『敵強化』スキルを笑われて幼馴染に置いていかれた俺のレベルが有頂天でおさまる所を知らないので、助けたケモミミ美少女奴隷とイチャイチャしながら迷宮の最深層目指すことにした＿神魂のニルヴァーナカクヨム版

６の３０「真珠貝と別れ」

　イジューは生徒会室まで招かれた。

　中に人は居なかった。

　イジューはシラーズと二人きりになった。

　シラーズは、室内のソファに座った。

　イジューはそれを見て、彼の向かいに座った。

「それで、話というのは？」

　腰が落ち着くと、イジューの方から口を開いた。

　シラーズは穏やかな表情で、イジューに言葉を返した。

「私はキミに……

　『真珠貝』に入会していただきたいと思っています」

「真珠貝？　何ですか？　それは」

「真珠貝は、

　魔術学校の学生とＯＢで組織された、互助組織です。

　真珠貝のメンバーは、各界のトップで活躍しています。

　もし入会していただければ、あなたの将来に有利に働きます」

（エリートの秘密結社か……。

　噂で聞いた事は有ったが、

　本当に実在するんだな）

　そんなモノが存在するらしい。

　そう学友が話しているのを聞いたことは有った。

　だが、自分に縁が有るとは、イジューは思っていなかった。

　秘密結社の実在は、イジューに少なからぬ驚きを与えた。

「光栄だとは思いますが、どうして俺を誘ったのですか？」

　イジューはシラーズにそう尋ねた。

　普通そういう組織に誘われるのは、良家の子たちではないのか。

　自分は孤児院の出身だ。

　大層なグループに声をかけられるような存在ではない。

　イジューは自分自身を、そう評価していた。

「それはもちろん、キミが優秀なヒトだからです。

　キミのような優秀な人材には、ぜひ真珠貝に入って貰いたい」

「前向きに検討しておきます」

　イジューは保留の返事をした。

　外面では、あまり興味が無いようにも見える。

　だが、内心まんざらでもない。

　シラーズの前で無ければ、口の端をつりあげていたかもしれない。

　彼はそんな気分だった。

　生徒会長が、直々に誘ってくるようなグループだ。

　そこに所属するメリットは、きっと少なくはない。

　そんなグループに誘われた事への優越感も有った。

「良かった。それで、入会の条件ですが……。

　あの魔族と別れて下さい」

「…………はい？」

　予想もしなかった会長の言葉に、イジューは固まった。

「あのような女は、君にはふさわしくない」

　シラーズはそう続けた。

　どうやらさきほどの言葉は、イジューの聞き間違いでは無いらしい。

　この生徒会長は、イジューにシホと別れろと言っているようだ。

「何を言っているのかわかりません。

　シホは俺よりも頭が良い。それに、優しい。

　どうしてあなたがそんなふうに言うのか、理解出来ません」

「分からないのですか？

　キミはとても、頭が良いヒトだと思っていたのですが？」

「阿呆ですよ。シホよりは」

「良いですか？　ドミニくん。

　真珠貝は、優れたヒト族の互助組織なのですよ？

　真珠貝の会員に、

　薄汚い魔族の友人など、居てはならないのです」

（友人じゃない。恋人だ）

「分かりますよね？　あなたは優秀なのですから」

「なるほど……。いかにも秘密結社らしい」

　イジューは鼻で笑った。

　シラーズはイジューの笑みを、好意的なものだと勘違いしたらしい。

　それでこう言ってきた。

「分かっていただけましたか」

　人の内心を、勝手に決めつけている。

　シラーズの言葉を聞いて、イジューは眼前の男が、案外アホなのかなと思った。

　あるいは差別心というものは、本来有るはずの知性までもを、曇らせてしまうものなのか。

　何にせよ、イジューの答えは決まっていた。

「残念ですが、今回の話はお断りさせていただきます」

「どうして！？」

　シラーズは驚きの声を上げた。

　演技の色は１厘も無い。

　心底から、イジューの答えに驚いているようだった。

　イジューは冷めた声で、言葉を続けた。

「シホは大切な幼馴染です。

　彼女を切り捨てることなど、俺には出来ません。

　それでは、失礼します」

　イジューはソファから立ち上がった。

　そして出入り口から退出していった。

　部屋にはシラーズ一人が残された。

「ドミニくん……」

　シラーズは震え声で呟いた。

　彼の血走った目は、出入り口のドアへと向けられていた。

「せっかく目をかけてあげたのに……。

　私を……私たちを怒らせたね……？」

　差別を謳うような組織が、どのような粘着性を持っているのか。

　この時のイジューは、それを知らなかった。

　……。

　それからしばらくは、平和な日々が続いた。

　イジューとシホの最終学年の生活は、穏やかに過ぎていった。

　だが、あと二ヶ月で学校を卒業できるという頃になって……。

「残念ですが、内定は取り消しということになります」

「え……？」

　寮に有るイジューの部屋に、男が訪ねてきた。

　とある工房の、人事担当の男だ。

　その工房は、イジューが就職の内定をもらっていた所だった。

「どうして……ですか……？」

　イジューは震える声で男にそう尋ねた。

「ドミニさん、あなたが学校で、

　不純異性交遊をしているとの訴えが有りました。

　そのような人は、うちの工房には相応しくない」

「不純異性交遊って、それくらい、皆やってますよ！」

「残念ですが、今回は御縁が無かったということで……」

　男はイジューの反論を無視して去った。

「そんな……そんな馬鹿な……」

　卒業を間近にして、イジューは働き口を失った。

　工房に就職できなければ、イジューはただの孤児だ。

　彼が行く先には、貧しい日々が待っている。

　成功を掴んだはずだったのに、どうして……。

　イジューは憔悴した顔で寮を出た。

　頭が混乱して、何も考えられなかった。

　ただ、シホと話したかった。

　そうすれば、希望が見つかるような気がしていた。

　だが……。

「こんにちは」

　寮の前に、シラーズが立っていた。

「…………！」

「困り顔ですね。相談に乗りましょうか？」

　シラーズは、張り付いたような笑みを浮かべていた。

　イジューは事情を悟った。

「おまえか……！」

　イジューはシラーズに掴みかかった。

「おまえのせいで俺は……！」

　胸ぐらを掴まれても、シラーズの表情は揺るがなかった。

「失礼ですが、何を言っているのか分かりませんね」

「しらばっくれるな！」

　カッとなったイジューは、シラーズを怒鳴りつけた。

　イジューの激情に対し、まともな答えが返ってくることは無かった。

「何の話かさっぱりですけど……。

　何か、そういう証拠とか有るんですか？」

　そう言われて、イジューは手を離した。

　何もできない。

　ここでシラーズを殴れば、牢屋に入れられる可能性すら有る。

「何も……無い……！」

　怒りで俯きながら、イジューはそう口にした。

「ですよね」

　シラーズはイジューの後ろに回り込んだ。

　そして……。

「ところで、お困りのキミに、耳寄りな話が有るんですけど。

　真珠貝に入りませんか？」

　悪魔の囁きが、イジューの鼓膜を揺らした。

「その会に入れば……俺の内定を元に戻してくれるのか？」

「さて。私にそんな力は有りませんが……。

　偶然、何らかの力が働いて、

　そのようなことが起きる可能性も有りますね。

　それだけではありません。

　あなたが望むなら、起業のお手伝いをしても良い」

「起業……？」

「ええ。あなただけの魔導器工房をプレゼントします。

　男の夢でしょう？　一国一城の主になるというのは」

「どうしてそこまでする」

「そこまでと言われましても。

　別に、私たちからすれば、その程度のことはどうってこと無いのですよ。

　それだけの力を、我々は持っている。

　……言っている意味が分かりますか？」

「……………………」

　わかるものかと言い返せるほど、イジューは強くは無かった。

　……。

　翌日。

　昼休み。

　学校の屋上にイジューの姿が有った。

　そこへシホがやって来た。

「もう。どうして一人で行っちゃうのさ？」

　シホはイジューを責めた。

　二人は同じ授業を受けていた。

　いつもなら、授業終わりは一緒に行動するはずだ。

　だというのに今日のイジューは、早足でシホを突き放していた。

「シホ……」

　イジューは眉を歪ませて、シホの瞳を見た。

「おまえに大事な話が有る」

「うん……。

　実は、私も大事な話が有るんだ」

「何だ？」

「……後で話すね」

「そうか。シホ……。

　俺と別れて欲しい」

「えっ…………？」

　まったく予想もしていなかったのか、シホはしばらく固まった。

「どう……して……？」

　シホは声を絞り出してそう尋ねた。

「真珠貝という組織に入ることになった。

　人族だけのために作られた組織だ。

　おまえと一緒に居ると、俺はそれに入れない」

「その真珠貝に入ると……どうなるの？」

「真珠貝は、強い力を持った組織だ。

　そこに入ることで、俺の将来は保証される。

　魔導技師としての成功が、約束されるんだ。

　だから……俺と別れて欲しい」

「……そっか」

「すまない……」

「ううん。仕方ないよ」

　シホは笑顔を作った。

　無理に作った笑顔だということは、幼馴染みでなくても分かっただろう。

「そっちの話は？」

「えっとね……。

　忘れちゃった」

「……なんだよ。それ」

「あはは。ごめんね」

「…………。

　さようなら。シホ」

　そう言って、イジューは屋上から去った。

「…………。

　バイバイ。いじゅくん」

　一人で残されて、シホは泣いただろうか。

　足早に去ったイジューには、わからない事だった。