6の29「奇跡とイジューの過去」



 ミツキは大剣を構えた。



 身の丈に合わぬ巨大な剣を。



 だというのに彼女の体幹には、髪の太さほどのブレも無かった。



 堂々たる構えで、彼女は敵を見据えていた。



 対するネフィリムが、地面を蹴った。



 ミツキめがけての前進だった。



(えっ……?)



 次の瞬間、ネフィリムは転倒していた。



 ネフィリムは心中で驚きの声を漏らしつつ、自分の下半身へ目を向けた。



 機械の脚が、すっぱりと無くなっていた。



 義足は膝下で切断されていた。



 エクストラマキナの装甲ごと。



「馬鹿な……」



 イジューの顔が、驚愕に歪んだ。



 エクストラマキナは強大な力だ。



 相手が上級冒険者であっても、互角以上に戦える。



 そのはずだった。



「馬鹿なのはあなたですよ」



 大剣を持った少女が、イジューに声を飛ばした。



 視線の先に居る娘は、上級冒険者以上の、恐ろしい何かだ。



 その性質はきっと、世界樹の頂上に居る者に近い。



 イジューはようやくその事に気が付いた。



「っ……」



 ネフィリムは、這ってミツキに向かおうとしていた。



 命令はまだ生きている。



 体が動く限り、ネフィリムはミツキと戦わなくてはならない。



 ミツキは大剣の先端を、階上のイジューへと向けた。



「私の勝ちです。命令を取り消して下さい」



「…………」



「勝敗すら分からない阿呆だと言うのなら、今ここであなたを殺します」



「失敬だな。


 私は阿呆だが、勝敗くらいは分かる。


 ……命令する。ネフィリム、武装を解除し、戦闘を中止しろ」



「……魔装、解除」



 ネフィリムがそう唱えると、彼女の体が光に包まれた。



 全身の装甲は、篭手へと戻った。



 後にはただ、脚の無い少女が倒れていた。



 ミツキはネフィリムを抱え上げると、階段に座らせた。



 そして自らは、2階へと上がっていった。



 2階に上がったミツキは、イジューと対峙した。



 そしてこう言った。



「クリスティーナさんを解放して下さい」



「開放も何も。


 私に出来ることは何も無い。そうだろう?」



「かもしれませんね」



 最大の戦力が、いともたやすく瞬殺された。



 勝敗はとっくに決している。



 イジューにはもう、悪事を働くつもりは無いようだった。



 ミツキはクリスティーナの前へ移動した。



 そして首輪に手を伸ばした。



 ミツキが手に力をこめると、首輪は粉々に砕け散った。



 ミツキは手中に残った破片を捨て、手をパンパンとはらってみせた。



「……ゴリラかよ」



 人間離れしたミツキの握力を見て、イジューは思わず呟いた。



「オオカミですが」



 ミツキはそう言い返し、さらに言葉を続けた。



「私とあなたの戦力差は、


 分かっていただけましたね?


 今の私は、単独で王都を滅ぼせるだけの武力を持っています。


 今後我々に危害を加えることがあれば、


 全力で報復させていただきますので、そのつもりで」



「分かっている」



「それでは行きましょうか。クリスティーナさん」



「あ……」



 クリスティーナは、正気を取り戻した様子を見せた。



 ミツキが見せた能力は、彼女にとっても予想以上だったのだろう。



 驚きすぎたのか、つい先程までぼんやりとしていた。



 ミツキに声をかけられたことで、ようやく頭が働き始めたようだった。



「ちょっと待って。ミツキさん」



「何でしょう?」



 ミツキが問うと、クリスティーナはイジューに視線を向けた。



「社長。あなたはどうして……」



 そのとき……。



「ぐうう……!」



 階下から、苦しむような声が聞こえてきた。



 どうやらネフィリムのうめき声のようだ。



「ネフィリム!?」



 クリスティーナは、慌てて階段を駆け下りていった。



 ネフィリムは、1番下の段に腰かけていた。



 クリスティーナは彼女に駆け寄った。



 ミツキもクリスティーナの後に続いた。



 ミツキの瞳に、苦しむネフィリムの姿が映った。



 見るとネフィリムの手足から、血が流れているのが見えた。



「これは……?」



 ミツキは疑問の声を漏らした。



 超人的な力を持つ彼女だが、何もかもが分かるというわけでは無い。



 眼前の不可解な光景には、ただただ困惑するしかなかった。



 クリスティーナはネフィリムの現状を観察し、口を開いた。



「義手と生身の腕の、接続部から


 血が流れてるのか……?


 腕を外し……いや。まずは工具を……」



「ちょっと乱暴に行きます」



 ミツキはネフィリムの義手に手を伸ばした。



 そして接合部のパーツを、素手で粉砕した。



 義手の片方が、ネフィリムから引き剥がされた。



 ミツキは残りの義手義足も、ネフィリムから引き剥がした。



 すると……。



「う……うぅ……」



「これは……」



「腕が生えてきてる……!?」



 クリスティーナが驚きを見せた。



 失われたはずのネフィリムの四肢。



 それらが少しずつ、かつての形を取り戻そうとしていた。



 ゆっくりと伸びた彼女の手足は、やがて完全な姿へと再生された。



「ネフィリムに……手足が……。


 良かった……」



 クリスティーナの内から湧いて出たのは、細かい理屈ではなく、単純な喜びだった。



 クリスティーナは笑顔でネフィリムを抱きしめた。



「これが……奇跡の力……」



 イジューの声が、ミツキの耳に届いた。



 彼はいつの間にか、ミツキたちのそばまで近付いて来ていた。



 そして。



「頼む……!」



 イジューはミツキに頭を下げた。



「シホを助けてくれ……!」



 唐突な頼みは、ミツキに疑問しか与えなかった。



 ミツキは目を細め、イジューに質問をした。



「シホ? 誰ですか? それは」



「私の……幼馴染だ。


 全身不随で、もうずっと病院に居る。


 そして、彼女は……


 リホ=ミラストックの母親だ」



「…………!」



 冷めた顔をしていたミツキの目蓋が上がった。



 彼女はすぐに平静を取り戻し、イジューにこう尋ねた。



「リホさんは、そのことを御存知なのですか?」



「いや。彼女には何も話してはいない」



「どうしてですか?」



「…………。


 私が、クソッタレだからだよ」



「事情を話してもらえますか?」



「話せば助けてもらえるのか?」



「気分次第ですね。それは」



「……そうか。


 あれは私が、魔術学校に居た頃だ……」



 ミツキの要求に従い、イジューは昔語りを始めた。




 ……。




 かつての魔術学校。



 その屋上。



 若かりしイジューが、魔族の女性と唇を合わせていた。



「んっ……」



 イジューの情熱を受けて、女性は熱い吐息を漏らした。



 長い口付けの後、イジューは口を離した。



「もう……」



 魔族の女、シホ=ミラストックが苦笑いをした。



「いけないんだよ? 結婚前の男女が、こんなことするのは」



 シホの言葉は、イジューを責めるものだった。



 だが、実際はまんざらでもない。



 彼女の表情を見れば、それがはっきりとわかった。



「責任は取るさ。


 何があっても、俺が面倒見てやる」



 イジューはシホを、屋上の地面へと押し倒した。



「あっ……」




 ……。




 30分後。



 二人は着崩れした格好で、地面に寝転がっていた。



「ねえ、授業始まっちゃうよ?」



 イジューに体を預けながら、シホがそう言った。



「1回くらいサボっても良いだろ」



「ダメです。


 さ、行くよ」



 切り替え早く、シホは立ち上がった。



「ちぇっ……」



 未練を見せながらも、イジューはその後に続いた。



 二人は優等生らしく、マジメに授業をこなした。



 やがて午後の授業が全て終わった。



「いじゅくん。今日の放課後どうする?」



 授業終わりの教室で、シホがイジューに尋ねた。



 二人は寮暮らしだ。



 男子寮に女子を招くことは出来ない。



 逆もまた然りだ。



 家でのんびりするという選択肢は、孤児である二人には無かった。



「んー。図書室にでも行くか」



「うん」



 毎日遊び歩けるほど、二人は裕福では無かった。



 図書室や公園など、金が要らない場所が、二人の遊び場だった。



 図書室に向かうべく、二人は教室を出た。



 そのとき。



「こんにちは」



 生徒会長のシラーズが、イジューに話しかけてきた。



「会長……」



 しょせんはただの学生同士だ。



 だがそれでも、生徒会長ともなれば、それなりのオーラは有る。



 イジューは姿勢を正してみせた。



 そんなイジューに、シラーズは微笑みを向けた。



「そんなに畏まらないで欲しいですね。同じ学年じゃないですか」



「俺の方が年下です」



「そうですね。優秀です。キミは」



 イジューとシホは、1年だけ飛び級をしている。



 飛び級無しの最上級生から見れば、一つ年下ということになる。



「別に。


 金が無いから、必死こいて単位を取る必要が有った。


 それだけですよ」



「そう謙遜しなくても……」



「何の御用ですか?」



「ん~……」



 シラーズはシホをちらりと見た。



 そしてすぐに、イジューに視線を戻した。



「出来れば二人でお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」




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