6の33「天才と禁忌」


 リホは異例の飛び級を果たし、たった3年で魔術学校を卒業した。



 そして16歳の若さで、ドミニ工房にやって来ることになった。



 クリスティーナも、同じ時期に工房に入社した。



 二人の天才には、特別に個室が与えられた。



 イジューはリホに与えられた個室を訪ねることにした。



 部屋の前に立ち、扉をノックした。



「どうぞっス」



 返事が有ったので、イジューは部屋の中に入った。



 リホは製図机の椅子に腰かけていた。



 さっそく魔導器の設計を始めているらしかった。



「ミラストック」



 イジューは厳格な表情で、リホに話しかけた。



「何スか? 社長」



「部屋の使い心地はどうだ?」



「まあ、別に良いんじゃないスかね」



「そうか。


 助手が必要では無いか? もし欲しいなら……」



「別に要らないっス。


 一人が性に合ってるんで」



「……そうか」



 孤高を好むリホを見て、イジューは心配になった。



 だが、説教ができる立場でも無い。



 イジューはリホに背を向けた。



「おまえには期待している」



「そっスか」



 リホはそっけなく答えた。



 イジューの死角で、その口端が微かに笑んだ。



 イジューはそれに気付かず、部屋を出ていった。




 ……。




 それから3週間が経過した。



「うーん天才」



 社長室の机に、何枚もの図面が積み重なっていた。



 全てリホが手がけたものだ。



 リホは凄まじいスピードで、新たな魔導器を設計していった。



 これらの図面が、工房に莫大な利益をもたらすのは明らかだった。



 イジューが上機嫌で図面を眺めていると、とつぜん部屋の扉が開いた。



「ノックくらいしたらどうだ?」



 イジューは不機嫌そうに、扉の方を睨みつけた。



「つれないじゃないですか。友人が訪ねてきたというのに」



 そう言って軽薄な笑みを浮かべたのは、あのシラーズ=スガタだった。



(誰が友人だ)



 イジューの視線が、机の引き出しに向かった。



 その中には、魔弾銃がしまわれている。



 それに手を伸ばしたい衝動を抑え、イジューはシラーズに尋ねた。



「何の用だ?」



 イジューの態度は高圧的だった。



 イジューは真珠貝の上部組織、真珠の輪のメンバーに選ばれた。



 既にシラーズとは、同格以上の立場だ。



 もう媚を売る必要も無かった。



 そんなイジューの敵意に気がついていないのか。



 それとも、わかっていて気付かないフリをしているのか。



 シラーズは薄い笑みと共に口を開いた。



「ちょっと最近、流れが悪くてですね。


 うちの工房の経営が、ほんのちょっと良くないんですよね」



(流れ……?


 おまえが無能なだけだろうが)



 イジューは心中で毒づいた。



 シラーズは、世襲で工房を受け継いだ身だ。



 叩き上げのイジューとは、能力に大きな差が有った。



 格下のグズ。



 イジューはシラーズのことをそう見ていた。



「それで?」



「そちらの工房は、


 随分と羽振りが良いようじゃないですか。


 ほんのちょっぴり、援助して貰えればなと思いましてね」



「自分の会社くらい、自分でなんとかしたらどうだ?」



「冷たいですね。同じ真珠の輪の同士でしょう?」



「真珠の輪に、弱者は必要無い。そのはずだが?」



「……………………」



 シラーズは俯いて、顔を不快そうに歪めた。



 それから頭を上げると、笑顔を浮かべてこう言った。



「リホ=ミラストック」



「…………!」



 突然に娘の名を聞かされ、イジューの胸がドクリと鳴った。



「ハーフの女に、随分と目をかけているそうですね?」



「別に。工房の利益のために、利用しているだけだ」



「あっはははぁ」



 シラーズは、愉快そうに笑った。



 シラーズ得意の作り笑顔では無い。



 本心からの、愉悦に満ちた笑顔だった。



「キミが病院に通っていること、バレていないと思っているんですか?」



「…………。


 シホは幼馴染だ。


 怪我人を見舞って何が悪い」



「別に。悪くはないですよ。


 情に厚くて、たいへん結構なことです。


 ですが、輪の仲間たちは、どう思いますかねえ?」



 病院に通うことは、自分にとってリスクになる。



 イジューはそのことを十分に理解していた。



 だが彼にとって、シホを放っておくという選択肢はありえない。



 自分の意思でリスクを取ったのだから、そのツケは払う必要が有る。



 そう思ったイジューは、落ち着いた声でこう尋ねた。



「……いくら欲しい」



「ん~。どうしましょうかねえ」



 シラーズはそう言うと、机に目をやった。



 そこにはリホの図面が有った。



「おや、それは魔導器の図面ですか?」



「…………」



「見せてもらっても?」



「好きにしろ」



 逆らえるような状況では無かった。



 許可が出るとシラーズは、図面の束を掴み取った。



 そしてそれを、1枚1枚眺めていった。



「ほう……。ほう……」



 彼はかなりの速度で、図面をめくっていった。



 リホが考えた複雑な魔導回路を、そんな短時間で読み取れるわけが無い。



 図面の端に書いてある、魔導器の機能だけを読んでいるのだと思われた。



 図面の半分ほどをめくると、彼はイジューに尋ねた。



「この図面は、どなたが?」



「……ミラストックだ」



「なるほど。


 なかなか斬新な機能を持っているようですね」



 シラーズはさらに、残りの半分の図面に、目を通し始めた。



「ん……?


 これは……!」



 シラーズは笑みを崩した。



 そして驚嘆の声を上げた。



 らしからぬ彼の様子を見て、イジューは疑問をはなった。



「どうした?」



「どうってキミ、ちゃんと図面を見たのですか?」



「まだ途中だが」



 せっかくのリホの図面を、雑に読むわけにはいかない。



 そう思って一枚ずつ、丁寧に目を通してきた。



 それを途中で妨害してきたのは、他ならぬシラーズだ。



(ちゃんと見てないのはお前だろうが)



 イジューはシラーズに、蔑みの視線を向けた。



 シラーズが、それに気付いた様子は無かった。



 次にシラーズは、こう口にした。



「この魔導器の効果、これは……。


 聖障壁です。


 そしてこれは、聖障壁殺し」



「聖障壁? 何だそれは?」



 それはイジューにとっては、聞き慣れない言葉だった。



「神がその身にまとう障壁です。


 あらゆる攻撃を防ぐ、絶対の防御。


 これは……神の力ですよ」



「神……」



(世界樹の頂上に居る、あの凍った巨人か)



 イジューは右袖の辺りを見た。



 袖の下には、真珠のブレスレットが有る。



 イジューはそれを、世界樹の頂上で受け取った。



(真珠の輪のメンバーになる時、


 大賢者に連れられて、一度だけ見た。


 あの圧力、2度と見たいとは思わんが)



 イジューは世界樹の頂上で、神と呼ばれる存在を見た。



 神は、氷漬けになっていた。



 まったく動かず、物も言わない。



 だというのに、その存在感は、イジューの体を震えさせた。



 イジューの本能が、アレが神であるということを理解しているかのようだった。



「それで?


 リホの魔導器が、神の力を持っていたら、


 なんだと言うんだ?」



「彼女を殺さなくてはなりません」



「……何を言っている?」



「魔族の分際で、神の領域に踏み入るなど、


 許されることではありません。


 何より、聖障壁殺しとは、神を傷つける手段に相違ありません。


 このような恐ろしい兵器を考えるなど、神への反逆です。


 さらなる反逆を重ねる前に、一刻も早く始末しなくてはなりません」



「本気で言っているのか?」



「当たり前です。


 他の輪の面々も皆、同じように考えることでしょう。


 アレを始末しやすいよう、誘導して下さい。


 社長のあなたの言うことであれば、アレも逆らわないでしょうから」



「待て」



 イジューは思わず、そう口にしていた。



 愛する娘を死なせるわけにはいかない。



 だが、ここで正面から逆らえば、組織から離反したとみなされるだろう。



 真珠の輪が牙をむけば、魔導器工房の社長ていど、一瞬で消し飛ぶ。



 組織に従っているフリをしながら、リホの命を救わなくてはならない。



 イジューはそういう窮地に、追い込まれてしまっていた。



「死など生温い」



 イジューは残忍な笑みを作って言った。



「ミラストックにはこの私が、ふさわしい裁きを与える」



「裁き? どのような?」



「工房から解雇し、再就職の目も潰す。


 魔導技師として2度と再起できないよう、


 徹底的に叩き潰す。


 禁忌を犯すような女には、底辺の暮らしがお似合いだ。


 そうだろう?」



「なるほどなるほど。


 それでは、彼女のことに関しては、あなたにお任せしましょう。


 ところでこの図面、1枚譲っていただいても?」



「……好きにしろ」



 その後、イジューはリホを解雇した。



 そして業界全体に圧力をかけた。



 だが、リホは業界に頼らずに魔導器を作り出し、再起しようとした。



 イジューはリホを叩き潰すため、妨害工作を行った。



 だが、それらは決定打とはならず、リホの心を折ることは出来なかった。



 それどころか、イジューの工房に損害が出る始末だった。



 やることなすこと上手く行かず、イジューは日に日に憔悴していった。



(外圧では、リホを諦めさせることが出来ないというのなら……。


 もはや、彼女の身柄をおさえるしか無い……!)



 心を病んだイジューは、凶行に走った。


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