6の35「壊滅と新社長」


 そのときリホのポケットから、何かがシュッと飛び出した。



 それは木で出来たネズミだった。



 応接室に居た男たちが、それに気付くことが出来たかどうか。



「えっ!?」



 シラーズが、驚きを見せた。



 武装した男たちが、ばたりと倒れていた。



 それがネズミの仕業だということは、シラーズには分からなかった。



「何をした……!?」



 シラーズは、驚きと敵意が混ざった声を上げた。



 そしてリホを睨みつけた。



 この室内に、彼らを害する動機が有る人物は、リホしか居ないはずだ。



 だが肝心のリホは、落ち着いた物腰でソファに居座っていた。



 武器をふるったり、魔術を使ったような形跡は、見当たらなかった。



(まさか、未知の魔導器……!?)



 シラーズはそう誤解した。



 卓越した個人の、魔術による攻撃だとは、想像もできなかったようだ。



 シラーズはありもしない魔導器を恐れた。



 そしてリホから距離を取ろうとした。



 だが……。



 ネズミの暴力は、まだ終わってはいなかった。



 ばりん。



 大きな音を立てて、窓ガラスが粉砕された。



 そうしてできた穴から、大量のネズミが、応接室へと飛び込んできた。



 全てが木のネズミだった。



「ねっ、ねずみ!?」



 突如現れたネズミの群れは、応接室の内装に対して、牙を突き立てていった。



 そして、本当に生きているかのように、家具たちを食い荒らし始めた。



 ソファやテーブル、挙句の果てには建材まで。



 あらゆるものが、ネズミの口に吸い込まれていった。



「それじゃ、巻き込まれる前に失礼するっスね」



 ソファはリホが座っている部分だけが、綺麗に残されていた。



 リホが立ち上がると、残ったソファも、ネズミの餌食となった。



 リホは部屋の出口へと向かった。



 周囲は足の踏み場も無いほどに、ネズミで埋め尽くされていた。



 だが、リホが歩く道にだけは、ネズミが踏み入ることは無かった。



「待って下さい……!」



 シラーズは、慌ててリホを呼び止めた。



「これはキミの仕業なのですか!? 早く止めさせて下さい!」



「うんにゃ。


 ウチは関係無いっスね。それじゃ」



 とぼけた口調で、リホはそう言った。



 そして応接室を出て行った。



「止めろ……。


 止めてくれええええええぇぇぇっ!」



 応接室のあちこちに開いた穴から、シラーズの叫びが漏れ出していった。



 やがて、ネズミは全てを食い尽くした。



 設備、素材、金品、権利書に到るまで。



 柱や屋根までもが食い尽くされ、後には更地と人々だけが残った。



 長年に渡り栄華を誇ったスガタ魔導器工房は、この日、物理的に消滅した。



「こんな……こんな馬鹿な……」



 シラーズは、更地で膝をついていた。



 周囲には、呆然とした社員たちの姿も見えた。



 シラーズは、よろよろと立ち上がった。



 そして叫んだ。



「う……うぁぁ……うわあああああああああああぁぁぁっ!」



 彼は何処かへと走り出した。



 目の前の現実から、逃げ出したのだった。



 その有様を、遠目に見る者たちが居た。



 イジュー=ドミニと営業部長のザブンだ。



 二人は近くの建物の屋上から、更地を見下ろしていた。



(ヨーク=ブラッドロードの力……想像以上だな)



 神にも迫るヨークの武力に、イジューは驚嘆していた。



(最初から、彼を頼っていれば……。


 いや、ただの結果論だな)



「しかし、酷い有様だ」



「これは……あなたが?」



 事情を何も知らないザブンが、イジューにそう尋ねた。



「それなら苦労は無い」



 こんなふうに、全てを力で叩き潰せたなら……。



 イジューがそう願ったのは、1度や2度では無い。



 だが、それは結局、只人には不可能な事だったのだろう。



 このような暴力は、もはや神の御業に近い。



 眼下の光景は、イジューにそう考えさせた。



「……スガタは終わりだ。


 使えそうな奴が居たら、引き抜いておけ」



「私、営業ですけども」



「得意だろう。口車に乗せるのは」



「はいはい」



 イジューは歩き出した。



 そして、屋上の出入り口へと足を向けた。



 その背中にザブンが声をかけた。



「どちらへ?」



「やり残したことが有る」



「はぁ」



「気にするな。明日の会議には間に合わせるさ」




 ……。




「はぁ……はぁ……」



 息を荒くして、シラーズ=スガタは駆けていた。



 いったいどこを走っているのか。



 シラーズ自身にも、それは分からなかった。



 大通りを外れた路地であるということだけは確かだった。



 今のシラーズに、胸を張って大通りを進む勇気は、存在しなかった。



「どうして……こんなことに……」



 やがて走るのにも疲れてきた。



 シラーズは、壁を背に座り込んだ。



 荒くなった呼吸を、整えていった。



 そうして休んでいると、コツコツと足音が近付いてきた。



 シラーズは、怯えるように足音の方を見た。



「ドミニくん……!」



 シラーズは驚きを見せた。



 だがその表情には、若干の安堵も有った。



 足音の正体は、イジュー=ドミニだった。



 シラーズから見れば、真珠の輪の同士だと言える。



「お願いです……! 私を助けて下さい……!」



「阿呆が」



 イジューはそう言って、ポケットに手を入れた。



 引き出された彼の手には、魔弾銃が握られていた。



 イジューは迷うことなく、銃口をシラーズへ向けた。



「ドミニくん……?」



 何をされているのかわからない。



 シラーズはそんな表情で、同士の名字を呼んだ。



「真珠の輪は、弱者を許さない。


 今この瞬間、おまえをブチ殺しても、誰も俺を咎めない。


 むしろ評価して貰えるだろう。


 世界樹から見下ろしてやがる神様からな」



「点数稼ぎのために、私を殺すというのですか……!?


 バカなことは止めて下さい。


 私たち、友だちでしょう?


 あなたが真珠の輪に入れたのも、


 私があなたを誘ってあげたからじゃないですか……!」



「……………………そうだな」



 シラーズの言葉を、イジューは否定しなかった。



「今までの事は、ぜんぶ俺の責任だ。


 そもそも、シホが迷宮に潜るハメになったのは、


 俺が無責任だったからだ。


 おまえの口車なんかに乗らず、シホと一緒に居れば良かった。


 俺みたいなクズは、迷宮でシホを庇って、死ねば良かったのさ。


 ……けど、おまえの誘いが無かったら、


 サザーランドと出会うことも無かった。


 彼女は天才だ。


 あの才能と出会えたのは、おまえのおかげだ。


 だから、感謝してるよ」



「…………?


 よく分かりませんが、助けていただけるのですね?


 良かっ」



 イジューは引き金を引いた。



 1発、2発、3発……38発。



 イジューは引き金を引き続けた。



 イジューは39発目の魔弾を撃ち出そうとした。



 だが、弾が発射されることは無かった。



 過負荷によって、魔弾銃は動かなくなっていた。



 魔弾銃のフレームが、熱で赤く変色していた。



 銃を握ったイジューの手から、煙が上がっていった。



「……恨みは無いがな。


 癇に障るんだよ。テメェのツラは」



 そう言って、イジューは魔弾銃を放り投げた。



「少しは見られるツラになったな」



 イジューはシラーズに背を向けた。



 そして振り返らずに去った。




 ……。




 翌日、ドミニ魔導器工房で役員会議が開かれた。



「すまなかった」



 会議室。



 集まった幹部たちに、イジューは頭を下げた。



「私は私利私欲のため、


 独断でミラストックを解雇し、嫌がらせを行った。


 結果として、会社に大きな損失を負わせることになった。


 よって、社長の地位を退き、退社することに決めた。


 これから、新社長を決める投票を行う。


 各自、配られた投票用紙に、推薦する役員の名を書いて、


 投票箱に入れること。


 推薦するのは自分自身でも構わない。


 それでは、投票を開始する」




 ……。




 投票開始から、三十分が経過した。



 ザブンが投票用紙を開封し、読み上げていった。



「イジュー=ドミニに1票」



 最後の投票用紙が読み上げられた。



「満場一致で、


 イジュー=ドミニを新社長とすることに決定いたしました」



「…………。


 おまえたち、何のつもりだ?」



 癖の強い幹部たちの顔を見回して、イジューはそう問うた。



「俺、社長なんてガラじゃないし?」



「お偉方との付き合いなんて、真っ平ごめんだ」



「この面子抑えるのは、ドミニさんじゃないと出来ないっしょ」



「今回は許しますけど、次やったら殺しますね」



「何でも良いんで休み下さい」



「私以外なら、正直誰でも良い」



 口々に、好き放題に、幹部連中は意見を語った。



「……………………。


 ろくでなしどもが」



「なお、会社に損害を負わせた罰として、


 社長には、1年間の無償労働をしていただきます。


 よろしいですね?」



「……チッ」



 イジューはザブンを睨みながら、穏やかに舌打ちをした。




 ……。





「ここがおまえの新しい職場だ」



 ドミニ工房の一室で、イジューがリホにそう言った。



 リホは再び、ドミニ工房に復帰することになった。



 新しく割り振られた部屋に、イジューはリホを案内した。



「まあ悪くない部屋っスね。


 けど、ちょっと広すぎないっスか?」



 その部屋は、以前リホが使っていた部屋の、倍ほどの広さが有った。



「そう言うと思っていた」



「えっ?」



「入ってくれ」



 イジューの言葉に従って、桃髪の少女が入室してきた。



「やあ」



 クリスティーナはリホに微笑みを向けた。


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