6の36「キミとボクとおひさま」
「……………………?」
いったいコイツは何をしに来たのか。
リホはクリスティーナを訝しげに見た。
疑問の答えは、すぐにイジューによって与えられた。
「この部屋は、二人で使ってもらうことに決まった」
「前の部屋は!?」
「使用中だ」
「そもそもオマエ、なんでまだクソオヤジの会社に居るんスか」
リホはそう言って、クリスティーナを睨んだ。
「ヘンタイ誘拐魔の会社なんか、とっとと辞めたらどうっスか」
「なんだかんだで、社長には大恩が有るからね。
ちょっと誘拐されたくらいじゃ、チャラにはならないのさ」
そんなクリスティーナの答えを受けて、リホは呆れ顔を見せた。
「……アホの考えは、ウチには分からないっス」
「よろしく頼むよ。同僚さん」
クリスティーナは、楽しそうにそう言った。
対するリホは、不満げな顔を崩さなかった。
「やなこったっス」
リホがむくれたままでいると、イジューが口を開いた。
「……リホ。そろそろ」
「……ういっス」
イジューは部屋を出た。
リホもその後に続いた。
なぜかクリスティーナも、その後についてきた。
「ボクも行くよ」
「なんでっスか」
「ミラストックさんのお母さんなら、ボクも挨拶しないとね」
「理屈がわからんっス」
三人で工房を出た。
工房前の通りには、ヨークとミツキの姿が有った。
リホたちを待っていたらしい。
リホの姿を目にすると、ミツキは口を開いた。
「行きましょうか」
「……ういっス」
二人を加えたリホたちは、イジューを先頭に、病院へと歩いていった。
五人はシホの病室へと向かった。
病室の前まで来ると、イジューはミツキに頭を下げた。
「シホを頼む」
「ご期待に沿えるかは分かりませんが、
出来るだけのことはしましょう。
リホさんに事情を打ち明ければ、協力すると約束しましたからね」
「おかげで私は、クソオヤジ呼ばわりだ」
「自業自得っス」
イジューは病室の扉を開けた。
中に入ると、イジューはシホに声をかけた。
「シホ。
今日は客人を連れて来た」
イジューがそう言うと、手にはめた指輪から、シホの声が返ってきた。
(お客さん? 珍しいね?)
「顔を見せてやれ」
イジューはリホにそう言った。
「…………」
リホはシホの顔を覗き込んだ。
そして、小さく頭を下げた。
「……どうもっス」
(リホ!?)
シホとリホは、もう16年顔を合わせていない。
だがイジューがシホに写真を見せたことなどは有る。
それに血を分けた娘だ。
シホはすぐにリホの正体に気付いたようだった。
(いじゅくん! 何考えてるの!?)
シホは、怒りと焦りが混ざったような念を、イジューへと向けた。
(リホには私のこと話さないでって……)
「良いんだ。
もう良いんだ。シホ」
優しい声で、イジューはシホにそう言った。
「…………?」
きょとんとするシホから視線を外し、イジューはミツキに声をかけた。
「頼む」
「……はい」
ミツキはベッド脇に移動した。
そして屈みこむと、シホの手を握った。
「……………………。
どうですか? 体の具合は」
「…………?」
ぴくりと、シホの手が動いた。
何かを追い求めるように、シホの手は天井へと向かった。
「ぇ……ぁ……」
シホの喉から、細い声が漏れた。
彼女は上体を起こした。
そして、信じられない物を見るかのように、自分の両手を見た。
「ぅ……?
いゆ……く?」
シホはイジューを見た。
シホに視線を返しながら、イジューが口を開いた。
「彼女、ミツキには、人を癒す不思議な力が有る。
奇跡の力だ」
「し……じ……ぁ……ぃ」
「声、出せないんスか?」
「多分、一時的なものでしょう」
リホの疑問にミツキが答えた。
「リハビリをすれば、普通に話せるようになると思います」
「これを使え」
イジューは自分の指輪を外して、リホに与えた。
リホはサイズが合わない指輪を、親指にはめた。
そしてシホに念話を送った。
(自分……どうやらおまえの娘みたいっス。
まあ、一応よろしくっス)
「…………」
シホは何も言わず、じっとリホを見た。
照れくさくなって、リホは視線を逸らした。
(何か言うっス)
(抱っこしても良い?)
(嫌っスけど……)
リホはベッドに座った。
そしてシホに体を預けた。
(今日だけ特別っスよ)
リホの小さな体を、シホは抱きしめた。
その両目から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
(なに泣いてるんスか。
泣き虫っスね。お母さんは)
(ごめんね)
「う……」
リホは短く声を漏らした。
「う……ぅ……」
リホは母の胸に、自身の顔を押し付けた。
それから十分ほど、彼女は母親から離れなかった。
……。
数日後。
ヨークとミツキは、サザーランド一家と共に、公園を訪れた。
ぽかぽかの晴天の下で、ヨークはベンチに座っていた。
クリスティーナがその隣に座り、ヨークに話しかけてきた。
「ようやく一区切りついたって感じだねぇ」
「そうだな」
そう言って、ヨークはミツキの方を見た。
ミツキはクリスティーナの妹たちと、ボール遊びに興じていた。
その中には、生身の手足を取り戻したネフィリムの姿も有った。
「ミツキさんは、凄い人だね」
「俺の相棒だ。良いだろ?」
「良いなあ。ボクに譲ってくれない?」
「おまえの相棒はリホだろ?」
「同室にはなれたけどね。
だけど、彼女は浮気ぎみなんだ。とんだビッチだよ」
「浮気って? 相手は?」
「さあ? 誰だろうね?」
クリスティーナはヨークを睨みつけた。
「ああ……。シホさんか」
「…………そうかもね。
まったく、とんだライバルだよ」
そう言って、クリスティーナはヨークに、ぐりぐりと頭を押し付けた。
少しすると飽きたのか、彼女は体から力を抜いた。
そしてそのまま、ヨークに体重を預けた。
彼女は陽気を噛みしめるように、眠そうに目を閉じた。
「今日は……良い天気だね……。
んぅ……」
クリスティーナは、すうすうと寝息を立て始めた。
「お疲れ様」
そう言って、ヨークは彼女の頭を撫でた。
ヨークの視線の先では、姉妹が楽しそうに笑っていた。
激動のサザーランド家に、ようやく平穏な日々が訪れたのだった。
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