7の1の2「クリーンと守護騎士」


「ヨークさん。ヨークさん」



「ん……?」



 ゆさゆさと、体を揺さぶられる感覚が有った。



 ヨークは目を開いた。



 すると目の前に、ユリリカの姿が見えた。



 周囲には、緑が見えた。



 空からは、温かい陽光が舞い降りている。



 ここは屋外で、公園のようだった。



 ヨークは公園のベンチで、居眠りをしていたようだった。



「くぅ……」



 寝息が聞こえ、ヨークは隣を見た。



 そこではクリスティーナが、ヨークに体重を預けて眠っていた。



 彼女の寝顔は穏やかで、安心に満ちていた。



 状況を全て思い出したヨークは、ユリリカに視線を戻した。



「もう帰るのか?」



 ヨークはそう尋ねた。



 自分を起こしたということは、少女たちの遊戯に区切りがついたのかもしれない。



 そんなふうに考えたのだった。



 だがユリリカの答えは、ヨークの予想とは違っていた。



「いえ。今はちょっと休憩中ですね」



「そうか」



 ヨークは一瞬だけ視線をずらした。



 そしてマリーたちが談笑しているのを確認すると、ユリリカに視線を戻した。



「あのですね、ヨークさんにちょっとお願いが有るんですけど」



「何だ?」



「実はですね……」



 ……5分後。



 二人の話し合いが終了した。



 お人好しのヨークは、深く考えず、彼女の頼みを引き受けた。



「お願いしますね」



「ああ」



 お願いを聞いてもらえたユリリカは、上機嫌で妹たちの所へ戻っていった。



 それと入れ替わりで、ミツキがヨークに近付いてきた。



「あの、ヨーク」



「何だ?」



「クリスティーナさんは、どうしてアナタにもたれているのでしょうか?」



「眠いからだろ」



「そうですか。……実は、お願いが有るのですが」



「またお願いか」



 さきほどユリリカからお願いをされたばかりだ。



 妙な偶然に、ヨークは微笑を浮かべた。



「はい?」



 ユリリカとの話を知らないミツキは、きょとんとした顔を見せた。



「いや。お願いって?」



「実は、金属素材をいっぱい仕入れたいのですが」



「いっぱい」



「いっぱいです」



「まあ、良いけど」



 妙な頼みだとは思ったが、断る理由もない。



 ヨークはやはり深く考えることも無く、ミツキの頼みを聞き入れた。



「ありがとうございます」



 迷宮に、素材を集めに行く。



 そういうことになった。




 ……。




 後日。



 ミツキはヨークと共に、迷宮の深層を歩いていた。



 その日はミツキにとって、特別な日だった。



 気持ちの昂ぶりを悟られないよう、とりとめの無い話をして歩いた。



 そして、その場所に来た。



「……………………」



 突然に、ミツキは立ち止まった。



 そして何かを期待するような顔を、ヨークへと向けた。



「どうした? ミツキ」



「…………。


 ヨークこそ……何か言いたいことが有るのでは無いですかね?」



「いや。別に無いけど」



「え……。


 本当にですか? 1ミリも」



「どうした? だいじょうぶか?」



「……………………いえ。


 本当に、何も無いのですね」



「…………?」



『ミツキ。俺と結婚して欲しい』



 その言葉は、たしかに日記に記されていた。



 今日この日、かつての運命で、ヨークはミツキにそう言ったはずだ。



 それは日記を読んだだけのミツキにとっても、実に甘美で、とろけるような言葉だった。



 トルソーラとの決戦に尽力しなくてはならない。



 そう思いつつ、ミツキの意識の何割かは、この日に向けられていたのかもしれない。



 大切な日だ。



 だが……。



(変わってしまったのですね。


 悪い運命を変えようとして、


 良い運命にはそのままでいて欲しいだなんて……。


 なんとも身勝手なことを考えてしまっていたものです)



 現実を悟り、ミツキは苦笑した。



 そしてズキズキと痛む心を、理性でおさえつけようとした。



 そのとき……。



「誰か居ないのですか~?」



 深層には不似合いな間の抜けた声が、ミツキの耳に届いた。



「…………」



 悲しげだったミツキの表情がほころんだ。



「居ますよ~」



 穏やかな声で、ミツキは少女の声に答えた。



「あっ! 良かったのです!」



(このへんは、日記の通りみたいですね)



 ミツキはクリーンと再会を果たした。




 ……。




 その後、前の運命と同様に、クリーンはヨークとケンカをした。



 そのケンカは、ミツキの予想の範疇だった。



 特に問題なく、ミツキはクリーンをサレンと合流させることができた。



 クリーンは無事に聖女候補となり、聖女としての修行を積んでいった。



 そしてレベル上げのために、迷宮を訪れたそのとき……。



「はっ!」



 神殿騎士のケーンが、背後からクリーンに斬りかかった。



「っと」



 その剣を、ヨークの魔剣が受け止めていた。



「えっ!?」



 一瞬遅れて、クリーンはケーンへと振り返った。



 戸惑っている様子のクリーンに、ミツキが声をかけた。



「その神殿騎士は、あなたを殺すところだったのですよ」



「くそおっ!」



 企みを阻まれたケーンは、怒声と共にヨークから距離を取った。



 そして邪魔なヨークを倒そうと、再び剣を振るった。



 その一撃は、常人の物差しで測れば鋭い。



 だがいまさら、そんな剣が通じるヨークではない。



「ぐぉ……」



 ヨークの拳が、ケーンの腹に突き刺さった。



 その一撃で、彼は倒れた。



 相方のリナリと共に、ヨークたちに捕らえられた。



 そして……。



「う~ん。困った」



 大神殿の部屋で、ニトロがわざとらしくそう言った。



「どこかに戦い慣れしてレベルも高い、


 信頼のできる戦士が居たらなあ」



 それに対し、ミツキがこう言った。



「私たちに守護騎士をやれと。


 そう言いたいわけですね?」



「え? そう聞こえちゃった?」



 次にヨークが口を開いた。



「そりゃあ……」



 その次の瞬間、クリーンがニトロの意見に反発を見せた。



「っ……! 勝手に決めないで欲しいのです!」



「俺も嫌です」



「むぎっ!?」



 クリーンが奇声を上げた。



 次に、教え子を諭すような口調で、ニトロはクリーンに語りかけた。



「ノンシルドさん。彼らはキミの命の恩人だろう?」



「それは……そうなのですけど……」



「命の恩人にその態度、


 果たして聖女として相応しいものなのかな?」



「う……」



「少年を拒むキミは、


 聖女としては不適格だと見なさざるをえないねえ。


 仕方ない。ああ、安心してくれたまえ。


 故郷までの旅費は我々が出すからね」



「ぐぬぬ……! 分かったのです。


 一緒に居れば良いのですよね? その、最低男と」



「良かった」



 前回と同じように、ヨークがクリーンの守護騎士になる流れで、話が進んでいた。



 だが……。



「あの、無理ですけど」



 周囲の予想に反して、ヨークがそう口にした。



「……どうしてかな?」



 納得がいかない様子で、ニトロがヨークに尋ねた。



 対するヨークの答えは、明瞭だった。



「先約が有るので」



「先約?」



「はい。


 俺はユリリカの守護騎士として、聖女の試練に参加する予定です」



「……えっ?」



 ミツキが驚きを見せた。



 初耳だったのだろう。



「あぁ……。なるほど……。


 彼女が守護騎士は不要と言っていたのは、


 そういうことだったのか。


 それなら無理強いも出来ない。どうしようかなあ」



「ユリリカの騎士をやるのは俺だけなんで、ミツキは大丈夫ですけど」



「そう。


 それじゃあミツキさんだけでも、受けてもらえるかな?」



「……分かりました」



「もう一人は……まあ、試練が始まるまでにはなんとかするよ。


 少年がユリリカさんの守護騎士をするのは、


 試練本番だけなんだよね?」



「そうですね」



 ニトロの問いに対し、ヨークは首を縦に振った。



「クリーンさんの二人目の騎士が見つかるまで、


 彼女の護衛をお願いしても良いかな?」



「護衛って、つきっきりですか」



「いや。細かい判断は君たちに任せるよ。


 ただ、彼女は大神殿に来てから、2度死にかけている。


 そんな彼女を、野放しにしてもだいじょうぶだと感じるのなら、


 好きにすると良い」



「……はぁ」



 話は終わった。



 ヨークとミツキは、クリーンと一緒にニトロの部屋を出た。



 廊下に立つと、ヨークはクリーンにこう尋ねた。



「これからどうするんだ?」



「…………」



 クリーンは不機嫌そうな顔をして、何も答えなかった。



「今日の予定を聞いたんだが」



「あなた……私よりもユリリカとかいう子の方を選ぶのですか」



「そりゃそうだ」



 ヨークは迷わずに即答した。



「むぎぎぎぎっ……!」




 ……。




 クリーンの護衛をすることに決まったその夜。



 ヨークたちは、自分たちの宿屋へと戻ってきていた。



「すぅ……すぅ……」



 護衛対象のクリーンは、ミツキのベッドで寝息を立てていた。



 ミツキはそのベッドの隅に腰を下ろしていた。



 ヨークは隣のベッドから、ミツキに声をかけた。



「ちょっと外で話そうぜ」



「はい」



 二人は宿の外へ出た。



「上行くか」



 通りに立つと、ヨークは空を見上げた。



 そして地面を蹴り、宿屋の屋根に飛び乗った。



 ミツキは黙ってその後に続いた。



 隣り合って立つと、ヨークはミツキに尋ねた。



「大神殿は……俺たちの敵なんだよな?」



「そうですね。


 神殿が崇める神、トルソーラは、


 魔族の根絶を願っているようです。


 その手先である大神殿も、私たちの敵だと言えるでしょう」



「ニトロさんも、俺たちの敵か」



「はい」



「なんか実感ねえなあ」



「それでも、真実です」



「これからどうなるんだ?」



「わかりません」



「わからないのかよ」



「本来の運命であれば、


 ヨークはクリーンさんの守護騎士になるはずでした。


 それを私に内緒で、ユリリカさんの守護騎士になっていたなんて、びっくりですね」



 そう言ったミツキの声音には、意図的な冷ややかさがこめられていた。



「どうしてもって頼まれたんだ」



「内緒にすることは無かったと思いますけど?」



「ユリリカから聞いてるかと思ったんだよ」



「ハブにされてました」



「悪かったよ」



「……私たちが勝ちますよ」



「え?」



「本来の運命では、クリーンさんが聖女になっています。


 今回も、勝たせていただきますよ」



「……やってみろよ」


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