにとっては、1から自分たちで作り上げた、大切な宝物だった。



「上がりか」



 しんみりとした様子で、ヨークがそう言った。



 クリーンも、それに共感したようだ。



「もう……お仕舞いなのですね」



「おまえにとっては、これからが本番だろ?」



「……そうですね」



「あの、ちょっと良いですか?」



 スキルで地図を『収納』して、ミツキがそう言った。



「何なのですか?」



「今日、迷宮にドラゴンが出ると思います」



「……うん?」



 唐突なミツキの言葉に、ヨークは首を傾げた。



「ですから、ドラゴンが」



「どういうこと?」



「出ます。ドラゴン」



「ドラゴンって実在すんの?」



「らしいですよ」



「強いの?」



「なまら」



「なまらかー」



「迷宮の魔獣たちとは一線を画す相手です。


 肩慣らしには丁度良いでしょう」



「どこ? ドラゴンどこに出んの?」



 明らかにテンションが上がった様子で、ヨークはそう尋ねた。



「クリーンさんが、ヤカラに襲われた辺りですね」



「行こう。早く行こう」



 ヨークはワクワクとした様子で、ちらちらと帰り道を見た。



「急がなくてもドラゴンは逃げませんよ」



「そんなの分からないだろ?」



「あのですね、良いですか? ヨーク。


 逃げるドラゴンは、ドラゴンではありません。


 ただのトカゲです」



「なるほど。言われてみたらそうだな」



「……意味がわからないのです」



 クリーンが呆れたような声音で言った。



 そしてミツキにこう尋ねた。



「そもそも、どうしてドラゴンが出るなんて分かるのですか?」



「スキルの力です」



「そんなスキル、聞いたことが無いのです……」



「ユニークでしょう?


 ……さあ、行きましょう」



 ヨークたちは帰りの階段を、足早に上っていった。



 そして、かつてクリーンが襲われた階層に移動した。



「……おや?」



 ドラゴンが出た場所に到着したミツキは、首を傾げた。



「どうした?」



(冒険者たちが居ない……?)



 眼前の光景は、ミツキの予想とは異なっていた。


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