6の34「吐露とティーカップ」
イジューはネフィリムに命令し、リホを襲撃させた。
それ自体はうまくいった。
彼は狙い通りに、リホを確保することには成功した。
だが、その短絡的な行動は、新たな障害を招く原因となった。
リホの仲間の冒険者に、彼女の居場所を知られてしまった。
それはリホの機転の結果だが、イジューの考えが足りていないせいでもあった。
捕らえてすぐに、持ち物を全て没収するべきだった。
そうしていれば、居場所がすぐにバレるような事は無かっただろう。
そんなことをいまさら考えても、もはや後の祭りだ。
イジューは別荘の居間で、敵の訪れを待っていた。
その頬は、げっそりとやつれていた。
(ヨーク=ブラッドロードが来る……。
リホを取り戻すためにやって来る。
リホを再起させた、最強の冒険者。
レベル200を超えるという魔術師が……。
あるいは……彼ならリホを守れるだろうか?
いや……。
ニトロから、既に聞かされている。
ヨーク=ブラッドロードは幼馴染を守れなかった。
ニトロの『暗示』に負け、ヘラヘラと日常を過ごしている。
そんな男に、リホを守れるはずが無い。
私にも……リホを守る資格は無い。
傷つけてばかりいる。
ただ、生きて欲しい。
リホに死んで欲しくない。
それだけなのに……)
「イジューさま」
ネフィリムが、イジューに声をかけてきた。
彼女は全身に、黒い鎧をまとっていた。
エクストラマキナ、黒蜘蛛。
クリスティーナとイジューの情熱の、集大成だった。
(黒蜘蛛……。
これが有れば、シホは救われる。
それだけが救いか。いや……。
私は救いのための道具を、戦いの場に引きずり出した。
やはり……救えないな)
気分が沈むばかりのイジューの前に、ネフィリムがしゃがみ込んだ。
そして彼の顔に、手を伸ばしてきた。
「りらーっくすであります」
「む……」
ネフィリムの黒い手が、イジューの頬を揉みほぐした。
かつてのネフィリムには、できなかった行為だ。
旧型の義手は、力加減が難しい。
うかつに人に触れれば、傷つけてしまうかもしれない。
だから、今までのネフィリムは、人との触れ合いを恐れていた。
そんな彼女の手が、イジューの肌に触れている。
黒蜘蛛を完全に信用している。
その証だった。
イジューは泣きたくなった。
ネフィリムは鉄兜の下から、明るい声で言った。
「心配は無用なのであります。
自分は勝つのであります。
ティーナさまの黒蜘蛛は、最強なのであります。
ブラッドロードとかいうやつなんて、敵では無いのであります」
「何をやっている。おまえは」
イジューはかすれた声で言った。
「私は首輪の力でおまえたちを操っている、クズだ。
クズのことなど放っておけ」
「イジューさまは、自分の命の恩人であります。
イジューさまのためなら、死んだって惜しくは無いのであります」
「クッ……クハハハハッ!」
見当外れだ。
そう思い、イジューは大笑した。
「イジューさま?」
「私が命の恩人だと!?
騙されてたんだよ! おまえは!
組織の仲間に頼んで、私がおまえを捕まえさせたんだ!
黒蜘蛛を完成させるのに必要だったからな!
おまえの両親が死んだのも、手足が無いのも、子を産めないのも……
全部全部、私のせいだッ!!!」
イジューは今まで飲み込んでいた気持ちを、雪崩のように吐き出した。
「…………」
「これで分かっただろう!? 私はおまえの仇だ……!
とっとと……出て行ってくれ……」
「イジューさまは、嘘つきでありますね」
「出てけよ……」
「嫌であります」
「…………」
「…………」
居間に沈黙が訪れた。
その沈黙を破ったのは、二人の声では無かった。
爆音だ。
何かが爆散する音が、遠くから聞こえてきた。
二人は音の原因に、心当たりが有った。
「っ……」
イジューの体が強張った。
「来たようでありますね。ヨーク=ブラッドロードが」
ネフィリムは立ち上がった。
そして準備体操でもするかのように、肩をぐるぐると回してみせた。
大げさな動きを終えると、彼女は壁の方に向かった。
居間の壁には、黒い杖が立てかけてあった。
ネフィリムはその杖を、がっしりと握りしめた。
「ちゃちゃっと、やっつけてやるのであります」
その後、イジュー=ドミニは、自らの命を断った。
そうなるはずだった。
……。
一方、今。
イジューは自身の昔話を、話し終えた。
「……………………」
イジューが話をしている間、ミツキはずっと無言だった。
フードを被った彼女が、いったい何を考えているのか。
イジューにはわからなかった。
「シホを救ってくれるか?」
単刀直入に、イジューはそう尋ねた。
もはや駆け引きができる立場でも無い。
そう思っていた。
「あまり期待されても困りますけど。
その前に、一つお尋ねしたいことが有ります」
「何だ?」
「話に出てきたシラーズという人……。
スガタ魔導器工房の社長、シラーズ=スガタですか?」
「そうだが……。知っているのか?」
「先日、リホさんをスカウトしにやって来ました」
ミツキがそう言うと、イジューの顔色が変わった。
「あいつがハーフのリホを、快く思うはずが無い……。
リホを誘い込んで、始末するつもりか……!」
一方のミツキも、その表情を、どんよりと曇らせていた。
(前回の私は……リホさんをあいつの工房へ送り出してしまっている……。
むざむざと、敵にリホさんを差し出していたなんて……。
私は……大馬鹿だ……!)
……。
宿屋のヨークの部屋の扉が、ノックされた。
「どうぞ」
ベッドの上から、ヨークがノックに返事をした。
するとすぐに扉が開いた。
「失礼します」
スーツ姿の男が、寝室に入ってきた。
シラーズ=スガタだった。
「あんたは……」
「ヨークの知り合い?」
遊びに来ていたバニが口を開いた。
「知り合いってほどでも無いが。
前にリホをスカウトに来た、魔導器工房の社長だ」
「スカウト……。
リホってやっぱり凄いのね」
「天才っス」
作業台の所で、リホがそう言った。
「自信が凄い」
バニがそう言った後、リホはシラーズに顔を向けた。
「それで? スカウトの件なら断ったはずっスけど」
「以前は立ち話で、
あまり我々のことを分かってもらうことも出来ませんでしたから。
いちど我が社にお招きして、
工房のことを知っていただきたいと思ったのです」
「何を見せられても、おたくに就職する気は無いっスよ」
「それでも、どうか1度、招待を受けて欲しいのです」
「……良いっスよ。いつそっちに行けば良いっスか?」
「都合が合うのでしたら、今すぐにでも」
「了解っス」
リホはそう言うと、作業台の椅子から立ち上がった。
そしてベッドのヨークに顔を向けた。
「ブラッドロード。ちょっと出かけてくるっス」
「ああ。いってら」
「いってき」
リホはシラーズと共に、寝室を出て行った。
「ねえねえ」
ヨークと二人になると、バニは彼に声をかけた。
「ん~?」
「ひょっとしてヨークって、頭の良い子が好きなの?」
「いや。別に。
一緒に居て、おもしろいやつが好きかな」
「そうなんだ?
ぱぎょーん!」
「…………」
突然の一発芸を見て、ヨークは真顔になった。
「ウケる」
「……ごめんなさい」
バニは両手で顔を覆った。
……。
スガタ魔導器工房。
「ミラストックさん。どうですか? うちの工房は」
シラーズに連れられて内部を見回ったリホは、最後に応接室へ案内された。
シラーズとリホは、ソファに座って向かい合った。
すぐに社員が、リホにお茶を運んできた。
そして退出していった
「まあ、悪くないんじゃないっスかね」
リホはそう言って、応接室を見回した。
誂えられた家具は、一流企業に恥じない最高級の物だった。
案内の最中に見せられた設備も、なかなかの物だった。
「……ドミニ工房ほどじゃないっスけど」
シラーズの表情筋が、一瞬だけぴくりと動いた。
「……まあ、あそこは王都でも1番の工房ですからね。
けど、うちも捨てたものでは無いでしょう?」
「設備はそうっスね。ところで……」
リホはローテーブル上のティーカップを、そっと押し出した。
「このお茶、飲んでみてもらっても良いっスか?」
「そのお茶は、ミラストックさんに振舞われたものです。
私が飲むわけには……」
「良いから、飲んで欲しいっス」
「…………」
シラーズは指を鳴らした。
応接室の扉が開いた。
そこから武装した男が、三人入室してきた。
「ああ、やっぱり……。
クソオヤジが言った通りっスね」
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