6の25「禁忌の子と悪の道」



「なんなら私の悪行を、世間に訴えかけると良い。


 卑劣な経営者は糾弾され、信用を失った工房は倒産。


 おまえはパトロンを失うが……仕方が無いな。


 それが正しいことなのだから」



「……………………」



 いったいイジューは何を考えているのか。



 クリスティーナにはわからなかった。



 自分がイジューを糾弾するように動けば、彼には損失しか無いはずだ。



 だというのに彼の口調は、クリスティーナを挑発しているかのように聞こえた。



 どうせそんな事はできないだろう。



 やれるものならやってみろ。



 不可能だろうがな。



 ……そんなふうに考えているのだろうか。



「おまえには、どちらを選ぶ権利も有る。


 だが、黙っていては話は進まんぞ?」



「だけど……。


 もし全てを暴露すると言えば……


 あなたはボクを始末するのでは無いですか?」



「そう思うか?」



「ボクを野放しにする理由が、無いじゃないですか」



 イジューは、人の手足を削ぐような連中の仲間だ。



 自分のような小娘くらい、簡単に始末できるのではないのか。



 そういう力が有るから、こうも堂々としていられるのだろうか。



 クリスティーナはそう考えた。



「私は『輪』の中では温厚な部類だ。


 こう見えて、まだ人を殺したことは無い。


 ……廃人にしたことは有るがな」



「……ダメじゃないですか」



「ふむ。おまえは……。


 逃げ道を塞いで欲しいのか?」



「…………」



「それなら、良い話を聞かせてやろうか。


 おまえが引き取らないのなら、その娘は始末される」



「…………!」



「知っているだろう?


 王都の法では、人族と魔族は、


 第三種族と子を成してはならない。


 禁忌を破った者は、死罪だ。


 子を生した夫婦、それに、産まれて来た子供もな」



 この国では、第三種族に人権は無い。



 だが、人権が無いというだけで、積極的に害されることは無い。



 奴隷としての立場を受け入れていれば、可愛がられさえするものだ。



 しかし、禁忌を犯してしまえば話は別だ。



 第三種族は、他の種族と子を成してはならない。



 それを破った者は、生存すら許されなくなる。



 子も親も、法の下で抹殺される。



 そんな残酷な掟が、この国には存在していた。



「その娘は、存在を隠すことで、今まで生き永らえてきた。


 だが、こうして明るみになった以上、


 生かしておくことは出来ない。


 有益な実験体となることで、


 生きる権利をやることが出来るが……。


 実験体が不要というのなら、仕方が無いな。


 これを送りつけてきた奴に、返却してやる。


 殺処分は確定だろうがな」



 少女の生殺与奪は、クリスティーナへと委ねられた。



 クリスティーナには、彼女を見殺しにすることなどできない。



 クリスティーナには、便利な実験体が必要だ。



 彼女を助ける。



 彼女を手に入れる。



 哀れな少女の命を救う。



 便利な不具の少女を、弄り回してやる。



 救う。



 利用する。



 どこまでが建前で、どこまでが本心なのか。



 それすらもわからなくなり、クリスティーナの足元が揺れた。



 何にせよ、彼女の答えは決まってしまった。



 決められてしまった。



「……人権を与えないくせに、法で裁くなんて、狂ってる」



 後ろめたさのせいか、良心のせいか。



 クリスティーナはそう呟いた。



「そうだな。


 だがそんなことは、私たちには関係が無い。


 選べ。娘を殺処分にするか。


 有益な実験体として、生かす道を選ぶか」



「見事に逃げ道を塞いでくれましたね」



 イジューを失脚させ、少女を死なせ、貴重な実験体を失う。



 そんな利の無い選択肢を、クリスティーナが選べるわけも無かった。



 弱い少女の内心など、とっくにイジューは見透かしている。



 もはや明確な返答を求めることも無かった。



「礼はいらん」



「……………………」



「さて、娘を起こすぞ。


 私に話を合わせろ。良いな」



「分かりました」



 イジューはポケットから、薬瓶を取り出した。



 そしてベッドの隣に立つと、眠る少女の口に、薬を流し込んでいった。



 どうやら目覚ましに必要な薬のようだ。



「起きろ」



 イジューは薬瓶がカラになると、少女の体を揺さぶった。



「ん……」



 少女はゆっくりと目を開いた。



 そして、眠そうに周囲を見た。



「ここは……?」



 見慣れぬ風景が、少女の瞳に映った。



 不安を感じた彼女は、体を起こそうとした。



 だが、うまく起きられなかった。



 当然だ。



 彼女にはもう、手も足も無いのだから。



「え……?」



 少女の目が、見開かれた。



「どうした?」



「手が……足が……あぁ……。


 嫌あああああああああぁぁあぁぁぁっ!!!」



 狂乱に陥った少女の体が、ガクガクと痙攣した。



 自分が手足を奪われたという事実を、今はじめて知ったらしい。



 処置は、彼女の睡眠中に行われたのだろう。



「っ……!」



 痛ましい少女の叫びに、クリスティーナが息を飲んだ。



「手足を落とした直後だったのか……!」



 イジューの顔に、初めて焦りが浮かんだ。



「鎮静剤を持ってくる! 様子を見ておいてくれ!」



 イジューは牢から走り去っていった。



「あああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ」



 少女はベッドの上で、震え続けていた。



「…………」



 クリスティーナは、少女に寄り添った。



 そして無言で、彼女を抱きしめた。



(謝ることは出来ない……。


 ボク自身の意思で、


 キミをおもちゃにすることを選んだんだから……)



 正しい道から外れてしまった。



 少女の震えは、そんな事実をクリスティーナに実感させた。



 やがてイジューが、急ぎ足で戻ってきた。



 彼は強引に、少女に薬を飲ませた。



 薬を飲むと、彼女は落ち着いた様子を見せた。



「…………」



「名前は?」



 気の抜けた無表情になった少女に、イジューはそう尋ねた。



「ネフィリム」



 薬が効いているネフィリムは、気持ちの感じられない声で、自身の名前を口にした。



「ネフィリム。私はイジュー=ドミニだ」



「イジュー?」



「そうだ。


 ここに来るまでのことは、思い出せるか?」



「家にいきなり、武器を持った人たちがやって来た。


 お父さんもお母さんも、そいつらに捕まった。


 それから、大きなお屋敷に連れて行かれて……。


 お父さんたちとは別々にされて、閉じ込められて……。


 怖くて泣いてたら、薬を飲まされて……。


 起きたら、ここに居た。


 ……ねぇ。


 私の手と足、どうしちゃったの?」



「……おまえは禁忌の子だ。分かるか?」



「……うん」



「それを許せない連中に、おまえは捕らえられた。


 そしてそのまま、おまえは殺されるところだった。


 おまえから手足を奪ったのも、連中の仕業だ。


 だが、私が助けてやった」



 酷い欺瞞を、イジューは口にした。



 ネフィリムは、自分たちの実験体になる子供だ。



 友好的な関係を築けることに越したことは無い。



 そのための欺瞞だった。



「おじさんが?」



「そうだ。大金を払って、おまえを連中から買った。


 私はおまえの命の恩人ということだ」



「……そうなんだ。


 ありがとう。おじさん」



「とは言っても、ただの善意で助けてやったわけでは無い」



「…………?」



「私は魔導器工房を経営している。


 おまえには、魔導器の開発に協力してもらう」



「協力って……私、こんなだよ?」



 ネフィリムは、自身の下半身を見ながら言った。



 脚が有ったはずの所には、何も無くなってしまっていた。



「そんな姿のおまえにしか、出来ないことも有る」



「そうなんだ?」



「彼女はクリスティーナ。私の……部下だ」



 クリスティーナに視線を送りながら、イジューはそう言った。



「こんにちは。ネフィリムだよ」



「こんにちは。と言っても、今は夜だけどね」



 クリスティーナは平静を装い、ネフィリムに微笑みかけた。



「そう?」



「クリスティーナは、あの若さで凄い設計技師なんだ」



「せっけい……?」



「魔導器の仕組みを、考える人のことだ」



「凄いんだね。私と同じくらいなのに」



「彼女は今、義手や義足の研究をしている。


 手足の無いおまえには、


 彼女の魔導器のテスターになって欲しい」



「てすたー?」



「魔導器がきちんと動くか、テストする人のことだ」



「そっか。頑張るね。てすたー。


 それで……。


 お父さんとお母さんはどこ?」



「ぅ……」



 クリスティーナは泣きそうな声を漏らした。



 イジューが淡々とした口調で、ネフィリムの疑問に答えた。



「おまえの親は死んだ。


 おまえを捕らえた連中に、殺された」



「そっか……。


 変なの。


 お父さんとお母さんが死んだのに、あんまり悲しくないの。


 ……変なの」



「今は薬が効いている。それで感情が抑えられているんだ。


 後でつらくなる。


 その時に泣くと良い」



「そっか。うん。


 後で泣くね」



 あらゆるものを奪われた少女は、他人事のようにそう言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る