6の26「ユリリカと帰宅」


「さて、それでは彼女を運ぶとするか」



「えっ? どこに?」



「おまえの家だ。その方が都合が良いだろう」



「禁忌の子である彼女を、外に出しても良いんですか?」



「民衆は、第三種族に対して無知だ。


 青白い肌を見ても、


 そういう種族だとしか思わんだろう」



 第三種族の肌色は、人族と同じだ。



 青い肌は、魔族だけの特徴となる。



 そして魔族と他種族が交われば、肌色は薄い青になる。



 ネフィリムの肌は、紛れもなく薄い青だ。



 魔族の血を、半分だけ引いている証だ。



 さらにネフィリムには、獣の特徴も有る。



 純血ではありえない外見だ。



 知識人が見れば、魔族と第三種族の子だということは明白となる。



 だが一般の人々は、第三種族というものに対し、それほど敏感ではない。



 ネフィリムの素性が問題になる可能性は、低いだろう。



 イジューはそう判断していた。



「上の連中と話がついている以上、


 危険性はふつうの第三種族と大差ない」



(上……ねぇ)



「家って言われても、面倒を見られる人が居ませんけど」



 ネフィリムには四肢が無い。



 介護が必須だ。



 学業が忙しいクリスティーナには、そんな余裕は無い。



 クリスティーナの家族は、今は二人の妹だけ。



 次女のユリリカは、大神殿で聖女教育を受けている。



 三女のマリーは、逆に介護が必要な側だ。



 どう考えても手が足りない。



「大神殿に居る妹を、呼び戻せ」



「いや……無理でしょう。


 神殿には、神殿の規則が有るんですから」



 大神殿とサザーランド邸の距離は、そう遠くは無い。



 だというのにユリリカは、神殿に住み込みで教育を受けている。



 それが伝統的なやり方だからだ。



 古い伝統に異議を唱えるのは、クリスティーナには難しく思われた。



「知り合いに大神官が居る。そいつに話をつける」



「まあ……ユリリカと会えるなら、ボクは歓迎ですけど」



「明日の昼には戻って来られるようにする。さて、運ぶぞ」



 イジューはネフィリムの体を毛布で覆い、彼女を抱き上げた。



「ん……」



 ネフィリムは、素直にイジューに体を預けた。



 彼女の表情からは、不安も嫌悪も読み取れない。



 イジューを信用しているのか。



 それとも薬の影響だろうか。



「意外と力持ちだったり?」



 力仕事をする様子を見せたイジューに、クリスティーナが尋ねた。



 イジューはまさにインテリといった外見をしている。



 肉体労働が得意そうには見えない。



 だが、知の世界で偉業を成す人物は、体力も並外れていることが有る。



 イジューもそういうたぐいの巨人なのかもしれない。



 クリスティーナがそんなふうに思っていると、イジューはこう言った。



「まさか。レベル6の賢者だ」



「半端に上がってますね」



「学校の実習でな。


 ……そんなことはどうでも良い。行くぞ」



「はい」



 イジューはネフィリムを抱えて歩いた。



 クリスティーナは彼のあとに続いた。



 三人は地下牢を出た。



 そして酒蔵を出て、廊下を歩き、玄関から邸宅を出た。



 広々とした庭を歩き、三人は通りに出た。



 クリスティーナたちは、サザーランド邸へと足を向けた。




 ……。




「どこに運べば良い?」



 サザーランド邸に入ると、イジューがクリスティーナに尋ねた。



「とりあえずは、ボクの部屋に。こっちです」



 イジューはクリスティーナの後に続き、彼女の部屋に入った。



 そしてネフィリムを、彼女のベッドに寝かせた。



「ふう……」



 イジューは息を吐いた。



 少し汗をかいている様子だった。



「お疲れ様です」



「世話の仕方は分かるな?」



「はい。妹のトイレの世話をしたこともありますから」



「そうか。


 ……帰る。あした義足を取りに来い」



「分かりました」



 イジューは部屋から出ていった。



 そのまま玄関へと向かったのだろう。



 室内には、クリスティーナとネフィリムの二人が残された。



「…………」



 ベッドの上のネフィリムが、クリスティーナを見ていた。



「…………」



 クリスティーナはネフィリムに視線を返した。



 何か言わなくては。



 そう考えたクリスティーナは、まずは挨拶をすることにした。



「んーと、よろしくね。ネフィリム」



「よろしくなのです。ご主人様」



「ご主人様……!?」



「首輪……奴隷です。違うますか?」



「違うよ。その首輪はドミニさんの物だしね」



「そうなのますか……。


 じゃあ、クリスティーナさま」



「ティーナで良いよ」



「ティーナさま」



「うーん……」



「あの……ティーナさま」



「何かな?」



「トイレ……限界ますです……」



「えっ!? ごめんね!? 気付かなくて!」



 クリスティーナは慌ててネフィリムを抱え上げた。




 ……。




 翌日の昼。



 旅支度のような大荷物を手に、ユリリカが家に帰ってきた。



「ただいま~。お姉ちゃん居る~?」



 ユリリカは玄関を開けると、家の中に声をかけた。



 すると……。



「こっちだよ~」



 クリスティーナの部屋の方から、声が返ってきた。



「お姉ちゃ~ん。もうお昼ごはん食べちゃった~?」



 ユリリカはそう言いながら、クリスティーナの部屋へと歩いていった。



 そして扉を抜けると、姉に帰宅の挨拶をした。



「ただいま~」



「……おかえり」



「おかえりなさいます」



「うん。って誰その子!?」



 ベッドの上の謎の少女を見て、ユリリカは驚きの声を上げた。



「この子はネフィリム。家で引き取ることになった」



「??????」



 室内に、ユリリカがはなった疑問符が撒き散らされた。



「色々あってね。


 キミが休みをもらえるようになったのも、


 実は彼女が原因なんだ。


 ボクが学校に行ってる間、


 キミには彼女のお世話をして欲しいんだ」



「さっぱり分からないけど……。


 マリーを病院に預けておいて、


 知らない子の面倒は見ろって言うの?」



 ユリリカは、難色を示した。



 マリーが入院しているのは、一家の生活のためだ。



 仕方なく病院に預けている。



 なのにマリーをほうっておいて、見知らぬ子の世話をしろとはどういうことなのか。



「キミが二人の面倒を見られるなら、


 マリーにも家に帰ってきてもらうよ。


 それと、彼女の面倒を見るのは、マリーのためでもあるんだ」



「どういうこと?」



 クリスティーナが疑問に答える前に、玄関の呼び鈴が鳴った。



「は~い!」



 ユリリカは、玄関へと駆けて行った。



 そして扉を開けた。



「…………」



 玄関扉の向こうに、無愛想な男が立っていた。



 イジュー=ドミニだった。



 イジューは手に、金属製のバッグをぶらさげていた。



「こんにちは」



 通常の来客にするように、ユリリカは愛想よく挨拶をした。



 イジューは挨拶を返すことなく、ユリリカにこう尋ねた。



「サザ……クリスティーナは居るか?」



「居ますよ。今呼びますね。


 ……ところでお客さん、


 イジュー=ドミニに似てるって言われませんか?」



「本人だが」



「イジュー=ドミニ!


 お姉ちゃん! 玄関にイジュー=ドミニが居る!」



 ユリリカは、大声で姉を呼んだ。



 それに対しクリスティーナは、のんびりと玄関にやって来た。



「声が大きいよ?」



「けどお姉ちゃん。イジュー=ドミニが居るのよ?」



「ドミニさんには、お世話になってるんだ」



「えっ? いつの間に?」



「キミが大神殿に行ってる間にだよ」



「ずるいわよお姉ちゃん」



「それは……うん。ごめんね」



「ネフィリムは?」



 姉妹の会話を無視して、イジューはクリスティーナに尋ねた。



「落ち着いてますよ。夜中にかなり泣きましたけど」



「義手と義足を持ってきた」



 イジューはそう言って、金属製のバッグに視線を向けた。



「ありがとうございます」



「えっ? 何ですかそれ?」



「うちで開発中の魔導器だ。


 ……上がらせてもらうぞ」



「どうぞどうぞ」



 ユリリカは、イジューを招き入れるような仕草を見せた。



 イジューはタタキから廊下に上がった。



 そしてクリスティーナの部屋の方へと歩いていった。



「ところでお姉ちゃん、お昼ご飯は?」



「ネフィリムを連れてレストランには行けないから……。


 そうだ。ボクが作るよ」



「えっ? お姉ちゃんって料理出来たっけ?」



「ボクにできないことは無いよ。


 なにせボクは、魔術学校で2番目の頭脳の持ち主だからね」



「2番なんだ……」



「実は、ボクの一つ下に、凄い子が居てね。


 リホ=ミラストックっていうんだけど……。


 彼女は天才だよ」



「よっぽどなのね。お姉ちゃんがそこまで言うなんて。


 一つ下ってことは、私と同い年かぁ……」



「……ごめんね」



「良いのよ。


 勉強なんて、どこでだって出来るんだから」



「……聖女教育をサボって学校の勉強してるんじゃ無いだろうね?」



「ちゃんとやってるわよ。


 教育係に目をつけられないくらいには、ほどほどに」



「……だいじょうぶ?」



「おなかすいた!」




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